極短編集
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短編17「デートごっこ」
「どうですか先輩?デートの下見って勉強になりますよね」
職場の後輩の女の子が僕の腕に、腕をからませている。僕より頭一つ背の低い後輩の髪からは、いい匂いがしていた。
「なっ!なんで腕を組むんだよ」
「デートの練習ですよ先輩!本番の為の実践です!!」
「なんなんだよその理屈~!」
僕は後輩に押し切られる形で腕を組ながら街を歩いた。思えば突然、後輩から言われたのだった。残業で残っていた時だった。
「先輩~。デートしませんか?」
突然だった。
「えっ!?」
後輩とは、他の同僚たちと一緒に、カラオケに行ったりしているぐらいだった。
「びっくりさせて済みません!実はデートの練習です」
「れっ、練習~!?」
「そうです!練習です」
てな訳で、今日こうして二人で街中を歩いているのだった。
「デートで大切なのは、なんだか分かりますか?先輩」
後輩が僕に尋ねる。おいおい、そもそも誰の練習なんだ?僕は練習台なんだろ?大切ってなんだよ?
「いや、わかんない」
「も~う!何かを一緒に見たり、感じたりするのが大切なんですよ!」
高揚した顔の後輩が、僕を上目使いに見た。
「あっ!先輩。頭にゴミついてる」
背伸びした後輩の顔が近づき、少し開いた唇に僕の目は釘付けになった。そのまま、あと数センチ唇を近づければキスが出来てしまう。
「ちっ、近いよ」
僕は、あわてて顔をそらす。
「あ~先輩!今、キスしようとしたでしょ?」
「なっ、何言ってんだよ!違うって」
「先輩、がっつき過ぎです!まだ前菜にもなりませんよ~。キスはデザートです!!」
と、言うと彼女は僕からスッと離れ、糸くずをフッと吹き飛ばした。
「次は、買い物に付き合って下さい!」
僕は、彼女に腕を引かれて、お店に向かった。
「なあ、ここ入れないって……」
「先輩はとにかく、側にいて下さい!」
僕は、後輩にランジェリーショップに連れ込まれたいた。
「先輩~、見て下さいよ~。すごく可愛い!」
「……恥ずかしくって、見れね~って!!」
「私が履くと決まった訳じゃないんだから、大丈夫です!」
「なんだ!その訳わかんない言い訳は~!?///」
僕は終始、恥ずかしさでいっぱいだった。
「で結局、買わないのかよ!?」
「買って欲しかった欲しかったですか、先輩?分かりました!では購入して今度、会社に履いて行きます!!」
「もう~勘弁してくれよ~!///」
「ちなみに今日は……クールな気分の、ブルーの水玉ですよ!」
僕は耳まで熱くなった。
「次は、先輩の好きなお店に連れて行って下さい!」
僕は渋々、僕が良く行くお店に後輩を連れて行った。
「へえ~先輩に、こんな趣味があるんですね!」
薄暗い店内には、所狭しと熱帯魚が泳いでいた。
「何がいるんですか、先輩の家に?」
「ネオンテトラだよ」
「うわ~ロマンチック!いいですね~、熱帯魚見ながらのエッチっ!!」
「なっお前、何言ってんだよ!」
僕は、慌てて後輩の口をふさごうとした。
「きゃ~、襲われる~!」
周りの客や店員が、こっちをみて笑っていた。
『ああ、もうここの熱帯魚屋これね~』
と、僕は思った。その後はお決まりのコースだった。ちょっとリッチな夕食をしてから、少しほろ酔いになった頃、僕らは夜景の見える所にいた。後輩は、ちょっと寂しそうな顔をして僕に言った。
「先輩。ここでキスをして、今日のデートはお仕舞いです。でもそれは、本当の彼女とのデートでしてください。今日は練習ですから」
「なあ」
僕は、ずっと胸につかえている事を聞いた。
「なあ、練習ってさあ。誰の為の練習だったんだ?」
「さあ、誰のって……」
後輩は下を向いていた。でも、少しすると、意を決したように後輩は言った。
「誰のって、先輩とあの人に決まっているじゃないですか?」
後輩は、作った笑顔のまま首をかしげていた。
「あのさあ、お前勘違いしてるだろ?」
「何を……ですか先輩?」
後輩は目を伏せ、体をかたくしている。
「僕が、彼女と話してたのは」
「言わないで下さい!」
「だっ、だから」
「分かっています!先輩が誰を好きかって事」
後輩は泣きそうな声になった。
「だから私は、最後に先輩と……」
「だから勘違いだって!」
「勘違いってなんですか!?だって先輩、デートに行くって、話してたじゃないですか?」
目に涙を浮かべた後輩が、僕をジッと見つめていた。
「僕が彼女と話していたのは……」
と、僕は言うと、彼女の手をつかみ自分の方へ引っ張った。
「キミとのデートの相談だったんだよ」
後輩の髪の甘い匂いがした。 目の前に後輩がいて、僕は後輩を抱きしめた。
「先輩……」
「こっちを向いて」
瞬きをする後輩の目から、ポロっと涙がこぼれた。
「こんな顔、恥ずかしいです」
後輩は顔を伏せた。僕は、後輩の耳から後ろにかけて、優しく髪をかき分け、後輩の顎をクイっと向けさせた。後輩は、ゆっくりと目をつぶり少し背伸びをした。
「大好きだよ」
そして僕は後輩の唇に……
キスしたのだった。
おしまい
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