ダンジョンに復讐を求めるの間違っているだろうか
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辛勝凱旋
「あら」
ダンジョンを運営管理する『ギルド』の受付をしていたダークエルフの妖女はウォーシャドウの体液の匂いを漂わせ、上衣を引き裂かれあらわになった身体を傷だらけにした満身創痍の態のデイドラに、彼女としては珍しく、驚きの余りに、硬直した。
だが、次の瞬間には命に別状はないと悟り、妖艶な笑みを浮かべた。
ダークエルフとエルフとの差は、『エルフ』と『ダークエルフ』の名前が示すように、肌や髪の色の差異であることは勿論そうだが、豊満でありながら、引き締まるところは引き締まっている体型やどれをとっても婀娜っぽい挙措にこそあると言っていい。
総じて、線が細く、肌は陶器のように白く透き通り、瞳は宝石の輝きを見せ、貞潔そうで実際貞潔なエルフとは対極を成す。
「今日も来てくれたのね。私、嬉しいわ」
笑みを深めて、ダークエルフは言う。
「お前が来いと言うからだろう」
「あら、強制しているつもりはないけれど?」
「よく言う。行かなかった夜には本拠まで押し入るくせにか」
人を食ったような言い方のダークエルフにデイドラはあからさまな不機嫌の色を声音にのせて言う。
「私はいつも来てくれるデイドラが姿を現さなかったから心配になっただけよ。そんなことより、あなたがパーティを組んでいるだなんて。しかも、その相手が女の子だなんて、どういう風の吹き回しかしら」
妖女であり、デイドラ担当のアドバイザーであるダークエルフはゆっくりとしたさりげない挙止動作で、胸の下で腕を組んだ。
その所為でそのままでもギルド支給の制服の胸元を引き裂かんばかりの胸が押し上げれて見た目のボリュームが倍増していた。
「こういう吹き回しだ、サンクティス」
そんなさりげなくもあからさまな誘惑にデイドラは動じず――というか、その動作の意味もわからず、全くどぎまぎもせず――言った。
「いつものことだけれど、今日はいつにも増して冷たいわね。それにミネロヴァと呼んでくれないわ」
「まるでいつでもそう呼んでいるかのように言うな」
「あら、そうだったかしら。それより、大方そこのお姫様でも助けたのでしょう」
ダークエルフ、ミネロヴァ・サンクティス、は偽り言を指摘されても、どこ吹く風と言った感じで流し、デイドラのそばでほうけているリズに眼光を鋭くさせて視線を向けた。
ミネロヴァの溢れんばかりの色気に当てられて呆然としていたリズは、その見透かすような視線に射抜かれたように肩を跳ねさせると、小動物のように身を小さくした。
「まあな」
「え、えっ!お、お姫様だなんてっ!!」
が、デイドラの一言でまるで何事もなかったように頬を紅潮させて身をよじっていた。
しかし悲しいかな、ミネロヴァがどういう意図を持って言ったか定かではないが、少なくともデイドラはリズが(常識知らずの馬鹿という意味で)お姫様であるとミネロヴァに同意したのだが、すっかり舞い上がってしまったリズにそれを気付けと言うのは色んな意味で酷だろう。
「赤の他人を助けるなんて優しいのね。私は初めからあなたが優しいのはわかっていたけれど」
「ただの気まぐれだ」
「そうやって強がるあなたも私は好きよ」
「っく………………」
デイドラは何を言ったところで、ミネロヴァに手の平で躍らされ、翻弄されると考えて、黙った。
「ふふっ、そんな冷たくて優しいデイドラにためになる魔法の話をしてあげようかしら」
「いつものことだろう」
「魔法の見方は人によってそれぞれだけれど、私は魔法を『守るための手段』と思っているの」
デイドラの嫌みを華麗に無視してミネロヴァは言葉を続けた。
「魔法は確かに劣勢を一度で覆すほどの強力なもの、または単発威力が劣っていたとしても装填速度が短い戦況を維持することのできるものもあるわ。だけれど、結局、そのすべての魔法は一つのことに集約されるのよ」
「それが『守るための手段』、か」
デイドラは逆らっても無意味だと悟り、不承不承話に乗ることにした。
「そう、強力な魔法は一度で危機に陥った仲間を守り、そうでないものは影で仲間を支えている。治癒魔法はその最たるものと言ってもいいわ」
「それで、それがどうしたというんだ?」
「魔法が守るための手段であることを知る者こそその魔法の真の主と言えるの。逆に知らぬ者は真にその魔法を使えていると言えないわ――これはあくまでも私の見方だけれども」
と、締めくくるが早いか、
「それと、言い忘れたけれど、守る対象は何でもいいのよ。仲間でも、見知らぬ他人でも、自分でもいい。見も知らぬ他人を守って自分を守らない馬鹿な程にお人好しな冒険者がこんなところにいるのだから」
と、付け加えた。
「誰だろうな、俺には全くわからない」
デイドラは白々しくミネロヴァに背を向けて言う。
「あなたよ」
そのデイドラの腹部と肩に自然な挙措で腕を回して、抱き寄せた。
その手からは柔らかな縹色の光が漏れ出した。
デイドラは突然のことに目を見開いたが、包み込まれるような温もりに気力だけでつなぎ止めていた意識から指を一本ずつ離していき、ややあって、手放した。
すぐに安らかな寝息を立てはじめたデイドラを抱きしめるミネロヴァに普段の妖艶さはなく、それどころか聖母のような慈しみさえ満ちていた。
「お眠りなさい」
ミネロヴァは深い笑みを湛え、優しくデイドラを撫でると、
「君はもう帰りなさい。後は私がするわ。これ以上他のファミリアの人と一緒にいるのはまずいでしょう?」
と、一部始終を呆然と眺めていたリズに言った。
「あ、ありがとうございます。お願いします」
我に返ったリズは慌てて答え、頭を下げるとミネロヴァに背を向けた。
「そう言えば、君の名前を聞いていなかったわね」
その背にミネロヴァの呼び止める声が掛けられた。
「あっ、私はリズって言います」
「そう、リズって言うのね」
と、至って優然と言ってから、ミネロヴァは語調を変えて
「デイドラを横取りしようだなんて思わない方がいいわよ――私とどこかのエルフと神の怒りを買いたくなかったらだけれど」
と言った。
その声は先程の優しく包み込むようなそれでも、艶かしいそれでもなく、万人を凍り付かせられるようなそれだ。
「な、な、なんのことかわかりませんねー」
誰が聞いても動揺しているとわかる声でリズは搾り出すように言った。
「そう、それならいいのよ」
その返答に対し、ミネロヴァは中身が伴っていない笑みを浮かべる。
「では、これで」
とだけ言うと、かくかくとした動きでその場を去った。
それを見送ってミネロヴァは再び胸の中で寝るデイドラに目を落とした。
「私から話せる魔法のことはすべて伝えたわ。後はあなた次第よ」
そしてその耳元で呟いた。
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