少年と女神の物語
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第百十三話
「硬き鱗よ、我が身を守り、衝撃を返せ」
全力で投擲した槍は、しかし九人目の体にあたると同時に俺の方に返ってきた。普通ならそのまま俺の心臓を穿っていたはずのカウンターは、俺がボルグを右腕に戻したことで無効化される。
鱗、ねぇ・・・硬い鱗を殴りつければ、その威力は殴った者自身に返ってくる。それを再現した権能、ってところか。
「ハッ、そう怒んなよ神代武双」
「お断り、に決まってんだろうが!」
「そりゃそうだ!それでこそ神殺しだよな!」
物理的な攻撃が通じないので、俺は全なる終王を発動して雷を攻撃の主軸に置く。それに対して九人目は楽しそうな表情になりながら、髪を緑色に変えて向かってくる。
接近戦になる前に雷を放つが、それはあいつの目の前に現れた水で防がれる。完全な純水は電気を通さないから何も驚かず、その水に対して俺も干渉して双方潰れる。前にアイツもやってきたことだ。
それをすることであいつを守る盾は消えたけど、もうすでに遠距離戦ができるような距離にはいない。短槍を召喚して雷を纏わせて突き刺しにいくも、一瞬神速に入って避けられ、俺の腕をつかみに来たため盾を召喚して後ろに跳ぶ。
盾の方を見るとあいつが掴んだところから腐食・・・酸化していくので、こっちの予想は正しかったのだと判断。髪の色が緑の時は触れられないよう細心の注意を払う必要があるな。
ってかそれよりも、あの魔剣がいつ飛び出してくるのかが怖い。今すぐにでもぶっ壊したいのに、破壊者は使えねえし・・・隠し玉が残ってる、ってのはここまで怖いもんなんだな。
「さわれりゃ、それで終わるんだがな」
「今のを見てまだそんなことを許すと思ってんのか?」
「そりゃそうだ。だったら、こっちで行くとするか!」
髪が緑から黒に戻ったので、今は腐敗の権能は解除しているのだろう。解除して使う必要があるってことは、やっぱり何かしらの神の化身を権能の形で簒奪したものさっき神速に入るときもそうだったところを見ると、ナーシャの霊視は当たっていたのだろう。もう少し、情報があればな・・・
「古き時代、丸太は多くを破壊した!」
と、そんなことを考えている間にも九人目は言霊を唱えていた。丸太という力がなければ扱うこともでいない武器、そしてあいつの腕が文字通り丸太みたくなったところを見ると・・・
「今ここに我は力を現す。人ならざる力をもちて相撲を取り、未来あるものを守り抜こう!」
濡れ皿の怪力を発動すると、かなりのレベルで強化される。つまり、あいつが発動したのも怪力の権能だ。言霊から考えて、丸太にかかわる化身。・・・もはや生物ですらねえんだな。そんな化身もってて何をしたかったのだろうか、その神様は。
とはいえ、そんなことを考えていても仕方ないので・・・思いっきり殴りかかる。当然ながら防がれ殴り返されるが、こちらも腕で防ぐ。外に流すようにして腕を払ったので、そのままマリーに教わった通り相手を自分が回る動きに巻き込んで・・・
「あとは勢いよく、投げ飛ばす!」
鳥居に向けて投げ飛ばして、そこにぶつかるのと同時に豊穣王で植物を操って縛り付ける。そう長い時間を稼ぐのは無理だろうが、そこまで時間は必要ない。いまだ燃えている社の中に入り、梅先輩の両親を抱えて再び社の外に出る。二人さえ連れ出せればもう誰もいないはずなので燃えているものを火ごとまとめて拳圧で吹き飛ばし、消火活動を終える。いや、これを消火と言っていいのかどうかは知らないけど。
あとは、医薬の酒を使って酒樽を召喚し、二人にまとめてぶちまけてから蚊帳吊り狸で異世界に落として終了。そのまま振り返ると、当然ながら九人目は植物による呪縛から解放されていた。その右手には、黄金の柄を持つ魔剣が・・・ティルヴィングが握られている。
「俺を捕まえといて何をするのかと思えば、真っ先に救助に向かうとはな・・・オマエ、本当に神殺しか?」
「しっかりと神殺しだよ、俺は。さすがに知り合いをこのまま見捨てるのは目覚めが悪かっただけだ」
そう返しながら、再びブリューとボルグを出して構える。あいつが持っているティルヴィングは『錆びることはなく、鉄をも切り裂き、狙ったものを外さない』という性質をもっている以上、これくらいの武器でないと対応することすらできない。けど、願いのほうを使われたら対応するのが難しくなるし・・・
「・・・その魔剣ティルヴィングは、北欧神話に登場する王『スウァフルラーメ』から簒奪したものだな」
「・・・なんでそうだと言い切れるんだ?確かにこいつはティルヴィングだが、持ち主はスウァフルラーメだけじゃないだろ?」
「ま、確かにそうだな」
確かに九人目の言うとおり、ティルヴィングを所有したものはスウァフルラーメだけではない。彼の王以外にもアルングリムやアンガンチュール、ヘルヴォルにヘイズレクなど、複数人存在する。普通ならここからどの神から簒奪したのかを特定することは難しくなるだろう。だが・・・情報は、これだけではない。
「けど、お前はその魔剣で“願いを叶える”以外のことを行った。鍛冶神である蚩尤の権能を操ったよな?」
「あー、やっぱりあれでバレたか」
そんなことを言いながらも、こいつは何が楽しいのか笑っている。別にバレてもいいとか考えてるんだろうな。実際問題、それがわかったところであの魔剣に対応するのは無理だし。
「あの時のオマエの言霊は、『我が汝を奪いし主の持つ逸話よ』だった。それはつまり、お前がティルヴィングを簒奪した神の持つ逸話によるもの。鍛冶の神に命令を聞かせることができるのは、ドグウェル二人に命令してティルヴィングを作らせた、オーディンの血を引く王スウァフルラーメしかあり得ない!」
「大正解だよ神代武双!そうだ、俺が殺した三人目の神はスウァフルラーメ!便利なもんをくれたぜ!」
そう言いながら切りかかってきたので、俺はブリューで防ぎつつボルグを突き出す。剣の腕は大したことないのであろうコイツの攻撃を防ぐこと自体は簡単なんだが、アイツの権能がどう飛び出してくるかもわからないし、なによりいつ『願い』を使われるのかが分からない。その内容も何が飛び出してくるのか分からないから、どうにもならない。
・・・本当に面倒な相手だな、コイツは!防御に全力を注がないといけないとか、ずいぶんと久しぶりだな。
「・・・なあ、二人とも。何かいい案ない?」
『ありませんね』
『無理』
デスヨネー。はぁ・・・うん、もういいや。さすがにここ崩すのはマズいけど、崩さなけりゃ大丈夫だろ。
そうと決まればやることは決まっている。言霊を唱えずにできる範囲で権能を発動しつつ、
「我は永続する太陽である。我が御霊は常に消え常に再臨する」
「おっと、それやられると辛いんだよ!」
そういって一気に突っ込んできた九人目。その目の前にそこらへんの植物全部を操って壁にして、突っ込んできたところに絡みに絡ませて動きを封じる。あとは、
「わが身天に光臨せし時、我はこの地に息を吹き返さん!」
「だー、クソ!」
ティルヴィングで全部切り裂いてくれたみたいだけど、もう遅い。これで俺は不死身だ。願いの分完全にとは言えないけど、ある程度は安心して戦えるな。うん。
というわけで、早速思いっきり心臓めがけて突き出された剣を無視して、血をまき散らしながら槍を突き出す。あクソ、鎧使ってやがる。
「・・・揺れ」
「おっと!」
髭大将で振動を通そうと思ったんだけど、その前に逃げられた。その先に向けて雷を放つも、神速に入って避けられる。アレクの時にも思ったが、コントロールできている神速ほど面倒なものはないよな。
「あー、よくわかった。権能でできることが多い、ってのはここまで面倒なんだな。ヒルコに続いてオマエとか、運悪すぎだろ俺」
「いやいや、それはオマエにも言えることじゃないのか?いくつ持ってんだよ、権能」
「十六個」
「・・・マジで規格外だな」
こいつにまで引かれるとか、かなり不本意なんだけど。化身を簒奪したやつの方が多彩な権能になるだろうに。護堂とか一つで十個分だぞ?
まあそんなことは置いといて、どう戦うかな、コイツ・・・
「・・・ま、仕方ないな。不死使われた以上、こっちとしても切り札切るしかねえ」
「へえ、不死を無効化できるようなものがあるのか?」
「意味をなくす、ってんならどうとでもなるんだよなぁ、これが」
そう言って笑う九人目は、次の瞬間体が一回り大きくなる。巨大化したといえるほどではない微妙な変化なんだが・・・なんだ、あれ?
「ハァ、ハァ・・・これ、は」
「あ、梅先輩。危ないのであんまり近づかないでくださいね」
と、そのタイミングでなぜか梅先輩が来た。出来ることなら危ないから下にいてほしいんだけどなぁ・・・でも、家が燃えてたら気になるか。
「それは、分かりましたが・・・一つ、報告することがあります」
「手短にお願いします」
「では、手短に。周囲の民家の全てから人間がいなくなっています。状況からその場にいて生活していたのは明らかなのですが、血痕は存在しません」
それは・・・変だな。どこかに出かけるのであればその辺りはちゃんと片づけてから行ったはずだ。にも拘わらず、全部あるとのこと。何か勘違いしているのかと思って梅先輩の頭の中をのぞいてみるものの、勘違いなどしていない。『つい一瞬前まで生活していたような状態なのに、人がいなくなっている』。それが、周辺の全家庭で。なら、原因は何なのかと言えば・・・
「・・・オマエ、何かしたな?」
「ま、そうだな。しっかりといただいたぜ?」
こいつが持っていると思われる、吸血の権能。血痕が存在しなかった以上、血は全て吸い尽くしたのだろう。俺たちの推測が正しければ、子供の血を。じゃあ、その子供の体と大人はどこに行った?あいつは、『いただいた』、と・・・
「・・・我は血を吸う。飲みし血は我が肉となり骨となり、我が身体となる」
明らかに、今のが吸血の権能の言霊だ。この場で吸うのだとは考えづらいから、前もって吸っていたもので発動するのだろうか?なんにしても、多少の注意が必要だ。なんか今にも突っ込んできそうな感じで構えてるし。
なので、俺も対応するために構えるが・・・
「我は巨大なる者。我が喰らうは小さき者の肉。喰らいし肉は、我が力へ!」
「そういう、ことか・・・!」
九人目の唱えた言霊に気をとられ、防ぐので精一杯になってしまう。言霊から考えて、おそらくは巨人に関する何かによる権能。そして、発動するには『肉を喰らう』必要があった。それで、周囲の家の人間を食い尽くした。一体どこまで強化されてるのやら・・・怖いもんだな。
「さて、行くぞ神代武双!」
「こっちに来ないで冥府にでも行って来いよ!」
踏み込みは、同時。同じタイミングで武器を構え、踏み込んだのだが・・・九人目のほうが、動きが遅い。その分勢いをつけてしまった俺が先に真中を過ぎ、それでも勢いは止まらず・・・
「その者は生涯に一度、癒えぬ傷を負う。我、それを与える者也!」
そんな俺に対して、九人目は急ブレーキをかけて止まり新たに言霊を唱える。少し大きくなっていた体が元のサイズに戻ったところを見ると、化身を切り替えたようだ。しかも、今の言霊は・・・あ、いや。どうせ治らないし・・・
「一つ目の願いだ、魔剣。今から一度だけ、体ではなく意識を切れ」
「マズッ!?」
油断してる場合じゃなかった。とっさに今使える権能を使って止まろうと試すも、もうすでにそれだけの時間的余裕がない。ペガサスを呼び出すのも同様の理由で無理。止まれない・・・!
「コンチク、ショウ・・・!」
「しばらく寝てろや、神代武双」
そして俺はそのまま・・・ティルヴィングに、貫かれた。
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