K's-戦姫に添う3人の戦士-
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2期/ヨハン編
K8 ツヴァイウィング・ガールズ
――結果としてヨハンの読みはフルスイングで空回った。
《ヨハン…言いにくいんだけど、イチイバルの装者…制服のまま》
「うん、僕も妙だと思ってた。会場入りしてからステージに上がるまでの時間が短すぎるなって」
《…………》
「――――」
《……と、とにかくヨハンっ。ヨハンもこっち来たらどうデスっ? 割合楽しいデスよっ》
「ありがとう、切歌。気遣いが身に染みるよ」
《あう…》
《元気…出してね?》
ヨハンはサングラスをかけ直し、速やかに講堂搬入口から離脱した。
静かに講堂に入ると、ちょうどイチイバルの装者の歌がクライマックスにさしかかっていた。
……ない居心地の良さに まだ戸惑ってるよ
ねえ、こんな暖かいんだ…あたしの帰る場所
あたしの帰る場所
歌が終わり、少女が頭を下げる。
ヨハンは知らず知らずの内に心から拍手を贈っていた。
敵だと分かっている。憎み合っていなくとも戦う相手だと分かっている。それでも拍手せずにはいられなかった。
満場の拍手大喝采。当然だ。彼女の歌はそれだけ高レベルで、それだけの想いが詰まっていた。
イチイバルの装者が袖に引っ込み、会場の拍手がようやく鳴りやんできて、ヨハンは調と切歌の席を探した。
いた。黒のツインテールと金のふわふわ頭。彼女たちのいる段まで下りる。
「待たせたね。――大丈夫?」
調も切歌も余韻冷めやらぬ様子で、まだ頬を赤くし、目を潤ませている。
(“施設”で育ったのに、いいものに正直に感動する感性が死ななかったのは僥倖だけど)
ヨハンは端の席に滑り込んで座った。
ふたりともが感動を持て余し、どうしていいか分からない風情だ。感性が死んでいないなら、感受性豊かな同年代の少女の歌は相当に効いただろう。
(聖遺物のペンダントは取れそうにないけど、ふたりが楽しんでくれたからしょうがない。マムとドクターには僕から言い訳しておこう)
《勝ち抜きステージ新チャンピオン誕生!》
司会の女子学生に紹介され、イチイバルの装者が戸惑っているのがここからでも分かる。
《次なる挑戦者は? 飛び入りも大歓迎ですよ!》
「やるデスッ!!」
スポットライトが当たる。
ホール全体に聞こえるくらいの声で名乗りを上げたのは、切歌だった。
「(ちょ、ちょっと切歌? いきなりどうし……って調もなのっ?)」
気づけば調も立ち上がっていた。さらにダテ眼鏡を外している。辛うじて着けていた切歌でさえ、すぐに緑のフレームのそれを外してしまった。
「チャンピオンに――」
「挑戦デスッ」
ヨハンは早々に腹を据えた。
何が起きても二人を担いで逃げ帰る心の準備だけしておこう、と。
調と切歌がステージに立った。少女二人にスポットライトが当たった。
《それでは歌っていただきましょう! ええっと》
《月読調と》
《暁切歌デス!》
……そこで正直に本名を名乗るのが、ヨハンにとっては愛すべき彼女たちの欠点である。
《OK! 二人が歌う『ORBITAL BEAT』! もちろん、ツヴァイウィングのナンバーだ!》
伴奏が流れ始め、調と切歌はそれに合わせてステップを踏み始めた。
この曲は知っている。“QUEENS of MUSIC”の参考に観た、ツヴァイウィングのMVの中にあった。風鳴翼と故・天羽奏のデビューシングルだ。
幾千億の祈りも
やわらかな光でさえも
全て呑み込む牢獄のような 闇の魔性
――これだ。LiNKERを使ってとはいえ、彼女たちをシンフォギア装者たらしめた歌声。
(“施設”にいた頃は、あくまで仮想敵ノイズ相手の機械的な歌しか聴けなかったから。久しぶりだ。こんなに心から歌う彼女たちを見るのは)
「「 『熱く 熱く 奏でる記憶でリフレインしてる ――命の向こうで』 」」
ふたりがクライマックスのポーズを決めるや、二度目の満場大喝采が起きた。
ヨハンは今度、ひどく優しい気持ちで拍手を贈った。
切歌と調が名乗りを上げた時には頭を抱えたが、さすがと感嘆せずにはおれない。こんなにも刺激的なステージになるなら自分も出ればよかった、とさえ今は思う。果たしてこの学院のプロの教師はどんな評価を下すのか。
《3人とも聞こえますか》
「マム?」
前触れもなく入った通信はナスターシャから。
《アジトが特定されました。襲撃者を退けることはできましたが、場所を知られた以上、長居はできません。私たちも移動しますので、こちらの指示するポイントで落ち合いましょう》
「――了解、マム」
事務連絡に混じって聞こえる嗚咽を、聞こえないフリをして通信を切った。
ヨハンはすぐさま席を立ち、サングラスをかけ直してホールを出た。
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