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【銀桜】7.陰陽師篇

作者:Karen-agsoul
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第3話「嵐ニモ負ケズ」



“ドッカァァァァァァァァァァァァン!!”
 重く鋭い光と音の爆発に飲みこまれる
 だが不思議なことに痛みも何も感じない。
 一気にあの世へ来てしまったのか、と銀時は思った。だがそれは聡明な声によって否定された。
「そこまでにしておけ。この者たちはクリステルの友人じゃ」
 見上げれば、門前の結野衆より格別高級そうな衣服に身を包んだ男がいた。目の前で五芒星の結界を張って立っているところから、どうやらこの男が助けてくれたらしい。
「クリステルの友人は、わしの友人でもある。これ以上の手荒な歓迎はこのわしが許さん」
 煙がひいて男の姿を目にするや、結野衆の陰陽師たちは慌てて地面にひれ伏す。彼らの様子からこの男が只者でないことは明らかだった。
「誰だ、アレは」
 立ち上がった双葉が無表情に問うと、同じく無表情に外道丸が答えた。
「あの方は結野家本流の血をくむ結野衆頭目にして、一族歴代最強をうたわれる天才陰陽師・結野晴明。クリステル様の兄上様でござんす」
 外道丸の説明が終わるのとほぼ同時に、数十名の陰陽師を従えた男―結野晴明が銀時達に小さく一礼した。

* * *

「先ほどはわしの部下が失敬なことをした。嫌な思いをさせてすまなんだな」
 案内されたのは、やたら高い天井と豪華な装飾が襖や壁にあちこち彩られた部屋。
 突然の来訪者にも関わらず、銀時達は屋敷の主に丁寧に歓迎された。
 だが一切崩れのない端正な顔と、全てを見透かしたような鋭い眼。そこから漂う威圧にも似た高貴な雰囲気を身にまとう晴明こそ、持て成されるのに相応しい。本来なら立場は逆である。
 地味な庶民服を着た自分達がこの彩られた部屋から完全に浮いてる事に、新八は肩を縮めた。
 人知れず恥じらいを感じる彼に気づいたのか、晴明が悟ったように促す。
「そう固くなるな。気の済むまでゆっくりしていくがよい」
 そうして彼が指を鳴らすと、正座する銀時達の前に豪華な料理が音もなく出現した。
 普段貧相なモノしか食べてない彼らにとって、それは目にも見張るご馳走。だがこの世の摂理から外れた奇怪な出来事に新八と銀時は肩を震わせるしかない。
「ゆ…指パッチン1つでご馳走出した。ば、化け物だ。銀さんもう僕頭が変になりそうです。狐につままれてんですよ」
「つままれてるどころの騒ぎじゃねーぞ。乳首つままれてもうずっとコリコリコリやられてる気分だって。いいか絶対ェつまむなよ。つまんじまったらシメーだからな。気をしっかり持て」
目を何度もパチクリさせ、幻かわからないご馳走を頭から振り払おうとするが――
「大丈夫だ、兄者。こやつはいい奴だぞ」
 警戒する銀時の横で、双葉は呑気にピザをモグモグ頬張っていた。
「銀さん。双葉さんもうピザつまんでるんですけど」
「………」
 警戒心が強く他人に心を許す事が少ない双葉だが、自分の好みに関しては滅法弱い。
 極端と言えば極端過ぎる妹の性格に、銀時はやれやれと頭を抱えた。
 ピザを食べる双葉をよそに、新八はずっと疑問に思っていた事を晴明に尋ねる。
 なぜ自分たちが結野アナの友人だと既に知っていたのか。
 その謎を晴明は手にする扇子で己の瞳を指しながら種を明かした。
 江戸各地には晴明が放った無数の式神たちが目を光らせており、そこからありとあらゆる情報を収集している。張り目ぐされた式神の情報網(ネットワーク)から得た情報(データ)をあらゆる角度で分析し、算出された無数の結果から国家の行く末と幕府の進むべき道を導き出す。そうして結野衆は長きに渡って江戸と幕府を護ってきたのだ。 当然、陰陽道の『巨大な眼』を持つ晴明は、江戸の民についても把握している。
「故にぬしの妹の好物が何であるかも、わしにはお見通しじゃ」
 どうして双葉の御膳にだけピザがあったのか、銀時は納得した。
 好物を頬張る妹を横目で眺める銀時に、晴明はさらに説明を続ける。
「そのわしが自分の妹一人のことさえ把握していないとでも?全て承知じゃ。奴がぬしらを頼ったことも。ぬしらがココに何をしにきたのかも」
「……どうやらお兄さんは全てお見通しのようだな。だったら話が早ェ」
 銀時は肩をすくめ、次に鋭い目つきで結野衆の頭目を射抜いた。
「てめーら、結野アナに一体何をしやがった」
 最強とうたわれる陰陽師なら、他の術者の邪魔など容易いこと。ましてや天候を変えるという、神に匹敵する力を持っていてもおかしくない。
 容疑をかけられた陰陽師は、半ば自嘲的な笑みを浮かべて答えを返した。
「確かにクリステルが結野衆を黙って抜け、その力を市井で使いだした時、結野の血を重んじる格式ばった連中と共にわしも反対した。だが――」
「御頭ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 唐突に割りこんできた絶叫で晴明の言葉が途切れる。
 血相を変え走ってきた部下を見るなり、晴明は顔中に冷汗を流して部屋からすっ飛んで行った。
 ただ事ではないことを悟って、彼の後をすぐ追いかけた新八達が見たのは――

* * *

「「「「「「晴れろオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」」」」」

 屋敷の庭から沸き上がるのは、空を揺るがしそうな程の男たちの大絶叫。
 実は昼間のお天気お姉さんが病欠した為、急きょ朝の顔の結野アナがお昼の天気予報をすることになった。
 それを知った結野衆頭目・結野晴明は部下達を庭に集め、『五段祈祷法』を始めたのだ。
 ちなみに、この術法は陰陽五行説に基づいて行う祈祷法の一つ。国家安泰や止雨効果があるといわれている。
 無論、これは結野アナのお天気予報を的中させるため。テレビの向こうの結野アナが「晴れ」と告げた途端に始まったのは、一族総出の快晴祈願大合唱(オンパレード)
「…………」
 空へ高々と腕を伸ばして必死に祈願する結野アナ応援団。
 もとい暑苦しいおっさん達を白けた目で眺めて、新八と神楽は思う。
 結野衆(ここ)へ来たのは、今回の犯人を突き止めるため。
 だが予想していた犯人・結野晴明は、邪魔するどころか一族上げて妹を応援していた。
 俗に言うシスコンの類だろう。しかし彼の熱意は妹萌えどころか、妹を燃やしそうな勢いである。
 また結野衆が必死に祈祷する中には、ちゃっかり銀時も混ざっていたりする。
 陰陽師たちに負けない、いやそれ以上の情熱で天に手を伸ばし応援する姿は、結野衆にありえないくらい自然に溶けこんでいた。
 銀時も混ざった快晴祈願集団は、奇怪も妖気もない陰陽道からかけ離れたただのむさ苦しい光景にしか見えない。
「こんなことして本当に意味があるんですか……」
 新八はぐったり肩を落とした。
 だが、彼の疑問は一気に弾かれる。
 突如、塀を越えた隣の屋敷から深紅の光の柱が噴き上がった。
「負けるな者どもォォ!奴等の呪法を打ち消してやれェェ!!」
 晴明が部下達を奮起させると、陰陽師たちの身体から霊気がみなぎり、やがて青白い光の柱となって雲に埋もれた空へと打ち上がった。
 相反する二つの光は押し合うように互いに激しくぶつかり合い、日のない空に壮大な火花を散らせる。
「なんなんですかアレ!むこうの屋敷から出てるあの光は一体誰が!?」
「巳厘野家でござんす」
 驚愕に目を見開く新八に、外道丸が淡々と答えた。
 結野家と双璧をなす陰陽師一族・巳厘野家。
 二つの両家は平安時代より互いに熾烈な権力争いを繰り広げ続けてきた犬猿の仲であり、時代と共に栄枯繁栄を繰り返してきた。
 しかしおよそ千年にも渡る争いに終止符を打とうと、結野衆頭目の結野晴明は平和協定を切り出し、それに巳厘野衆頭目はある条件を出すことで許諾した。
 その条件とは、晴明の実妹・結野クリステルを嫁にもらうこと。
 結野衆を離れて天気予報に陰陽道を遣い、尚且つお天気アナとして人気を博していた結野アナ。それを苦々しく思っていた晴明は、彼女を自分たちの元へ戻すいい機会だと素直に快諾した。
 結野アナもまた両家の平和のためになら、とすすんで巳厘野家に嫁いだ。
 だが偽りの心で交わされた平和は、新たな悲劇を生みだすだけでしかなかった。
 当然、結野アナは嫁入りした為にお天気アナを辞めさせられた。生きがいを失くし、空ばかり眺めていた彼女は日々やせ衰えていった。
 そんな妹の有様を見た晴明は己の過ちに気づいた。彼は自ら立ち上げた平和協定を捨て、結野アナを巳厘野家から連れ戻し、お天気アナへと復帰させた。
 しかしそれによって後に残ったのは形だけ仲良く隣に並んだ屋敷と、さらに深く広がった両家の溝。
 平和のために築いた協定は、同じ過ちを二度と繰り返さないために結野アナを護ろうとする結野家と、彼らを激しく恨む巳厘野家との激しい戦い――『呪法合戦お天気戦争』へと変わってしまった。
 そうして空中で激しくぶつかり合う二つの光の柱。
 だが結野家から噴き出る青白い光柱は、深紅の光柱に若干押されていた。
「晴明様ァ。このままではァァ」
「抜かるな!なんとしても必ず天気を晴れにするんだ!!怯むことはない!今日は一人加勢がおるぞ!!」
 弱腰な部下を一喝して、晴明は銀時を見る。
「あの男、腑抜けた眼をしておるが強大な霊力を宿しておる。あの力をもってすればこちらが優勢じゃ。皆あの男につづけェェ!」
 実はかなり強い霊感を持っている銀時。その力は幽霊(スタンド)に憑依されても意識を保ち、逆に思うままに操るほど。かつて幽霊温泉旅館を手玉にとっていた女将と互角に戦ったこともある。
 人は誰しも霊感を持っているが、普通の人間は気づかず扱う事も出来ない。苦しい修行を積んだ陰陽師達だけが、己の霊感を霊力に変えて術を扱える。その威力は霊感に比例する為、当然強力な霊感を持つ者は強大な霊力を得るのだ。
 霊感など幽霊嫌いの銀時にとってハタ迷惑な力だったが、思わぬところで役立つ結果になった。
 だがそんな事実があろうがなかろうが、銀時には関係ない。ただ彼はひたすら天へ叫ぶのみ。
 熱き想いを情熱の声に変えて。
 そのたびに結野家側の霊力は増し、対する光柱を追い返しつつあった。
 ところが――
“バコッ”
 どこからともなく飛んできた壺が銀時に直撃。撃沈させた。
 何事かと壺が投げ出された方を見ると、腕組みしてムスッと立つ双葉がいた。
 銀時が倒れたと同時に一気に弱体化した青白い光柱。深紅の光柱に押し返され、そのまま結野家の庭に激突。その衝撃で結野衆の陰陽師たちは次々と倒れていった。
 そして一粒の滴が落ち、やがていくつもの水滴が地面を叩く。
「降ってきたな」
 灰色の空から降り注ぐ雨を見据えながら双葉は呟いた。
「『降ってきたな』って、トドメ刺したの双葉さんですよね」
 遠くから新八のツッコミが入るが、彼女から返事はない。
 どこか憂鬱そうに雨を見つめるだけ。
 まるで暗く埋もれた遠い日を見るかのように。

* * *

 結野アナのお天気予報を妨害して降板にまで追いこんだ犯人は、巳厘野衆頭目・巳厘野道満であった。
 道満は結野アナの夫であったが、彼女からは一度も心を開かれてもらえなかった。挙句の果てに晴明には無理矢理妻を奪われ、それにより彼は結野兄妹を激しく憎む黒き陰陽師へと変わってしまった。
 憎悪の念か、道満は晴明をも上回る霊力を手にし、ついに結野衆の陰陽師たちを全て倒すまでに至った。
 結野アナが降板になっても結野家が滅亡しようとも雨は止まない、と道満は言う。
 彼の憎悪は結野兄妹を亡き者にしても消えることはないだろう。それほど心に刻まれた怨みは深いのだから。
 千年以上続く結野家と巳厘野家の深き因縁。そこに一人の女性を巡る争いも加わった糸は複雑に絡み合い、容易くとけることはない。
 もうお天気アナ降板どころの問題ではないのだ。
 呪法にやられた陰陽師たちが寝こむ結野衆の屋敷に、雨音だけが鳴り響く。
 廊下の壁に背中を預けて双葉が雨を眺めていると、外道丸が歩いてきた。
「天気アナはこの事を知っているのか」
 人の姿をかたどった式神とすれ違いざまに双葉が問う。
「いいえ。あっしが情報をシャットアウトしたでござんすから、クリステル様は何も存じません。この 騒ぎを知れば事をおさめようと、クリステル様はまた道満のもとへ行こうとするでござんす」
「仕える一族がどうなってもいいのか」
「あっしは両家の争いなど正直どうでもようござんす。あっしを調伏しこき使う結野家など潰れても一向にかまいやせん。でも……」
 少し俯いて、外道丸は呟くように言葉を紡いだ。
「クリステル様が笑わなくなるのは、もう御免でござんす」
「外道のくせに主人に気を遣うんだな」
 切実にこぼした本心に返ってきたのは、皮肉の一言。
 確かに、と外道丸は内心で己を自嘲する。
 この世に生誕した時から悪行の限りを尽くしてきた。仲間を裏切り、飼い主の手を噛み千切るなど当然。周囲からはいつも非情だと冷たい目で見られ、近づく者は誰一人いなかった。
 だがそうして世間から罵倒を浴び、孤高に生きることこそが『外道』なのだ。
 だから主が殺されようと、外道を極めし邪神(おに)が思う事は微塵もない。
 ゆえに道を外れた者が主を気遣うなど、道理のかなった事をするのはまさに滑稽だろう。
 けれど――
「クリステル様はあっしが仕えた陰陽師の中で、あっしを使い魔ではなくご友人としてみてくれた唯一のお方でござんすから」
 式神となったあの日から容赦なく身を削られ、ぞんざいに扱われてきた。戦いで大怪我をすれば治療してくれるものの、それはまた使えるようにさせるため。決して自分の身を案じてではない。
 隙あらば陰陽師たちを撲殺して何度も逃亡を謀った。だが強力な術を操る彼らに到底敵うはずもなく、式神の鎖を絶てなかった。
 時代とともに主が変わっても、自分の立場は変わらない。
 どいつもこいつも『道具』としか見ない。
 でも……あの方は違った。



 新たな主となったクリステルが最初に見せてくれたのは、天真爛漫な笑顔。
 深手を負えばクリステルは丁寧に傷を癒してくれた。
 戦いを終えれば気軽にお茶に誘ってくれた。
 いつも式神の自分を気にかけてくれた。
 クリステルと出会って初めて知った。
 暖かい心を。
 最強と謳われる陰陽師の妹は明るく笑顔の絶えない、とてもとても優しい人だった。
 そんな彼女が『お天気アナウンサー』という生き甲斐を奪われ、まるで心にぽっかり穴が空いた抜け殻のような姿を見た時は、胸が締めつけられるような痛みに襲われた。
 それもまたクリステルと出会って生まれた――外道の自分にはないはずの『思いやり』からくる痛みだったのかもしれない。
 どうにかして助けたいと苦心した。だが、式神は所詮式神。命令されない限り、日が照らす世界へ赴くこともできないただの『道具』。
 孤独しかなかった自分に誰かと一緒にいる楽しさを主は与えてくれたのに、できたのはただ見ている事だけ。何もできない自分が悔しかった。
 晴明が己の過ちに気づかなかったら、クリステルに笑顔が戻ることはなかっただろう。
 お天気お姉さんとしてクリステルの元気な姿をまた見れた時は、本当に何よりも嬉しかった。
 なのに、あの悲劇が繰り返されようとしている。
 もう主が苦しむ姿は見たくない。
 二度と主から笑顔を消させない為にも、何も教えないことが自分にできる唯一のこと。
「もしクリステル様に余計なことを吹きこむおつもりでしたら、命はないとお考えください。仮の主の妹いえど、容赦はしないでござんす」
 警告するように外道丸は銀髪の女に言った。
 結野衆とは無関係であるよそ者の彼女なら、クリステルにこの件を知らせてもおかしくない。
 銀時に向けたのと同じ漆黒の瞳で銀髪の女を捉える。
 しかし双葉は目を反らさず、溜息混じりに答えてきた。
「何を勘違いしている。私は天気アナやお主たちがどうなろうと興味ないな。だいたい他人(ひと)の泥水をくんでやれるほど大きくないんだよ、私の器は」
「……そうでござんすか。それを聞いて安心したでござんす」
 そう言って外道丸は双葉に背中を向ける。
 そのまま先に進んだが、不意に掛けられた声によって足を止められた。
「式神、一つ聞く。笑うのはお主の(あるじ)だけか」
 突拍子もない質問。
 だがそれは何かを射抜くような鋭さがあり、また強い念を秘めた視線を背中から感じる。
 重く背にかかる威圧に、外道丸は臆することなく答えた。
「あっしはクリステル様に仕える式神。主に身を尽くすだけでござんす」
 言い切って、外道丸は今度こそ歩を進めた。

 廊下を歩く中で先ほどの質問が少し気にかかったが、彼女の想いは揺るがない。
 (クリステル)を護るためなら、どんな手段も(いと)わない。
 例えこの身が滅んだとしても、主の笑顔を護り抜く。
 外道丸の胸に潜むのは、そんな覚悟であった。

=つづく= 
 
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