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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第十八話

 変なところに連れ込まれたらどうしようという心配を投げ捨てて、
ラブラブ夫婦に連れられてやってきた城の一室で、ご飯が出来るのを心待ちにしている私。
同じく心待ちにしていると目の前の褌一丁の利家さんの姿には……正直慣れないんだけど、
それがデフォルトであると知った今、もう突っ込むことも止めました。……でも、せめて袴くらいは履いてほしい。
てか、その格好で胡坐はやめて。ついでに私の正面に座るのも止めて。今にも零れそうなの、見たくないから。

 「……あれ? お客さん?」

 そんな声に入口を見れば、ド派手な衣装を身に纏った若いお兄ちゃんの姿が。何処と無く顔が利家さんに似ているような……。
どっちもイケメンだけど、こっちは何だろう。雑誌のモデルとかやってそうなイメージがあるなぁ。

 「おお、慶次! こちらは奥州からわざわざまつの手料理を食べに来た……そういえば、まだ名前を聞いていなかったな」

 慶次? ……あれ、どっかで聞いた覚えがあるぞ?

 「小夜といいます」

 「へぇ、小夜さんか。俺は前田慶次、よろしくな」

 前田慶次! あの風来坊か! 花の慶次とかちょっと読んだことある! つか、無双にもいたじゃん、前田慶次って。

 いや~、なるほどねぇ~。この人が前田慶次……うむ、顔だけなら結構好みのタイプかも……。

 「ところで小夜さん、あんた恋してるかい?」

 ……は? 恋ですか? 唐突に何を言い出すのかと思えば。

 突然そんなことを尋ねられて、どう答えたものかと少し困ってしまった。
だって、初対面の相手に恋をしているか、なんて聞かれてドン引かない方が珍しいでしょ?
絶対に遊び目的だ、とか警戒心抱くもの。

 「恋を探して奥州から旅をしてる最中なんです」

 別にまつさんのご飯を食べるためだけに奥州から出てきたわけじゃない。一応そんな風にざっくりと答えておくことにする。

 ……あんまり詳しく事情話して回ってると、政宗様が烈火のごとく怒って追い回してきそうな気がするから黙っておくけども……甲斐じゃうっかり喋っちゃったけども。

 「へぇ! そいつはいい旅の目的だねぇ。奥州にはいい男はいなかったのかい?」

 いい男ねぇ……顔だけなら政宗様も候補に入れてもいいような気がするけど。
考えてもみりゃ黙ってりゃ結構いい男なんだよなぁ、政宗様って。話すとアレだけど……。

 「いたけど好みじゃなかった、それだけです」

 「ははっ、そいつは手厳しいねぇ。あんた、俺と恋をしてみないかい?」

 ……はぁ? 何言っちゃってんの、アンタ。つか、初対面の相手にいきなりそれはないでしょ。
つか、手当たり次第口説いてんじゃねぇの? 私だけ特別ってわけじゃないでしょ。
遊べりゃ誰でも良いってクチじゃないの? 初対面で口説く男は基本的に信用出来ません。
っていうかさぁ、もう少し頭使って口説こうとしないと、警戒心だけ持たれるよ?

 「男の好みは結構煩いので遠慮します」

 「どんな男が好みなのだ?」

 利家さん、話に乗ってこないでっての。っていうか、何でそんなに興味津々なのよ。

 「とりあえず、定職に就いていて、それなりにお給料稼いできてくれる人で、外見は格好良い方がいいかなぁ?
出来れば二十九よりも年上で」

 「なるほど、慶次は対象外だな!」

 笑顔で言った利家さんの言葉に、私の隣で慶次ががっくりと落ち込んでいた。
外見云々以外は全部外れてるしね。君。っていうか、外見以外は外れるようにして言っておいたんだもの。

 「某はどうだ」

 「着物着てくれるなら考えます」

 その野生児スタイルは流石に無理です。政宗様よりも無理です。
そりゃ、悪い人ではないと思うけど……大体、あのバカップルぷりを見せられてて利家さんに手を出そうなんて思わないっての。
というか、そういうこと聞いて大丈夫なの? まつさんに怨まれるのは正直御免だよ。女の嫉妬ってのは面倒なんだから。

 なんて考えていると何処からかしゃもじが高速で飛んできて、利家さんの頭を華麗に打ち抜いていた。
そのまま横倒しになった利家さんは身動き一つ取らずに白目を向いて倒れている。
おそらく今の会話、まつさんに聞かれていたんだろう。食事を運んできたまつさんの笑顔に、私と慶次は仲良く身体を震わせるしかなかった。

 「もう、犬千代様ったら……いけませんよ? お客様をからかわれては」

 未だ白目を向いて気を失っている利家さんのむき出しの太股に、まつさんが渾身の力を入れて平手打ちを喰らわせた。
断末魔とも言えるのではないかというほどの声を上げて飛び起きた利家さんの太股には、くっきりとまつさんの手形が残されている。

 ……怖い、怖いよ。まつさん。
このご飯、下剤とか盛ってたりしないよね? 毒とか入ってないよね?

 「どうぞ、たんとお召し上がり下さいませ」

 恐る恐る口に運んだものの、当然そんな心配はなかった。
それどころか料理の名人と呼ばれるだけあってかなり美味しく、私は作法も忘れてがっつくようにして食べたもんだ。
その様子を目を丸くして見ている三人には目もくれず、全員分食べる勢いで食べ続けた。

 「美味い……美味いよぉ~……」

 本当、ここ最近雑草ばっかりだったから有難かった……こんな美味しいもの食べられたんなら、
もう死んでもいいや~……いや、またミンチにされたら堪ったもんじゃない。
慶次じゃないけど恋の一つもしなけりゃ死んでも死にきれない。

 泣きながら食べている私に、三人は戸惑っている。そりゃそうだ、私だってこんな反応見せられりゃ何があったんだ、って思うよ。

 「まつの飯が美味いのは確かだが……何も泣かずとも……」

 「だって、ここへ来るまでの間、雑草食べて凌いでたんだもの。
奥州には戻れないし、こんな美味しいご飯食べられたんなら思い残す事はない……うう……」

 ついそんなことを言えば、三人は慌てて死に急ぐなと止めに入る。
だって、本当にご飯食べて天国が見えるってそうないもの。まつさんのご飯は私に天国を見せてくれたわ、本当に。

 「ちょ、ちょっと待ってくれよ。そんな死ぬみたいなこと言わないでさ……何か、あったのかい?」

 慶次にそんな風に聞かれて、泣きながら私は素直に答えていた。
多分、慶次を始めとしてまつさんや利家さんが本気で心配してくれてる、ってが分かったからというのもあると思うけど。

 「奥州にちょっとした事情があっていられなくなって、ほとぼりが冷めるまで放浪の旅をすることになって……
追手がかかって連れ戻されると困るから、一箇所に留まってるわけにもいかなくて……」

 「……一体何があったというのだ」

 流石に厳しい顔をされてしまったので、差し支えない程度に事情を話すことにする。
犯罪でもやって逃げてきたとか思われても困っちゃう。
やましいことは私は何もしてないし、寧ろやましいと言えばあちらの方だ。私に非はないもん。

 「主に側室になれって迫られて、それが嫌で逃げてきました……
結構執念深いから、私に誰か相手でも出来れば諦めてくれるかなと、恋を探して各地を訪ね歩いてます」

 「まぁ……それで奥州から」

 少しばかり哀れむような目は多分同情じゃなくて共感してくれてるんだと思う。
同じ女として私の境遇を分かってくれてるんだと……まぁ、私は女とは言い難いけど。

 「じゃあ、俺と恋すればいいじゃん」

 「……適当な男連れて帰れば、きっと主と弟が二人がかりで切り倒しに来るだろうから。
納得させられるだけの相手じゃないと」

 間髪入れずにそう言うと、慶次が撃沈とばかりにその場に転がっている。
だってねぇ、恋人にするのなら良いかもしれないけど、パートナーとなるとねぇ……。
ヒモにでもなられたら洒落になんないもの。そりゃ、慶次を養っていけるだけのお金は稼いでるけどさ。
専業主婦やるつもりもないから代わりに慶次に家を任せて、ってのもアリかもしれないけど、多分それじゃ小十郎や政宗様が許さない。
というか、姉が一番許してくれなさそう。きっと慶次は地獄を見るね。間違いなく。

 「いくら女に選択肢がないからって、無理矢理側室に据えられるのは嫌だもの……
どうせなら、利家さんやまつさんみたいな夫婦になれるような人と結ばれたいもの」

 「某とまつは深く愛し合っているからな!」

 「まぁ、犬千代様ったら」

 出ました、ピンクのオーラ。何かハートマークが飛び散ってるように見えるのよね、この二人。
つか、こんなの日常的に見てれば、恋が云々言い出すようになるのは良くわかるわ。

 「確かに女子にとっての一大事。ならばしばらくはこちらにおられませ。まつめが小夜殿を雇って差し上げましょう」

 凛としてそう言い切ったまつさんに後光が差して見える。思わず拝みたくなってしまったけれど、
でも素性の知れない女を城に引き入れるって……褒められたことじゃないと思うけど。

 「え、いいの? 素性も分からない女を引っ張り込んでもいいの?」

 「ええ。貴女様の素性は、今の話で分かりましたから」

 ……へ? 分かったって何。私、素性が知れるようなこと一つも言ってないよ?

 「川中島で武田の若武者と奥州の独眼竜が激突した際、一人の女子を巡って死闘が繰り広げられたと
聞きますれば、その女子というのは貴女の事ではないのかと」

 え? 何、幸村君と政宗様がぶつかったの? 私を巡って?
それ、展開としては結構美味しいけど何で二人がそんな争いしてんのよ。っていうか、一体どういうことなの。

 「ああ、独眼竜が手篭めにしようとして逃げた家臣の話か!」

 ちょっと、何!? その話、こんなところにまで広まってんの!?

 畜生……甲斐で馬鹿正直に言うんじゃなかった……恥じゃないの。それも一生の。
もう政宗様が恥を掻くんならどうでもいいよ。つか、実行犯だもん。それくらい恥掻いたって構いやしないっての。
でも、その家臣が私だって知れたら外歩けないじゃない。

 「……うう……もう死にたい……」

 がっくりと項垂れた私を、必死に慶次が宥めてくれた。

 ……もうヤダ、それもこれもみんなあの馬鹿主のせいだ!! 絶対しばらくは奥州に戻らない! 
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