入れ替わった男の、ダンジョン挑戦記
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誕生、前代未聞の冒険者
第五話
「…品揃えからして、ただの武器屋の店主だとは、思わなかったけれど…。」
視界の先で繰り広げられる一方通行の暴力。
例え死したとは言え、強靭な肉体と、強固な竜鱗を誇るドラゴンゾンビが、手も足も出せずに攻められているのは、些か目を疑いたくなる光景だ。
僕は、熱線で脳天から一直線に消し飛ばしてやったから、痛みや苦しみは無かっただろうが、リリアーナお姉さんは酷い。
『リリアーナ七つ道具』と自称する武器を次々に入れ換え、攻める手を止めない。あ、ハンマーから『大鎌』に切り換えた。
「ジ・エンドっと!」
にこやかに告げながら大鎌でドラゴンゾンビの首を刈るお姉さん。残虐な。僕を見習ってほしいものだ。
「ヨーン君こそ、一つ前の『オルトロス』相手に、ギンセカイで動く前に蜂の巣にしたり、その前の『シルバーゴーレム』も鳴神で一発で消し炭にしたじゃない!」
「痛みを与えず、瞬く間に天国に案内する。これこそ優しさだと僕は思うんだ。」
「間違ってるよヨーン君!モンスターにも意地があるんだから、正々堂々、真正面から叩き潰すのが本当の優しさだよ!」
これをスクリーン越しに見ていた冒険者達は、
『どちらにしてもモンスターにとっては迷惑だろうな…。』
と思っていた。
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「…何だコレ?」
首を失い、活動を停止したドラゴンゾンビを物色していると、その姿にはそぐわない、綺麗な『ネックレス』が腹の中にあった。仕留めたのはリリアーナお姉さんだから、彼女に渡そうとしたが、断られた。
『沢山武器の材料を手に入れられた上に、竜の骨も得られるから、ヨーン君にあげる。』
と言われた。不満があるとすれば、僕がボスモンスターを蹂躙したのでその素材があまり得られなかった程度らしい。
あげると言われても、男の僕にアクセサリーの需要があるわけもなく、扱い方を考えてしまう。売るのが手っ取り早いか。
まあ、これだけ綺麗なネックレスだ、高値で売れるだろう。
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初めて一日に二回の探索を終了し、戻ってきたらすっかり日も暮れてていた。
「やー、ヨーン君お疲れ様!お姉さんも楽しかったよ!」
「どうも。リリアーナお姉さんがあれだけ強いのは、意外だったけど。」
正直、探索を始めた時は、もう少し控え目な程度かと思っていた。だが、結果はドラゴンゾンビに完勝。冒険者の中でも、屈指の実力者と言える。
「ヨーン君には、特別にお姉さんを『リア』と呼ぶ特典を与えよう!一緒にダンジョン探索した仲だしね!」
「あ、どうも、リアさん。」
「固いなー。ま、よしとしましょう!行くぞヨーン君!いざ、査定の時間だぁ!!」
ハイテンションなリアさんに若干顔をひきつらせた受付嬢にポーチとネックレスを渡す。
「ヨーンさん、このネックレスは?」
「ドラゴンゾンビから出てきた。使い道が無さそうだから、お願いできます?」
「分かりました。少しお待ちください。」
奥に行った受付嬢を待ちながら、冒険者達と情報交換を大いに含んだ四方山話に興じる。
「おいヨーン、五十階前後に鉱脈があるってマジか?」
「僕も詳しくは見てないけど。屑石ではあるけど、ミスリルとかの破片は転がってたね。」
「俺は『異次元の間』って呼ばれる場所があるって聞いたことがあるが?」
「ああ、入ってすぐの階層に触ったら吸い込まれる壁があるんだとさ。見たことないがな。」
冒険者同士の会話をしていると、受付嬢が戻ってきた。…あれ?ネックレスがありますが?
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「買い取れない?」
「はい。正確には、高額すぎて、支払えない、ですが。」
「それってどれ位の…?」
値段が気になる。一億単位をポンポン支払う彼等が支払えない額って。
「この系統のアクセサリーは、単純に最低額で十垓です。」
目ン玉飛び出るかと思うくらい驚いた。
「このネックレス、『竜の加護』と言う特殊な能力が付加されています。竜の加護がついたアクセサリーは非常に貴重かつ強力です。世に出回っているのも片手に足りる程度で、このネックレスには、生前に加護がついたのか、高位の『風竜の加護』がついています。ですので、正確な査定額は、二百三十六垓八千五百京九千四百兆六千三百億七千九百万円になります。」
受付嬢の淀みない説明で納得した。無理だよそんな額は。人間が所持したり払ったりして良い額じゃない。
厄介の種にしか見えなくなったぞ、このネックレス。
「そして、ネックレス、名称『風竜の泪』以外の査定額が、70845420円になります。」
いつも通り口座に振り込んでもらいながら、ネックレスの上手な処分の仕方を検討する。身に付ける?欲に目が眩んだ馬鹿が群がって襲ってきたらどうする?
人にあげる?その人が身に付ける場合の僕と似た目にあわないか?
捨てる?何処に?万一呪いのアイテムよろしく帰ってきたら?
美術館等に寄贈…、問題ない、問題ない!いける!ウェルカム、ナイスアイデア!!
「リアさん!美術館に…!」
「人工島にはないよー。」
「えぇー…。」
グッドバイ、ナイスアイデア…。短い付き合いだったな…。
付近の冒険者にも無償で提供を持ちかけても、良い笑顔で断られた。厄介事を抱えない、良い判断だ。
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翌日、リアさんと別れ、宿で休んだ朝、女将さんから、妙な手紙が届いた、と言うので開けてみると、
【 予告状
楠英司所持の『風竜の泪』を頂きに参上します!
怪盗 ラッツ 】
…………誰?怪盗ラッツって。
「最近世間を賑わしている泥棒だね。兎の耳と、猫の耳のカチューシャを着けた、可愛らしい衣装の女の子二人組って客が騒いでたよ。」
ラッツって、『ドブネズミ』だろうに。兎と猫って。
「最初は、『ラビットキャッツ』で活動していたらしいね。長ったらしいから略したとか聞くね。」
随分と豪快な略称である。獣娘とでも呼ぶとしよう。
「それで、坊やの手に入れたネックレスが狙われているのかい?不運だねえ…。坊やは悪さしていないのに…。」
女将さん曰く、獣娘が盗むのは、私利私欲で私腹を肥やす悪党や、弱者を虐げる卑怯者を懲らしめるためらしい。
…あながち否定しきれないな。弱者をモンスターに置き換えると。
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まあ、ネックレスをもて余していたので、引き取ってくれるなら都合が良いと、気分よくダンジョン入り口に今日も向かう。
受付では、もう話が広がっているのか、冒険者達が集まって話している。 おや、テレビカメラが。マスコミが取材に来ているのですか?
「あ、来ました!冒険者達から、ヨーンと呼び親しまれている若き俊英、楠英司君です!」
マイクを手にしたスーツのお兄さんがカメラに熱く語っている。そのカメラが、僕に向く。取材対象、僕?
「今回、怪盗ラッツから予告状が来たとの事で、一言、お願いします!」
お兄さんがマイクを向けてきた。一言、と言われてもねぇ…。
「じゃあ、ダンジョンの三十階で待ってますと。」
「それは、怪盗ラッツを邪魔の入らない場所で待ち受けると!」
まあ、そうなる。早めにボスをお掃除して、後腐れなく済ませたいし。
「では、では最後に怪盗ラッツに予告状の返事を!」
なんでみんな僕を見ているんだ?そしてお兄さんが興奮気味なんだ?まあ、予告状に対する僕なりの返事を口にする。
「逃げも隠れもしないんで、きっちり来てね。でいい?」
「ありがとうございます!それでは、頑張ってください!」
お兄さんに促され、受付を通ってダンジョンに入る。何だったんだ?あのやり取り。
だが、英司の態度は他人にはこう聞こえた。
『風竜の泪』はあげない。三十階で待っててあげるから、逃げずにおいで。返り討ちにしてやる、と。
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首尾よく三十階まで到着し、手早くボスを片付けて、件の獣娘を待つ。
手持ち無沙汰なので、狙われたネックレスを改めて見る。綺麗な翠色をしている。これを手にして目をつけられるとは。
ぼんやりネックレスを眺めていると、明るいはずのボスの間に闇が落ちた。文字通りお先真っ暗である。
『この世の悪を見逃さず!』
『理不尽に泣く人々を救うため!』
上の方から女の子と思わしきアニメ声が聞こえるが、声帯変換が得意なポッチャリ男の可能性も否定できない。クッ、どっちだ!?
『怪盗ラビット!』
『怪盗キャッツ!』
暗闇に何故かスポットライトが灯り、二つの人影を照らし出す。其処には、
『『美少女怪盗怪盗ラッツ、ただ今参上!!』』
猫耳と兎耳の、メイド服を改造したようなフリフリのガーリーな衣装の女の子が。
……ポッチャリ男でなくて良かったような残念なような。
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