入れ替わった男の、ダンジョン挑戦記
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誕生、前代未聞の冒険者
第七話
振り向いた男女は目を丸くし、少年は面白くなさそうに、少女は嬉しげな顔をした。どう見ても少年の邪魔してますね、退散しましょうか。
「『エージ』、タイム!」
「襟を掴まないでいただきたい。」
そそくさと家に入ろうとしたら、少女に襟を取られた。逃げないから手を離してほしい。加えるなら男の相手を続けてほしい。そんな気持ちが、奥底から湧き出てくる。此方の僕の関係だろう。
「ふう。エージってば卒業式で騒ぎ起こして、その上おじ様達に迷惑かけて。分かってるの?エージがやってる事!」
何故そんな事を言われなければならないのか。理不尽な言われようにムッとしたが、心から上がってくる、この苛立ちと怒りは何だ。『僕』の残滓が、そうさせているのか。
「黙ってないで話しなよ、エージ!」
「まあまあ、『澪(ミオ)』!話し難い事もあるだろうし、向こうで俺が聞くよ!」
いきり立つ澪、と呼ばれる少女を止め、少年が路地裏を指差す。だが、目に剣呑な光が宿っている。
「そう?じゃあお願い『蒼真(ソウマ)』君!終わったら上がってね!」
「ああ!」
少年、蒼真に後を任せ、楽しげに家に入っていく澪。そして澪が居なくなった途端敵意剥き出しの蒼真。お約束ですか。
「楠、来いよ。」
「…ハイよ。」
大人しく従い路地裏に向かう。燻る怒りと苛立ちを抑えながら。
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結果としては予想通り、澪に近付くなと警告したのに無視した、罰だと頬に一発グーをいただいた。
その後睨み付けて次は一発じゃ済まさないと脅した後、爽やかな好青年を作り、澪の家に向かっていった。
そのグーだが、全然痛くない。何かしたの今?と言うほどショボい。まあ、ダンジョンに潜っていれば嫌でも大怪我は付き物だし、何度かヤバイ怪我もした。事前に回復薬を準備したから、今も五体満足でいられているが。
何が言いたいかと言うと、一般のちょっと腕に自信がある程度の暴力は、ダンジョンに挑む者には問題にすらならないのだ。
でも、なんで殴られたかな、と路地裏で考える。ふと、此方の僕のスマホが目に入った。何か手がかりは無いだろうか。
色々画面を行ったり来たりさせて、それらしいモノを見付けた。此方の僕の日記のようだ。しかし、読み進める毎に、指が重くなる。内容が酷いのだ。報われない日々、嘲笑われる日常、目を背けたくなる文章が続く。けれども、手を付けたからには、最後まで見なければならない。
最後の日、つまり入れ替わったその日で文章が終わっている。そして知った。僕の中の残滓の感情に。
「そうか…。しんどかったよね、僕。」
澪、と呼ばれたあの少女は、此方の僕の幼馴染みで、片想いの相手だった。日記にも、随所から『僕』の想いが感じ取れた。そして恋破れた。蒼真とか言った坊やに。
「恋い焦がれた相手に、面と向かってではないけど、『恋愛対象じゃない』は、辛いね。」
日記の終盤に書かれていた、失恋の日、偶々通りがかった廊下で蒼真の告白を受け入れた澪を向こうから見えない場所で目撃してしまい、挙げ句にその澪から、英司は只の幼馴染みで、恋愛対象として考えたこともないと言われた事。これで決定的に、心が砕けたらしい。
そうじゃなくても、前々から蒼真に暴力等を受けていて、その蒼真が澪の彼氏になったのがショックだったのに、そんな事を言われたら、入れ替わった此方の僕の心境も分かる。
「良いんだ。頑張ったね、『僕』。誰でもない、僕が認めるよ。君は全力を尽くした。」
口調は穏やかだが、勝手に体は小刻みに震えて、目から水分が溢れる。大いに吐き出せ、『僕』の残滓。
「泣いていいんだ。どんな結果であれ、一つの夢が終わったら、また新しい夢が始まる。」
成就したなら喜びを胸に、破れて泣くなら涙を流しきり、『今まで』に手を振って歩き出す。人の生き方とは、そんなものだ。
「泣くだけ泣いたら、涙で濡れた服を着替えて、笑って人工島に行こう。そして…、家を買うんだ。僕の、『拠点』を。」
天を仰ぎ、決意を口に。此処に居場所は無かった。ならば作るだけだ。ホット・ペッパーを呼び出し、炎を生み出す。それを達成する為の、力もある。
「僕はやるよ、『楠英司』。『君』が成したくて成せなかった分まで、僕は前へ進む。」
手で目を拭い、涙を追い払う。もう、涙は出てこない。
「…行ってきます。」
力強く一歩踏み出し、路地裏を出る。そして何処からか聞こえた、
『行ってらっしゃい。』
という優しい返事は、けっして空耳ではないと思った。
因みに、路地裏での発言は全部独り言である。誰か見ていたら大変だった。
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一晩と言わず、行きたい道を決めたので、家族に僕の意思を伝える。人工島に行くと。冒険者、『ヨーン』こと楠英司として、生きていきたいと。
当然、母と兄は猛反対した。自ら危険に足を踏み入れる事は無いと、認めようとしない。だが、意外にも親父殿は、僕の目をしっかり見つめ、質問した。
「後悔しない、選択なんだな?」
「僕が僕でいられる、道だから。」
親父殿から目を逸らさず、返事をする。
「…分かった。」
「あなた!!」
「父さん!!」
信じられない、という表情で、親父殿に詰め寄る母と兄。気持ちはありがたい、でも別の道を選ぶ気はない。
「援助は、せんぞ。」
「構わない。」
「逃げ帰るのも許さん。」
「分かってる。」
親父殿と、確認を交わしていく。これで、退路は無くなった。ただ、前進あるのみだ。二人が止めようとしても、親父殿が許さない。
「いつ出発するんだ?」
「荷物を持ったらすぐにでも。」
帰って来る時にまとめた荷物は、此方の『僕』の部屋にそのまま置いてある。それを取ってくれば、いつでも人工島に行くことができる。
「メディアで騒がれない日が無いようになる位、頑張るよ。『ヨーン』、楠英司として。」
「えー君…、」
「兄さんも、身体を労ってね。教師になるんでしょ?」
母と、兄に巣立ちの言葉を告げる。今にも母は泣きそうだが、我慢していただきたい。
「正直、英司に独立を先にされるとは思わなかったよ。…いつでも連絡して、相談してくれ。家族なんだから。」
引き留められない悔しさを残しながらも、兄は僕の意思を尊重してくれた。深く家族に頭を下げ、部屋に向かい、荷物を回収し、玄関に立つ。
家族が見送ってくれる。一つ息を吸い込み、万感の思いを込めて告げる。
「行ってきます。」
此方の僕にも告げた言葉を、家族も伝える。やはり、優しい声で、
「「「行ってらっしゃい。」」」
の返事が。笑みを浮かべ、ドアを開ける。放り出されて行った最初とは違う、公認の出発。
丁度、隣から蒼真と澪の二人が出てきた。が、何も感じない。残滓が泣くだけ泣いて吹っ切れたのか、余裕綽々だ。
「どこ行くのエージ、こんな時間に?」
「人工島まで拠点を買いに。冒険者なもので。」
不思議そうな澪にコレからのプランを簡潔に教える。ムム、だが拠点を買っても食事等はどうするか。自慢じゃないが、僕の生活能力は底辺に近い。…ここは使用人を雇うか。ロマンスグレーかつダンディーな紳士的執事を。想像してみる。
『英司様、御食事の用意が出来ております。』
『ありがとう。』
『浴場の準備もしてありますので、どうぞ、ごゆるりとお過ごし下さい。』
…とてもいい。実にいい!やはり使用人は初老の男性に限る。メイド?喫茶店に行けば良いんじゃないかな?とか考えていると、幼馴染みが肩を揺さぶりながら、
「…ジ!…ージ!エージ!」
と連呼。何だようるさいな。僕の今後を左右する思考を邪魔しないでいただきたい。
「なんで冒険者な訳?エージが冒険者なんて聞いてない!」
言ってません。知らないだけです。君達は甘酸っぱい青春を存分に謳歌してほしい。学生なんだから。
「そして彼氏君。一つ良い物をお見せしよう。」
ふと思い付いた風を装い、蒼真ににこやかな表情を見せる。怪訝そうな蒼真。まあ、意趣返しなんだけど、
「冒険者ってさ、素の身体も強いんだ。だからね、こんなパンチだって造作もないんだ。」
言いながら、顔面の傍に身の毛もよだつような右ストレート。青ざめた彼を見て殴られた代金も返せたし、大満足である。
ギャーギャー喧しい幼馴染みと憎々しげなその彼氏を放っておいて、駅から人工島行きの電車に乗り込み、窓から景色を眺める。いずれ見えてくるであろう人工島に、今後を心踊らせ、僕、楠英司は冒険者として改めて一歩踏み出した。
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