竜のもうひとつの瞳
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第十九話
まつさんに侍女として雇われることになった私は、不慣れな城の仕事をあれこれと頑張ってやっている。
一応甲斐でもそれらしい仕事はやっていたのだけれども、流石に真田邸は城ほどは大きくない。
しかも今度は城だから活動量も必然的に多くなって疲れてならない。
奥州でもここまで細々と女の仕事をやってきたわけじゃなかったから、手馴れてなくて失敗ばかりしている。
というか、侍やってた方が楽かも、なんて思ってるくらい。
「……私って、女失格ね」
そもそも完全な女でもないのだけども、こうも失敗続きであると流石に落ち込んでしまう。
段々と刀振るってる方がお似合いなのかしらとさえ思えて、何だかどんどん落ち込んで暗くなっている。
でも、まつさんはそんな私の心境を分かってくれているみたいで、笑って励ましてくれるわけだ。
「最初は皆様そのようなものです。まつも初めは失敗ばかりで落ち込んでばかりおりました。
小夜殿、これは花嫁修業と思いなさいませ。上手くこなせるようになれば、一人前の花嫁として
何処に出ても恥ずかしくないほどの技術が身に付きますれば」
花嫁修業か……確かに、側室になっても女らしい事何一つ出来ないしなぁ……。
流石にそういう女を貰うってのも、相手も嫌がるだろうし。どうせ子供も産めない身体なんだし、うん、ここは一つ頑張ってみるか。
「頑張ります!」
元気良く言った私に、にっこりとまつさんが笑っている。それに嫌な予感を覚えたのは言うまでも無い。
「宜しい。では、次は」
「ひええええ……」
上手く丸め込まれたような気もしたものの、まつさんの厳しい指導の下、
なんとかそれなりに出来るようになったのは一月ほど経ってからのことでした。
お陰で家事のスキルは上がったけども、まつさんマジで厳しいよ……。
井戸の冷たい水で洗濯するものだから大分手があかぎれて痛い。そんなことを思っていたところで、慶次が軟膏をくれた。
どうも町で効く薬があると聞いて買ってきてくれたという。
「ありがとう、助かる」
かなり染みるが無いよりはマシだ。こまめにこういうのは手入れしておかないと、ガサガサになっちゃうもんね。
ハンドクリームなんてものはないから、出来る限りのケアをしておかないと。軟膏を塗りつける私の手を慶次がじっと見ている。
「本当にこういう仕事をやってこなかったんだね。奥州じゃ、どんなことやってたのさ」
「戦場に出て刀振り回してた」
「……え、マジで?」
「うん。素性知られるみたいだから言うけど、ちゃんと男の名前があるの。
小夜ってのは男の名前を名乗る前の、親につけてもらった名前なのよ。幼名ってところかな?」
まぁ、馬鹿正直に名乗る気もないので景継の名は言わないけれども。
というか、そっちの名前を迂闊に出されたくないから言わないってのもあるんだけどね。
「本当は男として身を立ててく筈だったんだけどねぇ……何処でどう間違ったのやら。ちゃんと反省してくれてると良いんだけどなぁ……」
あの人のことだから、まだ反省してなくて手篭めにするつもりでいるのかもしれない。
だけど、戦に出たってことはそれなりに頭が冷えてるものだと思いたいところなんだけどね。
いや、ひょっとして甲斐に私がいることを知って戦を仕掛けた……にしちゃあ、攻め込む場所がおかしいか。
甲斐にいるって知ったら直接甲斐に来るもんねぇ、あの人は。
わざわざ川中島に攻め込む理由が分からないし。
「手篭めにされそうになったってのに、まだ帰るつもりでいるのかい?」
慶次は驚いたようにそう聞くけど、勿論ですよ。出奔じゃないもの。
「そりゃ勿論。可愛い弟もいるしね」
政宗様が頭を冷やしてくれるって信じてるから家出したわけだしね。
そういや、小十郎はどうしてるかなぁ……。いい加減、過労で倒れてたりしないかしら。
進軍を開始したってことは政宗様も多少は頭が冷えたって解釈したからゴーサイン出したんだろうけど、
でもまた顔合わせても変な気を起こさないでいてくれると助かるんだけどもなぁ……。
気にしないようにと思ってても、やっぱり気になっちゃう。生まれてからずっと一緒にいたんだもんね。
「奥州に帰りたいのかい?」
「ん~……帰れる家があるからね。本当は、こうやって旅に出るつもりもなかったから。
出なきゃならなくなったから出てきただけで……」
帰れるのなら帰りたい、そう思う。だって、帰れる場所があるんだもの。
奥州には小十郎や姉がいるわけだし、私の身を案じてくれる『家族』がいるのだから。
ホームシックってやつかしら。私、実は結構あそこで暴れてる方が楽しかったのかもしれない。でも政宗様の側室は嫌だけど。
皆、どうしてんのかなぁ……川中島に突っ込んだのも、結局どうなったんだろう。
利家さんやまつさんの反応を見ているとえらいことにはなってなさそうだけども、変に怪我なんかしてなきゃいいけど。
「なぁ、小夜さん。俺と一緒に遊びに行かないかい?」
ぼんやりとそんなことを考えていた私に、慶次が笑ってそう話しかけてくる。
「遊びに?」
「どっちにしてもいつかは帰るんだろう? なら、その前に加賀の良さも知って貰いたいんだ。土産話は一つでも多い方が良いだろう?」
確かにそうかもしれない。奥州のことばかり考えてて、折角旅しているってのに観光しようって気にはならなかったかもしれない。
甲斐も結局幸村君と団子を買いに行くくらいで、観光らしい観光はしなかったものね。
どうせ旅をするなら、楽しくしたい。いや、楽しくしなきゃ辛くなっちゃうもん。
雑草食べながらも逞しく旅をしていた……なんて、霞んじゃうくらいに楽しい思いもしなきゃね。
「よし、乗った!仕事終わったら何処か案内してよ。いかがわしい所に連れ込もうとしたら叩き潰すからね」
「あいよ……って、酷いなぁ。俺、そんなことするように見える?」
「男はケダモノ、奥州で学習しました」
寝込みを襲われたわけですから。うっかり信用しちゃったら何をされるか分かりません。
流石に二度目は嫌だもの。人間不信になっちゃう。まぁ、慶次に限って言えば裏表なさそうだから、ある程度までは信用しても良さそうだけども。
仕事をさっさと終わらせて、私は久しぶりに女の格好をしたまま外に出ることになりました。
本当は袴履いて行こうとしたんだけど、まつさんに止められてしっかり着付けをして、
どっからどう見ても女といった格好を半ば強制的にさせられました。
女物の着物は動き難いから嫌なんだよねぇ、大股で歩けないし……可愛いけども、何かあった時対応が出来ないからさぁ。
慶次が守ってくれるつもりでいるから良いんだけども、如何せん腕前がどれくらいか分からないからなぁ。
いざって時は重力の力で凌ぐしかないかぁ。そんなことを考えて町に繰り出すことになった。
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