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珠瀬鎮守府

作者:高村
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木曾ノ章
  その9

 
前書き
木曾は独りで姫と戦う。
この攻撃の成否に、姫の生死はかかっていた。

※一部の台詞などはわかりやすいよう漢字を使用していたりします 

 
 敵の砲火が頬を掠める。大きな迂回路を取って正面から対峙した丙艦隊の投射火力は桁違いだった。中でも姫と見られる個体は強力な砲を持っていた。直撃すれば即死を免れまい。
 口角が上がった。無茶をしないと誓った鳳翔さんの顔が僅かに浮かんだが、消えた。赤城の顔は浮かばなかった。今前に浮かぶ戦艦も、巡洋艦も視界の、否意識の外だった。ただ姫だけが意識の中心にあった。
「くっくっくっ」
 知らずと笑みが溢れる。そう、私は姫だけを意識に捉えた。同時に、姫に心を捕らえられていた。奴は殺さねばなるまい。強大な敵である故の闘争心、一個人としての生存本能、そうして、姫の名の通り美しい奴への加虐心。むき出しの下卑た心が顔に笑みを貼り付ける。殺してやる、それだけが脳に在る。それ以外の道徳心やら冷静さなんてものは一切が脳の奥底になりを潜めた。
 不意に敵の砲弾が腰の装甲に当たった。それは容易に装甲を貫徹し、その纏った風で皮膚を僅かに裂いて後ろに流れていった。あとほんの数寸ずれていれば私の下半身は上半身と別の道へと進んだだろう。
「下手くそ」
 普段ならば臆すだろうそれは、今となれば私の興奮を加速させるだけだった。同時に、自信を加速的に肥大化させる。
 足の機関は唸りを上げている。互いがほぼ全力での進撃の中、私の吶喊は正しく電撃的である。一方的にこちらの射程外から撃たれた間合いは一撃の被弾のみで駆け抜けて、互いの射程内へと潜り込んだ。だが、止まらない。個体数は一対六、砲門差は考えるだけ莫迦らしい。故に、私ができることは敵の殿を落とす事のみ。砲撃戦なぞ、以ての外。
 敵の魁の巡洋艦を横目に過ぎると同時、二番艦と魁の直線上に進路を取る。相手は誤射を恐れて水平射は行えまい。そうして足元を狙うだけならば、容易に避けられる。
 同様に、二番艦の巡洋艦を横に過ぎる。三番艦、四番艦も。そうして四番艦と五番艦との合間に踊り出て直ぐに、私は左手の二連装砲を放った。五番艦の戦艦は守りに入る。後ろに構えるのは殿だ。避けるわけにもいかないのだから。
 私は進路を変えず、私の放った砲弾を装甲で弾いた戦艦へと向かう。奴は砲塔をこちらに向ける。数多もの黒い穴が私に顔を覗かせた。
 空想した。私がもし、奴ならば何時どのようにその砲弾を放つか、と。恐らくそれはもう少し近づいてからだ。散布は凹型。四番艦を配慮すれば基本そうなる。そうして相手が横手に逃げようとすれば弾幕が厚く好都合。
 だから、私は自身が思い描いた間合いになるその瞬間に、水上を跳ねた。それと同時に、自身の下と横に砲弾が過ぎていくのを確かに見た。
 右手を水面につけながら着水し、なんとか姿勢を崩さずに五番艦との彼我距離を詰め、そうして抜かす。正面に見据えるのは姫。近づいてよりはっきりと分かる美しさ。故に、より強く思った。奴を(ころ)してやろう、と。
 姫は砲撃をしない。その事に、ただただ楽しさが湧きい出た。奴は、私の砲撃を僅か足りとも警戒していないのだ。そうして同時に私の全てを見きったつもりなのだ。この余裕は、私の手を見てから殺すという自信の現れである。笑う。笑ってしまう。ここで臆すような奴だと、(ころ)す楽しみが半減してしまう。その点この姫は素晴らしかった。実に、(ころ)しがいがある。
 全力の吶喊という事もあり、姫との距離は瞬く間に縮まった。彼我はもうじき十間を割る。文字通り、本当の意味での殴り合いの距離となる。
 初めて、姫は動いた。その巨大なる両腕を開きこちらを見据える。来い、奴はそう言っていた。私は奥歯を噛みしめる。この攻勢に、奴の生死はかかっているのだから。姫は右手を動かす。その指で私の体を穿たんと突き出す。だが、私は左手を挙げ、臆さずに尚間合いを詰める。自身の体に迫る指を、僅かに体を反らし避ける。しかし、姫の巨大な手は残る指を使い私の体を挟み付けた。足が海を離れる。勢いを殺された挙句挟まれた胸部が酷く痛い。骨折は免れてはいないだろう。
 私は笑みを浮かべた。ここまで全てが、私の思うた通りに事は進んでいる。姫の顔が眼前にあるこの状況で、先挙げた左手は、まだ自由に使えるのだから。
「ほら」
 一発、左手に構える連装砲の片方が火を吹くと同時、右手で魚雷発射装置を操作。轟音が耳をつんざく。更に一拍置いて、魚雷が着水する音をかき消すようにもう片方を撃つ。轟音で逸れた視界をまた姫に向けた時、撃ったはずの顔面は、もう片方の腕で遮られていた。普段は有り得ない程の近距離での射撃。如何な姫であれ直撃は効いただろう。その黒い巨腕は直撃した場所が割れ、中から赤い血が出ている。しかし、それだけ。今、無防備な顔面は私の前にある。だが、左手の砲塔は撃ち切った。右手は胸部と共に姫の指で抑えられている。持ち上げる事なんて出来やしない。私は先の砲撃の時、持ちうる全ての手を切ったのだ。
「死ネ」
 姫は、私に興味をなくしたようだった。だから、本当に、その事が可笑しくて堪らずにまだ私は笑い続けた。私は、持ちうる全ての手を切ったのだ。それが砲撃だけなわけがあるまいに!
「死ねぇ!」
 私の絶叫と共に、海面が四度爆ぜた。同時に私を空中に留めていた姫の指は力を失い、私は海へと落ちた。先の爆発で壊れたのか、左足の船底はすぐさま海へと沈んだ。何とか右足だけで体を支える。
 私は左手の砲塔に装填作業をしながら、雨のように降り注ぐ海水の中姫を見た。奴はもう、船としての役割は果たせていなかった。ただ、必死に水面を掻いているだけだった。その姿を見て、私は体が動かなくなった。そこには深海棲鬼も、強大な敵も、美しい姫も居なかった。当たり前のように、行きたいと願う一つの生命がそこに在った。
 笑いは浮かばなかった。殺意も、闘争心もなりを潜めた。今はただ、先どこかへ行ったはずの道徳心と冷静さだけが脳内に残った。
 姫は必死に手を動かす。体に似合わぬ巨大な手は動かしにくいだろう。強力な艤装も、今となれば邪魔なだけ。浮かべるはずもない。だが、姫は手を動かす。海水に口を塞がれた今では息一つさえままならないだろう。
 私は姫に近づいた。姫は、私を見返す。ただ、手は伸ばしては来なかった。その事に、もう、嬉しさなんて湧いては来なかった。助けるならば今を除いてない。ただ、こいつは深海棲鬼だ。助ければいつか、また戦うことになる。そうなれば死ぬのは、次はどちらか。
 突然に水面が爆ぜた。視線を向けると、戦艦型の深海棲鬼がこちらに砲塔を向けていた。
「嗚呼」
 そうだった。この私の最後の攻勢で決まるのは、姫の生死だったのだ。丙艦隊へ向かった時点で私の死は確定している。姫を助ける何て選択肢は元より存在しえなかった。私も、こいつと運命を共にするしかなかったのだった。
 左手の砲塔を挙げようとするが、肋が激痛を発して叶わなかった。私は姫の目の前で屈む。他の深海棲鬼も、姫の近くには撃てまい。
 そうして、私は沈みゆく姫に砲塔を向けた。左手を殆ど真下に向けて、その瞳をしかと見て。
 右手で姫の髪の毛を掴み、顔だけ海面から引きずり出す。
「遺言くらいは聞こう」
 私の言葉に、姫は表情を変えなかった。それが、羨ましかった。敵とは云え天晴と言おうか。その心、私より強かに違いない。
「黄泉路ノ同行人、頼モウゾ」
 姫は私を認めてくれたらしい。黄泉路の同行人のご指名だ。きっと、同行人とすれば姫は中々の奴だろう。楽しい旅路となりそうだ。
「待っとけ。直ぐ逝くさ」
 砲塔を彼女に向ける。殆ど真下にいる彼女に、私は砲撃を---。
 爆発音。私は……無傷。では何があった? 視線を周りへと向けると、人として致命的な部位が消えた戦艦級深海棲鬼が見えた。そうして突然の砲撃戦。混乱する頭で考える。相手は、誰だ?
「所属と名前は?」
 無線から入ったその声に、聞き覚えはなかった。ただ、どうやら今丙艦隊と砲撃戦を開始したのはどこかの艦娘らしい。
「珠瀬鎮守府第二艦隊旗艦、木曾だ。そちらは」
「珠瀬鎮守府第四艦隊旗艦、伊勢よ。援護するわ、撤退して」
「そいつは無理だな。今は浮いている事がやっとだ。あんたらは逃げな」
「私達の任務はその敵艦隊の撃滅よ。それまで、頑張って生きてなさい」
 了解と返しつつ、私は左手の砲塔を捨てた。そうして魚雷発射装置の類も全部捨てていく。左足の船底は機能していないのだから、軽くしないといけなかった。
「何ノツモリダ」
 姫のその手を握るには。
「俺はここで生き延びそうだ。旅路の同行人が生き残っちまうと嫌だろう?」
「既ニ仲間ハ死ンダ。同行人ニハ困ラナイ」
「俺もお前が旅路の同行人がいいなと思っちまったのさ。俺が死ぬまで待っとけ。まぁ、俺が殺さなくても俺の仲間はお前を殺すかもしれんが。その時は頑張って俺を殺すといい」
 言いながら、姫の武装を外していく。姫は抵抗せず、ただ私に手を握られたままだった。私に負けたゆえなのか、他に理由があるかはわからない。暫くすれば、姫はただの人のような身なりとなった。
 私は姫の手を握りながら、遠く、満月を見上げた。直ぐ側で湧く砲撃音も、今は遠く聞こえる。右手で掴んだ姫の手は酷く冷たかった。深海棲鬼、嘗ての艦娘。何故、彼女はただの深海棲鬼に成らずに姫となったのか。そうだ、それを聞こう。
「なぁ、お前は何で姫になったんだ?」
「……ソレハ死ンデカラ語ロウゾ。黄泉路ノ楽シミニシテオケ。ダガ、ソウダナ。今ハ代ワリニ何ヲ語ロウカ。聞イテクレルカ?」
 右手で姫の手を強く握りながら、私は彼女に言葉を返した。
「ああ。聞くさ」
 互いが死んだ後も、ずっと。 
 

 
後書き
木曾編終了です。木曾編は元々2013年の5月に考えたネタでした([作]2013年 05月 19日 00時 01分 )ので、二年かかったことになりました。その間に色々な変更点がありました。
鳳翔の過去編の半分を削除、敵の変更(姫は登場しない予定でした)。艦隊編成諸々。ラストはもう少しさっぱりする予定でしたが、気がつけば姫との一騎打ちになってましたね。

とりあえずは一区切りです。今まで付き合ってくれた人は恐らくいないでしょうけど(ただ一人の感想つけた人御免なさい)これで木曾編終了です。もし、次を書くならば木曾が戦っている時と同時間の珠瀬鎮守府から提督目線でスタートしたいですね。まだ明かされていないところが沢山あるので(作者のやる気が持てば)書きたいです。小説家になろうのほうで上げてる作品も書かなきゃいけないのでいつになるのかは皆目検討がつきませんが。

今までありがとうございました。
またいつか機会があれば会いましょう。それでは。
2015/7/3 
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