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傭兵

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3部分:第三章


第三章

「惚れた女の為ですよ」
「戦争じゃ死にませんよ。こんなので死んでも何にもなりませんよ」
「なあ」
「そういうことだ」
 ロレンツォが言いたいこともその通りなのだった。
「わかるな。俺達はここで死ぬことはない」
「ただの金稼ぎですね」
「そういうことだ。わかったらな」
「ええ。適当に」
「適当にやってればいいですね」
「そういうことだ。それではだ」
 ロレンツォはここでようやく真っ当に相手を見た。それでも姿勢はリラックスさせたものだった。武器の剣すら腰から抜いてはいない。
「そろそろ行くか」
「わかりました」
「適当に」
「全軍進撃だ!」
 指揮官からの言葉が響く。
「教皇に逆らう愚か者達に天罰を!」
「どうせ今度の戦いも大したことはない」
 ロレンツォはその真剣な言葉の側で平気な顔で述べる。
「力を抜いてな。イタリア人は相手にするな」
「相手にしないんですね」
「同じ街の奴等もいるぞ」
 そのことも言うロレンツォであった。
「まさか同じ街の奴等でやり合うわけにもいかないだろう」
「まあ確かに」
「それだけはいけませんね」
「スイスの奴等はドイツの奴等とやり合うしな」
 見ればスイスのパイク兵、長槍の者達は教皇側にいる。彼等は趣味の悪い縦縞のタイツに羽根がついた帽子のやたら大きな剣を持っている連中を睨んでいた。その剣の連中もスイス兵達を睨んでいる。彼等はドイツの傭兵ランツクネヒトだ。強さよりもその野蛮さで有名だ。
「あの連中を街に入れさえしなければいい」
「そういうことですね」
「まあ奴等はスイスの連中に任せて」
「俺達は適当にですね」
「そうだ、では行くぞ」
「はい」
 こうして彼等はロレンツォの指示に従いのろのろと進撃をはじめた。向こうのジュリアーノの部隊も同じで実に緩慢に動いていた。そして接触しても剣を交えるのは実にいい加減なものであった。
「やあ」
「たあ」
 気の抜けた声で掛け声を出して剣を出し合う。しかし斬るつもりはない。
「死ね」
「殺すぞ」
 やる気のない戦場での声だ。しかも鉄砲も変な方向に撃つ。傍から見ても真面目なものとはとても思えないものであった。しかし彼等はそれを続けていく。
 戦いはイタリア人の受け持ちではだらだらと続いていた。やがて食事時になると指示が出るより先にお互い撤退していた。その時の速さはかなりのものだった。
「さあ飯だ飯だ」
「ワインだワイン」
「果物もあるぞ」
 パンやイチヂク、肉にワインを早速食べだす。まだスイス兵とドイツ兵は必死に戦っているがそんなことには構わない。イタリア人達はもう適当にやりはじめている。
「いいか、諸君!」
 しかもその中には指揮官もいた。
「今戦局は我等に有利だ。このまま押すぞ!」
「そうらしいですよ」
 兵士の一人がロレンツォに声をかけてきた。
「どうやら」
「ああ、そうなのか」
 完全に他人事のロレンツォだった。彼は肉やらパンやらを美味そうに食いながらワインを楽しんでいる。これでもかという程ワインをがぶ飲みしている。
「じゃあ食うぞ」
「ええ」
「飯も報酬のうちだぞ」
 彼は兵士達に告げる。
「だからだ。皆どんどん食えよ」
「はい、わかってますよ」
「報酬はきっちりともらいますよ」
「その為に来てるんですからね」
 彼等はそのまま酒と食べ物を楽しみ昼寝に入った。見ればジュリアーノもそうだった。彼はワインで真っ赤になった顔でそのまま休息に入った。
「隊長、何かまた進撃しろって言っていますよ」
「そりゃドイツ人だけだろ?」
 部下の兵士の言葉にこう返すだけだった。
「わし等じゃない。気にするな」
「そうですね。じゃあ」
「シェスタだ」
「はい」
 彼等もまた昼寝に入る。呆れたことに皇帝軍のイタリア人指揮官もそれに入る。しかし誰も相手にしない。それでやっと昼寝から起きればのろのろと動き出しまた適当に戦いだす。何しろ酒が入っているので午前よりもさらに動きは悪い。しかも夕方になったらまた指示より先に戦場から帰るのであった。
「じゃあ帰るか」
「ええ。仕事は今日で終わりですね」
「何か明日もあるらしいですよ」
「金は?」
 ジュリアーノは部下に最初に尋ねるのだった。
「金は払ってくれるのか?」
「後払いらしいですよ」
「じゃあこのまま帰るぞ」
 それを聞いてぷい、と顔を背けるジュリアーノだった。
「後払い程あてにならないものはないからな」
「ええ、確かに」
「向こうもできるだけ金はケチりたいんだよ」
「せこいですね、皇帝の癖に」
「ドイツ人は所詮そんなものだ」
 自分達のことは完全に棚にあげての言葉だ。
 
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