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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第四章~おいしいごはんに誘われて~
  第十七話

 甲斐を出て、行くあても無くまた気ままな一人旅に戻り、私は今加賀にいます。
理由は一つ、ここに美味しい料理を作る名人がいると聞いてやって来たわけだけど、
肝心の何処にその名人がいるかというのをうっかり聞きそびれちゃって困ってます。

 きっちり情報仕入れてから来るんだったなぁ……。

 そんな後悔を覚えながらも差し当たって今晩の寝る場所をどうしようかな、
なんて考えながらとぼとぼ歩いていると、道の脇の草むらが不自然に動いたのに気付いた。

 く、熊? 猪?

 おっかなびっくりに刀に手をかけて身構えた途端、その草むらから勢いよく何かが飛び出した。

 「まつ~」

 そんな事を言いながら現れたのは、褌一丁の逞しい身体をした男。


 熊でも猪でもなく、飛び出してきたのは露出狂でした。


 「ぎゃああああああ!!! 変質者ああああああ!!!!!」

 「ま、待て! 某は変質者ではない!」

 堂々とそんな格好をして何が変質者じゃない、だ。
寝言は寝て言え! 大体野外で褌一丁ってどういう了見だ! どう考えたって駄目じゃないの!!

 「寄るな! 近づくな! 私の半径三メートル以内に立ち入るなぁ!!」

 刀を振るって側に寄らせないようにと必死で頑張っているが、男は簡単に攻撃をかわして私に近づいてくる。
私はというと、涙目になって後退しているといった有様だ。
正直情けないとは思うけど、流石に変態見て動揺しない女はいないでしょう。しかも露出狂と出会ってさぁ。

 「お、落ち着け! 何だか某が悪いことをしてるみたいではないか!!」

 「ひえええええ! 犯されるぅうううう!!!」

 「犬千代様!!」

 がすん、といい音がして、その後に男がその場に崩れ落ちた。のびている男の背後には美人なお姉さんがいる。

 た、助かった……?

 「あ、ありがと~……怖かった~……こんなところに露出狂がいるなんて……うう……」

 安心した途端ぶわっと涙が溢れて、いい歳してみっともないとは思ったけれどその場で思いきり泣き出してしまった。
いくら私が強くなったとはいえ、やっぱりこんな状況は怖いんだもん。重力の力だって自分が冷静でないと上手く扱えないし……。

 「まあまあ……ご安心下さいませ、こちらは変質者でも露出狂でもございません。加賀の国主、前田利家にございますれば」

 ……は? 国主?

 前田利家って……え? この褌一丁の男が? 加賀のお殿様? え、マジで? ネタとかじゃなくて?

 「ま、まつ……もっと優しく止めてくれないか……」

 のそのそと頭を押さえて身体を起こしたその人は、痛そうに顔を歪めている。
そりゃそうだろう、かなりいい音がしてたもの、普通なら痛いどころの話じゃ済まないと思う。
だけど二人にすればいつも通りの流れなのか、そこには特に触れずに話を進めているからびっくりなのよね。

 「犬千代様が女子に無体を働いた、などという誤解を広めないためにございますれば、これも致し方なきことかと」

 「まつ~……」

 前田利家でまつって言えば、前田利家の奥さんだよね。
随分昔の大河ドラマでそんなんやってたような気がする……てか、何で褌一丁。何故裸体。
そりゃ、いい身体してんなぁとは思うけど、外でその格好はねぇだろ。ヤバイでしょうが。
これが現代だったら即警察に捕まったところだわよ。

 えー……ひょっとして加賀のお殿様は露出狂、ってこと?

 「ところで、この辺りでは見かけない顔ですが……一体どちらから?」

 まつさんの言葉に私は若干引きながらも素直に答えることにする。流石に相手が相手だから誤魔化すわけにもいかない。
半分はとっとと答えて逃げたかったってのもある。というか、何かこれ以上関わり合いになるのは危険な気がして。

 「奥州から……加賀に料理の名人がいるって聞いたので、是非食べてみたいなと思って。
でも、その人が誰なのか聞かずに飛び出して来ちゃったもんだから困ってたところで」

 露出狂と出くわしたというわけです、なんて流石に言えないからその先は言わなかったけれども。

 てか、この人達こそ白昼堂々外で何やってたのよ。しかも旦那にそんな格好させて、何のプレイですか。
羞恥プレイ? ってか、旦那は全然恥ずかしがってないけど。いや、もしかしてそういう域を超えちゃったって奴?

 「……ちなみに、そちらは?」

 妙な答えが返ってこないことを祈りつつ、さりげなく私も聞いてみる。
二人の素性を全く信じたわけでもないけど、でも明らかに避けるのは不自然だしスパイ容疑でもかけられても洒落にならない。

 「山菜取りをしていたのだ。まつの作った山菜料理は絶品だからな!」

 「まぁっ、犬千代様ったら」

 ……何だこのバカップルぶりは。こいつらの周辺だけピンクのオーラが出てんぞ。

 「まぁ、まつの料理が絶品なのは山菜だけに限らないからな!」

 いや、聞いてねぇっての。つか、リア充爆破しろって言えばいいのか?

 「……あのー、一つ聞きたいんですが、利家様は外に出るのもその格好なんですか?」

 「? そうだぞ、某は家でも外でもこの格好だ!!」

 胸を張って言われると、逆に返す言葉も無い。それを本気で常識だと思っているようなのだから、何も言うことなど出来やしない。
こうなると寧ろ、変態というよりも野生児というイメージの方が近いような気がして、私は深々と溜息をついた。

 ……いや、いい大人なんだし着物くらい来ようよ。もう上半身はいいから下半身くらいは隠して。頼むから。
そんな格好で出歩かれると目の毒だよ、眼福じゃなくて。つか、まつさん止めてよ。旦那さんをさぁ……。

 「……ええっと、加賀のお殿様とも知らず露出狂と間違えてすみませんでした。それじゃ、私はこれにて……」

 本当、正直これ以上は関わりたくねぇと思ったこともあって、早々と退散することにした。
何と言うか、これ以上関わり合いになっても百害あって一利なしって感じがしたしね。

 しかし。

 「待て」

 呼び止められて振り返れば、二人が実にいい笑顔で私を見ている。

 ……何その笑顔、ある意味怖いんですけど……。

 「料理の名人ならばここにいるぞ」

 そう言って露出……いや、利家さんが指したのはまつさんだった。

 ええっ、奥さんの事だったの!? それじゃご相伴に預かるのは無理じゃないの……。

 「驚かせてしまった詫びだ、寄って行け。いいよな? まつ」

 「ええ。腕によりをかけますれば」

 ラッキー……? いや、まぁ真っ当な飯が食えると思えばいいじゃないの。
ここ最近の食生活と言えば、出来るだけお金を使わない様にって雑草を食む日々だったし……久々にまともなものが食べられる。
関わり合いにはなりたくないけど、タダ飯が食えることと身の危険を秤にかけたらタダ飯が食らう方に傾くのは当然のことだよね。

 「お言葉に甘えて!」

 というわけで、結局私はご飯に釣られて二人と一緒にお城へと向かう事になりました。

 知らない人について行っちゃいけません、そんなことを生まれ変わる前も生まれてからも教わったような気がするけど……
まぁ、ご飯が食べられればそれで良いです。もう雑草生活を続けたくないもん。

 ごっはん♪ ごっはん♪ 
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