入れ替わった男の、ダンジョン挑戦記
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誕生、前代未聞の冒険者
第六話
ヨーンこと楠英司が、怪盗ラッツと遭遇しているその場から遡ること数時間、英司の実家、勘当されたので英司が言うならば『元実家』では、家族が大騒ぎしていた。
「まさか本当に英司がダンジョンに挑んでいるなんて…。未だに信じられないよ…。」
疲れたように首を降る兄である和人。英司が追い出された後、彼は怒る父を宥め、悲しむ母を慰め、外で途方に暮れているであろう弟を家に入れてやるつもりだった。
しかし家の前にはいない。ならばと落ち込んだとき頻繁に通っていた公園に向かう。だがいない。本気で去ってしまったと気付いたときには時遅し、人に聞けど行方は知れず、やっと今になって消息が判明してみれば、冒険者になって怪盗に予告状を貰ったと言う事態になっているではないか。
テレビの向こうには、雰囲気はそのままに、逞しくなった弟がいて嬉しくなった。
その弟は怪盗を挑発し、ダンジョンに入ってしまう。
和人から少し離れた場所では、両親が大喧嘩をしている。
元々家族に過保護な面があった母は、英司が危険なダンジョンに入り浸っているのが我慢ならないらしく、あの日追い出した父を責めていた。
「あなたが!あなたが、あんなに怒らなければ『えー君』は!」
「仕方ないだろう!まさか本気で出ていくなんて、誰が思うんだ!」
父も言い過ぎたのを自覚しており、少し経ってから改めて英司と話し合おうと思った矢先の失踪に、誰よりも取り乱した。
警察に捜索を願うことも考えたが、今の今までしなかった。最悪の事態を考えたくなかったからだ。
そして今、英司の所在と健在を知った家族は驚き、戸惑っているのだ。
テレビのリポーター曰く、一人で挑み続ける若き俊英、単騎で熟練パーティが苦戦する階層を踏破する傑物と、大いに褒め称えていた。
「…父さん、母さん。人工島に行ってくるよ。英司を連れて来る。」
和人は決意した。家族会議の為に、英司を家に戻そうと。
「『かー君』、えー君帰ってくるよね?」
「勿論だよ母さん。ここは英司の家なんだから。」
涙目をした母を肯定し、父に視線を向け、頷いたのを確認し、和人は出発する。兄弟の再会は、間近に迫っていた。
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役者は揃い、舞台は整った。後は、僕の手にあるブツを渡せば目的は完遂される。
「『風竜の泪』は?」
「ここに。」
猫耳が尋ね、兎耳がネックレスを確認する。慌てない慌てない。すぐにソッチの物になるんだから。
「話は簡単だ。僕…。」
「私達が貴方を倒せばいいと。」
何 だ っ て ?
「この手のやり方の人は力づくで押し通そうとしますから。」
「慣れっこなんだよーだ!」
礼儀正しい兎耳と元気そうな猫耳。早とちりです、僕に戦意はありません。
「口ではそう言って後ろからばっさり、は嫌ですから。」
きっぱり拒否する兎耳。やはり、このネックレスが疫病神だったか。
「さあ、行くよ!」
「なるべく痛い目にあわないようにします。」
猫耳と兎耳が構える。猫耳は素手、兎耳は弓だ。
「…ホット・ペッパー!!」
もうどれだけ言葉を重ねようと、信じてはもらえまい。彼女達が何度も似た経験をしているのであれば、僕が油断させようとしていると受け取ったのだろう。ならば、手加減してわざと負けて、ネックレスを明け渡そう。どうせ僕には無用の長物だし。
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「take off!!」
威勢の良い僕の掛け声で、グリーヴのから炎が噴射し、空に飛び出す。飛び込んできた猫耳の攻撃をいなし、狙うは援護の兎耳!
…イヤイヤイヤ、狙っちゃ駄目だ。負けなきゃいけないんだから。狙いを兎耳の隣の空間にずらし、身を翻し、拳を付き出しながら急降下。拳の衝突で地面が砕けたが、兎耳は無傷。
その兎耳は弓を放って来る。…おい、何故一射が無数に増えるんだ。
放たれた矢は、僕に向かって数百発の矢になり、殺到する。再び空に飛び出して逃げると、僕よりはるかに高く跳躍した猫耳が、両足を揃えて僕の腹部を踏みつけた。
「必殺!『キヤットストライク』!」
踏みつけた両足から真紅のエネルギーが生じ、そのまま僕を地面に縫い付けた。その威力は、僕が砕いた地面が可愛く思えるほどで、僕の体は、深くめり込んでいた。
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「風竜の泪は…。無事だよ!」
「いつも無茶し過ぎです。今回だって…!」
「ゴメン!でもこの人…。」
「詮索は止しましょう。長居は無用です。」
「そう、だね!じゃあ、『怪盗ラッツ、撤収』!」
閃光の後に静寂が訪れる。テレビは大騒ぎ、怪盗ラッツの活躍を大々的に報じるだろう、と考えながら、
「あらよっと。」
一端後転するかのように体を動かし、その反動で一気に起き上がる。猫耳の踏みつけが地面に届く寸前に、僕はホット・ペッパーの噴射で威力を殺していた。めり込んでいたのは、ちょっとした演出、リアリティーを出すためだ。まんまと引っ掛かってくれた獣娘達は演技中の僕からネックレスを取り、去っていった。
彼女達は欲しいものが手に入り、僕は厄介払いが出来た。お互い大満足の結果じゃないか。
「さて戻るか。」
茶番を演じるのは疲れます。役者じゃないしね。
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「英司!」
「兄さん?」
怪盗との暴力的取引を終えて戻ると、兄である和人がいた。用事ですか?
「帰ろう英司。みんな待ってる。」
「いやぁ、僕は勘当されたし。」
「本気でするわけないだろう。さあ、帰るよ。」
待っていただきたい。一度帰るにも、荷物や宿の事など、色々しなきゃならんのです。
「なら一緒に行こう。二人なら早く片付けられるしね。」
兄に急かされ、宿の女将さんに話をつけ、荷物を回収し、電車に揺られ気付けば実家の前。
「さあ、英司。」
兄さんがドアを開けて催促してくる。腹をくくるか。
「……ただい「馬鹿もんがぁぁ!!」ブフッ!」
親父殿に殴られた。デジャヴ?
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殴った後でバツの悪そうな親父殿を先頭に、居間に連れられる。
母に抱き締められ、心配したと大泣きされた。ああ、相変わらず美形になったわが親兄弟。僕の平凡さが際立つ。顔面高偏差値に比較され続けたのも此方の僕の入れ替わりの一因じゃないか?
それ以上に僕の胸中がざわめく。寂しさと…、後悔、だろうか?経験のない感情に戸惑いながらも、今は家族と向き合う。
「英司がダンジョンに挑んでいるのは、知ったよ。まさか本気だとは思わなかったんだ。」
「アーティファクトの事を話さなかったのは、悪いとは思ってるよ。だけど、定時制じゃあ納得しなかったでしょ?」
脳裏に過る、優秀な兄みたいになれと重圧をかける親父殿、無責任に期待する兄や母、努力して、見向きもされない結果。
此方の僕の残滓が心の中で叫ぶ、苦い記憶。
「僕は僕なりに精一杯やった。でも何も返ってこなかった。あったのは『この程度か』の失望と溜め息だけ。正直、息が詰まりそうだった。」
僕の口から紡がれる、残滓の嘆き。止める気はない、つもりもない。
「欲しかったのは、『頑張ったな』、の一言だったんだ。結果じゃなくて、過程を見てほしかった。」
家族は黙って僕の嘆きを聴く。子供には立派になってほしいと願う親の気持ち、なってくれると信じる信頼、それが行き過ぎればどうなるかと、当事者の僕が他人事のように喋っていた。
「言いたい事はわかる、英司。だがお前には才能が有るんだ。磨かなくてどうする。」
僕の恨み節に瞑目したまま、親父殿が諭してくる。才能を磨け、高みに登れ、親が子に言う常套句だが、それで『僕』は追い込まれたのだ。
「えー君、お母さんはえー君が居てくれれば、それでいいよ?」
無垢に、純粋に母は言ってくれているのだろう。その純粋さが、『僕』の重荷になった。
「兎に角、もう一度考えよう、英司。ダンジョンは危険だ。いつ何が起きるか分からないのだから。」
そして兄。『僕』最大のコンプレックスかつ、挫折の根源。何をさせても完璧な兄に、周囲は大いに称賛し、『僕』と比べた。万能の和樹、凡庸の英司。残滓に強く強く刻み込まれた、覆せない事実。
それらと諸々が合わさって、『僕』は嫌気がさしたのかもしれない。ともすれば、別の要因もあるのだろうが。
一晩考えて、と兄に言われ、自室、此方の僕のだが、に入り、ベッドに腰かける。
見れば見るほど、この部屋には生活感がない。綺麗すぎるのだ。きれい好きとか、丁寧な物使いと言う次元ではない。本も家具も新品同様、違和感がある、ではなく違和感しかない部屋、と言った具合だ。こんな部屋で、考えが纏まるわけもない。
着の身着のまま、出掛けると居間にいる家族に告げ、外をうろつく。することもなく、行き先があるわけでもない。身の振り方を案ずる為の散歩。
家族はダンジョンに挑むのを快く思っていない。当然だ。家族が危険に身を晒すのを良しとする者は滅多にいない。だが僕はどうだ?それを是と出来るか?
結局、ぐるぐる思考のループに陥り、答えも出せずに家の前まで戻ってきた。眼前には、楽しげな制服の男女が。確かお隣さんか。青春しているなあ、と目を細めていると、視線に気付いたか、男女が僕をみた。
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