K's-戦姫に添う3人の戦士-
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2期/ヨハン編
K4 キモダメシ
武装集団“フィーネ”は日本での潜伏先として、浜崎病院という廃病院を使うことになっていた。
怪談やきな臭い噂が残る廃病院。潜伏には打ってつけだ。
しかしその場所も不良の溜まり場になっていたり、面倒臭い取引の現場になっていたりしないとも限らない。
そこで。
「「キモダメシ?」」
「うん。日本では伝統的な夏の遊びらしくてね。単なる度胸試しなんだけど。せっかくの廃墟なんだ。散策ついでにやってみないかい? 僕としては、二人と一緒に行きたいな」
二人と行きたい、の部分でヨハンは、調と切歌の目線の高さに合うように屈んだ。
「ヨハンがそうしたいなら、わたしはいいよ」
「そこまでお願いするなら付き合ってあげるデス」
「ありがとう。じゃあ決まりだ。準備しよう」
――準備といっても、ヨハンが用意するものは懐中電灯と院内の見取り図だけだった。
それらを揃えて日が落ちるのを待ち、ヨハン・調・切歌の即席探検隊は、夜の廃病院へ踏み込んだ。
切歌は正直に腕をホールドして、調は控えめにジャケットの裾を掴んで、それぞれヨハンに付いて来る。ヨハンの内心は日本語にすると「何このカワイイ生き物」状態である。
(そもそも病院なんて“施設”と同じような造りなんだから、怖がる場所でもないだろうに。強いて言えば痛がる場所ではあるけど。僕にとっては)
ヨハンはつい過去の実験の数々を連想した。
「ヨハン、どうしたの? 怖い顔」
はっとする。調も切歌も不安げにヨハンを見上げている。
ヨハンはしばし置き、どうにか笑顔を作った。
「ごめん。考え事してた」
「大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。心配してくれてありがとう、調」
調も切歌も安心したような表情を浮かべた。
(頼られる側の僕がこの体たらくでどうする。彼女たちを不安にさせちゃいけない)
ちちちちっ ガチャッガランッ
「キャアアアアアアアアアアアア!!!!」
切歌がヨハンの胴体を絞めた。もとい抱きついてきた。耳をつんざく大音声。潰れたカエルのような声が出かけたがガッツで押し戻した。
「き、切、歌。落ち着いて。ネズミ。あれ、ネズミだから」
「ほ、ほんとデスね? 絶対デスね?」
「うん、ホントだし絶対」
だから胴を絞めるのをやめてくれ、と思っても言わないのがヨハン・K・オスティナである。相手が切歌や調ならば特に。
やっと切歌が離れたところで、ヨハンは咳き込みながら急いで酸素を取り込んだ。
「――調?」
調はヨハンのジャケットを握ったまま直立不動。切歌がそんな調を指でつついた。
「フリーズしてるみたいデス……」
ヨハンは思わず噴き出しそうになったのを堪え、調の肩を抱き寄せた。
「調。調、大丈夫だよ。大丈夫。おかしなモノは何もいないから」
寄せた調の体が弛緩していくのを直接感じ取る。
「――――びっくりした」
こてん。調はヨハンの胸板に頭を軽く押しつけた。
その後も病室や診察室、手術室、薬品保管庫、リネン室、ナースステーションなどを歩いたが、最初のようなハプニングも起きず、彼らの「キモダメシ」は終わった。
「結局なーんもなかったデスね」
「きりちゃんの悲鳴、すごかった」
「調! それは言わないのがお約束デス!」
ヨハンは微笑ましい気分で、キモダメシの感想を言い合う調と切歌を見守り、彼女たちを寝るための部屋へ送り届けた。
「じゃあ、おやすみ、二人とも」
「ヨハンは寝ないの?」
「寝るよ。その前にマムのとこに顔を出しに行くだけ。放っておくとまた肉類オンリーの夜食ですませちゃいそうだから。差し入れでもしてくるよ」
「そっか。んじゃ、おやすみデース!」
「おやすみなさい」
部屋へ入っていった調と切歌に笑顔で手を振り、踵を返した瞬間には、すでにその顔に笑みはなかった。
ヨハンは病院の玄関と中庭の両方を一望できる渡り廊下まで来た。
しばらく病院の玄関を見下ろしていると、ヨハンよりは若く見える5人の男子が廃病院に入ってきた。
ヨハンは廊下を歩いていき、1階へ降りた。
柱に隠れて5人組の男子を見ていると、内一人、おどおどした男子が院内へ入って行った。
会話を盗み聞くに、素行のよくない日本人学生のようで、いわゆる「いじめっ子グループ」らしい。先ほどの男子を一人で廃病院の中へ無理やり行かせて、自分たちは彼を置いて帰ろうという魂胆だと聞き取れた。
ヨハンは静かに、大きく深呼吸して、帰ろうとしていたいじめっ子グループの前に立ちはだかった。
「んあ? 何だコイツ」
――怪談やきな臭い噂が残る廃病院。不良の溜まり場になっていたり、面倒臭い取引の現場になっていたりして、人が訪れないとも限らない。
――それこそがヨハンやナスターシャ、ウェルの狙い。
その夜、4人の少年が永遠の行方不明者になり、「夜の病院から悲鳴が聞こえる」という噂が旧浜崎病院の怪談に加わった。
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