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魔王の友を持つ魔王

作者:千夜
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§63 若返って見えるもの

 ドニが黎斗の部屋に来たのは、それからしばらく後、黎斗が落ち着いた頃だ。恵那から入れてもらったお茶を飲んでいる最中に片腕たるアンドレアをつれてやってきて、黎斗と目が合うと破顔した。

「やぁ黎斗。元気そうで何より」

 そうほがらかに語る剣の王。

「んー、あんまいい気分じゃないかな」

 対する黎斗は苦笑しながら。権能を失ったことは隠したところでしょうがないし、隠しきれる自信もない。今の黎斗とドニが戦えば、黎斗に勝ち目はほとんどない。何せ”銀の腕”の前では全てが無力なのだから隠すのは無駄だ。権能を失っていることをいつ告げようか。そう思案する黎斗だが。

「聞いたよ。権能失ったんだって?」

「あー、聞いたんだ?」

 チラ、と恵那を見やれば彼女も瞳を真ん丸に開いている。とすれば。

「うん。エルだっけ? あのキツネちゃんが教えてくれたよ」

「そっか。それで、どうする? 一応聞いとくけど戦ったりするの? 僕としては遠慮したいんだけど」

 多分回避できるだろう。そう思いながらも一応聞いてみる。エルが黎斗の窮状を伝えたのも、おそらくドニなら大丈夫と踏んだからなのだろう。

「まさか」

 予想通り、ドニは薄く笑いながら否定の意を示す。

「確かに今なら君を難なく----とはいかないけど倒せるだろうさ。だけど、それじゃあ意味がないんだ」

 やっぱりか。予想通りの理由ではあったが、予想通りであるがゆえにゲンナリする。何せつまりそれは復活したら戦わなければならないのだから。

「ゲームで言えば護堂はライバルで黎斗はラスボスだ。僕は護堂と競い合い----いつか君の領域に辿り着く。君を超えてみせる」

「出来れば引退したいんだけど」

「じゃあ裏ボスだね」

 なんか更にグレードが上がった気がする。確かに引退したかつての強者、というのはラスボスよりも裏ボスの方がしっくりくるけど。

「だから、今君を倒してもつまらないし、意味がない。僕が求めるものは、万全の君だよ」

「あーはーはー、そーですか……」

 まぁ、今戦うよりはマシか。そう思えば割と快適かもしれない。

「あ、すいませんアンドレア卿。チョークと、落書きしていい部屋を貸してもらえませんか? ……あと、出来れば小学生男子向けの服もお願いしたいのですが」

 安全がわかった。ならば次にすべきことは、力を取り戻すこと。

「はっ、了解いたしました。すぐにでも」

「黎斗、一体何をするんだい?」

 不思議そうに聞いてくるドニ。恵那も横で疑問符を頭に浮かべていそうな顔をしている。

「今さ、呪力がもうないのよ。だから回復させようと思って」

 苦笑しながらそう答える。

「???」

 未だに疑問符を浮かべる周囲に対し、苦笑していると初老の男性が近づいてくる。手にはチョークと幼児用の服を携えて。早い。

「なんかメッチャ高そうなんすけど……」

 ブランドとかわからない黎斗でも一目で高級品とわかるレベル。上手に言葉にはできないけれど、なんか普段着ている服とレベルが違う。

「バザーでお古の服を買ってきている魔王様はれーとさんだけなんじゃ……」

 恵那がボソリと呟くが審美眼がないものはしょうがない。馬子にも衣装、というが正直、衣類にお金をかけるならゲームを買いたい。それにリサイクルだ。素晴らしいではないか。

「その結果、大量のゲームが積まれているワケね」

「我が積みゲー(バベルの塔)は何人たりとも破れぬわ!!」

「黎斗様は衣類を買われないのですか……」

 黎斗がそんな調子だから、彼の持つ服は大抵がバザーの戦利品だ。穴あきなどのワケあり品などは買い取って玻璃の媛やエルに縫いつくろってもらうという貧乏根性。黒衣の僧正に「庶民派魔王ですな」などと皮肉られるのもさもありなん。見かねた義母や義妹が服を選んでくれるようになるのはある種当然のことで。

「」

「……黎斗。僕が言うのもなんだけどさ。もうちょっとマトモにしない?」

「ドニから言われるとすごい敗北感を感じる」

 なんだろう。欠陥人間から言われるとどうしようもない敗北感だ。憐みの視線がとても、痛い。

「まぁいいや、とりあえずお借りします」

 それだけ答えて部屋に案内してもらおうとすれば。

「ねぇ、黎斗。今からすること見せてくれない?」

「……んー、別に構わないけど。静かにしててよ。あ、あとシーツ貸していただけます?」

「はっ」

 丁寧な対応をしてくれるアンドレアにビクビクしながらも、目的の部屋まで来る。真っ白な部屋だ。窓がないそれが第一の感想だった。何のための部屋だろうか、荷物は何も存在せずに、天井に電球だけが等間隔でついている。高さはかなり高い。3,4メートルはありそうだ。そこまで思考を巡らせてから。改めて四隅を確認する。

「うん。まぁいっか。一応、みんな動かないでくださいね」

 ワイヤーを、天井に張り巡らせる。複雑な幾何学模様を描くそれを、四隅と天井に。それから、シーツをワイヤーでつるす。チョークにワイヤーを結び付けて、部屋中に魔方陣を書きなぐる。

「よっと」

 久しぶりすぎてうろ覚えだどうしよう。まぁ多分なんとかなるだろう。そんな感じで書きなぐる。辺の長さとか、角度とか、文字の止め跳ね払いとか。だいぶ適当だけど問題はないはずだ。

「出来た」

「……なんともまぁ器用なことで」

「…………」

「あはは……」

 ドニが呆れて肩をすくめ、アンドレアは目を白黒させている。恵那に至っては遠い目だ。

「さて、と」

 シーツを天井からつるした中へ入る。小指をピン、と弾くとシーツが上から落ちてくる。黎斗に接する直前で止まったそれは、四隅へ白い布を垂らし、黎斗の姿を外界から遮断した。

「えぇー……見せてくれるんじゃなかったの?」

「んー、ここまでで許して」

 これから行うのはグロいであろう光景を見せつけることになりかねない。

「さて。なんつー技法だったかなぁ……翠蓮なら覚えているかなぁ」

 もう使ったのが昔過ぎて名称を忘れてしまった。やり方もほとんどうろ覚え。羅濠教主に聞けばよかったと思いつつ、まぁここまでなんとかなったんだしあともなんとかなるだろう、なんて相も変わらず楽観的な自分に苦笑して。

「----」

 精神を集中させる。龍脈から気を拝借する術だ。龍脈を見つける。今の陣だと効率が悪い。右手を動かす。ワイヤーに引っ張られチョークが陣を修正してく。

「----」

 一番良い形に。無駄が最小に、効率を最大に。完成したら、手を止めて、ひたすら精神を馴染ませる。

「……」

 誰も何も発しない。それは静かな時間だった。

「こんなもんかな」

 幾分高い(・・)声を張り上げる。ああ、懐かしい声だ。変声期を迎える、前の。

「すいません、さっきの服貸してもらえますか?」

「「「!!」」」

 唖然とする三人の前に、幼児と化した黎斗が現れる。

「ん、やっぱり動きにくいな」

 視点は低いし、動ける範囲も広くない。ぶっちゃけ感覚が違いすぎて辛い。だけど大丈夫。すぐに慣れる。慣れてみせる。

「れ、れーとさん……?」

「これは……天山童姥、か?」

 愕然と呟くアンドレアに、黎斗は一人首肯する。

「んー、そんなカンジの名前だった気がします。翠連に言わせれば若干違うみたいですけど」

 修練の時間を極限まで縮めて気を増幅させる。

「本来は中一くらいの年齢にしておけば良かったんですけどね」

 黎斗は基本的に呪力で身体能力を増幅させている。それに加えて武器や各種魔術、呪術、権能を使用していく戦闘方法だ。必然的に、消費する呪力は莫大なものとなる。黎斗は他のカンピオーネに比べて呪力を大量に消費するのだ。今まで何とかなってきたのは、ひとえに黎斗の保有する気が規格外だったからに他ならない。

「今まではそれでもなんとかリカバー出来てたんですけど、流石に今回はリカバーしきれないんで。限界までショタ化してみました。まさか人間化の余波で呪力まで素寒貧になるとは……」

 これでも正直、足りない。不安が残る。が、魔術・呪術の類を制限すればなんとかなるだろう。

「身体強化だけで戦えばそれなりの時間”稼ぎ”くらいなら出来るかと」

「……あら弱気」

 黎斗の発言に思わずドニが目を見張る。

「武器庫につなぐだけの呪力すら不自由してるのよ。つまり、今の僕に使えるのはこのワイヤーと徒手空拳のみ。おっけー?」

 幽世の倉庫と繋ぐ事などそう簡単に出来ることではない。高度な技量と大量の呪力。その二つが合わさって初めて可能になる荒業なのだ。非常時に備えて「緊急時用ゲート」の術式を事前設置していたが、それもジュワユーズの召喚で使い切った。

「徒手空拳なんかこの身体でやるの、無理。間合いは違うし視点も違うし」

 三歳児並みの身体になった黎斗は首を振りながらため息をついた。

「ジュワユーズが現世(こっち)に来るとき、一緒に武器持ってきてもらえば……置き場がないな」

 どのみち詰んでいた、ということか。

「れーとさんかわいーい!!!!」

 思考する黎斗を遮ったのは、黄色い歓声と、柔らかい感覚と、甘い匂い。

「がふっ!?」

 恵那に抱きしめられた、と理解するとほぼ同時に黎斗の意識は闇に落ちた。


○○○



「ごめんなさい……」

 数時間後、意識を取り戻した黎斗の前には、債巻きにされたドニと正座する恵那の姿。

「別にいいよ。僕がひ弱だって再認識できただけだし……」

 女子高生に抱きしめられつつ失神だなんて、普通の三歳児なら起こらないだろう。つまるところ、どれだけ黎斗がひ弱なのか、という話にしかならない。

「で、ドニはなんでそんなぐるぐる巻きなの?」

 半眼で問えば、わが意を得たりとばかりに、

「聞いてよ黎斗。アンドレアったら酷いんだ。黎斗を弄る絶好の機会だと思ったから、油性ペンで落書きしようとしたら」

「こんのド阿呆があああああああああああああ!!!」

 思わず手元にあったティッシュボックスを投げる。投げられたボックスは、ベッドを飛び越したところで落下した。ドニには全く届かない。

「「「…………」」」

 痛々しい静寂が、辺りを包む。さっき気功をやった時とは種類の違う沈黙が。

「……なんかゴメン」

「むなしくなるから謝らないで!?」

 黎斗の悲痛な叫びが響く。

「……とりあえず、アンドレアさん、ありがとうございました」

 おかげで黎斗の尊厳は守られた。まぁなけなしの尊厳だけど。

「いえ……御身に被害が無く何よりです」

 空気を引きずり動揺するも、すぐに取り繕うアンドレア。流石大人。一味も二味も違う。ドニの馬鹿とは大違いだ。

「黎斗のプライドはもうズタボロだけどね」

「お前黙れえええええええええええ!!!」

 傷口をさりげなく抉るドニの言葉。

「しっかしホント致命傷だねぇ。……いつくらいに戻りそう?」

 からかうのも飽きたのか、ドニが急に話題を変える。ドニが想像したのは十中八九、護堂の”戦士”だろう。似通っている効果である以上、期間も同様、という推測だ。黎斗も最初はそう思った。----思って、梯子を外された。

「多分戻らない」

「え?」

 素っ頓狂な声を上げるドニ。黎斗もあげたい。本当に、あげたい。

「なんとなくわかるんだ。コレは力を奪っているナニカ、がある。それを壊さない限り封印されたまんまだよ。無期限無制限」

 最悪の能力だ。おそらく引き金は、紙一重で避けた”ナニカ”だろう。あの時に何か、あった。

「ナニカって?」

「んなもん僕が知りたいわ。多分、直後の津波でどっかに流れてった」

 もう回収は絶望的だろう。ダウンジングしようにも手がかりがない。形状すらわからないのだから。

「不慮の事故で壊れる、なんてオチもないだろうし。ブツが壊せない以上、カミサマの方を倒すしかない」

 おそらく神の方を倒せばその”ナニカ”も消えるはずだ。

「あいつが復活するまで、しばらく僕は戦力外でベンチ入り、かな」

 現状ではまつろわぬ神が降臨したら護堂に丸投げせざるを得ない。すまん護堂、と心の中で彼に詫びる。

「出来るの?」

 昏く、纏わりつくようなドニの声。出来ない、と答えたらこちらに興味をなくすか。それとも、危機に瀕すれば戻るかも、と斬りかかってくるか。後者は御免こうむりたい。というかそれなら元凶を狩ってきてくれ。

「出来ないかもしんないけど、やらなきゃね。倒さなきゃ力戻んないし。あ、倒してくれてもいいよ?」

 瞬間、ドニの纏う空気が霧散する。

「……黎斗ってさ。こだわらないよね。普通だったら”ヤツは俺の獲物だ!!”くらい言うんじゃない?」

「いや、んなこと言われても、ねぇ。出来れば自分でけじめつけたいけど、多分勝てないし。戦術的撤退、みたいな?」

 多分ここら辺がカンピオーネらしくない、と言われる所以なのだろうな、と苦笑する。

「まーさ、お手数おかけしますが見つけ次第討伐ヨロシクオネガイシマス。翠蓮にも言っとく」

 羅濠教主とドニに頼んでおけば、まず間違いあるまい。他のカンピオーネと違って条件を突き付けてこなさそうだ。

「了解。特殊クエスト発生ってワケだ」

 そう言って剣の王はニヤリと笑った。 
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