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ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか

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怪物祭、当日

 
前書き
二十三話「怪狼の顎門」に修正があります。
テュールが目覚めた時刻を十時から九時に変更してます。 

 


 「遅い」
 「…………まったくだ。昨日のうちに帰ると言っていたのだが」
 「一番楽しみにしていたのに」
 「そうね」

 デイドラの所在なさ気な呟きにノエルは首肯し言い、リズが悔やむような顔で追従して、ミネロヴァは淡泊に一言だけ口にする。
 現在地は【テュール・ファミリア】のホーム。
 時刻は八時半を回ったところ。
 テュールが椿の工房で目覚めるおよそ三〇分前のことだ。
 デイドラとノエルは普段着だったが、リズとミネロヴァは張り切っているのか、リズは起伏の乏しい体を白のセーター生地のチューブトップとジーンズ生地のホットパンツで包んでいて、ミネロヴァは起伏が激しい体を胸元にフリルが連なった限りなく黒に近い暗紫色の豪奢でありながら上品な風合いのドレスで包んでいた。

 「テュール様がどこに行ったかわからないんですか?」
 「ああ、ただ秘密としか言わなかった」
 「あの、テュールのことだから何してるか何となくわかるような気がするのだけれどね」

 と、ノエルとリズ、ミネロヴァの三人が会談するのを遠いことのようにデイドラは一人時が止まったように微動だにしていなかった。
 彼の耳には未だにあの幾千の声がうねりこだましていた。
 昨夜からずっと聞こえていて、眠りにつこうとするデイドラには、それは子守唄の対極にあるようなものだった。
  父の声、母の声、姉の声、兄の声、妹の声、幼馴染みの声、近所の老爺の声、老婆の声、よく知らない村の外れに住んでいた男の声、会話などしたことのない遠くで暮らしていた女の声、様々な声が怨嗟となって彼に押し寄せていた。
 しかし、理由はわからないが、唐突にそれらの声は遠ざかり闇に消え、精神的に困憊だったデイドラは張っていた糸を緩めると、そのまま深い眠りについた。
 そして、起きた翌朝、彼の耳には夢のように朧げな声を聞いていた。
 それは昨夜のように生々しいものではなく、その余韻、残響のようなもので、感情はそこには介在していなかった。
 それを耳にデイドラは思索に耽っていた。

 (これは、あのときの夢の続き?)

 デイドラは一番に二日前の夜のことを思い出していた。
 夢にうなされていた自分をノエルが抱きしめてくれたあの夜を、デイドラは夢の内容も含めて忘れられずにいた。
 自分を包む炎の海と怨嗟の声は今でも確かに鮮明に覚えているが、それよりもあのときノエルに抱きしめられた感触や温もりの方が体中に今でも鮮明に感じられた。
 そのことを思うデイドラは恥ずかしさに、それと懐かしさに自分の頬まで熱を帯びていくのを感じていた。

 「デイドラ、大丈夫か?顔が赤いぞ」
 「わっ」

 そんなことを思っているときにノエルの顔が突然に間近かに視界に飛び込んできて、デイドラは飛び上がりようにして驚いた。
 デイドラは全く気付いていなかったが、ノエルとリズ、ミネロヴァが三人で話し合っていて、少しもかからずその話し合いが終わると、ずっと黙り込んでいるデイドラをノエルが不審に思って声をかけたのだが、全く反応しなかったのだ。
 そのためノエルがデイドラの顔を覗き込んだのだ。

 「だ、大丈夫っ。少し、考え事していただけ」
 「えー、誰のことを考えていたの~?」
 「あら、私のことかしら?」

 そして、デイドラの返事をどう勘違いしたのか、リズとミネロヴァが図々しくデイドラとノエルの間に割り込み、更に顔を寄せてくる。

 「お前達、デイドラをあまりからかうな」

 その二人にノエルが後ろから言う。

 「からかったりしていませんよ~」
 「私もそうよ」
 「ミネロヴァさんはからっているでしょっ」
 「いいじゃない、可愛いんだから」
 「………………」
 「だから、からかうなと言っているだろう」

 面と向かって可愛いと言われ、デイドラが一瞬で赤くさせた顔を俯かせたのを見兼ねてノエルが割って入る。

 「それより、デイドラ、リズとミネロヴァと円形闘技場(アンフィテアトルム)に先に行っていてくれないか?」
 「アンフィ…………?」
 「アンフィテアトルムよ。怪物祭の会場ね」

 円形闘技場を知らなかったデイドラにミネロヴァが我先に教えてやる。

 「えっ、ノエルはどうするの?」
 「私はここでテュールを待つ。だから、お前は先に行って待っていてくれ」
 「えっ、それなら俺も――」
 「いや、いい」

 まるでデイドラが自分も残ると言うとわかっていたようにノエルは彼の言葉を遮った。
 そのノエルの口元には深い笑みが浮かんでいた。

 「デイドラは怪物祭を見るのは初めてだろう。それならなるべく全部見た方がいい」
 「……うん、わかった」

 デイドラは、誰も気付かないぐらいに一瞬硬直してから、笑みを浮かべて答える。
 硬直する一瞬前に、不意に、本当に不意に、笑みを浮かべるノエルの姿が、姉に見えたのだ。

 「そうか。あんなに楽しみにしていたテュールのことだからきっとすぐに来るだろう」

 ノエルはそのデイドラに家族に向けるようなそんな愛で満たされた笑みを浮かべる。
 それに再びデイドラはノエルの姿に何年も見てきた姉が笑みを浮かべた姿が重なる。

 ――何を勘違いしているの?私はデイドラが見捨てて死んだんじゃない――

 そのデイドラの耳に昨夜のような生々しい――姉の声が響く。
 その声に絶句する間もなく、誰にも不審に思われる間もなく、

 「そういうことだから、早く行こっ、デイドラっ!」
 「そうね、あのロリ神だったらすぐに来るわ」

 リズとミネロヴァに両手を拘束され、引っ張られた。

 「う、うん」

 それになさられるがままにされながら、デイドラはこちらに手を振るノエルを見ていた。

 「じゃあ、先に行ってくる」

 そのノエルにデイドラはぎこちない笑みを返す。
 ぎこちないのはリズとミネロヴァに密着されているからだろうと思ったノエルはそんなデイドラに微苦笑を送って

 「ああ、待っていてくれ」

 と言った。


     ◆


 「す、すごい」

 デイドラは中央広場から東のメインストリートに入る入口で呆然としていた。
 円形闘技場に向かう東のメインストリートはデイドラが見たことないほどに人で溢れていて、露店の店員やらの掛け声や怪物祭に胸を馳せる人々のざわめきが音の瀑布となって彼に押し寄せていた。

 「こんなことで驚いていたらダメだよっ、デイドラ」
 「いいじゃない、初めてなのよ。それに驚いている顔なんてそうそう見れるものじゃないわよ」

 と言うのは、デイドラの両手にしがみついているリズと絡み付いているミネロヴァだ。
 小さな膨らみを左腕に特大の膨らみを右側頭部に押し付けられていたが、かなり広いメインストリートが見たこともない人や亜人でごった返している光景にデイドラはそれどころではなかった。

 「ていうか、早く行こっ、もう始まるよ」
 「うん、わかった」

 デイドラは未だ驚いていてリズの声に生返事をすると、リズとミネロヴァに引っ張られるようにして、東のメインストリートに向かっていった。
 これから何が起こるとも知らずに。 
 

 
後書き
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