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珠瀬鎮守府

作者:高村
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木曾ノ章
  その8

 
前書き
艦娘達は、敵艦隊を何とか一度は退ける。続く敵艦隊の陽動のため、木曾たちは6艦で強大な深海棲鬼の元へ向かう。 

 
「こちら最上、敵艦隊発見。繰り返す、敵艦隊発見」
 二十二時も半ばを迎えた鎮守府正面海域には、疎らに光点が散らばっていた。深海棲鬼を出迎えんと待機する艦娘達の灯りだ。
 最上からの通信からすぐ、満月であるということも手伝って水平線に影が見えた。
「見えたぞ」
 第二艦隊用の無線を使って仲間に注意を呼びかける。敵艦隊に戦艦がいるならば、発砲はまず向こうからだ。今はただ待つのみ。
 少しずつ近づく敵艦隊に浮足立つ艦娘たち。彼女たちを動かさないでいるのは無線機から漏れる小さな声故だろう。「待て」とだけ呟く様に、祈るように何度も繰り返されている最上の声。
 水平線よりずっと下から突然に、流星が放たれた。私は無意識に、右手で魚雷を一つ撫でた。
「敵艦隊の砲撃確認、第五艦隊は各艦最小限の回避のみとし持ち場を維持、次の合図で斉射をかける!」
 最上からの号令に了解の言葉が五つ返える。その間も夜空に流星は駆ける。一つずつであったり、時には追いかけるように二つ。
 被弾の言葉は無線機から漏れない。第一艦隊は各艦ともほぼ動いてはいない。砲弾はただ水面を穿ち水しぶきを上げるのみ。距離がある程度あるここからは舞った飛沫が月光に照らされ艦娘を彩り、ともすれば幻想的とも言えた。
 少しずつ、水面へ落ちる距離が短くなっていく流星、第五艦隊に近づいていく着弾点、焦る私の言葉に応えるように、その言葉は放たれた。
「第五艦隊砲撃開始! 間は五秒!」
「「「「「了解!」」」」」
 一斉に放たれる砲弾、両の手では数えられない程のそれは先程まで流星を放っていた鬼の元へ駆けていく。
 今までの飛沫とは違う、明らかな爆発音が幾重にも連なった。
 そうしてそれから幾ばくも経たないうちにほぼ同数の流星が逆側から放たれた。だがそれは何もない海にと落ちていく。既に第一艦隊は撤退を半ば終えていた。
「第二艦隊!」
 最上の言葉にはっとする。前線は今私達に託されたのだ。
「第二艦隊魚雷用意。次の号令で全弾発射しろ」
 了解の言葉が返ってくると、私は意識を前方に向けた。第一艦隊の砲撃に耐えた深海棲鬼が自らが立てた水しぶきを掻き分け迫り来る。数は……四。内一艦は遅れが生じている。
 敵の砲塔が第五艦隊の追撃をやめ私達の下へ向く。だが、まだ距離は遠い。
「待て」
 その言葉は自然と口をついて出た。成る程、最上の心境はこんなふうだったのか。
 敵の砲弾が私達のそばにに落ちていく。それに対し私は無駄な号令は掛けない。ただ無言で仲間を待たせる。待たせ続ける。そうだ、まだ早い。今放ったところで吶喊を仕掛ける敵には容易に避けられる。
 私の傍を砲弾が通った。死の羽音が耳を打つ。だが待つ。敵を一つも倒せなければ後続が同じ気持になるだけなのだから。
 待つ、待つ、待つ、待つ、待つ。
 敵先頭艦が放った砲弾が、一寸足りとも横にずれずに上に僅かに上がった。初めて見る弾道で、私はこれがどういう意味を持つのか暫し理解できなかった。それは頂点を過ぎると今度は急速に視界に広がっていき---
「撃てぇ!」
 私は叫ぶと同時に体を捻りながら海面に突っ伏した。すぐ真上を砲弾が掠め、余波が髪を揺らした。嫌な汗をかきつつも何とか体勢を整え左腿につけた魚雷を発射する。右を撃っている暇はもうない。
「各艦撤退」
「木曾!」
 背後からかけられた言葉に振り返れば、響が私に手を伸ばしていた。既に彼女は魚雷を撃ち尽くし撤退を始めたらしい。私は彼女の手を握り立ち上がり、共に撤退した。





「第六艦隊攻撃中止、繰り返す攻撃中止。敵艦隊は確認できない!」
 第六艦隊旗艦からの無線で、私は胸をなでおろした。第五、第二、第三艦隊でなんとか撃滅を果たしたらしい。
 その後三十秒程で最上から通信が入った。
「こちら第五艦隊旗艦最上、敵艦隊の撃滅を確認。各艦隊旗艦は被害状況を報告して」
 私は艦隊内無線で仲間たちに確認を取った。全員無事とわかって安堵の溜息を吐く。
「こちら第二艦隊旗艦木曾、第二艦隊に負傷者なし。だが装備した魚雷ほぼ全てを撃ち尽くした。補給が必要だ」
「こちら最上了解。第二艦隊は……待て」
 一方的に切られた通信に疑問を覚えつつ、私は最上が通信を再びしてくることを待った。右手で魚雷を撫でる。本当ならばこいつも先ほど放たれていたはずだったのだ。
「緊急連絡、新たな敵艦隊発見との報あり。これを丙とする。丙艦隊は乙艦隊と合流し当鎮守府へ接近中との事」
 最上からの通信は予期はできたが想像したくはなかったものだった。
「また、乙丙艦隊の到着予想時刻を変更する。これから十分後、二二五〇とする」
 続いた言葉を聞いて、私は咄嗟に鎮守府方向へ顔を向けた。今から十分で帰投、補給、戦線復帰は不可能。補給している内に敵艦隊の到着だ。海へ出る前に戦闘は終わっている。
「第二艦隊はどうする?」
「第二艦隊は……第七艦隊の後ろで、最終防衛線を作って」
 その言葉は今までのものとは違って、何とか彼女の口から出てきたような声音だった。
「了解」
 言うと同時に、無線を艦隊内用に切り替える。この言葉を言うのには、酷く勇気がいた。それと同時に、先の最上に、そして提督に同情した。こんな気持で、部下に命令を出していたのか。
「第二艦隊各艦、よく聞け。俺達は第七艦隊の後ろで最終防衛線を引く。殿を担うぞ」
 誰かが、息を呑む音が聞こえた。最終防衛線は、文字通り最後の砦だ。後ろには整備士等非戦力がいる。彼らを砲火に晒すわけにはいかない。故に、私達は撤退することができない。その生命を賭して、戦うことが義務付けられる。
 舌が乾き、足は震えた。今までのようないつでも撤退できる状態での生命を賭した戦いではなく、逃げることは許されない、勝たなければ自身はおろか無関係な人間すら殺される戦闘が、私達を待っているのだ。
「了解」
 耳を打ったその言葉は、響の声だった。それが聞こえると同時に、私の足の震えは止まった。彼女は、受け入れたのだ。本当の意味で、殺す殺されるの戦闘が行われる可能性を。
 続いて、他の仲間からの無線が入る。誰しもが、同じ単語を連ねた。「了解」と。怯えては居られなかった。彼女たちが覚悟を決めたのに、私が怯えていてどうする。
 私が仲間を連れて、その場を離れようとしたその時、最上からの通信が入った。
「偵察部隊より入電。乙丙艦隊は再度二手に別れ、乙は引き続き当鎮守府に接近中。丙は伊隅鎮守府へと転進した模様。現在伊隅鎮守府の防衛機能は殆ど活動していない。よって私達の中の一部を丙へと向かわせ時間稼ぎをする」
「こちら第二艦隊木曾。質問がある。第四艦隊はどうした」
「既に伊隅を離れてる。丙が伊隅へと向かった事でまた引き返したが間に合いそうにない。よって足の早い私達巡洋艦及び駆逐艦が時間稼ぎに向かう」
「第二艦隊、当作戦参加を希望する」
 私の発言を聞いて、第二艦隊の面子の顔は強張った。同時に、側にいる第三艦隊旗艦の吹雪は、隠しているだろうが僅かながらに安堵の顔を見せた。
「理由は?」
「三つある。一つ、私達が外洋に近い配備の事。二つ、魚雷が無いため此処での作戦に適さない。三つ、実戦経験が豊富である事」
「……了承する。第二艦隊は丙へと急行、時間稼ぎを行って。死者が出そうになるか、第四艦隊到着の目処が立ち次第撤退するように」
 了解と返して無線を切り替える。
「聞いていた通り、俺達は丙艦隊へと向かう」
 了解の返答を聞きながら、私は最上へ丙の予測進路を尋ねた。




 夜の海原を駆けて二十三時を越えた頃、それは私達の前に現れた。同時に、私達の誰しもが言葉を失った。死という明確な未来がそこには見えたから。
「なんだよ、あれ」
 無線に流れた天龍の声に返す言葉を持つものはいない。私も分からないし、きっと誰もが知らなかった。いや、噂には聞いたことがある。戦艦とも空母とも違う大型深海棲鬼がいるという事を。
「姫……」
 誰かがぽつりと呟いた。確か、噂ではそんなものだったはずだ。けど所詮は噂だと思っていた。だが、事実見たことのないそれは戦艦や空母より強固たる装備をつけていた。姫は、実在していたのだ。
「木曾、撤退しよう」
 響の提案は尤もだった。こちらは全艦消灯し丙艦隊の横手から出現した。まだ敵は私達の事に気づいていない。逃げるなら今しかなかった。
「姫がいるなんて想定外。今私達が出て行ったところで時間稼ぎ何てできない」
 正しくその通りだろう。私達と敵艦隊では全く装備が異なる。射程距離もそもそも違いすぎる。もし近づく前に気付かれたなら一方的に撃たれるに違いない。それに、近づけたところで魚雷がない。
「木曾」
 焦る響の声を聞きながら不図、鳳翔さんの事を思い出した。
「全艦撤退の命令を出して木曾!」
「伊隅に直接向かわせれば犠牲者は増えるぞ響」
「だとしてもここで死ぬ気なの」
「それは……敵がこっちに気づいたぞ!」
 直後、私の側の海面が大きな水飛沫を上げた。同時にある一つの考えが私の中で浮かんだ。
「全艦撤退、響を魁として珠瀬を目指す。殿は俺が務める。各艦一切の反撃をせずに向かえ。機関全速、逃げるぞ」
 了解の言葉を聞きながら、私も一度は皆に連なる。
「木曾、どうするんだ」
 天龍の言葉を聞いて、私は後ろを振り返った。私の微かな期待を裏切るように、敵艦隊はこちらを無視し進路を変更していなかった。だから、私は嘘を吐いた。
「敵艦隊は進行速度を下げた。もしかしたらこちらを追撃するつもりかもしれない。時間稼ぎはある程度成功しただろう。追いつかれないように全力で撤退だ」
 私は機関出力を絞っていき、皆と距離を離していく。そうして、ある程度離れたことを確認してから反転し、また全速力を出して丙艦隊へと向かった。

                ◇

「響、先に行きたいんじゃない?」
 そう私へ言葉を投げたのは、雷だった。
「何がだい?」
「惚けたって無駄よ。貴方の機関、私達のと違うでしょ? 音が違うし、出力も大分上がってるみたいだし」
「気づいてたんだ」
「まあね」
 そう、なんでもないふうに雷は言う。ばれないように気を使っていたつもりだったのだけれど、すっかりお見通しだったか。私は気まずさを感じながら、咄嗟に言い訳を口にした。
「これは、提督が試験的に」
「今はそんな事気にしてる場合じゃないのはわかってるわ」
 雷は、私よりずっとこの状況で落ち着いているようだった。私のほうが実戦を多く積んできたのに。
「……ありがとう。先に行って姫の報告をしてくる」
 今思えば、きっと木曾もこの事に気づいていたのだ。だから、天龍ではなく私を魁にしたのだろう。
「行ってらっしゃい、響」
 けど、もう私がいなくなれば魁は私でなくてもいい。また木曾に譲るべきだろう、そう思って後ろを見た時、木曾の姿はなかった。
 息が止まった。だから、この驚きが周りに知れることはなかった。
 木曾がどこへ行ったのか容易に推測できる。一人で、あの艦隊へと向かったのだ。あの絶望へと一人で。
「どうしたの響」
 怪訝そうな声で尋ねてきた雷に何でもないと返す。いつ木曾が転進したのかは不明だが、今から向かったところでどうしようもない。それに、向かったところで全員死ぬだけだ。それが分かっていたからこそ木曾は一人で、誰にも告げず向かった。なんて人なんだ、全く。
「何でもない。私は先に行くから、魁は雷、頼んだよ」
 そう告げて、速力を上げる。雷達から十分に離れた事を確認してから、空を眺めて、涙が溢れないように堪えた。

 日付が変わる前に、珠瀬の近くまで戻ってきた。
「こちら響、戦闘状況は?」
 尋ねてすぐ、最上の声が戻ってきた。
「響か……戦闘は継続中。ごめん。防衛線は破られた。港に被害が出始めてる」
「提督に連絡は今着く?」
「重要事項?」
「とても」
「ちょっと待って」
 そう言って暫くして、無線が入ってきた。
「響か、どうした」
 柏木提督の声だった。思ったより早く連絡がついたことに安堵する。
「丙艦隊に姫の存在を確認。木曾が単艦で残り私達は撤退しました。私を除いた四艦は暫くしたら私に追いつきます」
「な! 見捨てたの!?」
 最上の声は、やや責めるようだった。
「大方、撤退時に一人だけ転進したんだろう」
「その通りです」
「響は四艦を守ったんだ。責めてやるな」
「響、ごめん」
 最上の声を聞きながら、気にしていないと言葉を返そうとした時、不図、海面の下で何かが私へ近づいる事に気がついた。そうして一拍を置いて、それが何だか分かった。魚雷だ。視線を動かす。居た、顔だけを海面から出した潜水艦型の深海棲鬼が。
 もう避けるのは不可能な距離だった。できることはと言えば、今繋がっている無線に何かを言う事のみ。だから、私は叫び声を噛み殺す。そうして、その目の前に近寄る兵器を見ながら、恐怖を飲み込んだ。助けて何て無駄な事は言えない。私は、艦娘なんだから!
「敵の潜水艦を---」
 直後、魚雷は私の足元で爆裂した。 
 

 
後書き
響「敵の潜水艦を発見!」

前回から4ヶ月経ちましたね。皆様お元気してましたか?
さて、木曾編ラストバトルが次から始まります。木曾は一人で姫の元へ向かったわけですが、果たして生きて帰れるのか。第四艦隊は間に合うのか。そこら辺は次回が一応木曾編の最後の予定なので書いていきたいですね。

鳳翔が何故出撃できないのか。被害が出てしまった港はどうなったのか。赤城、加賀、響はこの後どういう扱いなのか。途中で見た提督に似ている誰かとはなんだったのか。その他いろんなことは時間とやる気があれば書きたいですねはい。次はやるとすれば提督編ですかね。それで鳳翔編と流れて響か赤城か大和あたりで全ての謎を明かして終わ(る予定でした。二年前はね)れたらいいなぁ。
 
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