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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§64 職業:引きこもり

「結局どーするかねぇ……」

 自分の部屋に戻ってきて、黎斗は今後に頭を悩ませる。恵那の腕の中で。まさか歩いている途中でへばるとは思わなかった。

「まさか体力がこんなに無いとは。我ながらびっくりだよ」

 ドニ達と別れた後で本当に良かった。からかわれること請け合いだ。

「なんかこーゆーのも新鮮だし、たまにはいいんじゃない?」

 どことなく機嫌がよさそうに恵那が言う。日常生活を送るのにも恵那のサポートが必要なのだから黎斗としては情けなさで胸が一杯なのだが、戻ってくる最中に恵那に言ってみたところ。

「え? 普段の引きこもりオタクなれーとさんの方が情けないと思うけど」

 と真顔で返されて思わず顔が引き攣った。まぁ、オタクライフをやめるつもりは毛頭ないが。

「はやく力を取り戻さないとなぁ……」

 護堂が日本で暴れているのに、自分は療養中とは情けない。いや、考えようによっては好機なのかもしれない。思い直す。

「今なら合法的に引きこもりライフが送れる!!」

 何せ戦力外なのだから。学校に行くことも出来ない今は、自分の権能を奪った神を殺す以外にやることが無い。つまり――――暇人だ。

「よし、いざ行かん!! 同人ショップへ!!」

「え?」

 目を見開く恵那。彼女からしてみれば予想外もいいところだろう。自分の力が失われ、失意に沈むと思いきや、元気溌剌とした表情で「秋葉原へ特攻だ!!」などと息巻く三歳児など何処にいるというのか。

「アンドレア卿を大至急呼んで!!」

 テンションが狂っている黎斗は呼び鈴を鳴らしてアンドレアを呼び出す。恵那が硬直している間に黎斗は滞在の礼、まつろわぬ神の情報提供依頼、飛行機の予約依頼を手早く済ませてしまう。アンドレアもはじめ呆然としていたが、それでも行動に即移るのは年季の違いか、それとも彼も魔王(ドニ)に阿呆な事を強いられてきたからか、なんとなく後者なんだろうなと恵那は思いながらそれを見やる。

「さぁ恵那行くよ!! エロゲが僕を待っている!!」

「……れーとさん。一応公序良俗は守ってよ? っていうか一応私女の子のつもりなんですけど私の前でそういうの言うのは……」

 半眼になる恵那の視線も気に解さない。神殺しや学業、悪友との同盟(しっとだん)をやってきた黎斗にとっては久々のオタクライフなのだ。特に羅濠教主と草薙護堂の一戦でコレクションが全壊した今、新たに買いなおさなければならない。須佐之男命(だいしんゆう)の家にはエルの外見を作る際に利用したギャルゲ、乙女ゲーなどが眠っているが、今の黎斗には取りに行くことが叶わない。日本に戻ったらひたすら買い出しの旅だ。まったく、なんで今まで忘れていたのだろう!

「神と戦う暇があったらアニメを見るんだ!!」

 使命に燃える黎斗を、盛大にドン引きしつつアンドレアが眺める。後ずさりしたのを恵那は確かに目撃した。正直恵那も後ずさりしたい。かわいそうだからしないけど。

「……君も大変だな」

 疲れたような笑みを返すことしか、恵那には出来ない。今回の黎斗は今までで一番ひどいのではないだろうか。普段は微妙で情けない、時々なんか恰好良い。日常なんか一人だと危なっかしくて目を離していられない。まったくもう、恵那がいないとどうしようもないんだからなぁ、れーとさんしっかりしてよ。まぁそこがれーとさんの良いトコなんだけどさ。それに普段は情けないくせに時々すごく頼りになるしその時はとっても素敵だし、ワイヤー操ってる時のサディスティックなワルモノ染みた笑顔とかそのギャップがまたもう――――

「恵那ー?」

「ひゃい!?」

 気づけば眼前に黎斗の顔。さっきまで色々考えていたせいで接近に全く気付かなかった。気配察知の濃緑は自信あったのに本当にこの人は無駄な技術磨いてるなもう、などと言いつつ顔が直視出来ない。直前に変な事想像してたのが原因だ。でもこの程度で動揺していたら子種をもらうどころかお妾さんなんて夢のまた夢じゃないか恵那しっかりしなきゃダメじゃん。ってちょっと待って子種ってあの子種だよねあの子種ってことはつまり恵那がれーとさんの――――

「ッ~~!!」

「ちょ、恵那ー!?」

 限界と化して顔を背ける恵那の背中に黎斗の声がかかるが、恵那はそれに気づかない。顔が真っ赤かもしれない、と思えば黎斗の方を振り向くことなど出来るはずがない。アンドレアにも顔を見せられない。窓から飛び降りて、恵那は駆け出す。


○○○


「お、おぅ……流石にエロゲー発言はマズったか……?」

「恐れながら王よ。年頃の少女の前でその発言は一歩間違えればセクハラかと」

 沙耶宮馨辺りが聞いたら「違う。それもそうなんだがそうじゃない」と真顔で言いそうな発言だが、ここでその発想に行きつくには黎斗とアンドレアでは無理だった。恵那の心情を察する以前に黎斗が頭の悪い発言をしていたのだからしょうがない。

「……嬢を追わなくてよろしいので?」

「んー……」

 微妙に口を濁す黎斗にアンドレアは内心「深入りしすぎたか」と焦るのだが、黎斗の真意は別にある。

「アンドレア卿。ここ、何回ですか?」

「ここは5階になりますが……」

 それがどうした、といわんばかりの彼にとうとう黎斗は情けない事実を告げる。

「こっから降りれないんです…… ワイヤー駆使すれば降りれるかもしれませんが、降りれても今の僕の身体能力じゃあ恵那に追いつけないです……」

 仮に恵那が身体強化をしていなくても。三歳児と女子高生、どちらが速く走るか比べれば大抵後者の方が速いだろう。つまり、そういうことだ。

「あー……」

 アンドレアは言葉に詰まる。なんといえば正解なのだろう。何を言ってもどうしようもない手詰まり感が半端ない。

「「……」」

 二人で沈黙する。何か言いたいが言い出せない。そんな硬直する空気を打破するのは、やはりなんというかどうしようもない阿呆であって。

「どぅあっはっは!!!!!!」

 爆笑しながらドニが部屋に入ってくる。

「黎斗が、黎斗が、っはっはっはー!!!!」

 死ぬ死ぬ死ぬー!!!!!!、などとステキな笑顔でのたまうドニに、近くの雑誌を投げつけるが――――黎斗の手前30cm程で落下する。それを見て更にドニが笑う。笑う。笑う。

「……」

「だははははははへぶぅ!?」

「笑いすぎだ阿呆」

 流石に黎斗が可哀想、と判断したのかドニにアンドレアの掣肘が直撃。ドニの馬鹿笑いが沈黙する。

「いやーゴメンゴメン。でもさ、あのデタラメに強かった黎斗が今の発言したと思うとおかしくておかしくて」

 まつろわぬ神と武術で張り合い神獣を片手間で葬る男が女子高生に追いつけない、というのがドニの中でツボに入ったらしい。

「はぁ……はぁ……いやー笑った笑った。笑いすぎて久々に死を覚悟したよ。……これで死んだら蘇生って有効なのかな?」

「んなもん知るか」

 全力で馬鹿にされてる。すごく言い返したいが適切な返しが出来ない自分の語彙力に歯噛みして。

「違うそんなことで悩んでる場合じゃない」

 恵那をどうやって追いかけるか、だ。まさか三輪車を使うわけにはいくまい。自転車に乗るには自分が小さすぎるし。

「ドニ、に頼むのはなぁ……」

 今の笑いっぷりを見ていると協力してくれても土壇場で裏切りそうで怖い。確実に力になってくれるとしたら、スミスか護堂か、羅濠教主か。

(護堂に頼むのはなぁ。護堂(イケメン)にそんなこと頼んだら恵那が護堂に奪われそうだ、というのはまぁ半分冗談にしても。今トラブってる護堂にそんなん言えるワケないよなぁ)

 どうひいき目に考えても「ふざけんな」とキレられて終わりだろう。自分が死闘をしている最中に女の子を追いかけたいから協力しろ、などと言われたらいかな黎斗でもキレる自信がある。

(とすると冥王か翠蓮に頼むしかないか)

 どちらに協力を要請するか……

「最初は翠蓮に頼んでみるか」

 やはりスミスを個人的な事情で連れまわすのは申し訳ない。それに翠蓮の方がなんだかんだ協力してくれそう、な気がする。

「女の子を追いかけるのに別の女の子に協力を頼むって……客観的に見たらただのクズだな」

 自分で言っておいて冷や汗が流れた。しかも理由がセクハラ発言なのだから救いようがない。

「客観的に見なくてもただのクズさ、大丈夫。僕が保証してあげよう!」

 ノリノリなドニに意見する元気も残っているわけはなく。羅濠教主に連絡しようとして、黎斗は大事なことを思い出す。

「翠蓮に連絡とれねぇ……」

 携帯電話を持っていれば連絡は容易だが、彼女はたしか携帯電話を持っていない。今までは呪符を用いた念話を駆使して連絡を取っていたのだが、今の黎斗では羅濠教主に自分の声を届けることが出来ない。向こうから連絡が来れば話は別だが、こちらから声を繋ぐには呪力が足りない。いや、ある程度は三歳児(ショタ)化していることで復活はしているのだが、この後に神と戦う可能性を考えると出来る限り温存しておきたい。ドニや教主に丸投げするとしても、最低限の力くらいは残しておかないと万が一襲われたら助からない。

「呪力不足が足を引っ張りまくりだな……」

 今まで呪力頼みの力押しをしていたことがこんな展開で裏目に出るなんて。こんな展開は予想していなかった、と途方に暮れる。だが、いつまでも悩んでいられない。

「どうせ夕方になれば戻ってくるんだろうけど。それまで放ったらかすのはヘタレ過ぎるよなぁ」

 うやむやにせずにちゃんとセクハラ発言を謝らねば。

「エロゲを白昼堂々プレイするのは控えます、ときちんと言うのだ」

「……謝り方が酷いね」

「僕もホント、そう思う。我ながら情けない理由だよホント」

 これ以上恥の上塗りをしないためにも。

(――――あー、テステス。翠蓮、今大丈夫? ちょっとお願いしたいことがあるんだけどさ。今時間ある?)

(お義兄様!? なんでしょうか。私で良ければすぐにでも参ります!! ----鷹化よ。私は予定が入りました。後のことは全て任せましたよ)

 即決である。しかも近くにいた陸鷹化に色んな事が押し付けられたらしい。鷹化、本当にごめん。

「お義兄様、お待たせしました」

 顔をあげれば窓際に佇む絶世の佳人。羅翠蓮がそこにいた。

「「!?」」

 驚愕の色を一面に表すドニ主従だが、黎斗は諦めにも似た賛辞を彼女に送る。

「……速っ。デタラメっぷりがヒドいな」

 念話のパスを伝って転移したのか。相変わらず、下手な権能より便利な術を会得しているなぁ、とぼんやり思う。それが、その僅かな隙が黎斗の運の尽き。

「お義兄様、ですか……?」

 あぁ、そういえば三歳児(このすがた)を見せてはいなかったのか。

「うん、ちょっとワケありで――――」

 刹那、教主の姿が掻き消える。今の黎斗に認識を許さない速度で、あらゆる反応を許さずに、黎斗はその身に浮遊感を感じることとなって。次いで、衝撃。

「小さいお義兄様――――!!!!」

 ――――あれぇ。なんかデジャヴだぞ。

 黎斗の意識は再び奈落へと落ちていく―――― 
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