K's-戦姫に添う3人の戦士-
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2期/ヨハン編
K3 影と添う
ヨハンは言語を英語に切り替えて通信機の向こうに話しかける。
『マリア。少しやり過ぎじゃない? ミス・サキモリとのデュオでドーパミン出ちゃった? 帰ってからマムに怒られても知らないよ』
対し、マリアも英語で答えた。
《無理難題を吹っかけるのがテロリストってものじゃないの? こう、人質を取って立て籠もったり、ビルごと爆破したり》
『それ絶対ソース、「ザ・ロック」と「ダイ・ハード」だよね。――間違ってないけど、僕らは特殊なテロリストなんだ。今オーディエンスに悪者判定食らったら、“本題”に入る時にまずいよ。僕らが頭の悪いテロリストと同類だと思われたんじゃ、本題さえバカバカしいと一笑に付されかねない。そういう使い方するために日本語を覚えたわけじゃないだろう? 悪党ゴッコは程々にね』
《分かってるわよ。……あなた、最近マムに似てきたわね》
通信が切れる。最後の一言でナスターシャの心労が察せられる気がした。
(マリアは天然なとこがあるからなあ。映画で勉強したのも、今日堂々と振る舞うためだろうし。間違った方向に行ったとしてもまだ可愛いものか)
ヨハンは改めて緒川慎次という名のエージェントを見据えた。
(さて。格好つけて名乗ったはいいけれど、この人、下調べではかーなーりヤバイ相手なんだよね。でもヤバイ相手だからこそ、マリアたちとやり合わせるなんてさせられない)
武器の類いは持ち込んでいないが、体術に覚えがないわけでもない。
今のヨハンがすべきは、このエージェントを足止めすることだ。
改めてヨハンは緒川に対し、徒手空拳で対峙した。
青年は何気なく立っているように見せて、隙がない。
緒川は静かに、懐に隠した銃に手を伸ばし、セーフティを解除した。
「僕が何か、と問いましたね。そちらの組織にも裏方はいるでしょう? あなたみたいに。組織の使い走りは僕。それだけの話です。そして使い走りである以上、こういう時には裏で働かないといけません。例えば――あなたが音響配信室に行って、この世界中継を停めてしまうのを邪魔するとかね」
「く…ッ」
緒川は情報エージェントだが、格闘に秀でてもいる(幼い翼の護衛だったこともある)。
果たして目の前の彼は、緒川と同じで実戦にも強い裏方か、はたまたこれらはハッタリか。それ次第で対応が大きく変わる。
「生中継を停めたいなら僕の屍を超えていけ、ってやつです!」
その言葉で、緒川は銃を出して青年を撃った。初撃なので急所は避けて。
しかし青年は弾丸を避けた。その上、次に青年がくり出したのは逆立ちからの回転キック。翼の“逆羅刹”と同じ技だ。
「一人くらい毛色が変わった奴がいた! くらいは覚えてもらわないと、僕らの目論みは今夜で終わってしまいますからね」
さすがに全て翼の真似はできないのか、キックを2発入れただけで青年は立ち上がり、緒川と距離を取った。
緒川はすかさず銃を撃つ。限られた弾数を、青年は右へ左へ避けていく。
(この反射神経、ギア装着中の翼さんにも及びかねない)
どうせ避けられるならば――緒川は青年の影に着弾させる軌道で銃を撃った。
決して当たらない軌道で撃たれたヨハンは、避けることもせず、自身の後ろの床に弾がめり込むのを見もしなかった。
それがアダとなった。
足がその場から動かない。足だけでなく、体全体が。
「Why!?」
母国語に戻るほど動揺した。
「あなたの影を床に縫いつけました。もう動けませんよ」
「影…床ですって? Chasing Shadowじゃあるまいし……っく、この!」
いくら体を捻っても、足はその場に縫い合わされたまま動かない。
「本当はこの場で拿捕すべきですが、先にやることがありますので。あなたの言う通り、世界中の視線の檻から翼さんを解放してあげないといけません。大人しくしていてください」
「く…っ」
緒川は銃口をヨハンに向けたまま後退し、やがて身を翻して走って行った。
ひとしきり試すが、どうやってもその場から動けない。めり込んだ弾丸を外そうとしたが、屈むこともできなかった。
本当に、心の底から遺憾で、致しかりしなのだが。
ヨハンは通信機のチャンネルを切歌と調に合わせた。
「二人とも聴こえる? ヨハンだよ」
《どうしたの? 珍しい》
「マリアのとこに行く前に、ちょーっと助けに来てほしいんだけど」
調と切歌は3分と待たずしてヨハンの前に現れた。
「ナニ変なポーズしてるデスか」
切歌のうろんな目がヨハンの胸に突き刺さった。
「は、はは。まあ、ちょっと。エキゾチック・ジャパンの洗礼を受けたというか。――切歌。お願いしてもいいかな。これ、伐るの」
「しょうがないデスねー」
切歌は紅いペンダントを取り出すと、ヨハンからも調からも距離を取り、祈りの手を組んだ。
「 ――Zeios Igalima rizen tron―― 」
聖詠。シンフォギアを纏う時に詠う、特定のメロディ。
切歌のそれは、さながら枯れた大地すら緑茂らす、潤しい音色。
装着時のエネルギードームが消える。
小悪魔テイストデザインのギアを纏った切歌は、手に持った鎌を大鎌へと変形させて構えた。
「動いちゃだめデスからね。――っは!」
大鎌はヨハンと影の「間」を薙いだ。この時ヨハンには、何かの糸がぶちぶちぶちと切れる音が聞こえた。
本来は「魂の両断」を特性とするイガリマだが、特性を延長すればこうして無形のモノを伐り裂くことも可能だ。
「ありがとう、切歌。おかげでやっと動けるよ」
「鈍くさいデスねー」
「らしくない」
解放されたヨハンは、手足を振って体の自由を確かめた。
「ごめん。今回は相手が悪かった。大目に見てよ」
「相手? 天羽々斬はステージに上がってたんじゃないの?」
「うん。僕が不覚を取ったのは、彼女本人じゃなくて、そのマネージャー」
「天羽々斬のマネージャー……データには諜報員ってあった」
「これが妙な技を使ってきてね。あれがジャパニーズ・ニンジャってやつなのかな」
「ニンジャ見たことない。ヨハン一人ずるい」
「どこまで脱線する気デスか……」
切歌が脱力したように肩を落としてから、ぱんぱん、と小気味よく手を叩いた。
「とにかく! ヨハンはドクターのガード、調はあたしと一緒にマリアの援軍デス!」
「「Aye-aye, Mom」」
調と切歌がステージに上がったのを見届けてから、ヨハンも逆方向へと走り出した。
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