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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第2章 夜霧のラプソディ  2022/11
  15話 虚像と齟齬

「両陣営の将校が用いる戦術に於いて、他の小隊に救援を依頼するようなことは在り得ないはずです」


 ソファにて腰を落ち着けたティルネルは、用意した茶を見つめつつ問いに答えた。
 ヒヨリとアルゴに《彼女が黒エルフである》ことを証明して見せた――――寝袋を剥いでカーソルを合わすよう言っただけ――――後、情報収集することと相成ったのである。
 さて、俺が彼女に向けた質問は《召集》スキルについての仔細である。本来は機密事項にもなりそうな問いに対して、ティルネルは命の恩人だからと全ての問いに、自身が知る範疇で包み隠さず答えることを《セイタイジュ》とやらに誓ってくれた。一般常識で表現するところの《天地神明》のようなものだろうかと思われるが、この際、些事としておこう。しかし、彼女は《召集》スキルの糸口を示すどころか、真っ向からその存在を否定してきたのである。


「仲間の冒険者が、森エルフの部隊との交戦中に増援を呼ばれたと話していた。しつこいかも知れないが、本当に在り得ないんだよな?」
「はい。この地での我々の戦闘は《翡翠の秘鍵》の捜索及び奪還が目的でした。それ故、少数構成部隊の多数配備によって森を捜索する作戦が取られたのです」
「大規模戦闘を目的とした部隊展開ではない、ということか?」
「はい。ですが、激戦地が間近にあれば馳せ参じます。しかし、全く認識できない所作で合図を出すというのは不可能です。私達には、魔法の残り香たるまじないが幾つか遺されています。しかし、離れた他者へ向けて音に頼らず連絡を取る手段は持ち合わせていないので………」


 いつしか、ティルネルが肩を落としながら質問に答えるようになっていた。気付くと自らの潔白を証明するために記憶を洗い出すような風情になってしまい、どうも自分でやっておきながら気に入らない雰囲気になってしまった。これでは尋問だ。


「………ごめん。もう大丈夫だ」
「いいえ、私こそお役に立てなくて………すみません………」
「謝らないでくれ。俺達の勘違いってこともある」
「………そうだよ。ティルネルさんは悪くないよ」


 ヒヨリがティルネルを慰めるなか、これ以上の追及は無意味と結論付ける。念のため、同席しているアルゴに視線を送るものの、すげなく頭を振って答えられる。どうやら、情報のにおいはしないようだ。この点において意見が合ったこともあり、《召集》スキルの存在の否定という目的の根底部分に逆行する意思決定をする運びとなった。
 しかし、事態は振り出しに戻るどころか、より迷走の色を濃くした事となる。千載一遇のチャンスをモノにしてティルネルを運び込んだとはいえ、進展さえしないのでは徹夜の頑張りも徒労に感じてしまう。いや、そもそもティルネルと《召集》スキルを結び付けて考えたこと自体が間違いだったのかも知れない。真に情報を知る別のレアエルフが存在している可能性もある。というより、この問題に立ち向かうのも良いのだが、解明より先にこの階層が攻略されてしまえば、《召集》スキルの危険度が途端に鳴りを潜める可能性だってあるのだ。そうなってしまえば、この調査も意義を失してしまうだろう。


「………もしかしたら、これ以上調べても無駄かもナ」


 壁に寄りかかり、腕を組むアルゴは、俯いたフードの内側から力なくごちる。その声音からは色濃い悲壮感が伝わる。腕利きの情報屋である《鼠》のアルゴが漏らした弱音を、お蔵入りを止む無しとする免罪符として受け入れようとする諦観がある傍らで、それでいいのかと燻るもどかしさがあるのもまた事実だった。
 アルゴの無念を晴らしてやりたいという感情が、犠牲者が出ているという現実が、この一件を放置していいものではないと訴えてくる。納得出来るわけがない。


「アルゴ、昨日のPTの居場所って判るか?」
「判るケド、何か気になる事でもあるのカ?」
「当時の状況を少々な。目星があるわけじゃないけど、まだやれる事はいくらでもある。諦めるには早い。そうだろ、情報屋さんよ」
「ニャハハ………リンちゃんにそこまで言われちゃ、オネーサンも頑張らなきゃダナー」


 そう、まだ終わってなどいない。《召集》スキルなるギミックが完全に空想の産物と決したわけでもない。それを断ずるにも、情報が少なすぎるのだ。ならば行動あるのみと、アルゴは昨日のPTの居場所をスクロールに記して足早に去って行った。本来ならば五百コルは下らない情報だろうが、必要経費とばかりに置いて行ってくれた。ヒヨリにはティルネルの世話を頼み、そのまま残された地図を片手に目的地へと向かう。

 所在は余所の大樹である上に、かなり高層に居を構えたらしい。記憶が定かであれば、第三層において頂点を争うほどグレードの高い物件であるが、相応に料金も取られる高級志向のものだ。しっかりと狩りをしていなければ宿代は確保出来ないだろう。その点から察するに、彼女達――――昨日のPTは意欲的に戦闘に励んでいたのだろう。事実、こうして高級物件に泊まり続けていられるのだから、戦闘における実力は確かなはずだ。個々の連携もさぞ強固なものだったに違いない。叶う事ならば、犠牲者が出る前に、更に欲を言えばボス攻略の場でも顔を合わせたかったものだ。


「………ここか」


 西側の大樹の最上層で見晴らし良好、かなり広い間取りに、確か露天風呂のオプションがあったと聞き及んでいる。低層という条件さえなければこの物件を確保しようとしたものだが、アルゴの情報、彼女達が三層に到達した時期を考慮すれば、既に先客として取られていたことになる。その嗅覚たるや、ますます惜しいと思いつつドアをノックして応答を待つ。すると、間もなくして開かれた扉から小柄な少女がおずおずと姿を現した。あまり似合わなかった壁型の金属鎧は外して、代わりにシャツとハーフパンツという部屋着の出で立ちだ。


「……………あ、貴方は………」
「こんにちは。少しだけ、話を聞かせて貰っていいか?」


 僅かな逡巡の末、俺は奥に通される事となる。リビングには緑髪の少女だけがソファに座っていて、アルゴに対峙した長身の少女は席を外しているようだったが、話を聞く上では差し支えないだろう。


「突然お邪魔して悪いな。下で買った菓子だけど、良かったら食ってくれ」
「なんか、気を使ってくれちゃったみたいでゴメンね?」


 緑髪の少女が申し訳なさそうに笑うのを見ながら、軽く自己紹介――――救出時のヒヨリの発言で実名が知られていた――――を済ませつつ、話を始めさせてもらう事とする。
 


「で、どうしたのかな?」
「幾つか聞きたいことがある。多分、辛いことを思い出させるかもしれないけど、話してくれると助かる」
「………聞きたいのって、リーダーが死んだときのこと?」


 緑髪の少女――――《レイ》の言う《リーダー》とは、もしかしなくても彼女達のPTから出てしまった犠牲者の事だろう。PTリーダーとして彼女達をここまで引っ張ってきたのであれば、相当な女傑であったことが偲ばれる。だが、故人の為人を推測しても事は始まらない。一先ず首肯して、問いへの答えとする。


「アルゴさんに頼まれたんでしょ? 例の《召集》スキルについて、調べてくれって」
「調べているのは間違いないが、自主的にだ」
「………どうして?」
「納得出来ないからだ」


 まるで障壁のような問いかけが向けられる。関係ない奴はどこかに行けとでも言いたげな、穏やかな語調に隠れた威圧。確かに、他人が土足で踏み込んで良いような領域ではないことくらいは重々承知しているつもりだ。恐らくは彼女達の手で今回の特殊スキルの謎を解明しようとしているのかも知れない。森で遭遇した事それ自体が原拠であるが、だとすれば、尚のこと俺に話を打ち明けてくれるとも思えない。だが、諦めるわけにもいかない。


「……………キミは、ただ《気になってる》ってだけで調べようとしてるだけなんでしょ………迷惑なんだよ! そういう風に、遊び半分で仲間の死に踏み込まれるのって! 探偵ごっこなら余所でやってよ!?」
「違う」


 力無い呟きから、激情の籠る怒号へと変貌するレイの言葉を、否定する。


「だったら、何が違うっていうのさ!? そんなにボク達が面白いの!?」
「探偵ごっこなんて生温い理由で、他人の死に首を突っ込むほどガキじゃない。アルゴだってそうだ。ベータテスターが目の敵にされている中で、生半可な気持ちで攻略本なんて出せるわけがないだろう。俺はともかくとして、アルゴの事まで含んでいるなら………、アルゴの苦悩を貶める意図で言ったのならば、俺は今の発言を看過できない」
「………!?」


 感情が昂って勢いで出てしまったにせよ、超えてはならない一線というものがある。アルゴは面白半分で今回の特殊クエストの調査に乗り出しているわけではない。アルゴは攻略本創刊当初から、新規プレイヤーの助けとなるべく心血を注いできた。危険を顧みず、持てる情報を開示し続けてきた。それ故に、プレイヤーの死に最も多く心を痛めている人物だと俺は思っている。身近な死で心を痛めているのは承知の上だが、俺にも譲れないものがある。


「アルゴは、そのリーダーが死んだのは自分の作った攻略本の不備の所為だと言っていた。ヤツは、自分の攻略本を信頼してくれていたプレイヤーを最悪の形で裏切ってしまった事を悔いている」
「……………」
「でもな、その不備を訂正しない限り、また犠牲者が出るかも知れない。それだけは何としてでも回避したい。友人の名誉を挽回するためだけに、俺はここへ来た」


 下手な同情など、持ち合わせてはいない。彼女達のリーダーの死を悼むのは、少なくとも俺の役目ではないだろう。だが、この一件が解明されることで彼女達の一助となれるならば、その点では力になれるかも知れない。しかし、無理強いをしてまで聞き出す権利は俺にはない。俺自身の考えとスタンスは伝えた。あとは相手方次第か。


「………ボク達、本当は《召集》スキルについて知っていたんだ」
「…………知っていただと?」


 話してくれる気になった彼女の心情の変化はこの際問わないでおこう。だが、あまりにも予想外な発言に言葉を失う。俄には信じ難い話だ。アルゴから聞いた話では《召集》スキルは攻略本に記載されていなかったイレギュラーだと聞いている。当然、ベータテストの頃でさえもそんなスキルは無かった。だが、レイは間違いなく『知っていた』と言ったのだ。どちらかが虚言を騙っている事になるのだろうが、この状況でそんな事に意味があるだろうか。だが、例の如く仕様変更の可能性も捨てきれない。話を最後まで聞かねば事の判断もつかない。


「知っていたって事は、誰かから聞いたのか?」
「………ボク達より先にエルフと戦ったって人から。その人はソロだったみたいで、大勢のエルフに囲まれたから逃げてきたって………」


 レイ達が初の被害者じゃなかったのか。しかし、それならどうしてアルゴのアンテナに引っ掛からなかったのかが疑問となる。いや、それについてあれこれ考え込んでも答えは出まい。


「そのソロプレイヤー、誰なんだ?」
「……………知らない。森に狩りに行こうとした時にボク達を呼び止めて、その事を教えてくれたらすぐにいなくなっちゃったから………」
「そいつの外見とか、覚えてるか?」
「えっと、肌が見えないくらい全身金属鎧で固めてたから、よく分からないよ。バケツみたいな頭装備で声も籠ってたし………」


 完全に手掛かりが途絶えた。これではレイ達に情報提供したプレイヤーを追えない。だが、他にも被害者がいるのならばアルゴに伝え、調べあげてもらうのが最善の手段かも知れない。


「ありがとな………それと、嫌な思いさせて済まなかった」


 礼と謝罪を告げ、この場を後にする。
 高級物件から外に出ると、ドアのロックがオートで施錠される小気味良い音が背後から鳴る。メニューウインドウに表示された時刻はいつしか午前七時を回り、多くのプレイヤーやNPCが賑わいを見せている。気付けば二十四時間超の労働をしたわけで、先のレイとの遣り取りが終わったこともあり、どっと疲れが押し寄せてくる。すぐにでも帰宅してベッドにダイブしたいところだが、アルゴへの報告を優先して、そのままメールウインドウを開き、《レイ達より先に被害者がいた事》を端的に纏めてアルゴにダイレクト・メッセージを飛ばす。フレンド登録をしていればフレンド欄から宛先として即座に選択出来たのだろうが、生憎、フレ登録を済ませているのはヒヨリの方である。まあ、送れれば何でもいいのだが。では、あとは《鼠》の腕を信用して………


「………早過ぎるだろ」


 視界右側に点滅する紫のアイコンに困惑する。まだ送信して一分もしてないのに返信が返ってくるとは思いも寄らなかった。やむなく、メールアイコンをクリックすると、比較的短めの文面が目に入る。


【Re:新情報確保】


 遣い回しの見出しに欠伸を零しながら、その下に連なる本文に目を落とす。しかし、その内容に眠気が消失する。
 文面には、《エルフを集める非実体系モンスター》や、他数種に及ぶ、《召集》スキルに類似した情報が箇条書きで並べられ、結びに《どれもフルプレートの重装備ソロプレイヤーの証言であるとのこと》と添えられていた。先のレイ達の証言とも情報源の部分で共通点がある。

 恐らく、情報源のプレイヤーはどれも同一と見て相違ないだろう。
 ただ、問題はそのプレイヤーについての情報が極めて乏しいという点だ。解っている事といえば、第三層が有効化(アクティベート)された初日、つまりは一昨日なのだが、レイ達が狩りを行うより街へ引き上げていたプレイヤーであることと、重装備であること。最速で第三層に到達できたであろう前線プレイヤーであればアルゴがピンとくるところであろうが、そうでなければ残念ながら《街開き》で押し寄せたプレイヤーのうちの一人ということになる。重装備の特徴も、顔が分からない以上はアテになるものではない。


「どうしたもんか………―――ッ!?」


 咄嗟に、背後を振り向く。誰かに肩を叩かれた感触があったものの、そこにはレイ達の拠点のドアだけが壁に嵌っている。

――――それと、ドアに立て掛けられた花束が忽然と現れていた。

 誰が置いて行ったものかは定かではないが、人為的なものであることは間違いない。或いは、彼女達と交流のあるプレイヤーからの手向けだろうか。しかし、気配を消して行動する理由がどうも腑に落ちない。肩を叩かれたのも単なる悪戯だろうか。俺には、その真意が理解出来なかった。 
 

 
後書き
とてもキナ臭い回。


困難な目標が奇跡的に達成できても、それが結果に繋がるとは限らないというビターなお話でした。世の中うまくいかないものなのです。それと、今回燐ちゃんがコワイのは目的に真剣だからであって、決して意地悪ではない………はず………


これといったオリジナル設定もない回でしたので、後書きは短めです。最後の花束は《βテストの時の記憶を持った精霊さん》から燐ちゃんへのアプローチである可能性も0ではありません。多分。


さて、このところ良好なペースで更新できております。このままいきたいですね(フラグ)


ではまたノシ 
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