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少年と女神の物語

作者:biwanosin
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第百四話

「ハッ、刺されても大丈夫だと思ってるからこうなんだよ」

 九人目の神殺しである彼は、そう言いながらティルヴィングを抜く。いつもの武双君なら死に続けつつ生き返り続け、なんていう戦い方をしてたのに・・・
 意識を切り裂き、そしてそれが治らないようになる。なんて危険な組み合わせなんでしょうか。でも、権能そのものに干渉しなかったということは、そこまで大きなことはできないということなのでしょうか?いや、いまはそれどころでは・・・

「さて、と。これどうするか・・・心臓なくなったり腕がなくなったりしても戻ったらしいし、首を落としたところで効果は薄そうだ・・・ったく、ここまで不死とかありえねえだろ」

 そんなことを言いながらも彼は剣を振り上げます。無駄だと思いながらも首を落とす気のようですね。止めようにも、私では・・・

「狂え!」

 その瞬間、上から誰かが降ってきて、九人目に何かを叩きつけます。誰か、というか今の声は・・・

「・・・ヒュウ、まさかそっちから来てくれるなんてな?行く手間が省けたぜ、女神サマ」
「それはそれは、よかったですね。私としても逃げられなくて安心ですよ。・・・私の手で、殺せますし」

 アテ様はそう言いながら聖槍(ロンギヌス)を構え、さらには狂気をまき散らしています。あれ、完全に怒ってますよね・・・神代家にいる以上、仕方ないとも思いますけど。けど、できることならもう少し抑えてほしいところですね・・・さっきから霊視が続いていてつらいです。

「えっと、アテ、様・・・?」
「ああ、朝倉先輩。私今からちょっと本気で(・・・・・・・)暴れるので、武双連れて行ってもらってもいいですか?」
「あ、はい。かしこまりました」

 普段同じ学校にいるせいで忘れかけていたのですが、今はっきりと思いらされました。彼女が神であり、私はただの人間であるということを。人間では・・・決して、神の言葉には逆らえないということを。



 ◇◆◇◆◇



 さて、と。武双は朝倉先輩が連れて行ってくれましたし、大丈夫ですかね。血が抜けた分軽くなっていたおかげか、そこそこ早く移動できたようですし。あとは勝手に避難するでしょう。

「それにしても、ちょっと意外だったな」
「何がでしょうか?」
「神代武双の周りで大量の神は出てきてるし、神殺しまでいるってのに、戦ったのはこの間のヒルコ戦のみ。戦おうって気がないものだと思ってたんだが?」
「ああ、そういうことですか」

 ま、それは思われるのかもしれませんね。これでも一応まつろわぬ神ですし、ヒルコの時のことを除けば模擬戦くらいしかしませんし。でも。

「・・・私が戦わなかったのは簡単なことですよ?そんなことをして、一般的なまつろわぬ神に近づいてしまったら困りますから」
「はぁ?」

 一般的に知られているまつろわぬ神は、ひたすら戦いに興じるような存在ですからね。私だって、何もなければそうなっていた自信も、きっかけ一つあればそうなる自信もありますし。だからこそ、そのきっかけから身を遠ざけることを気を付けてきました。だって、そうなっちゃったら家族で暮らしていけませんし。
 けど、それよりも。

「それ以上に、武双をあの状態にした貴方をこのままにしておくわけには、行きませんから」
「よくわかんねえけど・・・いいぜ、いいな、オイ!それでこそ神ってもんだ!」

 その瞬間に飛んできた水に対して狂気を流し込んで、次に突っ込んできた九人目のティルヴィングを聖槍(ロンギヌス)で受ける。そこで狂気を流し込むも、そもそも狂っている魔剣には効果が薄いです。
 これで相手の剣が聖剣とかなら行けたんですけどね・・・ある意味、私に対して使ってここまで効果のある武器はありませんよ。まあ、でも。

「オイオイ、狂気(それ)ばっかりかよ!」
生憎(あいにく)と、これしかないもので!」

 そもそも、私は狂気を女神神格化した存在。ただただ愚行に走らせるだけの存在である私に、狂気以外の権能があるはずもありません。ですが、

「それでも、その魔剣以外の全ては狂いますよ!」
「そいつは困ったもんだな!」

 私が聖槍(ロンギヌス)を突き出すと、九人目はティルヴィングの腹で受け止める。そのまま一瞬力を込めて突き飛ばし、観察をしながら狂気をまき散らして私を貫こうとしていた水と血を掻き消す。女神、吸血鬼、怪物、子供。そして今の血から感じたのは、私と同じギリシアの・・・

「ああ、なるほど。貴方が殺めたのは私と同じギリシアの・・・それも、私の従姉妹にあたる神ですね?」
「へえ・・・今ので分かったのかよ」
「ええ。私たちまつろわぬ神というのは、結構そういうことに敏感なんですよ」

 聖槍(ロンギヌス)をふるい、邪魔なものを一掃。さて、少しくらいは話しましょうか。何が何でも殺しますけど、それでも神殺しを達成したんです。その成果を語られずに消えるのでは、さすがにあれですし。

「最初は私たち、子供限定ということで歴史上に存在するペドフィリアを想像していたんですけどね・・・」
「あー、確かに俺も吸血鬼として出てきたらそっちを考えそうだな。・・・ま、オレ前には幽霊っぽい感じで出てきたし、それはなかったんだけどな」
「ああ、貴方の前にはその姿で出てきたのですね」

 確かに、あの方はその姿も持っていました。

「その神の名は、ギリシア神話において五つの姿を持ち、その全ては時に混同されます。時に子を浚う怪物として、時にポセイドンの娘として、時に生贄を求める怪物として、時に幽霊として、そして・・・時に子の血を吸う、複数の女の吸血鬼の相称として」
「そういうこった。オレの時は見た目は幽霊だったが、どれの力も使ってきたんじゃねえか?」

 まあ、混同されたり同一視されたりすればその力も使えるのが末路わぬ神ですからね。使うでしょうよ、五つどの姿の力も。

「その名で語られる中でも有名なのは、ベーロスとその母であるリビュエーの娘である姿でしょう。その美貌は、ゼウスに目を付けられるほどだったとか」
「できるなら、そっちの姿で出てきてほしかったもんだな」

 そう愚痴られましても、どうしようもないのですが。というか、この伝承の姿でてて来たとしてもあまり美しくはないと思うのですけどね。
 その伝承に少しばかり同情しながら、絶え間なく放たれてくる酸化だとか植物の応酬だとかそれ切ったら飛んできた斬撃だとか、あとなんか飛んできた車輪に水なんかを弾いて貫いて狂わせて、口以外も割と忙しいです。しかも、とうの九人目はどれも通じないと見るや翼が生えて空に逃げますし。なんなんでしょうかね、ホント。

「しかし、その美貌が彼女にとっての不幸の始まりであった。ゼウスに見初められてしまったがゆえに、彼の妻である嫉妬深きヘラに目を付けられてしまった。当然のようにゼウスとの間に生まれたすべての子は殺され、自らは怪物に落とされ、眠りさえも奪われる」
「あらら、そいつはご愁傷様だな。眠ることで悲しみから逃げることまで禁止されちまったのかよ」
「そうなりますね。とはいえ、眠ったら眠ったで悪夢を視そうですけど」
「言われてみりゃ確かにそうだ!」

 そう言って笑う彼の声を非常に不快に思いながら、魔力をためます。別にそこまで意識しなくても使える術ではありますが、空を飛ぶ相手に対して使うには絶対にはずさないようにしなければなりませんから。

「そんな彼女に対してゼウスは目を取り外して眠れるようにしたものの、彼女は子を持つ母親をうらやむあまりにその子供を食べてしまうようになる。美しい人間の女であったにもかかわらず、その姿は女性の頭と胸に蛇の下半身を持つ怪物の姿に。何とも不遇な生涯を送ったんですよね・・・同情します」
「今更かもしれねえが、容赦なさすぎやしねえか?」

 神話は、割とそういう面が大きい気がします。ギリシア神話なんて、どこまでもそんな要素が大きい気が。人間以上に妙な人間らしさがあるというか、神らしさがないというか、自由すぎてしまうというか・・・いや、私が言っていい立場ではない気もしますけど。そのギリシア神話出身ですし、ヘラクレスが試練受けたのも私のせいですし・・・できるなら、会いたくないですね。
 っと、話がそれましたか。

「そもそもは、スキタイの戦いの女神であったとかリビアの愛と戦いの女神であったとか言われ、さらにはアフリカの怪物ラミアイの原型となっただとか、様々な説を持つ。その名は貪欲からきて、女の吸血鬼そのものとしての相称にもなり、中国の白蛇伝の基になっただとか。他にもブルガリアの民話にも似た名前の大蛇が登場します」
「よく知ってんなぁ、そんなこと・・・」
「一応同じ神話の出身ですし、最近ではこれくらいなら簡単に得られてしまうのですけどね」

 ま、そこまで話す必要はありません。私がしたいのは、最低限の称賛。そのために語る情報なんて、この程度で十分です。美しい口笛だとかラマシュトゥの化身だとか、色々とありますけどそれは割愛として。

「なんにしても、貴方が殺戮し権能を簒奪したのは、女神ラミアー。そうですね?」
「ああ、大正解だ。ちょっと見ただけでそこまで分かるもんなのか?まつろわぬ神ってのは」
「偶然妹たちから情報を得ていて、権能を使うところを視れて、そして私と同じ神話の出身であった。情報源は多すぎるくらいですよ」

 ま、これで一つは終わりですね。あそこまで深い歴史を持つ神を殺したということには純粋な称賛を送りましょう。でも・・・それだけです。
 自信を強化する権能は邪魔ですし、さっさと潰しますか。
 一つ目、武双のを合わせれば二つ目の権能を暴けましたし。跳躍の術を使い、一気に九人目のところまで跳ぶ。ほとんどタックルをかますようになってしまいましたが、まあそんなことよりも。

「狂乱よ、その力を私のために表わし、力を狂わせよ!」
「は?・・・ウオッ!?」

 何言ってんだ、みたいな顔で疑問をあげた彼は、しかしすぐに驚きを見せる。自分の体から血が噴き出せば、当然かもしれませんが。それも、権能を使おうとした瞬間に、ですし。まあでも。

「さあ、これで一つです。あとどれくらいすれば権能をすべて封じられますかね?」
「テメエ・・・!」

 そのまま空中で、槍と剣がぶつかり合う。さて、残りの権能はどなたのものなのでしょうか?
 
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