黒魔術師松本沙耶香 紅雪篇
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7部分:第七章
第七章
「そうよ」
「まだ何か?」
「いえね。今時間あるかしら」
「勤務中ですので」
「そう、勤務中なの」
「すいません」
また頭を下げて謝る。
「じゃあいいわ。けれどね」
「けれど?」
「貴女の勤務が終わるのは何時かしら」
沙耶香はうっすらと笑いながらそれを尋ねてきた。
「よかったら・・・・・いえ、いいわ」
「!?」
「何でもないわ。忘れて」
「はあ」
婦警はよくわからないがそれに頷いた。
「じゃあ」
「あの、御迷惑おかけしました」
「いいって言ってるじゃない」
笑ってまた返す。
「仕事だから。気にしなくていいわ」
「はい」
「それに私もね。仕事中なのだし」
「そうなのですか」
「歩くのもまた仕事なのよ」
そうした仕事も確かにある。沙耶香の本当の仕事もまたそうである。歩くのからも何かと得られるものがある仕事なのである。だから彼女は今こうしてここにいるのである。
「じゃあ。またね」
「はい、また」
沙耶香は婦警と別れた。その足である場所に向かうのであった。
そこは警視庁であった。通称桜田門と呼ばれているあの場所である。
「あの」
「何でしょうか」
受付にやってきてそこにいる婦人警官に声をかける。するとすぐに事務的というよりは機械的な声が返ってきた。それを警察的と言うか官僚的と言うかは微妙であるがそれは沙耶香にとってはどうでもいいことであった。
「篠原警視正はおられるかしら」
「まずは貴女の身分を証明して頂けないでしょうか」
「身分ね」
沙耶香はそれを聞いて笑みを浮かべながら応えてきた。
「わかったわ。じゃあこれを」
そう言ってまたあの運転免許と偽りの身分証明書を出してきた。もっとも運転免許にしろ彼女は運転というものをまずしない。だから上辺だけの身分証明にしか役に立っていないのである。
「これでいいかしら」
「はい。篠原警視正ですね」
「ええ。あと」
「あと?」
「松本という女が来たと言えばいいわ」
「松本さん、ですか」
「私のことよ」
沙耶香は述べる。
「それでいいわ。ではお願いね」
「はい。それでは」
その篠原警視正の部屋に案内される。その部屋は警視庁のかなり上の方にあった。沙耶香はそこを案内役の警官に先導されて行くのであった。
「またかなり上の方になったわね」
「そうなのですか」
「前来た時はそうじゃなかったのに」
「警視正も役職が変わられましたからね」
「そうなの」
これは沙耶香にとっては初耳であった。
「何時の間に」
「ついこの間です」
若い男の警官はこう答えてきた。見れば清々しい感じの好青年であった。如何にもといった感じの正義感に溢れる真面目な警察官であった。
「それで今もそこにおられます」
「そうだったの。それにしても」
ちらりと警視庁の建物の中を見回す。殺風景と言えば殺風景な事務的なオフィスであった。警察らしいと言うべきであろうか。
「相変わらずね。ここは」
「相変わらずとは」
「味気ないけれど。いい場所ね」
「!?」
「感じないかしら」
そう語ったうえで今度は若い警官に語り掛けてきていた。
「この感じが。警視庁の中の感じ」
「よくわかりませんが」
「わからなければいいわ」
笑って述べてきた。
「わからなくていいこともあるから」
「そう言われると何かおっかないですね」
こうした言葉を聞くとどうにも背筋が冷たくなってしまう。沙耶香もそれはわかっていた。だが悪戯の意味もあってわざと言ったのである。
「ここもそうした噂多いですから」
「そうね」
「そうねって。じゃあ」
「例えば壁に人の顔が浮かび出るとか」
「そうした噂はしょっちゅうかも、ですね」
どうしても警察や自衛隊の施設はそうなってしまう。自衛隊の市ヶ谷なぞはそれでかなり有名になっている。かつては陸軍士官学校もあり訓練により死人もあったからだ。他にも様々な事件があった。中には社会問題にまで発展してしまった事件も起こっているのである。
「あまり聞きたくはないです」
「まあないに越したことはないわ」
沙耶香は楽しむようにして述べる。
「そんな話は」
「全くです。さて」
若い警官は奥の一室の前で立ち止まってきた。そこにはほぼ黒と言っていいダークブラウンの扉があった。そこに何か物々しい名前の部屋の名称がかけられていた。
「こちらです」
「今その部屋の中におられるのね」
「はい」
彼は沙耶香の言葉に答えてきた。
「左様です」
「わかったわ。じゃあ」
それを受けてすっと前に出る。影のように流れる動きであった。
「有り難う」
「あっ、開けますが」
「いいわ、それは」
彼に顔を向けてすっと笑って言ってきた。
「一人でね。いいから」
「左様ですか」
「ええ。だから」
そのうえで言う。
「お疲れ様」
「はあ」
若い警官を退けて部屋に入る。ドアをノックすると低い大人の女の声がしてきた。
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