入れ替わった男の、ダンジョン挑戦記
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誕生、前代未聞の冒険者
第四話
「ただいまー!戻ったよー!」
「おお、『ヨーン』お疲れ!今日も元気だな!」
「俺達も負けてらんねぇな!行こうぜお前ら!」
ダンジョン初挑戦からはや半月、楠英司の名前はそこそこ知られつつあった。
「『ヨーン』さん、お疲れ様です。査定されますか?」
「うん!頼みます!」
受付嬢にポーチを渡し、空いている席に腰掛ける。皆が呼ぶヨーンとは、僕の別名。初挑戦以降、ほぼ毎回大あくびでやって来るので分かりやすいと、冒険者達が付けたのだ。
「お待たせしました。合計、28510650円になります。」
「今回は大人しいな、ヨーン。」
「早めに切り上げたしね。今日は装備を見てみたいし。」
「なある、案外しっかり考えてんだな。」
冒険者達と話しながら、口座にお金を落としてもらう。ホット・ペッパーは強力だが、リスクも高い。加えて、火に強い魔物と遭遇したら危ない。万全を期すためにも、装備の充実は急務と言えた。
「具体的にはどんなのを探すんだ?」
「電撃系と冷気系があれば良いかなって思ってはいるんだ。」
炎が効かないなら電撃で麻痺させれば良いし、それが駄目なら凍らせれば良い。少々贅沢を言っているのは自覚しているが、念には念を入れたい。
「なら良い店知ってんだ。少し遠いんだが…。」
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冒険者に地図を書いて貰い、地図に従って件のお店までやって来た。
看板には、
『リリアーナ工房』
とある。
少し古めかしいが、しっかりした作りの建物だ。ショーウインドウにも、目を引く武器が並んでいる。
「こんにちはー。」
さっそく訪ねてみる。中も武器や鎧が並んでいる。ダンジョンの素材で作られているようだ。
「ハーイ、いらっしゃい!リリアーナ工房へようこそ!」
店の奥から出てきたのは、ピンクの髪の、眼鏡の似合う美女だった。
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「あーあー、君が最近噂のヨーン君!さてさて?お姉さんのお店にどんなご用かな?」
テンション高めなお姉さんに気圧される。武器の店に来ているのだから、ご用は察すると思うのだが…。
「ダイジョーブ!お姉さんは全てをお見通し!君が求めるのは…!」
おお!?言わなくても僕に合った武器を提示してくれるのか!何か凄いぞ、このお姉さん!
「このガントレット、『護るくん3号』だね?サービスするよ!」
全然違います。凄くないぞ、このお姉さん。
「ありゃりゃ、違ったか。しっかーし!この『リリアーナ』お姉さんはお客を満足させずに帰らせません!さあ、望みをお姉さんに!」
「電撃系か冷気系の武器をください。あれば両方。」
「えー!そんな現実主義なお買い物つまんないよ!これはどう?『ぶったぎりマークII』!!」
帰ろう。時間の無駄だ。
「とーうっ!」
しかし踵を返す僕に立ちはだかる店主、リリアーナお姉さん。泥棒してないのに道を閉ざすなんて、卑怯ではないですか?
「やーゴメンゴメン。久々のお客様にテンション上がっちゃって!最近はダンジョンの近場に新しい武器屋が出来てお客取られてね。困ってたのよー。」
てへぺろと仕草をするお姉さんにイラッとしたのは秘密だ。
「それで、ヨーン君は電撃と冷気ね。耐熱はいらない?すごいのあるよ!」
しかし、仕事になると途端にキリッと人が変わる。こっちの顔が本物か。
「…じゃあお願いします。見せてくれますか?」
「オッケー、まずは電撃ね。『雷双刃 鳴神(ライソウジンナルカミ)』お姉さん自慢の一品だよ!」
「なら買います。」
自信満々に出された、黄色の双剣の購入を宣言すると、リリアーナお姉さんはキョトンとした表情をしている。
「え?いいの?もっと吟味しても良いのよ?」
「お客を満足させると言ったのはお姉さんだし。自信ありなんでしょ?」
僕の指摘に目を丸くしたかと思えば、リリアーナお姉さんは笑いだし、
「これは一本とられた!お姉さんから一本とるとは、自慢して良いよ!」
上機嫌になった。よくわからない人だ。
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冷気は用意に少し時間が掛かるとのことで、先に、防火、耐熱の防具を見繕ってもらった。
お奨めが、火に強い魔物の皮を幾層にも重ねて作られた黒塗りのコート。即決で購入し、早速着ている。サングラスがあれば、超人と化したあの方の真似も出来そうだ。
試しに被害を出さないようにホット・ペッパーの炎をコートに当ててみた。何ともない。店主はアレだが、品物は高性能揃い。
「やー、ヨーン君お待たせ!冷気だけど、どうせなら、と思って、杖にしてみたの!」
品物を出しに奥に行っていたお姉さんが差し出したのは、蒼白い先端が雪の結晶のような細工の、見事な杖。
「『雪杖(セツジョウ)ギンセカイ』。万年雪の針葉樹の枝から作られた、綺麗な杖。お姉さんの、イチオシよ。」
「大丈夫?どう見てもアーティファクト級の武器なんだけど。」
「問題ない問題ない。使う人に恵まれなきゃ、武器も意味無いもの。さあ、どうするの?」
「買うよ。これだけ凄いの、手放せないよ。」
「毎度ー!じゃあ合計で、365000000円頂きまーす!あ、払えないなら分割でも、お姉さんは構わないよー?」
からかうようなリリアーナお姉さん。払えないとでも思っているのか?こっちは億単位の支払いは覚悟しているんだよ。
「口座から一括引き落としで。」
「え?一括?そんなの、ええ!?五億!?稼ぎすぎじゃないのヨーン君!」
騒がしいな。半月籠ったらそうなったんだよ。一時は騒然としたけど。
「まあ、良いか。毎度!」
人の良い笑顔でリリアーナお姉さんは笑うのだった。
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買い物のサービスにと、リリアーナお姉さんは武器に召還、送還の魔法を着けてくれた。これで念じれば自在に武器を出し入れ可能との事だ。
これでダンジョン探索も更に捗る、と気分を高揚させていると、リリアーナお姉さんが店から出てきて、"open"の札を"close"に引っくり返した。まだ日も高いのに、随分早い閉店である。買い物でもするのだろうか?
「さ、行こうかヨーン君!」
「何処へ?」
「ダンジョンに決まってるじゃない。武器を買ったら、その日即座に試し切りが、買う者の礼儀ってやつよ!」
そんな礼儀知らない。しかも、同行前提で話されても、僕に行く気はない。買いに来る前にダンジョンに入ってきたのだ、そう何度も繰り返し入りたくはない。
「軟弱!軟弱な考えだよヨーン君!そんな考えは捨てなさい!真の冒険者は、ロマンに生き、ロマンに死す!例え他人が止めようと、其処に目指すものが有る限り、挑まなきゃいけないものなんだよ!」
「いやロマンとかどうでも…」
「いーからいーから!お姉さんに任せなさい!」
「ええー…。」
僕の襟首をガッチリ捕らえ、お姉さんは意気揚々とダンジョンに向かう。
…なんでダンジョンに行きたがるんだ?このお姉さんは。
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「…ヨーンさん、またダンジョン探索ですか?」
受付嬢が、疲れた雰囲気でやって来た僕を見て、目を丸くしている。大半の冒険者は、一日何度か探索と脱出を繰り返す。換金して体勢を整え、再び探索のサイクルだ。
例外的に、1度で一気に深い層まで下り、一日一回しか探索しない者や、複数日で隅々まで探索する者もいる。
言わずもがな前者は僕、後者は僕が普段挑まない『塔』の探索者だ。
お互い、どちらかが探索中に戻ってくるため、その正体は分からない。冒険者達から聞いた話では、凄く可愛い『女の子』らしい。どうでも良いが。
…話が逸れた。つまり、僕は一回しか探索しない人なので、二回目を訪れた僕に受付嬢は驚いているのだ。脇でニコニコしているリリアーナお姉さんの存在も、驚きに含まれているかもしれないが。
「新顔の力試しにね。明日でも良かったけど。」
「ヨーン君、善は急げ、後回しにして良いことは何一つ無いんだよ?」
「…らしいのでちょっと行ってきます。」
ニコニコ顔のお姉さんに勝てる気がしない。店に行ってからここまでで、すっかり苦手意識がついたかもしれない。
『あのヨーンをあっさりと…。』
『「笑顔のリリアーナ」は健在か…!』
周りの冒険者もざわめいている。異名めいた名称で呼ばれていたし、有名なのかも知れない。様々な意味で。
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結果としては、値段に納得の買い物だと言えた。
鳴神の雷撃は、モンスターを容易く痺れさせ、最大の雷は、ゴブリンの群を残さず灰塵と化した。
ギンセカイの一振りは、一面に冷気を与え、思うままにモンスターを凍らせた。が、それ以上に自ら生成して射出する氷が凶悪すぎる。
数も大きさも無制限、生成は一瞬と、まるでエジプトの『番鳥』を思わせる。いっそ敵が可哀想になるくらいに。
そんな強力無比な武器を作り出したと思われる張本人、リリアーナお姉さんは、
『あははは!遅い遅ーい!』
とても楽しそうにボスモンスターの『ドラゴンゾンビ』を『得物の一つ』のハンマーで『一方的に殴っていた』。
因みに、現在地下六十階。普通は二人で来るような階層ではない。僕は先週ソロで来たけれど。
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