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藤崎京之介怪異譚

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case.4 「静謐の檻」
  Ⅵ 7.3.AM10:49


 翌日、俺と相模は警察へと赴いていた。旅館での事件で調書を作成するためだが、旅館従業員は昨日中に終えていて、俺達は飽くまで外部の発見者として聴取を受ける。
 まぁ、周囲に漏らしたくない話をするために、わざわざ赴いてくるように言ったようだが…。佐野さん自体、恐らくは厄介なことこの上無いと言った風だろう。
「霊…ねぇ…。そんな非科学的なことを、とても調書にゃ書けんからなぁ…。君達のことは充分知ってるし、山桜事件や相模君の解決した古文書事件も前例としてなくはない。だが…そりゃ飽くまで例外としてであって、科学的に認められてるわけじゃなし、この事件は迷宮入りになるかねぇ…。」
 佐野さんは頬杖をつきながら、もう落胆しつつ窓の外を眺めている。まぁ無理もないが、ここで諦めてもらうには些か早すぎる…。
「でも佐野さん。他の未解決事件を解決出来たとなれば、それなりに結果を出せたことにはなるんじゃないですか?」
「藤崎君…。そんな大きな事件が立て続けなんてのは、僕は御免被るよ。」
「そりゃそうだ。京…警部殿の言う通りだ。だが、未解決事件ってのは…あれか?」
「ああ。あの旅館の先々代、龍之介氏の失踪事件のことだ。」
 俺が失踪事件の話に触れると、佐野さんは怪訝な顔をしてこちらを向いて言った。
「君達、あの龍之介氏の失踪を事件と考えてるのか?ファイルの中に一部の資料があったから目を通したことはあるが…。龍之介氏の周囲には、これといって事件性は無かったとの記述があった。本人の意思で失踪したと、当時の担当は考えていたようだけどなぁ…。失踪後一年近く経ってから、尚輝氏が捜査の打ち切りを申し出て直ぐに打ち切りられたのも、事件性が薄いと判断されてたからだと思うが?」
「はぁ?そんなこと出来るんですか?」
「ま、何の手掛かりも無かったようだし、何より親族にそう言われちゃ打ち切るしかないだろ?尚輝氏は、亡くなった妻の足跡でも回ってるんだろうと言っていたようだが。」
 佐野さんはそこまで言うと、もうぬるくなった茶を啜った。何とものんびりしているなぁ…。だが、そんな佐野さんに、相模が怪訝な顔をして問った。
「尚輝氏は、何か証拠でもあって捜査打ち切りを申請したのか?」
「資料に依れば、どうも龍之介氏の銀行口座から、定期的に金が引き出されていたらしくてな。そんな多い額ではなく、暮らせる範囲内の額だったから、龍之介氏本人だと考えたらしい。それも、引き出された銀行は、どこも龍之介氏の亡くなった妻が住んでいた土地であったから、それを根拠に打ち切りを申請したってことらしい。」
 何とも曖昧だな…。普通、それが本当に本人かどうか確かめたいと警察に頼むと思うが…。やはり、この事件には何かがある…。
 それに尚輝氏は何かを知っていたのだろうか?いや、知らない筈は無いんだ。知っていた…もしくは尚輝氏自らが何かをしたからこそ、打ち切りにさせたと考えるべきじゃないか?だが、その本人は既に病死して話を聞くことも出来ない…。
「佐野さん。先代の尚輝氏は、確かに病死だったんですか?」
「ん?あぁ…表向きはそうなってるが、調書では自殺らしいことも仄めかされいたよ…。それ以上は分からんがね。」
 佐野さんの話を聞き、俺と相模は眉間に皺を寄せた。このことを山之内氏は知ってたんだろうか?いや…妻である彼女が知らない筈はない…。では、そうと知っていてわざと隠したのか?
「それ、山之内夫人には伝えてあったんですか?」
 俺が口を開く前に、相模が佐野さんへと問い掛けた。佐野さんはその問いに、少し困った様な顔をしてこう答えた。
「どうやらなぁ…伝えてないようなんだ。自殺らしいと分かったのは、病死と判断されて随分経ってからなんだ。今更“自殺かも知れませんでした"なんて…そんな曖昧に伝えられるこっちゃないだろう?」
「どういうことですか?」
「まぁ…当時は俺もここに居なかった。どう調査されて終了したかは、もう推測の域を出ない。もしかすると、それとなく伝えたかも知れんが、なんせこの田舎町だ。事件性が無いと分かっているんだったら、無理に伝えることも無しと考えたかも知れんからなぁ…。」
 何だろう?この暗雲が垂れ込めいる様な感じは…。
 確かに、龍之介氏の失踪は三十年以上も前で仕方ないとしても、尚輝氏の亡くなったのは一年前…。まぁ、事件性無しで大半は破棄されたのかも知れないが、どうしてもしっくりこない。何か小骨が喉に刺さっているような…嫌な感じがするのだ…。
「佐野さん。もし…もしですよ?失踪した龍之介氏が殺害され、それを何らかの形で隠蔽されているとしたら?」
「藤崎君。仮にそうだとしても、既に時効だよ。民事では有効だが…刑法では裁けない。」
「でも、解決に意味はありますよね?」
「まぁ…それはそれで良いとは思うがね…。」
 佐野さんは別にどうと言う風もなく、力無さげにそう言ったのだった。
 その時、一人の男性が書類を持って部屋へと入ってきて、直ぐ様佐野さんの元へと歩み寄った。どうやら検死の結果を持ってきたようだ。書類を渡された佐野さんはそれを読むなり、はっきりと顔色を変えて俺達へと顔を向けた。
「こんなことが…あって良いのか…?」
 俺と相模は顔を見合せ、呆然としている佐野さんへと問った。
「何が書いてあるんですか…?」
 俺がそう言うと、佐野さんは未だ前に立つ男性に「君、これを説明してやってくれ。」と言って投げてしまったのだった。
 その男性はまだ若く、内容を知っているためか顔色が悪かった。
「警部…。これを一般人に明かして良いのでしょうか?」
「いいんだ。そもそも、この二人は一般人とは言えんからな。」
 どういう意味だ…?俺と相模は普通じゃないと言いたいのか?まぁ、それは考えないことにして…。
 前に立つ男性はそれを佐野さんの了解と受け取り、俺達に「では、説明致します。」と言って向き直った。この男性も、そんなに素直に納得しなくてもなぁ…。そう思いつつも、俺と相模はその説明を聞くこととなった。
 その説明は単純かつ、非常に奇っ怪なものだった。簡単に言うと、亡くなった吉岡さんの体…いや、骨には、全体に針金が巻き付いていたとの報告がなされていたのだ。検死官の取り出した針金は腐食もなく、真新しかったと…。
「どういうことだ?それじゃ、ついさっき…死ぬ直前にでも巻き付けられたってのか?そりゃ…有り得ねぇ話だな…。」
 相模も蒼くなりながら呟いた。人間の思考の範囲で、こんなことが起こり得る筈は無い。
「恐らくだが…これには意味がある。無意味にこんなことが起きるなんてないからな。」
 俺がそう言うと、呆然としていた佐野さんが口を開いた。
「藤崎君…。そりゃ何かの意図があったにせよ、なぜ生きてる人間の骨に…それも傷を付けずに針金を巻くなんてことが出来るんだ?正直な話、こりゃ警察…いや、現代のどんな事件を紐解いても、全く解読不能だよ。」
 どうしようもないと言う風に、佐野さんは両手を挙げた。そう…今の段階では、どう動いてみようもないのだ。
 もし、龍之介氏が亡くなっていて、その思いが今回の件に関連しているのなら…早く遺体を見付けなくてはならない。その遺体が…記憶の発信源になっていて、尚且つ霊の力の源になっているんだからな…。
「田邊君が何か情報を掴んでると良いが…。」
 俺は一人呟いた。窓の外には澄んだ青空が広がっている。今年の梅雨は、殆んど雨らしい雨は無かったが、とてもこの快晴の青空を心地好いとは思えなかった。この青空の下、このままでは第二、第三の犠牲者が出るかも知れないのだ。
「佐野さん、僕らは戻ります。あちらでも少なからず知り得ることがあるかも知れませんし、ここに留まっていても解決しませんからね。」
「そうだな…。今日はもういい。ま、何かあったら携帯へ連絡入れてくれ。」「分かりました。それじゃ、帰ります。」
 俺はそう言うと、相模と共に警察署を出たのだった。
 外へ出ると、嫌味な程に雲一つない青空が広がり、下界とは違った閑な時を刻んでいた。まるで悪夢でも見て飛び起きた後に見た朝の光のようだった。
 だが…これは現実で夢なんかじゃない。だから…次に起こるであろう事件を、何としても防がなくてはならないんだ。

 だが…それは起きてしまったのだ…。もう少し早く…気付いていれば…。



 
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