SAO-銀ノ月-
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第椅子取話 肆
前書き
コラボ編、第4回
「ショウキくんにエギルさん……二人ともはぐれちゃった……」
島に存在する木々そのものから襲撃を受けたプレイヤーたちは、ショウキやエギル、エミたちのチームたちも例外ではなかった。木々からの奇襲を受けた三人は散り散りになってしまい、エミはまだ攻撃して来ない林の中で胸をなで下ろした。しかし、それらもいつこちらを攻撃して来るかも分からず、エミは油断せずに片手剣と盾を構える。
今はとにかく、木々たちに囲まれている場所から離れなければ――
「キャァァァァッ!」
「…………!」
――今聞こえてきた悲鳴から、そんな事はエミの頭から消え失せる。反射的にその悲鳴が聞こえてきた方に飛び出しながら、今の悲鳴が誰の声だったか頭の中で照合する。
「……リーファちゃん!」
頭の中で照合が完了するのと、視界に樹木の枝に拘束されているリーファが入り込んで来たのは、ほとんど同時のことだった。既にリーファはボロボロだったらしく、樹木の拘束からは逃げられそうにはない。エミは片手剣を鞘にしまい込むと、盾で他の樹木の攻撃を防ぎつつ接近し、リーファに向かって懸命に手を伸ばす。
「リーファちゃん!」
「エミさ――」
……しかし、その手は繋がれることはなく。エミの手は空を切ると、リーファはそのまま樹木の中へ吸い込まれていく。中は光のない漆黒がどこまでも広がっており、どうなっているのかは想像もつかない。そしてリーファを吸収した樹木は、エミには目もくれずに逃亡していく。
「っ……許さない!」
リーファの手を掴めなかった拳を強く握りしめ、片手剣を鞘から取り出すと、リーファを吸収した樹木を逃がすように立ちはだかる樹木に、エミの怒りを込めたソードスキル《スラント》が炸裂する。しかし樹木は何らダメージを受けた素振りを見せず、そのまま枝を鞭のようにしならせながら全方位からエミを襲撃する。
「くっ……」
それらを器用に盾で防ぎながら、エミは後方の枝がまだ動いてないことを確認すると、周囲の木々から放たれる枝の鞭を弾いて少しずつ後退していく。心苦しいが、リーファを吸収した樹木はもう撤退してしまい、深追いは彼女の二の舞になるだけだ。反撃を考えなければ充分に防御も可能で、鞭の射程外まで行った瞬間に即座に後退する。
「ええい!」
目指すは林から離れた海岸。走る間にも、思い出したかのように急に動き出す樹木たちの奇襲を盾で防ぎつつ、林からの脱出を計る彼女の耳に、見知った声が聞こえてきた。
『聞こえ――エミ――返事――』
「……マサキくんの声?」
最初は途切れ途切れに聞こえるだけだったが、次第にその声は鮮明になっていく。脱出しながらも樹木の攻撃を防ぐエミに、途切れ途切れの言葉をゆっくりと聞いている暇はなかったが、すぐ真横にマサキの顔を映したウィンドウが出現する。
『安定したか……エミ、大丈夫か?』
――現実。一足先に仮想世界からの帰還を果たしたメンバーが、マサキの操作するパソコンの画面を覗き込んでいた。……もちろんそこには、樹木に吸い込まれたユカとリーファの姿はない。
「かーっ、やっぱログイン出来ねぇ! マサキ、そっちはどうだ!?」
仮想世界を襲った異常事態にもかかわらず、菊岡を初めとする元対策室のメンバーからは何の説明もない。それに痺れをきらしたクラインが、再び仮想世界へのログインをしようとしたものの、アミュスフィアは何の反応も示さなかった。
『……うん、大丈夫だよ』
そこでマサキが手持ちのノートパソコンでハッキングを試みた結果、何とかエミへの連絡を果たすことに成功した。エミは大丈夫だとは言うが、明らかに周りを樹木に囲まれている状況では、とても安心していい状況ではない。
「仮想世界の状況がおかしい。それは分かるか?」
『うん……なんかSAOみたいで、息苦しい……』
エミもマサキと同様の違和感を感じているらしく、樹木たちからの距離を取ろうとしている最中のようだ。何とか出来ることの範囲を広げようと、マサキはノートパソコンを高速で叩きながら、エミへとオペレーターのように連絡を取る。
「ならログアウトを……」
『それはダメ。リーファちゃんがあの変な木に捕まったの! そっちにいない?』
「リーファちゃんが!」
「リーファさん……」
リーファと関わりの深いレコンとルクスの驚愕の声をバックに、リーファ――もとい桐ヶ谷直葉が、仮想世界から帰還していないことを確認する。アミュスフィアは正常に機能したままで、強制ログアウトが行われる様子もない。
「……いや、こっちにはいない。なら、エギルやシリカがいた地点の座標を送る。合流してくれ」
マサキがノートパソコンから出来ることは、今はそれが限度。エギルとシリカがいた――つまり、自分がログアウトした地点の座標を送る。ずっと同じ場所にいる筈もないが、何の手がかりもないよりはマシだ。
『……ありがとう、マサキくん』
「ユカも吸い込まれていた。無理はするなよ」
現在あの仮想世界にいるのは、リクヤにシリカとエギル、エミにショウキ。樹木たちに吸い込まれてしまったのは、ユカとリーファ――と、マサキはそこまで考えたところで、ある違和感へと襲われる。今、マサキのノートパソコンのウィンドウには、島全体の座標とエミが映し出されているが、エミの画面の背景には木々たちが映っていた。
――エミの現在いる座標は、海を臨む海岸であるにもかかわらず。
『あれ? ここ、海――』
そしてエミを映した画面の背景に、遂に青く光り輝く海が映し出された。エミはその違和感に足を止めて海を見ており、その背後から大量に樹木たちが移動していたのに気づいていない。
「……エミ!」
マサキは、柄にもなくノートパソコンに向かって声を荒げるが、その瞬間にエミを映しだしていた画面がブラックアウトする。ハッキングを受けていたと感じた仮想世界側から、ノートパソコンとの接続を切り離したのだろう。
「……クッ」
マサキはそう吐き捨てると、画面を復帰すべく再びパソコンのキーボードを叩き出した――
「どうなってるんだ!」
シリカをエギルに任せ、ユカを吸収した樹木を追い続けりリクヤは、もう何度目になるか分からない、疑問の声を虚空に向かって叫ぶ。しかしその声に答える者は、ゆっくりとリクヤを取り囲んでいく樹木たちしか――いや、1人いた。
『分からん……情報にはない、この世界にとっても訳が分からない状況だ!』
腕時計のようなものから現れるホログラム、情報屋のホークもこの状況では金を取るとか言ってはいられない。今回、彼はアミュスフィアとは別の規格からログインしているため、戦闘に参加することは出来なかったが、ユカを吸収した樹木の位置は掴み続けていた。今もなお、各地の情報を収集し続けている。
「訳が分からないのはこっちだよ!」
リクヤは半ば八つ当たり気味に、体当たりでそのまま押し潰そうとしてきた樹木を、大剣の一振りで軽々と一刀両断する。枝の鞭に匹敵するリーチを持つ二刀の大剣と、樹木を一刀両断する威力の攻撃。その二つを併せ持ったリクヤにとって、動きの鈍重な樹木たちはさして驚異ではなかったが、その敵の数が明らかに異常だった。
そう、まるで世界自体を相手にしているかのような。
「くそっ……きりがない!」
『どうやらここに集まって来てるらしいな……』
「ありがたくない情報だな!」
一体一体一体一体相手していてはきりがない。リクヤを取り囲み、一斉に枝を鞭のようにしならせる樹木たちに対し、二刀の大剣による回転斬りで周りの樹木たちを一掃する。そのままバックステップして、背後にいた敵を再び物言わぬ樹木へと戻してから、ホークが映る腕時計に確認する。
「ユカが吸われた木は遠くだよな?」
『ああ、大分離されてるな』
「なら考えるのは後だ!」
そして、今切り裂いた樹木の下半身を足場に、思いっきり空中にジャンプすると、大剣を一本鞘にしまい込む。リクヤに切り裂かれた樹木たちは、大地にズブズブと吸い込まれていき、再び樹木たちがリクヤに向け距離を詰めた。
「うおおおおぉぉッ!」
リクヤの雄叫びとともに樹木の葉が木々から落ちていくと、まるでカッターのようにリクヤを切り裂かんと飛んでいく。当然、空中に飛んだリクヤに避ける手段はないが、今この瞬間だけは物理法則を無視した急降下を可能とする。不自然な急降下したリクヤの大剣に火が灯り、葉のカッターを避けながら地上に降り立つと、その火が灯った大剣を力任せに振り下ろした。
「緋凰絶炎衝! 焼き尽くせ!」
――その瞬間、大地から火柱が噴き上がる。リクヤの近くにいた樹木たちは、その火柱の直撃を受けて燃え上がり、続々と集結していた樹木たちに燃え移っていく。焼き尽くせ、というリクヤの言葉の通り、灰すら残らないほどの炎が近くの樹木たちに襲いかかっていく。
『おいおいおい……?』
「……やべ、やりすぎたか」
樹木たちは炎に抱かれて苦しみながら灰になっていき、リクヤとホークがいる中心部からその大火災は広がっていく――
「……おいおい。このむちゃくちゃはリクヤの仕業だな」
「リクヤさん……」
樹木たちはリクヤのところに集結していたおかげか、何とかエギルとシリカは樹木たちにやられることはなく、海岸線へと脱出を果たしていた。そして一息ついたというところで、今まで自分たちがいた場所が未曽有の大火災に直面していた。その炎は島中に広がる勢いだったが、本物の火ではなくあくまでソードスキルによって発生した火、ということか、不自然なまでにすぐ沈下する。……その頃にはもう、島全体は焦土と化していて、少し手遅れだった気がしなくもないが。
「リクヤさん……やりすぎです……」
色々な物を焼き尽くして見晴らしがよくなった――しかし海岸線からはリクヤの姿は見えない――島を望みながら、シリカは人知れずそう呟いた。その背後でバシャバシャという水音が響き、シリカは反射的にそちらを振り向いた。
「エミさん!」
「お、おい! 大丈夫か!」
海からエミが咳き込みながら砂浜に上がって来るのを見て、エギルとシリカが早々と救助する。どうやら大したダメージはないらしく、自慢の髪の毛が水を含んでいることを除けば、特に目立った異常はなかった。
「うー……ありがと。って何コレ!?」
服と髪についた水を払いながら、エミは二人にお礼を言うと、海岸線からも見える島の惨状に目を見開いた。エギルにシリカも何と説明したらいいやら、と顔を見合わせたが、まずはエミの安全を聞く。
「エミさん、どうしたんですか……?」
「うーん……いきなり木が燃え上がって……助かったんだけど、怖くて海に飛び込んじゃった。大丈夫、心配ないよ」
既に海岸線まで脱出を果たしていたエミは、海岸線まで移動してきていた樹木たちに襲われていたが、そこをリクヤが起こした大火災に救われていた。しかしてそのままでは自分にも燃え移りそうだった為、とっさに海へ飛び込んで難を逃れていた。汚れをさっさと拭き取ると、エミは立ち上がって島を改めて俯瞰する。
「エギルさんこそダメージを負っているみたいですけど、大丈夫ですか?」
「ああ、恥ずかしながらはぐれた後にやられちまってよ」
樹木が蠢いて林と化していた島は焦土と化し、高所エリアを除いて全滅していた。エギルのダメージを心配しつつ、マサキからの連絡を確認するも、あれ以降あちらからの連絡はない。
「…………?」
もはやイス取りゲームとか言ってる場合――イス自体もあとどれだけ残っているか――ではなく、これからどうするか思索する。リーファを吸い込んでいた樹木は高所エリアに向かっていたので、この大火災には巻き込まれてはいないと思うが、と考えたところで、視界の端に一瞬だけ黒衣の少年の姿が映る。
しかし次の瞬間にはその場から姿を消しており、気のせいだったかと確認する――ことは出来なくなった。
そんなものより、もっと確認すべきことが現れていたからだ。
「何だありゃ……?」
エミとシリカはエギルの声に振り向くと、そこにあった物に同じく驚愕する。小さい山ほどの大きさを誇る高所エリア――そこと同程度の大きさを誇る、樹木で出来た煙を発する巨人に。
「おいおいおい……」
もちろん、その巨人の姿はリクヤも視認していた。歩くだけで島に地響きを鳴らしていき、まるで今の今まで燃え上がっていたような煙を吹き上げ、その両手には二刀の大剣を持ち合わせている。高所エリアに匹敵するほどの大きさで、何かを探しているようだ。
『二刀の大剣……』
「パクりやがった……ってのは後にしてだ。ユカはあの巨人のところだろ?」
大火災の中心部にいた二人は全くの無傷であり、リクヤは二刀の大剣を樹木の巨人のように構え直す。樹木の巨人もその巨躯でリクヤのことを探していたらしく、リクヤのことを視認した瞬間に雄叫びをあげる。
『ユカだけじゃなく、リーファの反応もあるな』
「ってリーファもかよ……よっしゃ、ホークへの借金の為にも頑張るか!」
そうは言ったものの、トロッコ関連の情報と他のチームの情報などなど、計いくらくらいだっただろうか。正直覚えていない。チャラにしてくれないかな――などと考えたところで、樹木の巨人が大剣を振り上げる。
『勝てるのか!?』
「俺が本気を出せば……多分勝つ! ……なんて」
台詞を言い終わるより早く、樹木の巨人の大剣がリクヤに叩きつけられる。大地からの煙から間一髪で避けたリクヤが現れ、一本の大剣を構えて猛ダッシュで樹木の巨人の足に向かい接近する。その大剣を纏うは闇の炎――
「もう一回焼いてやるよ! ……魔王獄炎波!」
リクヤが大剣を樹木の巨人の足に叩きつけると――本来なら切り刻むのだが省略する――漆黒の炎が樹木の巨人の足を襲っていく。再びその身体が焼かれるかと思いきや、漆黒の炎は樹木の巨人に接触した瞬間に消えてしまう。
「えっ」
リクヤの驚愕とともに樹木の巨人の蹴りが炸裂し、もう一本の大剣で何とか防ぐものの、衝撃は防ぎきれずにリクヤは思いっきり吹き飛ばされてしまう。島全体を燃やしたものだからどこかにぶつかる、ということもなく、ゴロゴロと大地を転がっていく。
「木なんだから燃えろよ!」
『耐性が付いたみたいだな……』
もはや樹木の巨人に炎は通用しない。ホークは新たに手に入れたその情報を併せ、改めて情報を精査する。あの巨人の突破口を。
「リクヤさん!」
リクヤが大地に膝をついて態勢を整えていると、海岸線の方角から三人が駆け寄ってきた。シリカにエミ、少なくない手傷を負っているエギル。リクヤはひとまず三人に合流しようとするものの、樹木の巨人から振り下ろされた追撃を二刀で受け止める。
「ぐっ……このっ!」
人とビルほどの大きさの違いがあるにもかかわらず、リクヤの二刀は樹木の巨人の大剣を弾き返す。しかし樹木の巨人の大剣も二刀あり、リクヤを一刀両断せんともう一刀を横になぐ。
「あぶねっ!」
何とかその横薙をしゃがんで避けながらも、海岸線の三人がいる方向へと飛び込んで合流を果たす。三人もそれぞれの武器を構えるものの、その桁違いのサイズを誇る樹木の巨人に対し、どう戦うか手をこまねいていた。その樹木の巨人はというと、ゆっくりとリクヤのいる場所に方向転換し、いつでもその二刀の大剣を振り下ろせるようにしていた。
「モテる男は辛いみたいだな、リクヤ」
「……勘弁してください」
「ひ、ひとまず距離を取ろうか」
エミの現実的な提案に従って、四人は焦土と化した島を樹木の巨人から離れるように逃走する。樹木の巨人の動きは比較的ゆっくりなため、逃走すること自体は難しくなかったが、それでは何の解決策にもならない。その上、逃げるといっても樹木の巨人のリーチは長く、あまりにも逃げ続けていたら海に追い込まれてしまう。そうなれば終わりだ。
『……よし、これならいけるぞ』
「っしゃ! 待ってたホーク!」
「ホークさん……?」
リクヤの腕時計のことを知らなかったシリカが興味深げに覗き込むと、ホログラムのような小さなホークがガッツポーズをしており、何やらその周辺には羊皮紙のようなものが散らばっていた。
「ああ、シリカたちは見るの初めてか? この腕時計にホークが入ってるんだぜ!」
『……まあそれでいいか。それより、出血大サービスで無料の情報』
エミとエギルは驚かないのか? ――とリクヤは少し驚いたものの、今はそんなことを聞いている場合ではない。変わらず樹木の巨人から逃走しながらも、ホークの精査した情報を聞く。
『アレは十中八九コアがあるタイプだ。周りの硬質化した木は全部ガワで、どっかに本体がある』
コアがあるタイプ――要するに、どれだけ攻撃しようが部位破壊以上に意味をなさず、本体のHPは削れないという厄介なタイプ。程度の差はあれど、四人はそれぞれあのデスゲームを生き延びたプレイヤーであり、それらとの交戦経験も撃墜経験もある。ホークからの情報にあっさり同意すると、リクヤはさらに腕時計に問いかける。
「で? そのコアは?」
『……現在調査中です』
ホログラムの中のホークがリクヤから顔を背けると、いかにも「調査してますよー」といったポーズを取るように羊皮紙を捲る。リクヤは溜め息混じりに気合いを込め直すと、後退を止めて樹木の巨人へと向き直る。
「そんじゃ、俺があいつを止めてる間に、誰かコア発見を頼むぜ!」
「リ、リクヤさん……」
「たまには俺も混ぜてもらおうか」
二刀の大剣を構えて逃走を止めるリクヤの横に、両手斧を肩に構えながらエギルが並び立つ。樹木の巨人はゆっくりと、しかして確実にリクヤたちに迫ってきていた。
「怪我してるんだからあんまり無茶するなよ?」
「ま、吸い込まれるようなヘマはしないさ」
重装備の二人が樹木の巨人を引きつけている隙に、シリカとエミがコアの調査をしながら可能なら破壊する。そして忘れてはいけないのが、内部にいるであろうユカとリーファの救出――ただしこれは、樹木の巨人の内部がもしもあのブラックホールならば、ミイラ取りがミイラになるだけの危険な賭。しかし、リーファとユカが中に吸い込まれた状態で樹木の巨人を倒してしまえば、あの二人に何が起きるかは保証できない。
「シリカちゃん。リクヤくん達が心配なのは分かるけど、だからこそ早くコアを探そう!」
「……はい」
シリカは心配そうにリクヤとエギルのことを見ていたが、エミの言っていることももちろん分かるのだろう。肩に乗った青い小竜とともに、シリカたちは目立たぬように樹木の巨人へと向かう。樹木の巨人はリクヤを基本的に狙っているので、接近するだけならば容易だったが。
「あ、そうだエミさん。これ、預かっててください」
「えっ?」
――各員の腹は決まった。樹木の巨人は遂にリクヤたちのところにまで到達し、リクヤとエギルに向かって一本ずつ大剣を構える。二刀の大剣とリクヤを模倣したと言えば聞こえはいいが、その攻撃は勢いよく振り下ろすだけ、というお粗末なもの。だが、それだけでもその威力は申し分ない――高層ビルが意志を持って倒れ込んでくる、とでも言えば分かりやすいだろうか。
――その攻撃が二人を襲う。
「ぐっ……!」
「うおっ……!?」
それでも何とか二人は耐えてみせると、その隙にエミとシリカが樹木の巨人の足下に取り付いた。樹木の巨人はその二人には目もくれず、リクヤとエギルをそのまま圧殺せんとさらに力を込めていく。
「今!」
「はい!」
二人は樹木の巨人のコアを探るべく、その手に持った短剣と片手剣で手当たり次第に攻撃していく。樹木の巨人からすれば、まさに蚊に刺された程度の無視できるダメージですらないが、ホークに渡す情報としても有効な筈だ。
「やっぱりこんな足下にはないか……」
エミとシリカの必死の攻撃にも何ら堪える様子はなく、樹木の巨人は全く問題なくリクヤたちへの攻撃を再開する。やっぱりこういうのは、頭の上とかっていうのがセオリーかな――とまで考えたエミは、樹木の巨人の足下から離れて機会を窺う。
「こなくそ!」
リクヤとエギルがタイミングを合わせ、何とか押し付けられていた大剣をはねのけたものの、樹木の巨人は間髪入れずに再び振り下ろす。たまらず二人は避けたものの、まるでモグラ叩きのように大剣が島の大地に叩きつけられる。一撃一撃の度に地形が抉られていき、その抉れた大地すらも石つぶてとなってリクヤたちを襲っていく。
「くっそ! なら!」
「…………よし!」
樹木の巨人が大剣を振り上げようとした時、エミとリクヤがその腕にへばりつく。今まで感じたこともない風圧が二人を襲うものの、おかげで樹木の巨人の肩の部分にまで到達する。
「エギル! 悪いけどタンク役1人で頼むわ!」
「リクヤさん! エミさん!」
シリカの驚く声をバックに、エギルが樹木の巨人の一撃――いや二撃――を防いでいる間に、エミとリクヤは腕から肩にかけて駆けていく。頭か肩か背中か、コアがどこにあるか知らないが、ここまでくれば後は振り落とされないように気をつけるだけ――と思っていたエミとリクヤの前に、大量の鞭のようにしなる枝が樹木の巨人の肩から出現し、突如として二人を拘束するかのように襲いかかった。
「しまっ……!」
――た、とは最期まで言えず。勢いを殺さないように走っていたリクヤとエミは、突如として前方に出現した枝たちになすすべもなく襲撃される――かと思えば、その鞭のような枝がこの世界から消失していく。しまったと最後まで言えなかったのは、それら枝の消失が武器によって破壊された――とかではなく、まさにこの世界から消失した、ということからだ。
「……ここらまでが限界か」
――現実世界。マサキは今の今まで酷使していたノートパソコンを、ゆっくりと一息つきながら解放する。悲鳴をあげていたキーボードは安堵するように異音を止め、その画面は仮想世界の樹木の巨人のことを映し出していた。
「それで、そのクラッキングってのは成功したわけ?」
「……ピンチは救えた、といったところか」
マサキが何をやっていたのかさっぱり分からない、といった様子の里香に、マサキ――雅貴は微妙な表情で返した。手持ちのノートパソコンでは、いくら彼だろうとあの枝と樹木の大剣の消失が限界で、それ以上のことは出来なかった。
あとは、もう一つの世界にいる者のすること――
「うぉりゃぁ!」
――大剣と枝の鞭がなくなった樹木の巨人に対し、リクヤの二刀の大剣が右腕から肩にかけてを切り裂いていく。やはりその中には、ブラックホールのような空洞が広がっており、リクヤはそこにユカの姿を探すが誰もいない。
「どこかにコアが……」
対するエミはリクヤと違い、慎重に囚われたユカにリーファ、コア本体を探していた。しかして有力な情報を得るより早く、樹木の巨人が全身から煙をあげながら耳をつんざくような雄叫びをあげる。
恐らくは、大剣を失ったことによる必殺技の解禁。であるならば、ダメージを負ったエギル1人に耐えられる威力でないことは明白で、エミは急ぎ先程シリカから預かったある物を取りだした。しかしその樹木の巨人の叫びは、確かにその必殺技を放つ前の活性化のような叫びだったのだが、それとは別の意味を含んでいた。
……痛み、という。
「――――――!!?」
そしてその叫び声が臨界点にまで達したと同時に、樹木の巨人の胴体が真っ二つに裂けるとともに、二人の少女を背負った黒衣の侍が彼の得物である日本刀を鞘にしまい、ブラックホールのような樹木の巨人の内部から飛び降りた。
「ショウキ!」
リクヤの声に答えることはなく、ショウキはユカとリーファを背負って落下しながら、器用にもサブウェポンのクナイを構えると、今なお雄叫びを止めぬ樹木の巨人へと放った。その手にはリクヤと同じ腕時計が装備されており、何ということはなく、ショウキはホークの腕時計を装備しながら樹木の巨人の内部へと二人を救いに行っていた。
そして内部と外部、2つの情報を総合したホークが結果を導き出し、ショウキのクナイが樹木の巨人のに突き刺さる。
「『――奴はそこだ!』」
ショウキとホークの声が重なる。何が、とは言わなかったものの、わざわざ何がとは言わずとも明白なことだ。樹木の巨人に乗ったエミとリクヤは、その頭に刺さったクナイに――樹木の巨人のコアへと狙いを済ました。
「マサキくん……力を貸して!」
エミがシリカから預かったのは、この世界でマサキのみが持つ風刀《蒼風》。マサキがログアウトした直前にピナに預けたものが巡り、今はエミの手の中にあった。風刀スキルは、あらゆる攻撃動作を状況に合わせて自由に選択することが出来るが、技を発動させている間は一瞬も気を抜かずに攻撃動作をイメージしている必要、という常人離れした集中力を持つマサキにしか扱えない武器だ。
だが、この一瞬だけならば……マサキの隣で戦ってきた彼女ならば。
「直球勝負はわたしの代名詞なんだからっ……!」
――その言葉通り、風刀《蒼風》はその刃を一直線に伸ばしていく。ただただ蒼色の刃は直球勝負で進んでいくと、樹木の巨人のコアを突き刺して貫通する。
その間にも逆方向から、双・大剣士がその代名詞を構えて接近する。
「終わらせてやる! 断ち切れ! 極光、 天覇――神雷断!」
風刀《蒼風》と二刀の大剣を同時に本体に食らい、樹木の巨人は遂に大地へと膝をつく。そのまま巨人が焦土となった島に倒れ込むと、まるでボスを倒したかのように同時に時間切れと化し、生き残ったメンバーはこの仮想世界から解放されていく――
「……あー、酷い目にあった」
「フラストレーションが溜まる終わり方ね……」
そして現実世界では、リクヤとユカが空を仰ぎながら愚痴っていた。菊岡からの真摯な謝罪の――その謝罪を信じているのはどれだけいるかはともかく――後に、念のために病院での精密検査となった。特に樹木たちに閉じ込められた形になったリーファとユカは入念に、ということになったものの、その当の本人たちは何ら記憶に残っていないらしい。
「まあお小遣いも増えたんだし、結果オーライ……ナイスな展開だぜ、みたいな?」
「無理に言わなくていいぞ里香」
そんなこんなで、他のメンバーが検査を受けている最中、病院の入院服のような物を着ながら待機していた。病室の前に二つの椅子があり、それぞれその病室に待機する形で。
「あの大剣と枝、消してくれたのマサキくんでしょ? ありがとね!」
「……さあな」
クラッキングが出来るような人物はマサキしかいない訳だが、エミから顔を背けてどこかあらぬ方向を見る……のを、他の病室の前にいたホークが恨めしげに眺めていた。
「……何でどいつもこいつも相手がいるんだ……」
そういう彼は、タブレットで訥々と文章を打ち込んでいた。実験段階の専用装置でのログインは、彼に少なくない疲労を与えていたものの、その隣に座っている人から脅迫されていたり。
「んン? おねーさんじゃ不満カ? 速く情報まとめろヨ、バカ弟子」
「いるなら最初から顔出せよ師匠……!」
いつの間にやら顔を見せていた《鼠》の師匠――もといアルゴに、タブレットをカタカタと操作しながらホークは憎々しげに呟くと、それぞれの病室の扉が開く。最初に診察を受けていた、ここにはいないメンバーの診察が終わったらしい。
「お、ようやくか」
「よし! 診察だからな! 診察だから仕方ないな! という訳で師匠まとめるのは後で」
その場にいた者たちがそれぞれ立ち上がると、アルゴがそれを興味深げな表情でで見渡しながら、弟子に押しつけられたタブレットを起動する。タブレットやら精密機械やらの音が響く中、病室へと入る直前、ふと思いだしたようにショウキがそれぞれのメンバーに告げた。
「それじゃあ、またな」
後書き
大分駆け足な終わり方。駆け足ってか放置っていうか。
あと一話、コラボ編の総後書きとオマケがありますので、もう少しだけお付き合いください。
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