K's-戦姫に添う3人の戦士-
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1~2期/啓編
K11 生還悪
知らないほうが幸せなこともある――いや~実に至言でしたよ藤尭さん。
何ていうか、ハイ、スゴイですね。翼さんの汚部屋レベル。緒川さんがわたしにお願いするはずだ。
――緒川さんに翼さんの部屋の片づけを手伝ってあげてください、なんて言われた日には、片付けが口実で、翼さんと話す機会をくれたんだと思ったけど。
逆でしたね。はい。
とりあえずは床に散らばった着替えやら回収しないと掃除機もかけられやしないもんね!
立花響、行きまーす!
…………
……
…
「ふあ~」
と、とりあえず床の物はあるべき位置に帰したぞ。あとは、ん~、掃除機にすべきか食器洗いにすべきか――
「――あなた、人の部屋で何やってるの?」
「うひゃあ!? つ、翼さん! ええっとこれ、これはですねえ、緒川さんに頼まれてっ」
「緒川さんの? そう…緒川さんの…」
「ええと、どれ捨てていいから分かんなかったんで。とりあえず服とか下着とかクローゼットに入れて、ようやく床が見えてきたところでして」
「――――ごめんなさい。その、こういうところに気が回らなくて」
翼さん、気遣わせちゃった。
「意外です。翼さんて何でも完璧にこなすイメージがありましたから」
立花は掃除機を引っ張り出し、電源を繋いで部屋にかけ始めた。
「真実は逆ね。私は戦うことしか知らないのよ」
掃除機の雑音に消えてしまえとばかりに小声で呟いた。
立花があらかた掃除機をかけ終わったところで、畳スペースに彼女を呼んだ。彼女は少し緊張した様子で私の正面に座った。
「あなたを呼び出すよう頼んだのは他でもないわ。戦う理由を教えてほしいからなの」
「わたしの、ですか?」
「いいえ。あなたの弟」
立花は俯き、正座の上で一度拳を握った。
「――あの子、中学校でいじめられてるんです。わたしのせいで」
「あなたの?」
「はい。わたしのせい。わたしが2年前のあのライブ会場で生き残っちゃったから」
飽きもせず机に積まれた中傷文やら雑誌やら。内容は読むまでもなく、「人殺しの弟」だの「税金ドロボー」だのだろう。
おれは紙類を集めると、それらを、わざと朝の教室に響き渡るように音を立てて破いた。細かく破いた。破いた紙は燃えるゴミ箱にポイだ。
暇人が彫刻刀で中傷を刻んだ机に座り、教科書を机の中に入れ、カバンを机のフックに掛けた。
どうせ話せるクラスメートはいないから、授業までは予習しかやることがない。
「生き残ったら、どうしてイジメに遭わなくちゃいけないの?」
「さあ、何ででしょう? わたしが教えてほしいです。現実、わたしはクラスで散々陰口言われたし、色んなイタズラされました。あの子も暴力を揮われたりしてるけど、言わないから」
――授業はあっというまに終わって放課後になった。
放課後といや部活。おれはバスケ部ね。特別バスケに愛着があったわけじゃない。入学して間もなく、勧誘中だった当時の先輩方に引き入れられただけだ。
体育館の更衣室で体操服とゼッケンに着替えてフロアに出る。
1年部員の数人はすでに来てアップを始めている。熱心で感心感心。
おれも隅で準備体操をすませる。んで、いざバスケットボールを持って練習に加わろうとした時だった。
背中に何かが激しくぶつけられた。
膝を突いた拍子に、手からボールが落ちて転がった。
ふり返る。同じバスケ部部員の同学年が、3人ほど集まってクスクス笑っている。懲りねえ奴ら。落としたボールを拾ってボックスに戻してっと――
そこの3人組。ツラ貸せ。
「わたしはいいです。でもお母さんやおばあちゃん、啓が毎日辛いのは……見てらんなくて」
「それでリディアンに入学したのか」
――クラブ活動はあっというまに終わって夕方になった。
あの後、おれにボールを投げた同級生連中とは少ーしばかり「お話」をした以外に、変わったことはなかった。部活動の練習メニューをこなし、たまに故意のボールをぶつけられつつ、今日も立花啓の一日は終わった。
チャリンコを漕いで寄り道せずに家に帰った。
近代的デザインが主流の住宅地にあって、「サ●エさん」風味の2階1戸建て。ここが立花家である。
1ヶ月前には響ちゃんも合わせて家族4人暮らし。今は響ちゃんがリディアン音楽学校に行ったので3人暮らしだ。
「ただいまー」
自室に上がる前に台所に顔を出す。義母さんが夕飯の支度をしていた。
「おかえり。今日は早かったのね。晩ごはんもうちょっとでできるから着替えてきなさい」
「はーい」
次に台所の隣の居間に入った。
「ばあちゃん、ただいま」
「ああ、啓ちゃん。お帰り。学校どうだった?」
「別に。いつもと変わらずフツー。母さんが夕飯もうすぐだって」
「啓は、あの子は、わたしの最悪の時代を知ってる家族の一人。自分一人が男だからって、無茶して、お父さんに殴られて。部活でも、本当はレギュラーなのにわたしの弟だからって理由で抜かされて。そうなっても、啓はわたしを守ってくれた。短い休み時間や昼休みは必ず会いに来てくれて。だから、啓が適合者だって分かった時、啓はきっとわたしのために戦うって決めたんです」
いつだってわたしを最優先で守る啓。いつだってわたしを心配して気遣いに来る啓。
その存在に何度救われたか。
「あなたを守る。それが彼の望みなのね。だから戦士となった」
「はい……わたしにはもったいないくらいの、素敵な男の子です」
素敵な男の子、とあえて口にした。いい弟、ではなく。
「だ、だから、いくら翼さんだってあげませんよっ。啓にはわたしが認めた人じゃなきゃ許さないんですから」
「しないわよ。そんなこと。こんな小姑が付いてるんじゃ、立花弟のまだ見ぬ恋人の苦労が思いやられるわね」
啓の、恋人。
何でだろう。わたし、ショック受けてる。
翼さんが言った「啓の恋人」ってフレーズが、胸を打ち抜いた気がした。
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