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ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか

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夢の中

 
前書き
知っている方もいると思いますが、前々話よりニシュラ和尚著作『ダンジョンに転生者が来るのは間違っているだろうか』とクロスすることになりました。
僕としても彼としても初めての試みなので矛盾が出たりするやも知れませんが温かい目で見守っていただければと思います。 

 
 ――起きろ――

 脳に直接流し込まれたように鮮明に響く声にデイドラは目を覚ました。

 「うっ…………」

 思考が正常に働かず、何とは無しに緩慢な動きで起き上がると、唐突に襲われた鋭い頭痛に呻く。
 そして、頭痛が通り雨のように薄れ消えていくのを感じながら(まぶた)をゆっくりと持ち上げた。

 「なっ」

 絶句するデイドラの瞳に映るのは白い床と天井が延々と広がっている非現実的空間。

 ――そう驚くな、デイドラ――

 瞳目し、開いた口が塞がらないデイドラに声が降った。
 デイドラはここがどこか、何故こんなところにいるのかさえ考える間もなく、その声にさらに驚かされ、取り乱す。

 「誰なんだ、お前は!何故俺の名前を知っている!ここはどこなんだ!」

 声の発生源がわからず、デイドラは首を回して必死に探す。
 だが、もちろん目に入るのはただ白い壁と床のみ。

 ――私か?うーむ、名乗るつもりはなかったが、これからもしばしば会うことになるからな、呼び名くらい決めておいたほうがいいな。それと『何故俺の名前を知っているのか』『ここがどこなのか』『どうやってここに連れて来たのか』『帰られるのか』等の質問には立場上『コメント』を差し控えさせてもらう――

 「おいっ、それはどういう意味だ!」

 ――そうだな…………なら、セダとでも名乗っておこうか――

 デイドラの詰問などどこ吹く風といった感じで声の主はのんびりとした口調で言った。

 「お前の名前を聞いているんじゃない!お前の正体を訊いているんだ」

 そんな声の主にデイドラは苛立ちをあらわにして牙を剥いた。

 ――そんなことはどうでもいいんだ。それよりも君の話をしようではないか――

 「俺の話だと…………」

 しかし、やはり、声の主はまるで動揺を見せず、逆に唐突な提案でデイドラを戸惑わせた。

 ――そうだ。お前は復讐のために生きているのだったと思うが――

 「……それがどうした」

 ――ふむふむ、だが、小娘にたぶらかされて見失いかけている――

 「たぶら……かせれているだと…………この俺がか」

 声の主の言葉にデイドラは眉間に筋を作る。

 ――ほう、違うと言うのか、デイドラよ――

 そんなデイドラに今にも笑い出しそうな声音で言った。

 「違う!気安く俺の名を呼ぶな!」

 デイドラは逆上して返す。

 ――その怒りは何が源だ?自尊心を傷付けられたからか?それとも、図星を突かれたからか?――

 飄飄(ひょうひょう)としていた声が突然に低く体を芯から震わせるような重低なそれになった。

 「ち、違う!」

 それにデイドラは気圧されて言葉を詰まらせる。

 ――ならば、これを見てそれを言えるか?――

 と、声が響いたと同時に延々と白かった床と天井がデイドラを中心にして、薄緑色に染まりはじめた。
 やがて、完全に薄緑色に染まると、床に黒い線が無数に走り、様々な四角形を描いたと思えば、その形に床が浮かび上がった。
 そしてデイドラを挟むようにしてそびえ立った(元は床だったもの)が薄暗く先の見えない通路を形成した。
 というか、その通路はダンジョンの五~七階層のそれそのままだった。
 それこそ、オラリオの地下にあるそれを切り出してきたかのようだった。
 見る間に大きく変貌した光景に唖然とするデイドラの前方、通路の先の闇が突然、明るくなった――と同時にデイドラは反射的に駆け出していた。
 明けた先に見えたのはルーム。
 その中央に見えるのは少女の背中。
 そして、少女の前にいるのは、黒手を振り下ろすウォーシャドウ。
 デイドラはその少女がリズであると刹那にして気付いたのだ。
 通路を疾風迅雷の如き勢いで駆け抜け、飛びつくようにして地面を蹴り、跳躍した。
 が、指先がリズに触れるか否かの瞬間、スイッチを切ったかのように、リズだけでなく、ウォーシャドウも薄緑色の床や壁も白く塗り潰された。
 いや、視界が白く塗り潰されていたと言った方が正しかった。
 デイドラは突然のことに受け身も取れず、白い床に激突し、数回転転がった。

 ――では、訊こうかな。お前は何のために生かされている?――

 「俺は…………復讐のために生かされている」

 転がったまま死んだように床に横たわるデイドラはむくりと起き上がり、生気のない声音で答える。

 ――そうだ。決して他人を守るわけではない。お前は他人を守る資格などない。忘れたわけではないだろう、あの日のことを――

 と言い終えるが早いか、白い床から業火が燃え立ち、デイドラを囲んだ。

 「あ、あああっ」

 その業火の隙間から、母の名前を呼ぶ少年の声、恐怖に染まる男の怒号、空気を引き裂くような女の悲鳴、正体のわからないモンスターの鳴き声が場に溢れた。
 その中、デイドラははっきりと自分の名を呼ぶ少女の声を聞いていた。

 「や、やめろおおおおおおおおおおおっ!!」

 その声を掻き消そうと、有らん限りの声量で叫ぶ。
 が、少女の声を含めすべての声は地獄より蘇った怨霊が耳元で吐くが如く鮮明に耳にこびりついて、離れない。

 「やめてくれ!やめろっ!もう聞きたくない!頼むっ!」

 と、耐え切れず嗚咽にまみれた声でどこにいるのかもわからない声の主に頭を垂れ、懇願した。

 ――これでわかっただろう――

 そのデイドラの声に主が応える。

 ――お前は復讐以外のことは許されていない。このことをゆめゆめ忘れないことだ――

 という重く低い声とともに、その主の気配とすべての音は遠退き、不可視の霧の中に没した。
 そして、しばらくして、おもむろに立ち上がったデイドラの瞳は闇に沈んでいた。


     ◇


 デイドラはゆっくりと瞼を持ち上げる。
 目に入るのは見慣れた粗末な天井。
 背中に感じるのはテュールのベッドだと瞬時にわかった。
 そして、片腕を包み込んでいるのはテュールの温もりだと、視線を遣ってわかった。
 テュールが目尻に涙を(にじ)ませているのを見て、デイドラは無意識のうちに手を伸ばしていた。

 ――お前は復讐以外のことは許されていない――

 だが、計ったように頭に響いた声に手を止めた。

 (俺は復讐に生きている。他のものは邪魔なだけだ)

 デイドラは自分に言い聞かせるように内心で呟くと、テュールに大事なもののように抱えられている腕を引き抜き、起き上がった。
 ゆっくりとした動きで部屋を見回して、目当てのものを見つけると、ベッドを(いざ)り離れようとした――その時だった。

 「遠くへ行くな……近くにおれ…………デイドラ……」

 背後からのテュールの細い声に咄嗟に振り返る。
 しかし、予想と反してベッドで丸くなっているテュールの目は閉じられていた。

 (寝言…………か)

 デイドラは我知らず胸を撫で下ろす。
 だが、次の瞬間に流れ落ちた一粒の涙が残した跡にはっとする。
 それは窓からの月光を反射させて、暗闇に浮かび上がった。

 (俺は…………復讐に生きなければならないのだっ!)

 デイドラは目をテュールから引き剥がすと、机にあった四振りの短刀を引ったくるように掴んで、早足で扉に向かった。
 そして、振り返ることなく、扉を潜った――まるで今生の別れであるかのように。 
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