K's-戦姫に添う3人の戦士-
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2期/ヨハン編
K9 武装集団の交渉人
講堂の正面玄関前で待っていると、調と切歌はすぐ走って来た。ここで裏口や窓から出るという発想をしないのが月読調であり暁切歌だから、ヨハンも迷わず正面玄関で待っていられた。
「「ヨハンっ」」
「揃ったね。急いでここを離れよう」
敵の装者は全員がこの学院の生徒。地の利はあちらにある。ぐずぐずしていては進路を塞がれかねない。
小走りに学院の出口を目指していたところで、パレードの準備らしき列が彼らの前を通った。
割って入って列を乱しながらも逃走するのがベストだとヨハンには分かっている。だが、調と切歌はそれを望まないとも分かっていたので、大人しく列が通り過ぎるのを待った。
その待ち時間がやっと過ぎて歩き出そうとした時、正面を風鳴翼に、背後は雪音クリスと立花響に取られ、ヨハンたちは囲まれるはめになった。
「切歌ちゃんと調ちゃん、だよね」
「――3対3。数の上では互角。でも、ここで戦うことで、あなたたちが失うもののことを考えて」
「お前、そんな汚いことを言うのかよッ! さっき、あんなに楽しそうに歌ったばかりで……」
今の指摘は調に刺さった。
「――そこまででお願いします。ミス・イチイバル、クリス・ユキネ」
ヨハンは苦吟する調を見せないよう腕を上げ、調を自分の背中に隠した。
「っ、どうしてあたしの名前を」
「キミだけじゃない。お隣はヒビキ・タチバナ。マリアと同じガングニールの装者。そちらはジャパニーズ・サキモリのツバサ・カザナリ。天羽々斬の装者。でしょう?」
クリスは警戒の、響は困惑の色を濃くする。
ヨハンは切歌にも手を差し出す。切歌は応えて手を載せた。ヨハンは切歌も調同様、自分側に引き寄せた。
「彼女たちは閉鎖空間で育って社会性が未熟でして。ハプニングは大目に見てください」
「ハン。ハプニングねぇ。フライングの間違いじゃねえの?」
むっと切歌が、クリスを睨み返す。クリスも負けじとラベンダー・アイを鋭くする。彼女たちは案外気が合うのかもしれない。
「僕らもこういうお祭りに来るのは初めてで。羽目を外して、キミたちの楽しむべき一日を引っ掻き回したことは、申し訳なく思います」
頭を下げると、日本の装者たちがたじろいだ気配を感じた。
「お前たちの目的は何だ? まさか物見遊山に来たわけではあるまい」
モノミユサンの意味が分からず首を傾げたが、正直に答えた。
「お祭りを楽しみに。おかげで久々に彼女たちの明るい歌声を聴けた。素晴らしい歌をありがとう、ミス・イチイバル」
クリスはかああっと顔面を真っ赤に染めた。恥ずかしいのか腹立たしいのかまではヨハンには分からない。
「えっと、じゃあ、調ちゃんと切歌ちゃんと…ええっと…」
「ヨハン。ヨハン・K・オスティナ」
「ヨハン…さんは、今日は単に学祭に遊びに来た…んですか?」
「うん。僕らだって人間。休息も娯楽も欲しくなるよ。この敷地で戦うつもりはなかったし、今後一切、ここを戦場にする意思もない」
「本当か」
「本心です。月と太陽に誓ったっていい」
翼の睨みが敵意から懐疑に変わる。
「キミたちの目からは僕らは悪人でしょう。僕らの理想を分かれとは言いません。ただ、ミス・ガングニールと同じで」
響はキョトンと自分を指差す。
「僕らだって弱い立場の人たちを助けたいと願っています。すぐそこまで来ている――」
ヨハンは調と切歌の肩にそれぞれ手を回した。仰ぐ天には昼の白い月。
「大きな災厄から」
改めて日本側の装者たちを見つめ返した。
「そういうわけだから、今日はこの辺で解放してくれませんか?」
「……誠意は理解したがそれはできない。お前たちには聞きたいことが山ほどある」
「あたしたちは今ここで戦いたくないだけ……そうデス、決闘デス! 然るべき決闘を申し込むのデス!」
「どうして!? 会えば戦わなくちゃいけないってわけでもないでしょう?」
「どっちなんだ!?」「どっちなんデス!?」
う、と切歌とクリスが気まずげに互いを見合い、顔を逸らした。
「決闘の日時はこちらが告げる。だから」
調がヨハンと切歌の手を取り、翼の横を通り過ぎて歩き出した。
驚いた。調は普段、ヨハンや切歌にリードされる側なのに、今日は積極的。
学院の正門を潜ってしばらく行ってから、調の歩みは徐々に遅くなり、完全に立ち止まった。
「――よく頑張ってくれたね」
ヨハンは調から手を離し、その手で調の頭を自身の胸板に引き寄せた。
さぞ緊張しただろう、さぞ怖かっただろう。装者といえど、調は彼らの中で最年少の、か弱い乙女なのだから。
「さあ。帰ろう。マリアたちが心配だ」
調は無言で肯いた。
今度はヨハンのほうから調と切歌に両手を差し出した。彼女たちは素直にヨハンの手を片方ずつ握った。
ヨハンたちは再び、アジトに帰るために歩き出した。
合流地点は、かつてのリディアン音楽院があった土地。“ルナ・アタック”を引き起こした、月のカケラの落下をもたらした神代の兵器、カ・ディンギル跡地だった。
待っていると、光学迷彩を解いたエアキャリアが着陸し、マリアが降りてきた。
「「マリアっ」」
調も切歌も岩陰から飛び出し、マリアに抱きついた。
「よかった。マリアの中の“フィーネ”が覚醒したら、もう会えなくなってしまうから」
「フィーネの器となっても、私は私。心配しないで」
さすがに妙齢の女性であるマリアに、ヨハンは抱きつけないので、ただ笑いかけた。
「調の言う通りだ。こうしてまたマリアに会えて安心した」
「――、心配をかけてごめんなさい。ヨハン」
すると、エアキャリアから車椅子に座ったナスターシャと、ウェルも降りてきた。
「3人とも無事で何よりです。さあ、追いつかれる前に出発しましょう」
「待って、マム!」
切歌がナスターシャの正面に立った。
「あたしたち、ペンダントを取り損ねてるデス。このまま引き下がれないデスよっ」
「決闘すると、そう約束したから――」
乾いた音が二つ、荒野に響いた。
ナスターシャが調と切歌を平手打ちしたのだ。
「いい加減にしなさい! マリアも、あなたたちも。この戦いは遊びではないのですよ!」
母親同然のナスターシャに叱責され、調と切歌は震えている。
ヨハンは黙って彼女たちの後ろに立ち、彼女たちの肩を抱き寄せた。調も切歌も、マリアにしたように、ヨハンにぎゅっとしがみついた。
「マム、いいですか」
「何です、ヨハン。あなたもその子たちに賛成だと?」
「いえ……軽率なふるまいをしたことは自覚してますし、反省してます。だから挽回のチャンスを下さい。幸いにして、調が日時をこちらで指定するという条件を相手側に付けてくれました。この“決闘”で日本側の妨害を治めて、当面のネフィリムのエサも確保してみせます」
「ほう?」
「ドクターにもご協力願います。ノイズは雑魚でも消耗戦に持ち込むには恰好の道具ですから」
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