K's-戦姫に添う3人の戦士-
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2期/ヨハン編
K11 夜半〈よわ〉の調べ
ウェルが召喚したタワー型ノイズの粘液により、天羽々斬とイチイバルの装者は封じられた。
今戦っている日本側の装者は、ガングニール融合症例、立花響のみ。
(僕が手を出すまでもなく、もう結果は明らかだが)
ヨハンはあえて立花響と、バスタードソードと拳で打ち合った。この自分の姿を大事な彼女たちに見せ、覚悟を促すために。
「ルナ・アタックの英雄よ! その拳で何を守る!」
立花響はウェルが呼び出すノイズを撃破しながら、勢いを殺さず左の拳をくり出した。
「そうやって君は、誰かを守るための拳で、もっと多くの誰かをぶっ殺してみせるわけだッ!!」
――崩れた。
見ていただけのヨハンにさえ、立花響の動揺が察せた。
「――ごめんよ」
ヨハンは動揺によって威力を減じた立花響の左腕を――切り落とした。
「――――、え」
短い時間、空を舞った左腕だったモノ。ヨハンは落ちてきたそれをキャッチし、踵を返し、“それ”をネフィリムの口の中に投げ込んだ。
ネフィリムはそれをご馳走のように咀嚼し、呑み込んだ。
「あ、ああ……ぅああああああああッッ!!」
天を貫かんばかりに、少女の悲鳴が荒野に鳴り響いた。
――アームドギアを持つ腕が、こんなにも、震えている。
(何が自分の姿で彼女たちに覚悟を決めてもらう、だ。血に汚れる覚悟をしろとマムにも言われてるのに)
帰ったヨハンを、調も切歌もマリアもどう見るか。想像さえ恐ろしくてできなかった。
たった今、ヨハンは、人としての道を踏み外したのだから。
ヨハンの葛藤にお構いなしに、ネフィリムがその身から禍々しい赤い光を放ち、もっと禍々しく大きく変態していく。
(こんなモノのために、僕は、いたいけな少女の体を切り刻んだのか)
ネフィリムは“フロンティア”起動のための動力炉。その成長は計画に不可欠。正しいとは思わないが、必要だったのだ。ヨハンは自分にそう言い聞かせた。
「ヴアア、ァ、アアア゛ア゛」
はっとして立花響をふり返った。
彼女の体はネフィリムとよく似た赤黒いモノに侵食されていっている。
(フィーネの観測記録にあった、融合症例の暴走!)
まるでアームドギアを構成するかのように、暴走したエネルギーで、彼女は左腕を再構築した。
まずい。人としてではなく戦士としての勘がヨハンに警鐘を鳴らす。この生物と打ち合ってはならないと。
「やめろぉ! 成長したネフィリムはこれからの新世界に必要不可欠なんだ! それを、それをぉ!」
皮肉にもウェルの悲鳴でヨハンは我に返った。
震える腕を、未だ消えない悪寒を無視し、ヨハンは赤黒い少女へ向かってバスタードソードから炎を放った。
だが、少女はそれを全て拳で打ち払い、ヨハンに強烈なタックルを逆に見舞った。
「かっは!」
軽く10メートルは飛ばされた。
ヨハンは這いつくばってガングニールの装者を見上げた。
(強い…!)
理性がない分、攻め方はメチャクチャになると楽観視したのが浅はかだった。
(食い止めないと、いけない、のに)
あの凄まじい体当たりと、地面に叩きつけられたダメージで起き上がれない。吹き飛ばされた場所が彼女たちの死角の岩陰だったのがせめてもの救いか。
意思では体の機能に逆らえず、ヨハンは意識を失った。
…………
……
…
「――ハン、ヨハンっ」
眩しさに一度開けた目を眇めた。
「ヨハン! わたしが分かる?」
「しらべ……?」
体の節々が痛む。何故自分はこんな岩だらけの場所で寝ていたのか記憶を辿り――昨夜の自身がしでかした恐ろしく残酷な行為を思い出した。
軽い恐慌がヨハンを襲った。片手で頭を抱えて俯いた。
「痛いのっ? 帰ってマリアに診てもら……」
「触るな!」
調が肩を跳ねさせて手を止めた。
「僕は昨夜、一人の人間にあんな真似をした。僕はもう血に汚れた。だから触らないで。調まで汚れてしまうよ――」
――とんっ…
とても軽やかなタックル。顎のすぐ下に瑞々しい黒の頭。
「しら、べ?」
「マムが言った。優しさは捨てなさいって。でも、ヨハンがいたから。ヨハンが昨夜、ああした、から。わたしたち、いざとなったらヨハンが何でもできる、してくれるって、甘えてた」
「……何でもするに決まってる。調たちのためなら。キミたちがいたから僕は覚悟できたんだ」
「うん。だから、もういいよ。今度はわたしの番。ヨハンがわたしたちのために戦ってくれるなら、わたしはヨハンのために戦う」
ヨハンは感極まって、胸板に当たる調の頭を撫で回した。両手で撫で回した。
すると調は「んぷ」とヨハンの撫でくりを逃れ、膝で立ってヨハンの頭を抱いた。かなり慎ましい胸に顔を埋める態勢となる。
「心配してくれてありがとう」
「ほんとに心配した」
「ん。ありがとう」
調はヨハンの紺髪をわしゃわしゃした。照れている。
調の手をそっと取る。調はヨハンの頭を離す。
見つめ合った。
ヨハンは握った調の手の甲にキスを落とした。ぴく。調の体が小さく、本当に小さく跳ねた。
また見つめ合った。
ヨハンは調の頬に手を添えて顔を上向かせる。いつもは歳より幼く見える彼女が、今は自分よりずっと大人びていて。
顔を近づける。それに合わせるように調は瞼を下ろしていき――
「そこ! まで! デェェェェスッ!!!!」
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