| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

スレンダーマン?がダンジョンに潜るのは間違っているだろうか

作者:蟹泰
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第二話

ひとしきり叫んだ後、私がするべきことは愛用の青木スーツに泣く泣く穴を開けることだった。
そのままでは触手が邪魔で着れた物ではないので、ヒルコ様から借りた鋏でなるべくきれいに穴を開けていく。その間も背中の触手はウネウネと元気に蠢いている。意識しないと勝手にうねるようだ。
だが意識すればかなり自由に動く。それに近くの物を手当たりしだい持ってみたが(巻きつけるの方が正しいだろうか?)片手でもてない物も結構振り回せたので腕よりは力がありそうだ。

「しかし驚いたなぁ。一体何があったんだろうね。」

「それは私が聞きたいですヒルコ様・・・」

座りながらスーツを裁断している私は杖をつきながら立っているヒルコ様を見上げることなく喋る。
何が起きたかなんて私にも理解できないのだ。

「君は小さいころから特殊な能力があったと言っていたね。となると先祖に異形のものかなんかがいたんじゃあないかなぁ。『恩恵(ファルナ)』を受けて先祖返りしたのかもよ。」

「手数が増えてラッキー程度に思えばいいんじゃないかな?」

「そう言われましても・・・」

自分が人ではなくなったのと、苦楽をともにしたスーツに歪な穴を開けることにはなかなかテンションが下がる。

「さて、そろそろギルドに行ってもらうとするかな。」

そう言いヒルコ様は、なにやら膨らんだ巾着袋を渡してくる。受け取るとなかなかに重い。

「これで装備やらをそろえるといい。安物の武器なら君の腕の数は買えるはずさ。防具まで買えるかは不安だが・・・まぁ胸当てだけでも買えばいいんじゃないかな。」

「あと見た目に関してはまぁ・・・亜人(デミ・ヒューマン)で通せばいいさ。それできっとどうにかなる。」

「はぁ・・・なるほど。」

立ち上がりYシャツと上着を着る。触手を動かしてみると動きに問題は無いことがわかる。自由に動かせるからだの部位が増えるのはなんとも変な感覚だ。玄関まで移動すると、ヒルコ様は私を見送るために着いてきてくれた。

「それではヒルコ様、行ってきます。たぶん日没までには帰れると思います。」

「ああ、行ってらっしゃい。私も今日は用事があるけど多分君よりは速く帰れると思う。まぁ夕食とかは自由にしてくれよ。私も外で食べてくるからね。それと・・・」

ヒルコ様は言葉を止め私の首に手を回し頭を引き寄せる。中世的な美しい顔が私のゆで卵のようなのっぺりした顔にぎりぎりまで近づく。

「ダンジョンに潜ってみてもいいがくれぐれも無茶をしないように。君は僕のただ一人の眷属(かぞく)だからね。いなくなったら寂しい。」

そう言うとヒルコ様はぱっと離れ

「さぁ!新人(ルーキー)よ頑張ってきたまえ!」

と魅力的な笑顔で私を激励する。突然の出来事に頬が上気するのを感じた。私の顔は赤くなるのだろうか。
手を振るヒルコ様に手を振り返しながら私はホームを後にした。



──順調だった。
奇妙な見た目から道中誰にも絡まれなかったし、装備品も胸当てと一本のククリ刀を武器屋で買い、触手で持つ分は道具屋で売ってた鉈や手斧で代用することでそれなりに節約も出来た。
ギルドでの登録も揉めるかと思ったが出自が自分でもわからないと言ったら、深くは聴かれずとんとん拍子で終わり、その後耳のとがった美人のアドバイザーさんの説明を受け、一人でもぐるのは危険だ、と忠告をもらいはしたものの、無茶をしないからと言い切ってダンジョンへと足を踏み入れた。

ダンジョンに入ってからもこれと言った問題は起きなかった。瞬間移動と触手のおかげでコボルトやゴブリンといった初心者御用達モンスターに苦戦することも無く、ハッキリ言って余裕だと感じてしまった。
そこで満足しておけばいいものを欲を出して更に下の階層まで踏み込んだのがまずかったの知れない。
──訂正、五階層に踏み込むまでは順調だった。
五階層から危険度が変わるとアドバイザーさんが言っていたが、たいしたモンスターに遭遇することも無くある程度進んだとこでさすがに引き返そうと考えていた時のことだった。
まず地響きがした。最初は気のせいかと思ったがどんどん大きくなる等間隔の振動は何かがこちらに近づいていることを知らせる。
次に叫び声、猛る牛のようなけたたましい雄たけびと、あどけない少年の悲鳴がこれまた近づいてくる。
最後に肩越しに後ろを見ると、こちらに向けて全力疾走してくる銀髪の少年と、それを追いかけてくる牛頭のマッチョの怪物が目に入る。
運悪くもここは一本道、私には少年と同じ方向に逃げ出す選択肢しか残されていないことを悟り、全力で走り出すのであった。



『ヴヴォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッ!!』

「ほぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

駆け出し冒険者ベル・クラネルは必死に逃げていた。担当のアドバイザーであるエイナ嬢に
──『冒険者は冒険してはいけない』──
とはっきりと言われていたものの、異性との出会いがあるかもしれないという誘惑に負け普段通う二階層から五階層まで一気に降りてしまったのがまずかった。
五階層に降りた瞬間、今ベルを追いかけている筋骨隆々の牛頭の怪物、ミノタウロスとエンカウント。
五階層では出てくるはずの無いこのモンスターとつい先ほどから命を懸けた鬼ごっこの真っ最中と言うわけだ。
初めて入る五階層の地理に詳しいわけも無く、とにかくひたすら逃げていると言う状況だった。
闇雲に逃げるうちに突入するは一本道、道に入ると同時に一人の線の細い長身の人が目に入る。その人は肩越しにベルとミノタウロスを見たとたんに状況を理解したのか、一目散に駆け出した。



走り出したはいいものの走ることがそれほど得意でもないわたしは、すぐに少年と併走する形になる。
瞬間移動はこういう状況では使えないのでひたすら走るしかない。
会話を挟む余地も無く少年と必死に走る。後ろの怪物も中々しつこくあきらめる様子が無い。いったい後どれだけ逃げればよいのだろうか。

そう考えながらも少年と逃げ出し早数分、私達の鬼ごっこは終わりを告げた。何十もの通路を抜け、たどり着いたのは正方形の広いフロア。その空間の隅に私と少年は追い詰められてしまった。

『フゥー、フゥーッッ・・・!』

赤く輝く双眸が私達を見下ろす。怪物が一歩また一歩と地響きを起こしながら距離を詰めるたびに、隣にへたり込んだ少年の身体が震え上がる。こういったピンチは久しぶりだ。尤も、前のときは人間が相手だったが。
追い詰められたのなら仕方が無い。勝てそうにも無いが抗うしかないだろう。今までもそうしてきたし、生憎と諦めるのは大嫌いだ。

少年の前に進み出て鞘に収めていた武器を抜き背中の触手を構える。相対するは死の象徴、手には緊張で汗がにじんでくる。一発でももらったらひとたまりも無い。

怪物が私の頭を潰さんとこぶしを振り上げたとき、私の視界は怪物の後方に靡く金髪を一瞬捕らえた。
私はどうやら幸運の女神に見放されてはいなかったようだ。すぐさまその金の糸を頼りに瞬間移動を発動させる。怪物のこぶしは私の頭のあった位置を通って空を切った。

私が転移するのと、少女が駆け出したのはほぼ同時だった。私が振り向き怪物に不意打ちをしようとしたときにはもうすべてが終わっていた。
さきほどまで牛が立っていた位置には何ブロックかの肉塊、その先には牛を解体したと思われる人形のように美しい少女と返り血をモロにかぶった少年が見える。少女は少年に何か語りかけていたようだが、少女が一歩近づいたとたん少年はばねのように飛び上がり叫びながら先ほどの逃走に負けるとも劣らない速度でどっかに逃げ去ってしまった。そんなに怖かったのだろうか。

「お嬢さん、ありがとうございます。おかげで助かりました。」

少女に近寄り、恭しく一礼する。助けてもらったからには一言言うのが礼儀だろう。
華奢な体とそれに乗る童顔、それに靡く金髪はまるで女神のようだ。

「すいません、うちのファミリアがとり逃してしまって・・・あなたは・・・」

「おっと失礼、自己紹介を忘れていました。」

「私の名前はヤス、本当は違う名前ですけど長すぎて発音も面倒なのでヤスで統一しております。所属は【ヒルコ・ファミリア】、こんななりですが一応人でございます。」

一歩引き下がり、また恭しく一礼する。それと同時に先ほどの少年が落としたであろう袋が足元にあることに気がつく。中身は魔石のようだ。これが無いとあの少年はかなり困ることが予想される。
それに逃げていて気づかなかったが、もうダンジョンにもぐり始めてかなり時間が経過した。もうそろそろ引き際だ。

「さて、本来ならばお礼の一つでもしたいところですが、用が出来てしまいましたのでこれにて失礼します。お嬢さんもお気をつけて。」

少女は何か言いたそうだったが、気にせず足早に立ち去る。きっと彼女もパーティでもぐってきているのだろう。そのパーティメンバーにこの状況を見られたら厄介なことになりそうな気がする。私モンスターみたいな見た目だし。



そう考え私は来た道を辿る。迷わずに帰れるだろうか。








 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧