ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか
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【パーガトリウム・フレイム】
「デイドラ…………」
テュールは我知らず眼下の眷族の名を呼んでいた。
外ではほぼ天頂に差し掛かった太陽が地を焼いているが、【テュール・ファミリア】の本拠であるボロ屋の中は不思議なほどにひんやりとした空気に満たされていた。
ノエルは探索で本拠を空けていて、いるのはテュールとデイドラだけ。
テュールはそんな二人きりというシチュエーションに、初めのうち、心浮かれてはしゃぎ、寝るデイドラの傍に潜り込んだり、デイドラに頬を擦り付けたり、無防備な寝顔を眺めたりしたが、いつまでも目を覚ます気配のないデイドラに逆に虚しさが募り、今はベッドの端に腰掛けて静かに眷族を見ていた。
その目はデイドラを見ているというよりかは、どこか遠いところを見ているようなそれだった。
「デイドラ、汝はいつまでそうしているつもりじゃ」
幾度となく口にしかけた疑問を寝ているデイドラに吐露する。
テュールはデイドラがわかると言えなかった。
神であるテュールはデイドラにそうまでさせる復讐心というものがわからなかった。
だから、自分からデイドラに手を伸ばせない。
助けを請われなければ、助けない――のではなく、助けを請われなければ、助けられないのである。
差し伸べた手を握ってくれるのか、そして、握ってくれたとして、彼を復讐という底無しの泥沼から助け出せるのか
しかし、彼の手を引き、自分のファミリアに入れたのは、他ならぬ、テュール自身だった。
テュールはファミリアに入れて傍に置いていれば、心の傷も時間が癒してくれるだろうという、時が無限の神だからこその当時の自分の考えの浅はかさに自責の念を抱きながらも、あの時の選択は間違っていなかったと考えていた。
「妾は汝を一目見て、可哀相だと思った。じゃから、助けた。じゃが、今は違う。汝は妾の大事な家族じゃから助けたい――いや、死なせたくないのじゃ」
デイドラに対する気持ちはただの眷族に対するそれに収まらない。
だが、その気持ちはデイドラの心に届いてくれない。
だから、せめての思いで、テュールはデイドラのスタイテスを更新するのだった。
懐から安全ピンを取り出し、人差し指の先を軽く差す。
そして、染み出した【神血】を俯せにしたデイドラの背に落とした。
それに呼応して、背中に波紋とともに隙間なく並ぶ黒い【神聖文字】が浮かび上がる。
それを確認すると、テュールは中心から外に向かうように文字を指でなぞり始めた。
その文字列は【ステイタス】。神血を媒介にして刻まれたそれはその者の能力を引き上げる神にのみ許された力である。
様々な経験を通して得られる――それこそ戦闘以外のことからでも得られる――経験は【経験値】と呼ばれ、神はこれを見るだけでなく、手を加えることができる。
そうして、【ステイタス】に反映し、塗り替え、付け足し、能力を引き上げるのだ。
デイドラ・ヴィオルデ
Lv.1
力:255G→317F 耐久:197H→240G 器用:212G→263 敏捷:311F→372 魔力:0→56I
《魔法》
【パーガトリウム・フレイム】
・火属性付与魔法。
・接触物類焼。
・炎は発動間不滅。
・詠唱式【贖うことも赦されぬ永刧たる咎とともに、不滅なる浄罪の炎に身を焼かれ、灰燼に帰せ】
【】
【】
《スキル》
【怨讐一途】
・早熟する。
・憎怨が続く限り効果持続。
・憎怨の丈による効果向上。
ここで、【ステイタス】の簡単な説明をさせてもらうと、『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の五つの基本アビリティが存在し、S、A、B、C、D、E、F、G、H、Iの十段階で能力のおよその値が示され、この値が高ければ高いほど強化される。
英字の隣の数字は熟練度で、0~99がI、100~199がHという要領で評価され、最大は999。
そして、Lv.は最重要事項で、これが一つ上がるだけで基本アビリティ補正を遥かに越える強化がなされる。
次に、『魔法』は形勢を逆転させしうる切り札で、二種類使えるだけで仲間うちで引っ張りだこにされるほど貴重なものである。
スロットは眷族になったときから存在し、スロットの数だけ魔法を身につけらるのだが、スロットの発現し得る数は最高で三つである。
最後に『スキル』は、【ステイタス】とは別に、一定条件の特殊効果や作用を肉体にもたらす能力である。
これはスキルとは異なり、無限に発現する。
「なっ…………」
更新した【ステイタス】を見てテュールは言葉を失った。
能力値が初めのうちでも一度で10上がることがないにも拘わらず、デイドラが平均で40も上がっていることは異常事態であるのだが、テュールにとってはもう日常の出来事と化していて、驚きには値しない。
『スキル』もオラリオに二つとない『レアスキル』であるが、デイドラが自分の眷族となったときから存在し、それもまた日常の風景である。
驚くテュールの視線の先にあるのは文字で埋まっている一つの《魔法》のスロットだった。
魔法の発現には知識教養の【経験値】が関わっていて、勉学や読書などの教養を深めることを、ダンジョンに一日を費やしているデイドラがしているはずも、できるはずもなかった。
「彼奴かっ!」
驚愕し思考が乱れていたものの、それはすぐにこの事態を引き起こしたと思われる人物を導き出した。
魔法の教養が豊富で、かつデイドラに接触できる者。
ミネロヴァの他に思い当たる者はいなかった。
「くっ、勝手に…………だが、それはいい。それよりも、この魔法は何なんだ…………」
勝手に眷族を弄られていることに頭に血を昇らせたが、それは一瞬で、すぐに怒りを収めた。
ミネロヴァの勝手な行動に対する怒りよりも、その魔法の内容に対する不安の方がテュールの心を占めていたからだ。
魔法はエルフやダークエルフ、精霊などの魔法種族が先天的に持つ先天系と『神の恩恵』を媒介にして芽吹く可能性のある後天系の二つ大別することができる。
先天系は古よりの魔法種族はその潜在的長所から修行・儀式による魔法の早期習得が見込め、属性には偏りが見られる分、総じて強力かつ規模の高い効果が多い。
そして、後天系は自己実現である。何事に興味を示し、認め、憎み、憧れ、嘆き、崇め、誓い、渇望するか、そして【経験値】に左右され、規則性は皆無、無限の岐路がある。
つまり、
「このような魔法が発現したということは――」
いまだデイドラの心が深く、復讐の念に苛まれているということだった。
「デイドラ……汝はいつまでそうしておるつもりじゃ……」
【神聖文字】で埋め尽くされているデイドラの背にそっと手をのせ、誰も聞くことのない今日二度目となる台詞を計ったように吹き込んだ隙間風がさらう。
デイドラはまるで火だ、とテュールは一人思った。
輪郭が朧げで儚く、手を近づけるだけで、その手を、心とともに、焦がす。
「これほどに近くにおるというのに、触れることすら叶わぬ」
まさに火、いや鏡に写った鬼火のようじゃ、とテュールはうっすらと目元を濡らし独り言ちた。
◆
「ただいま、戻りました」
と、扉を開けてノエルが本拠に入った。
「って、もう寝ていましたか」
【テュール・ファミリア】の本拠に帰ってきたノエルの目に入ったのはデイドラに寄り添うように眠るテュールの姿だった。
その光景は急に心細くなった妹が寝ている兄の毛布にこっそり潜り込んでいるように見え、ノエルは口元が綻ぶのを抑えられなかった。
ノエルは音を立てないように注意を払いながら二人に近づくと、
「おやすみ」
と、呟き、ベッドの横にある急な階段を上がっていった。
しかし、ノエルは気付いていなかった――テュールの目元にが濡れていることに。
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