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黒魔術師松本沙耶香  紅雪篇

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8部分:第八章


第八章

「どうぞ」
「わかりました」
 くすりと笑ってドアを開ける。そして中に入る。部屋は機能的な事務室であった。個室であるが決して贅沢なものではない。執務机もソファーも。到って質素なものであった。
「お久し振り」
 沙耶香は部屋の中にいる女に声をかけた。そこには黒髪をショートボブにしたうで整髪料で寝かし黒っぽいスーツに膝までのタイトとストッキングで身体を覆った女が部屋の中央に立っていた。顔は鋭利で目の辺りの化粧が青い。整っているがかなrきつい感じの美女がそこにいた。
「貴女だったの」
 美女は沙耶香の顔を見て声をかけてきた。
「誰かと思えば」
「意外な来客だったかしら」
「ええ」
 彼女は憮然として答えた。
「その通りよ」
「嫌な客だったかしら」
「そうは言っていないけれど」
 しかし顔は憮然としているのがわかる。
「ただ、ね」
「何か不安でも?」
「いえ」
 やはり渋い顔をしながら沙耶香に応える。それに対して彼女は面白そうに笑っていた。
「篠原佐智子警視正」
 あらたまって彼女の名を口にしてきた。
「警視庁きっての才媛」
「お世辞かしら」
「そうね」
 くすりと笑ってそれに述べてきた。
「そうかもね」
「ではそのお世辞は何のつもりなのかしら」
 佐智子は沙耶香に問うてきた。
「この雪のこと?」
「察しがいいわね」
「否定はしないわ」
 沙耶香を見据えたまま述べてきた。その目は美しいが鋭い光を放っていた。だが沙耶香にとってその光は楽しい光であった。
「紅の雪ね」
「ええ」
 佐智子は沙耶香の言葉に応えてきた。
「貴女なら心当たりがあって?」
「残念だけれど」
 佐智子は首を横に振って述べてきた。
「ないわ。皆目見当がつかないわ」
「そうなの」
「白い雪を降らせるのは聞いたことがあるわ。というか知ってるわ」
 彼女は述べる。忌々しげに窓のその紅い雪を見ながら。それは暗くなってきた空に無言で降り続けていた。
「雪女とかね」
「雪女」
「けれどね」
 佐智子はまた言葉を出してきた。
「ここまで降らせる雪女だと」
「そうはいないわね」
 沙耶香も静かな声で述べてきた。彼女も窓を見ている。
「やっぱり」
「このままだと東京の機能が麻痺してしまうわ」
 佐智子の危惧は的確であった。実際にそれが囁かれだしているところなのである。警視庁としても治安の面からそれは避けたかったのだ。
「今のうちに何とかしないと」
「雪女ね」
 沙耶香は佐智子が危惧して顎に手を当てて困っているところでその名を呟いていた。
「若しかすると」
「どうしたの?」
「いえ」
 彼女に応えて述べてきた。
「若しかしたらね」
「ええ」
 佐智子は沙耶香のその話を聞いてきた。顎から手を離し顔を彼女に向けてきている。顔も曇ったものから真摯なものになってきていた。
「雪女なのかも」
「その根拠は!?」
「勘よ。いえ」
 だがここでそれを訂正してきた。
「何かね。何処かで見たような」
 今度は沙耶香が考える顔になってきた。右手をその整った顎にかけてきていた。
「何処かで」
「思い出せないの?」
「申し訳ないけれど今は」
 そう答えるしかなかった。
「そこまではね」
「そう」
 その言葉を聞いて明らかに落胆した感じになっていた。
「ならいいわ」
「そうなの」
「どちらにしろ今この雪を何とかできるのは貴女だけみたいね」
 また窓の雪を見た。相変わらず降り止む気配はなかった。
「警視庁のそれ関係のスタッフは?」
「残念だけれど」
 空しく首を横に振るだけであった。それだけでわかる。
「何もね。掴めていないわ」
「やっぱりね」
「当然私もね」
 そして今度は苦笑いを浮かべてきた。
「交通課に何となく人を調べてももらっているけれど」
「それにさっき会ったわよ」
 沙耶香はくすりと笑ってそれを述べてきた。
「やけに初々しくて真面目な婦警さんにね」
「そう。けれど」
 ここでじっと沙耶香を見据えてきた。目の光がまた鋭くなる。
「頂いていないでしょうね」
「そちらを尋ねるの?」
 佐智子も沙耶香の嗜好は知っていた。知らない筈がないと言ってもいい。だから今尋ねてきたのである。沙耶香を見据えて。

 
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