ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか
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テュール・ファミリア
「帰りが遅いの~」
幼女がベッドの上をごろごろと転がりながら不似合いな年寄り口調で言う。
幼女は顔立ちがこの世のものとは思えないほどに愛らしいのだが、腰まである粉雪のように透き通り、淡くきらめく白髪が神秘的で近寄りがたい雰囲気を添えていた。
年齢は二桁にも届いていないぐらいだろうか。
そんな可憐を絵に書いたような幼女は、驚く勿れ、神様なのだ。
神はヒューマンやエルフやドワーフなどの亜人、ダンジョンに出現するモンスター達とも異なる、一つ次元が違った超越存在。
何者も、何物も並び立つことが許されぬ絶対的存在。
では、そんな存在が何故地に立っているのかというと、何もなく、何も起こらない天界に嫌気がさした神々の一部が、下界に産み落とした者達に興味を持ち、『子供達と同じ地位かつ同じ能力で、彼等の視点に立つ』というコンセプトのもと、下りてきたのだ。
それ以来、思い通りにならないことや目新しい文化、ヒューマンや亜人との交流に楽しさを見付けた神々達が住み着いて、子供達に『恩恵』を授けるようになったのだ。
そんな神様達は、『神の眷族』という派閥を作った。
それは、下界に下りたときに取り決めたルールに従って『神の力』を押さえているために衣食住が必要になった神が、ファミリアを作り、その構成員に『恩恵』を授ける代わりに自分を養ってもらうためのものである。
その『恩恵』は神によって差異はなく、一度授けられれば、ゴブリンやコボルトなどの下等モンスターの討伐を容易にできるようになるのだ。
そう、それが触っただけでも傷付けてしまうのではないかと思えるようなか弱い幼女の神様の『恩恵』でもだ。
ベッドで転がっているロリ神の名は、テュール。
派閥の名は【テュール・ファミリア】。
そして、その本拠は現在地のボロ屋だ。
床は穴が空いていないものの体感できるほどに傾いていて、壁の作りも適当で、隙間風がどこからも吹き込むのだ。
広さは小屋ぐらい。
詳しく言えば、テュールが乗っているシングルサイズのベッドで半分以上が占拠されるぐらい。
そして、
「心配ならば、私が行きますが?」
と、言いながら何やら書類の束を処理をしているエルフが向かっている机が次に場所を取っている。
というか、この二つでほとんど埋まっていると言ってよかった。
「駄目じゃっ!そうは、よかんのじゃ、ノエル」
テュールは跳ね起きると、両手でベッドを叩いて言う。
「でしたら黙って待っていてください。気が散ります」
ノエルと呼ばれたエルフは淡々と作業を熟しながら抑揚なく言った。
後ろにまとめた密で艶やかな黄金色の長髪は魔石灯の光に琥珀色の光沢を帯び、碧空のように澄んだ蒼眼は見た者をはっとさせるような美しい瞳で、すらっとした顎のラインと鼻立ちはエルフ特有の清楚さを彼女に与えていた。
そんな彼女は【テュール・ファミリア】の構成員二人のうちの一人だ。
勿論、残りの一人はデイドラである。
「じゃが~」
「はぁ~」
ノエルは何度目になるかわからないやり取りに嘆息した――その時だった。
こんこんと、扉がノックされた。
そのノックに不安げな顔をしていたテュールは一瞬でその顔をぱぁっと輝かせた。
が、すぐに取り繕うように(彼女なりの)威厳のある顔を作ると、
「扉なら開いているぞ」
と答えた。
「そう、なら入らせてもらうわ」
しかし、返ってきた声はテュールが期待したそれではなかった。
それどころか、最も嫌っている人物のそれだった。
扉を開けて入ってきたのは、デイドラを背におぶったミネロヴァだった。
服装はギルドの制服ではなく、艶かしい体のラインがあらわとなる漆黒のドレス。
そして、おぶられたデイドラは上半身裸で、テュールに勘違いさせ、怒りに染めるには十分だった。
「己!ついに妾の眷族に手を出しおったかっ!この淫婦め!!」
テュールは逆上してミネロヴァに食ってかかった。
「してないわよ。落ち着きなさい。ただぼろぼろで見苦しかったから取ったのよ」
「神様の前で嘘をつこうとは、いい度胸じゃのう」
ミネロヴァは嘘偽りのない真実を言っていたが、日頃の行いの所為で、逆にテュールの怒りを増長させることになった。
「神様、ミネロヴァさんは本当のことを言っているかもしれません」
だが、幸いに、ミネロヴァをノエルが味方した。
ノエルはテュールがミネロヴァに食ってかかっている間、冷静にデイドラを観察して、表面的にはわからない彼の体の異常に気付いたのだ。
「体中に治癒魔法が施された跡があります」
「なんじゃと…………」
テュールは絶対の信頼を置く眷族の言葉に言葉を失っていた。
体中に施されているということは体中に傷があったことを示す証拠に他ならなかったからだ。
「そういうことだから早く寝かせたいのだけれど」
そう言って、ミネロヴァはベッドに歩み寄った。
「わかった」
テュールは半ば放心したように答えるとベッドの脇に退けた。
その空いた場所に柔らかな手つきでミネロヴァはデイドラを下ろすと、傷は残っていないにも拘わらず、テュールは四つん這いになって横から心配そうにデイドラの体を見回した。
「心配しなくとも大丈夫よ。どの傷も私の治癒魔法で治る程度のものだったわ。ただ、血を多く失い過ぎたから当分は目を覚まさないけれど」
そのテュールを慮ってか、ミネロヴァは言った。
「そうか、世話をかけたのう。さっきは怒鳴ってすまぬ」
テュールは素直に謝った。
確かにテュールはミネロヴァとはデイドラを賭けて戦う敵同士ではあるが、それだからといって礼を失するようなことをする神として落ちぶれているわけではなかった。
「別にいいのよ。私があなただったら、きっともっとひどいことをしていたと思うもの」
そして、それを許さないほど、ミネロヴァも性格が悪いわけではなかった。
「それで、何があったか聞かせていただいてもよろしいですか?」
「いいわよ。といっても、私から話せることは少ししかないけれど」
と、前置きして、ミネロヴァはノエルの申し出に答えて、受付であったことを話しはじめた。
――デイドラがリズという少女を連れていたことも含めて。
◆
「きっとそのリズという小娘の所為でデイドラが深手を負ったのじゃろうな」
「そうでしょうね。彼は自分の限界を知っていますから、無茶はしないはずです」
終始静かにミネロヴァの話しに瞑目して耳を傾けていたテュールとノエルだったが、開眼すると剣呑な気配を漂わせて言った。
「ちょっとあなたたち、リズという子を助けたのはデイドラの意志よ」
その二人に少し気圧されながらミネロヴァは言う。
「そうと決まったわけではなかろう。もしかすれば、デイドラをたぶらかしたやもしれぬだろう。ふんっ、軽い気持ちで妾の眷族に手を出したことを後悔させてやるわ」
と、目に危なげな光を燈し、背後から後光とは異なるまがまがしい神威を立ち上らせるテュールに、
「言っておくけれど、デイドラは誰のものでもないのよ。それと、あの子は半端な気持ちなんかではないと思うわよ。私の本気の助言に屈しなかったもの」
と、ミネロヴァは忠告した。
「………………そうじゃな。少し熱くなりすぎたようじゃ。しかし、汝の脅しに屈しなかったのか」
テュールはミネロヴァが最後に口にしたことに怒りより驚きが上回って、少し目を見張って言った。
テュールはミネロヴァの本気の脅しを知っているだけに、彼女の言葉に驚きを禁じ得なかった。
「そうね。だけど、そんなことより、今はデイドラのことよ。このままだといつか、いやすぐにでも取り替えしのつかないことになるように思えてならないわ」
「わかっておるが、妾等にできることはない。デイドラから助けを求められない限りは」
と、言ってテュールは安らかに眠るデイドラに目を落とした。
「助けを請わない者は助けない、ね。あなたも大概頑固ね」
「それが、妾じゃ」
「そうね、じゃあ後は任せたわよ、テュール様とノエルさん。後、これ、今日のデイドラの稼ぎだから、受け取ってちょうだい」
と、言うと、ミネロヴァは机の上に小さな革袋を置いて、名残惜しそうにデイドラに一瞥を与えてから悠然と扉をくぐった。
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