入れ替わった男の、ダンジョン挑戦記
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誕生、前代未聞の冒険者
第八話
「サヨナラ、ボスさん!トドメッ!」
僕のアーティファクト、『ホット・ペッパー』のガントレットの右拳から高熱の熱線が放たれ、ボスモンスター、『リビングアーマー』の大部分を吹き飛ばす。
今、僕がいる階層は、記念すべき『100階』。前人未到、驚天動地の事態らしいが、どうでも良いので深く考えないようにする。
それにしても厄介だった。この階のボスモンスター、リビングアーマーだが、数が多かった。途中で数えるのが嫌になって放棄したが、確実に千以上はいた。流石の僕もヘトヘトです。
時間とは早いもので、実家で冒険者になると宣言してから、もう半年が過ぎた。その間で、ヨーンの名前は人工島に大いに広まった、と言える。良い意味でも悪い意味でも。
「ふう。さあ回収回収。リビングアーマーの鎧は良い値段で売れそうだね。」
数が多かったので、ある程度消し飛ばしても、十二分に元が取れそうな量が回収出来た。
ホクホク顔の僕に、ボス階層のこの空間に、ノイズ混じりの無機質な声が。
『100階層突破の…念に…階層から十階…毎に転移魔方陣を…。』
所々途切れているが、つまりはショートカット用の魔方陣を設置してくれるみたいだ。此処まで到達したご褒美、だろうか?
事情はどうあれ、くれるならばありがたく貰おうと一つ頷き、ボス撃破で出現する脱出用の魔方陣に乗る。
微かな浮遊感と、引っ張られる感覚を覚えながら、視界がボスの間から見慣れた受け付けに変わる。
帰還した僕は、冒険者達の大歓声に迎えられた。
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同業者からの労いと祝福を盛大に受け取りながら、今回の成果を換金してもらい、その一部で今いる冒険者達に、祝い酒を振る舞う。戻った時以上の歓声が上がる。
何度か節目の階層を突破したら祝杯を、と繰り返していたら、一癖ある冒険者達と交友を得たり、妬まれたり、まあ、絡まれやすくなった。
ガラの悪い冒険者に裏路地で恐喝まがいをされたこともある。ギンセカイでチョロッと氷柱を生成して交渉すればあっさり解決したけれど。
「それにしても、僕も無茶したよ。90階層以降は何度他のパーティに助けてって言おうと思ったか。」
「よく言う、顔色一つ変えず90階層のイレギュラーを対処したのは誰だよ?」
「実際は冷や汗ダラダラだったんだよ。『吸血鬼の眷属』なんて、おとぎ話が現実にとか、相当笑えなかったよ?」
ボス階層に突入したら、襤褸を着た男が骸骨模様の蜘蛛、ボスモンスター『スカルスパイダー』を貪っていたら誰でもびびる。それに気付いた男が、身構えた僕にその血の気の無い顔と鋭く伸びた歯、と言うか牙を見せて襲いかかってきた。
困ったことに鳴神で斬っても、ギンセカイで凍り付かせても、まるで意に介さない。ましてやギンセカイの氷を力付くで内側から砕いたのには驚いた。ならばと、ホット・ペッパーの炎で燃やしたのだが、それすら乗り越え、灰から元通りになった。嬉しくないことに、着ていた襤褸は戻らなかった。
とまあ、冒険者達に見苦しい戦闘を見せたのだが、最終的には、ホット・ペッパーの熱線で灰すら残さず消滅させてケリを付けた。
終わった後、貪られていた蜘蛛さんの残骸を回収して換金してもらった。とても高額だった。ありがとう蜘蛛さん。
「何にせよ、ヨーンのお陰でダンジョンの上がり下がりが随分楽になる。足を向けて寝れないな」
リビングアーマー撃破の報酬の転移陣はその階層に一度でも到達していれば誰でも転移できるようで、商人達の鼻息が俄然荒くなっていた。
ダンジョン内での物資の補給は需要が高く、特に下層になるほど冒険者の羽振りもいい。
これまでは潜る時間と仕入れの関係でどうしても深く潜れなかったが、今後は転移で大幅に行き来がしやすくなる。
よって商売合戦で更にダンジョンが賑わい、受け付けの人達も忙しそうだが嬉しそうだ。
勿論、冒険者達も気軽に下層に挑戦、撤退しやすくなった事に喜んでいて、何度も笑顔の同業者達に背を叩かれた。
「今後はもっと気張らないと僕も抜かれちゃうかも。頑張るぞ!!」
「…いやいや、ヨーンお前、やって来てる事が異常だからな?」
転移の効果で続々と階層が突破され、僕より先に進む冒険者の可能性を感じ一層の奮起を誓うと、周りで飲んでいた冒険者が呆れていた。
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今回の報酬はかなりの金額で、やはりリビングアーマーの鎧は高く売れた。溶かして金属にし、再利用するんだとか。
貯金された金額を見て、そろそろ宿屋のお世話もどうか、と考えていたので、女将さんに相談する。
「ダンジョンに近くて、手頃で快適な建物が理想なんだ!」
「難しいねぇ…あたしゃそういうのにはとんと疎いから…」
渋い顔の女将さん。知り合いにも訊くとは言ってくれたが、自分でも探すほうがいいだろうと、その日は床についた。
翌朝、早めに起床した僕は、その足で不動産屋を回り、話を聞かせてもらったが、良い結果とはならなかった。
と言うのも、立地がよければ値段は高く、安い物件はダンジョンが遠い。
中々理想の物件は見当たらない。何軒か回って夕方に訪れたら不動産で、理想に近いのはあったが、先約があるらしい。『塔』を攻略しているとかいう女の子だ。先を越された…!
がっくりと肩を落とし、とぼとぼ店を後にする。拠点探し…大変だな…。
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そんな事があって数日、僕はダンジョンを探索しながら、暇を見て物件を見繕い、遂に見付けた。
「多少年数が経ってますが、ご要望に耐えうるかと」「ウンウン!!こういう物件が欲しかったんだ!」
ダンジョンから少し離れた泉の傍に建った、大きいが決して自己主張しない家。僕の理想はここにあった。
不動産の人に即決で購入を打診し、手続きなどに少々時間をとったが、僕はとうとう自らの拠点を手にいれ、長くお世話になった宿屋を引き払う日が来た。
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「今日まで…、お世話になりました」
「寂しくなるねぇ…また何時でも来なよ?」
名残惜しそうな女将さんに礼を告げ、荷物をもって僕の家に入る。これから僕が生活する僕の場所…否応なく気分が高揚する。家の代金にかなりの額を持っていかれたが、得たものに比べれば些細なこと。
後は家の世話をしてくれる人を雇えば僕の生活は安泰だ。フッフッフ、笑いが止まらない。
その日、テンションがバカ上がりした僕は、ダンジョンにて億越えの稼ぎを叩き出したのだった。
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さて、順調に拠点を入手した僕だったが、ここに来て壁が立ち塞がった。
「使用人が…見付からない…!」
そう、家の世話をしてくれる人が居ないのだ。
この人工島にはそういった関係の人を斡旋、紹介してくれる所があるのだが、不運なことに、全て先約が決まっていて、対応できないとなってしまっていた。
理想の初老ダンディ執事はまたしても例の女の子に押さえられていた。分かっていると言わざるを得ない。
仕方無く日を改めようと家路を戻っていると、道端に倒れている少女が。
「…あの。大丈夫ですか?」
触れたりせず、声だけかける。セクハラ扱いされるのは嫌なのだ。
「………お………、」
「お?」
「お腹…、空きました……」
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「ウーッ!美味しいですっ!見知らぬ人、素敵なご飯をありがとうございますっ!」
輝かしい笑顔で、絶句するような量の料理を平らげていく。空腹だと言うので以前泊まっていた宿屋で女将さんに事情を話し、料理を振る舞ってもらっているが、凄い食欲だ。見ていて逆に清々しい。
「ごめん、女将さん。急に来て無理言って…」
「良いんだよ!たくさん食べて元気になったなら、コッチも作った甲斐があるもんさ!」
「そうですっ!お二人は『ララ』の恩人ですっ!」
夢中でがっついていた少女、ララは大層上機嫌。そして、頭上の『ウサ耳』もピコピコ揺れていた。
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「『亜人』はたまに遠目に見たことはあるけど、知り合いになるとは思わなかったよ」
「ララも人間さんに助けてもらえるなんて、思ってなかったですっ!!」
途方もない量を平らげて落ち着いたララと話す。基本獣人…此方では『亜人』と呼ばれる人々は基本人間と関わらない。
往々にして綺麗所が多い亜人は愛玩用等で過去に襲われた事実があり、亜人同士で集まって生活している。
だからこそ、一人で行き倒れていたララの不自然さが気になり、訊いてみた。
「何で一人で?」
「ララの一族の『しきたり』ですっ、一族の決まりで、成人を控えた者は、一度人の営みを経験しなければならないのですっ!」
「ああ、『ラビル族』の」
「知ってるの、女将さん?」「人間に特に友好的な亜人の一族で、商人気質の人が多いねぇ」
「そうなのです、しかも最近、ダンジョンで転移陣が出来て商機が転がり込んだと一族も大張り切りなのです。だから、ララ達にチャンスをくれた『ヨーン』に一度お礼を、と思ってあそこまで一心不乱に飲まず食わずで走ってたら、急にフラーっとなってああなったのですっ!」
…簡潔に済ませると、ララは成人の試練で人の生活を体験しようと人工島にきて、ラビル族に機会を与えたヨーンに会おうと遮二無二行動したと。
「でも、ヨーンに会う前に助けてもらったのです。ありがとうなのです!」
「うん、僕、楠英司、通称ヨーンが受け取ったよ」
僕の返答に、ララは目を見開いて驚愕を示していた。
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