藤崎京之介怪異譚
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case.4 「静謐の檻」
Ⅷ 7.4.AM6:57
「藤崎先生、大変です!」
翌朝、俺はその大声で飛び起きた。
それは山之内氏の声で、まるで悲鳴のようにも聞こえた。俺は直ぐに鍵を開け、外へいる山之内氏に聞いた。
「どうしたんですか!?」
山之内氏は真っ青になっていて、何か嫌なことが起きたのは一目瞭然だった。
「金井さんが…金井さんが…!」
「落ち着いて下さい。金井さんって、あの庭師のご老人ですか?」
「は…はい!金井さんが裏庭で死んでいるんです!」
何てことだ…!また死者が出てしまった…。
「警察には連絡しましたか?」
「はい。見つけた仲居が直ぐに通報を…。それを聞いて、私は先生のところへ参りました。とにかく、早くいらして下さい!」
「分かりました。着替えてから直ぐに行きますので、先に行っていて下さい。」
俺はそう言って着替えに戻り、山之内氏の後を追った。
旅館内は既には騒然となっており、客同士があちらこちらで話している姿が目についた。二日前に仲居頭の吉岡さんが亡くなり、続けざまに庭師の金井さんなのだから…。今もこの旅館にはかなりの客が宿泊しているが、さすがにキャンセルが相次いでいる様で、従業員は右往左往していた。
俺はそんな中で裏庭へと出ると、少し先に山之内氏と数人の従業員達がいるのが見えた。そこには大きな岩上あり、幾つかの庭木が植えてあった。これで死体の発見が遅れたのだろう…。でなければ、仲居ではなく宿泊客が先に発見している筈だからだ。
「山之内さん…遺体は?」
俺は率直に尋ねると、山之内氏は無言のままそれがある方を指差した。
そちらに視線を移すと、そこには白髪の老人…金井さんが倒れていた。肌は既に蒼白く、近付かなくとも死んでいることが分かった。だが…近付いて見ると、その死に顔は異常だった。何か恐ろしいものでも見たかのような驚愕した表情を浮かべ、それが時を止めたようにはっきりと残されていたのだ。
「誰も遺体には触れてませんね?」
「は…はい…。」
皆は出来るだけ遺体を目にしないように返答をした。全員が彼の死に顔を見たのだろう…。中でも、一人の仲居の様子は不自然だった。遺体をみたショックとはまた違い、何かに怯えているように感じたのだ…。
その仲居とは、前に別館で話を聞こうと集まってもらった三人の一人で、帰り際に振り返った彼女だ。だが…ここにいるのもどうかと考え、俺は「皆さん、中へ入りましょう。」と言って、皆を旅館内へと移動させた。
暫くしてパトカーの音がしてたかと思えば、それと同時に、相模が眠そうな顔をしながら俺のところへとやってきたのだった。
「京…一体何の騒ぎだ…?」
「金井さんが…亡くなったんだよ…。」
俺は相模にそう告げると、彼は一瞬で目が覚めたようで、驚いた様子で言った。
「何だって!?先日、仲居頭の吉岡さんが亡くなったばかりじゃないか!」
「そうなんだが…。」
俺は何と言ってよいやら検討もつかない。そうして暫くした時、山之内氏の隣に座っていた例の仲居が唐突に泣き崩れ、周囲の皆はビクッとした。
「菊代さん、どうしたの!?」
山之内氏は泣き崩れた仲居の肩に手をやって、そう彼女に聞いた。
「女将さん…私は…どうしたら…」
泣きながらそう言ったため、俺と相模、そして山之内氏は互い顔を見合せた。
「どうしたって言うんです?貴女がこれ程取り乱すなんて…。何か知っていることがあるのなら、このお二人に話して下さい。」
山之内氏がそう言うと、菊代と呼ばれた仲居は落ち着きを取り戻すように涙を拭い、深呼吸をしてから我々へと語り始めたのだった。
「これは…三十三年前の話に御座います。私も未だ若う御座いまして、この旅館で精一杯働かせて頂いておりました。私が入りまして数年後、先々代の龍之介様が旅館を土地ごと手放すと言う話を聞いたのです。ですが、先代の尚輝様は私共には案ずることはないと申しておいでで、私共は皆それを信じて働いておりました。」
菊代さんは過去を振り返るように、今まで誰にも語らずに仕舞っていた話を紡いでいたのだ。それは、先々代龍之介氏が失踪した謎を解き明かすものであり、我々はそれを聞いて愕然とする他なかったのだった…。
彼女の話によると、三十三年前の七月。先に亡くなった先代の尚輝氏、仲居頭の吉岡さん、そして庭師の金井さんの三人は、龍之介氏が旅館を売り払うのを阻止しようとしていた。三人はこの由緒ある旅館で働くことを生き甲斐とし、何よりもここが好きだったのだ。
だが、龍之介氏はそうではなく、横暴にも経営に据えていた尚輝氏を無理矢理外し、吉岡さんと金井さんまでもをクビにしようとしたのだ。彼らがいる限り、スムーズに事が運ばないことを悟っていたのだ。しかし、三人はこの横暴な振る舞いにその怒りを爆発させた。
この三人は共謀し、龍之介氏を亡き者にしたのだ。最初は自殺に見せ掛けようと試みたが、それでは全く辻褄が合わないと考え直し、最終的には失踪に見せ掛けることを思い付いたのだという。
龍之介氏は夕食後、部屋で一人珈琲を飲む習慣があったため、吉岡さんが予め用意していたタキシンという毒を入れて持って行かせたのだ。無論、その仲居は毒が入っているなど知りもしない。タキシンはかなり味がきついらしいが、煙草も酒も好きな龍之介氏には、これが分からなかったようだ…。
それから一時間程経って後、金井さんと尚輝氏が部屋へと入った時には龍之介氏は死んでいて、二人は遺体を何処かに隠したのだと…。
「私は…吉岡さんが珈琲に何かを入れるのを…見てしまったんです。数年してからそれとなく聞いてみたら、吉岡さんは全てを打ち明けてくれました…。私…今までこれを誰にも話しませんでした…。いいえ、話せませんでした…。」
「なぜです?貴女も共犯と見なされてしまいますよ?」
「良いのです!私だってこの旅館を愛し、誇りに思っておりますから。ただ、この真実は私一人には重いもので、誰かに話せないものかと…ずっと思っておったのです…。」
菊代さんはそう言うと、再び泣き崩れたのだった。この人はずっとその重荷を負っていたんだと思うと、胸が締め付けられるような気がする…。
もう三十三年…ん?三十三年…。
「三十三…そうか、三十三回忌だったんだ!だから今更…!」
「京、一体何言ってんだ?あそこに佐野さんが来てるんだが…。」
「いや、そんなことよりあの部屋へ行かないと…!あぁ、田邊君は起きてるか?」
俺はそう独り言を言いながら直ぐ様席を立ち、唖然としている相模や山之内氏を尻目に走り出したのだった。
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