スレンダーマン?がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか
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第三話
ダンジョンを出たとき、時刻は丁度昼過ぎだった。
道端には露天商や屋台があり、大通りは中々に混み合っている。が、私が移動すると途端に人の波が割れ道が出来る。奇異の目に晒され、自分の見た目が改めて異常だと感じる。まあ昔から長身ということで目立つ方だったけど。
そんなことは気にもせずゆっくりと歩みを進める。途中で昨日から何も食べていないことに気がついたのでじゃがまるくんなるものを購入し食べてみた。そういえば口らしきものが見当たらないのに食べられるのだろうかという疑問が一瞬頭を過ぎるが、普通に食べるイメージで口元と思われる場所にに持っていくと、目の前のじゃがまるくんが欠け、口の中にじゃがまるくんの入った感覚が感じられる。中々うまい。食事は問題ないようだ。
ただ傍から見ると私の口の前で食べ物が消えているように見えるようで、売り子の小柄な女性の驚く顔がなかなかに愉快だった。
途中少し道に迷いながらもどうにかギルドに辿り着く。
白い柱で作られたその建物に入ると、先ほどの少年が私が朝いろいろ教わったアドバイザーさんになにやら叱られていた。
その様子はまるで飼い主に叱られる子犬のようでなかなか微笑ましい。
「やあ少年。先ほど振りですね。」
「あ!あなたはさっきの!」
少年に近寄り声をかけると赤い瞳がこちらを見つめる。仕草やらとあわせてウサギのような印象だ。
「あ、ヤスさん。お疲れ様です。というかベル君、ヤスさんと知り合いなの?」
「知り合いというか・・・先ほど一緒に逃げて・・・」
「一緒に逃げた・・・?」
アドバイザーさん(エイナさんだっただろうか)の雰囲気が変わる。なにやら怒りを感じるような・・・
「ヤスさん・・・?私、貴方が無茶しないって言い切るもんだから一人でもぐる許可を出したんですけれど・・・?」
まずい。目に見えて判る程怒っている。やはり調子に乗って五階層に入ったのはまずかっただろうか。
「す、すいません。荒事には多少自信があったものですから・・・」
「自信があったから・・・じゃありません!危険度はもぐる程に上がるんです!!死んだらおしまいなんですよ!?」
「返す言葉もございません・・・」
「全く・・・ヤスさんといいベル君といいなんでこう無茶をするのかしら?人の気も知らないで・・・」
そう言いエイナさんは悩ましそうに目を伏せる。ハーフエルフのこの女性はそんな仕草一つでさえ様になる。
「ともかく、無茶はしないでくださいよ!油断したときが一番危ないんですからね!」
「はい・・・気をつけます・・・」
そんな美人に叱られたら気分も沈むものだ。
ややテンションが下がったところで懐に仕舞った少年の魔石袋の存在を思い出す。危うく忘れるところだった。
「ああ、そうだ。少年・・・ベルさんでいいんですかね?これを落としていましたよ。」
魔石袋を取り出し差し出す。少年、ベル・クラネルは一瞬呆けた顔をしていたが、それが何かを理解し、顔を青くさせる。
「そ、それはどこに落ちていたんですか?」
「あの大広間に落ちていましたよ。あの化け物に追いかけられたときにでも落ちたのでしょう。」
あの美少女から逃げ出したことは言わないでおこう。もし私が彼の立場だったらこの場では絶対に言われたくは無いだろう。
「あ、あ、あ、」
「あ?」
「あ、ありがとうございますっ!これがなかったら僕はもう・・・」
急に立ち上がり、上半身が折れそうなほどのお辞儀をされる。よほど切羽詰ってるのだろうか。
「いえいえ、そんな大したことじゃあありませんよ。たまたま拾っただけですし。」
「本当に助かりました!ありがとうございますっ!」
「頭を上げてくださいベルさん。そんなぺこぺこしてたら色男が廃れちゃいますよ。」
「でも・・・」
そんなに謝られると逆に申し訳なくなるものだ。それも自分よりも年下の少年に。
私はしゃがみ込みベルさんと視線を合わせる。もっとも視線があるのか疑問だが。
「まあ、今度また食事でもしに行きましょう。同じ新人同士仲良くしましょうよ。」
「それでは、野暮用がありますので私はこれで。」
そう言って私は立ち上がり出口を目指す。背後から聞こえてくる「ありがとうございました!」というう声に左手を挙げて答え、私はギルドを後にした。
○
行きと同じくゆっくりと帰る。今日の稼ぎは二五〇〇ヴァリスだった。Lv1の五人組パーティーの稼ぎが一日二五〇〇〇ヴァリスらしいので、初日にしては上々なのだろうか。
食事を済ませたり武器の手入れをしたりしてホームにたどり着いたのは丁度日が落ちる寸前だった。
中に入りリビングを見渡すと誰もいない。どうやらヒルコ様より先に帰ってきたようだ。
ソファーに腰掛け一息つく。ここ数日はあまりにも色々なことが起こりすぎてリラックスするのは久しぶりな気がする。
やわらかいソファーのすわり心地のよさに、私の意識は現実を手放し、闇へと呑まれていった。
○
──深夜のバイパスに雷とも紛う轟音が鳴り響く。ヤスは愛車のスロットルを精一杯引き絞っていた。彼の後ろには同じく珍走仕様のバイクに乗った荒くれ者の舎弟達がいたものの、一人、また一人と謎の糸のようなものに絡めとられ、走っているのはとうとうヤスを残すのみとなった。
ヤスは考える。何が拙かったのかを。能力をいいことに地元の族を乗っ取り吸収し調子に乗ったことだろうか。それともヤクザの事務所にカチコミをかけた挙句放火したことだろうか。挙げるときりがない。
「全部だよ馬鹿野朗。」
真後ろからの突然の声。と同時に自分は地面に立っていた。視界には乗り手を失ったわが愛車が無残にもガードレールに突っ込みスクラップになるのが目に入る。
それと同時に目の前にいきなり男が出現、何が起きたか判らないうちに自分はマウントポジションを取られボコボコにされていた。
「いいか?お前は幸いまだ人を殺していない。だから今回は見逃してやる。役に立つかもしれんしな。ただ次に何か問題を起こしたらただじゃあおかねぇぞ?いいな?」
必死に首を縦に振る。そこで私の意識は途切れた。
○
飛び起きる。どうやら昔の夢だったようだ。いやな夢である。冷や汗がいまだに止まらない。
周りを見渡すと私の顔を覗き込むヒルコ様が見える。今帰ってきたのだろうか。
「大丈夫かい?かなりうなされていたようだが・・・」
「大丈夫です・・・ちょっと黒歴史を夢に見てただけなので。お帰りなさいヒルコ様。」
「ああ。ただいま、ヤス。」
挨拶をするとヒルコ様は横に座ってくる。ふわりと香るいい匂いに思わずドキッとする。
「さて、今日はどうだった?」
「なかなか刺激的でしたよ。マッチョな二足歩行の牛に追いかけられました。」
「二足歩行の牛ってミノタウロスのことかい?よく無事だったね。」
「まぁ追っかけられるのは慣れてますので・・・」
ここで会話が途切れリビングは沈黙に包まれる。居心地のいい沈黙だ。
「さぁ、【ステイタス】を更新しようか。きっと成長していると思うよ。」
「そうですね。」
ヒルコ様が沈黙を破り、私は上着を脱ぎそのままソファーにうつ伏せになる。
背中に前と同じように血が垂らされ、背中を滑らかな手がなでていく。
しかしある時を境にその手はピタリと止まった。
「ヒルコ様?どうかされましたか?」
「君は本当に珍しいね。またスキルが発現しているよ。しかもレアスキルのようだ。」
「本当ですか!?」
「ああ。今紙に書くよ。もう少し大人しくしていなさい。」
「わかりました!」
沸き立つ気持ちを抑えうつ伏せで待つ。どんなスキルが出るのだろうか。夢のチートスキルとかだったら舞い上がって今夜は眠れないだろう。
「お待たせ。かなり基本アビリティが伸びてるよ。」
そう言いヒルコ様は私の前に紙をチラつかせる。私は早速その紙を受け取り目を通す。
ヤス
Lv.1
力:I60→H110 耐久:I10→I60 器用:I40→H105 敏捷:I60→H115 魔力:I0
《魔法》【】
《スキル》【瞬間移動】
【収束固定】
・・・収束固定?一体どんなスキルなのだろう?字面からは効果がまったく予想がつかない。
「ヒルコ様?このスキルは一体どんな効果が・・・」
「あぁ、まぁそのなんと言うかシンプルでね、珍しいことこの上ないんだけど・・・」
ヒルコ様は目を逸らしながら言う。なにやら不穏な空気だ。
「もったいぶらずに教えてくださいよぅ。まさかとてつもなく強いとかですか!?これを使えばどんな敵もイチコロ!みたいな!?」
「いや、そうではなくてね、説明がたったの一文だったんだ。敵の視界を自分に固定させるというね。」
「・・・そ、それだけですか?もっとこう何かすごいの効果とかは・・・」
「ないね。それだけのようだよ。」
「そんなぁ・・・」
期待があっただけに中々ショックだ。それに敵の視線を集めるだけなんて最早呪いの類ではないだろうか。
「そう気を落とすなよ、ヤス。ひょっとしたらいつか役に立つかもしれないじゃないか。」
「そうかもしれませんけど・・・」
「さて、私はもう寝るとするよ。」
ヒルコ様が背から降り杖を持って立ち上がる。一方私はもうしばらくは立ち上がる気にはなりそうに無い。期待の後の絶望はかなり心に沁みる。
「君も疲れたろう、早めに寝ることをお勧めするよ。」
「はい・・・お休みなさいヒルコ様・・・」
「ああ。お休み、ヤス。」
そう言いヒルコ様は部屋から出る。リビングに残るのは私のみとなった。
もう寝よう。今日は疲れたし寝て起きれば気分も変わるだろう。
ヤスは立ち上がり魔石灯の明かりを落とす。部屋には暗闇と静寂のみが残った。
後書き
~スキル解説~
・瞬間移動
・特定の条件を満たした生体の近くに転移できる。
条件①対象となる生体を視界で捉えている。またはそこに生体がいると完全に認識している。
条件②対象となる生体がこちらの存在を認識していない。
条件③距離が一定圏内(約50メートル以内)であること。
・収束固定
自分に敵対する存在の視界を強制的に自分へと向けさせ固定する。
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