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SAO-銀ノ月-

作者:蓮夜
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第椅子取話

 
前書き
コラボ編一話です。拙作銀ノ月の本編終了前、公式外伝ガールズ・オプスの二巻発売前に執筆したものなので、それらと矛盾がありますが、気にしないでお楽しみください。
 

 
 今日俺が訪れていたのは、学生の身分では明らかに分不相応というか、明らかに関わり合いになるとは思えない、銀座のケーキ屋だった。というか、ケーキ屋としか自分は表現出来ないのだが、こんな高級店だとそういう表記でいいのだろうか。いや、ケーキ屋を馬鹿にしている訳ではなく。

「おーい、一条くん。こっちこっち!」

 そんな自分の内心の葛藤を知ってか知らずか――いや知らんか――ここに呼びだした張本人、清く正しい公務員(自称)こと菊岡誠二郎がブンブンと手を振っていた。それに苦笑いで返しながらも、もういくらか高級そうな甘味を注文した痕のある机へと座った。

「何か食べたいのあるかい? 奢るよ?」

「……じゃあ、コーヒーだけ」

 机に大量に並んでいる甘味を前にしながら、その菊岡さんの申し出には正直惹かれたものの、何とかその誘惑に耐えきってコーヒーだけを注文する。こんな似つかわしくない場所に、あまり長居する気はない。

「そうかい? 残念だねぇ、甘いものは嫌いだったかな」

 別段嫌いではないが、菊岡さんの食べている量を見ると胸焼けする。頼んだコーヒーは素早く机に届き、何とはなしに値段を見てみたら、よく味わって飲もうと強く思った。コーヒーぐらいならば奢られなくとも、と思っていた数秒前の自分を殴りたい。

「単刀直入に言うんだけど。一条くん、ちょっとバイトしてみないかい?」

「……バイト?」

 味わいながらコーヒーを飲んでいると、甘味をガツガツと食べている菊岡さんが前置きなくそう言った。

「そうそう、バイト。仮想空間がらみのね」

 SAO対策本部から引き続きそういう仕事をこなしているのか、菊岡さんはたまにこういう話を持ちかけてくることがある。なんでも、仮想空間に詳しくない役員よりも、SAOに二年間囚われていた自分たち《SAO生還者》の方が、仮想空間に対するデータがよく取れるらしい。よくは知らないが、動きが違うのだとか。

 菊岡さん自らがALOにログインしている魔法使い《クリスハイト》も、仮想空間に対する実験やデータ取りの一種なのだろう。単純に遊んでいるようにしか見えないが。

「どんなことをするんで?」

「ある仮想空間にログインして、そこで設定したクエストでもこなしてくれればいいよ。簡単に言えば、その仮想空間で遊んでくれればいい」

 どこかのゲームの調査にログインしてくれ――という話かと思えば、遊んでくれればいい、とだけ言われればむしろ怪しい。菊岡さんが言うならば尚更だ。しかし「設定する」ということは、どこかの企業がザ・シードで作ったゲームではなく、菊岡さんたちが作ったということか……?

「あー……悪いけど、出所は言えないよ。口外もしないで欲しい」

 俺の不審げな表情を見てか、菊岡さんが甘味を食べるのも中断しそう断言する。そう言われれば、もう追求出来ず――する気もなく――コーヒーを口に運ぶ。

「……キリトにも似たようなこと頼んだとか?」

 代わりに、少し気になったことを問う。なんでもキリトもある仮想空間にログインして欲しい、というバイトの依頼を受けたらしい、という話を聞いた。そのキリトは、今は学校の実地研修だかで東京にはいないのだが。

「そうだね。今回、君たちにテストしてもらう仮想空間の完成系を、キリト君にログインしてもらうことになっているよ」

 その質問は別に答えられる範疇なようで、菊岡さんはあっさりとそう答える。それ以上のことは興味はなく、さらに入り込んだ話へと移行する。ズバリお金のこととか。最近気になっている、ナノカーボン竹刀とかが買える値段なのか否かというか。

「人数は?」

「君を入れて12人くらいかな。お金はっと……」

 菊岡さんがどこからか取りだした旧式の電卓が、カタカタッターンと無駄にリズミカルに音をたてながら叩かれていき、俺の元に差し出された。飲んでいたコーヒーカップを机の上に置くと、代わりに電卓を取る。

「口封じ分も兼ねて……お一人様これくらいでどうだい?」

 ……とりあえず一人の参加は決定した。ナノカーボン竹刀が欲しい方、お一人様ご案内。


「じゃあその日に。今日はありがとう、一条くん」

 増え続ける甘味を食べ続ける菊岡さんに別れを告げると、十二人……いや、十一人の参加してくれそうなメンバーを、頭の中でリストアップしていく。キリトもアスナも東京におらず、桐ヶ谷夫妻が参加できないのは残念なところだが、学校の実地研修と実家の都合なら仕方ない。

「さて……」

 とりあえず、使い古した携帯の電源が入ったことを確認すると、さっさと彼女へと連絡をかける。2、3回のコール音がした後に電話が繋がった。

『もしもし?』

「もしもし、里香?」

『よろしい』

 リズ、と言わずに里香、と言ったことで妙に偉そうに返された。それでも、たまにリズと言ってしまうのだが……まあ、今はそんなことは関係ない。手早く用件を済ませようと、菊岡さんと会話したバイトの件について話していく。……かなり良い食いつきようだった。

「……っていうバイトだ」

『へぇぇ……相変わらず胡散臭いのねー』

 それと率直な感想を頂いた。その感想には激しく同意しつつ、他に参加してくれそうな人を探していく。

『あと十人ねぇ。クラインやエギルは仕事だし……』

「大人のデータも欲しいから、出来れば誘ってくれとは言われてるんだけどな……6人くらい誘うの、任せていいか?」

『オッケー。あたしはシリカやリーファに声かけてみるね』

 ありがたいことに里香の協力を取り付けることができ、シリカやリーファなど、おそらく大丈夫であろう人物への連絡を任す。あとはレコンなども来れるだろうか。

「じゃあ頼むな」

『ん。またねー』

 里香との電話が切れると、また次の人に電話――するより早く、少々空腹の為に腹ごなしをすることに決める。こんなことなら、菊岡さんに奢ってもらえば良かった――と思いつつ。どこもかしこも高い店ばかりで、ファミレスもファストフードも見つからない。


 ――さて、菊岡さんに頼まれた当日。俺と里香は、かつてアスナが入院していた、所沢総合病院へ訪れていた。なんとここからその仮想空間にログインするらしく、菊岡さんがある部屋を貸し切りにしたのだとか。……随分とお金持ちというか、予算が潤沢である。

「はい、クラインさんとエギルさんご案内ー」

 バイトを誘った当人として、俺と里香は受付の役割を果たしていた。仕事の合間を縫って来てくれた、クラインとエギルのタクシーが第一号であり、大人組として菊岡さんへと話をしにいく。子供のバイトと同額という訳にはいくまい。

「あら、団体様」

 次に来たのは、バスで降りてきた少年少女四人組。男女比率1:4の羨ましいパーティーだった。

「随分羨ましい限りだな、レコン」

「ハハ……」

 力なく笑うレコンこと長田慎一を見ると、どうにも当人の立場となるとそうでもないらしい。男どもが暗い雰囲気で励まし合っているなか、女性の方々はかしましく雑談に興じていた。

「里香さん、今日はありがとうございます!」

「お礼なら翔希に言ってよね」

 受付に来て歓談に興じていたのはシリカにリーファ。そしてもう1人。そのもう1人はその里香の言葉を聞くと、トコトコと俺とレコンの方へ歩いて来ると、キッチリ90°で腰を曲げて礼をした。

「ありがとうございました、ショウキさん」

「いや、そんな大げさな……」

 柏坂ひより。SAOでは《ルクス》という名前でプレイしたSAO生還者の1人であり、同名でシルフのプレイヤーとしてALOをプレイしている女性プレイヤーだ。最近SAO生還者学校に転入してきた、リズやシリカ、リーファの友人だ。ふわっとしたボリュームのある長髪に、スタイルのいい体格をしており、性格は……

「キリトさまはいないんですね……」

 キョロキョロと辺りを見渡していると、セットされているんだかされていないんだか分からない髪がフヨフヨと揺れる。……この通りマイペースというか、なんというか。

「お兄ちゃんは実地研修で東京にはいないんですよー」

 自分と同じくナノカーボン竹刀の誘惑に負けた直葉が、ひよりの肩をポンと叩いてそう伝えると、ひよりは残念そうに肩を落とす。そして比喩表現ではなく、本当にシナシナと萎れているようなひよりを、直葉は無理やり病院の中へと引っ張っていく。

「ほら、ひよりさん……ちょっとレコン、手伝って!」

「う、うん」

「キリトさん……」

 そんなやり取りをしながら、萎びたひよりを直葉とレコンで運びながら、声は遠くなっていく。まあ、しばらくすれば復活するだろう。

「あー……ひよりにキリトがまだ帰ってない、って言ってなかったわね」

 どういう経緯かは分からないが、ひよりはキリトに憧れているらしく。SAO生還者の中で《黒の剣士》のことを知る者は多いので、それ自体はさほど驚くべきことではないのだが。

「あ! おーい! シリカちゃん!」

 ひよりショックから俺たちが回復するより早く、そんな女性の声とともに目の前にいたシリカが押し倒された。

「……えっ」

「ちょ、ちょっとエミさん、や、やめてくださいよ!」

 シリカの必死の抵抗が成果をみせたか、いきなりシリカに抱きついた女性――エミが「ごめんごめん」と謝りながら、シリカと立ち上がった。艶やかな黒髪と対照的な白い服が目を引く、歩いていたら何かにスカウトされそうな美人だった。

「リズにショウキくんもこんにちは! 今日はよろしくね!」

「ああ、わざわざありがとう」

 フランクな笑顔でエミが挨拶してくると、ログインする部屋などの説明を簡単に行っていく。その間に里香が、ニヤニヤと笑いながらエミへと問いかけた。

「彼氏は一緒に来てないの?」

「ふふ、なんとここまでデートしてきたの!」

 その里香の質問を、待ってましたとばかりにエミが太陽のような笑顔で答えた。最初っからやけにハイテンションだったのはこのためか、などと思って納得しそうになったものの、ある重大な問題に気づいてしまう。

「……そのマサキさんがいないですけど」

「え? だって一緒に来て……あれ?」

 そのデート相手がいないんですがそれは。シリカの鋭い質問に、エミはお相手がいないことに気づいたらしく、おそらくはマサキがいたのであろう自分の斜め後ろを確認していた。病院前にあった信号が赤になって車が止まるとともに、ゆっくりとYシャツ姿の線の細い少年が歩いてきていた。

「マサキくんどこ行ってたの?」

「……お前が走りだしたんだろ」

 要するに、シリカを襲いに行ったエミについて行けずにいたら、信号が赤になってしまったらしく。マサキは、あまり手入れされていない――いや、出かける直前に誰かが無理やり手入れしたような髪から、細い目で疲れたようにエミを見ていた。

「今日はよろしく頼む」

「ああ……こちらこそな」

「それじゃリズにショウキくん、私たち先に行ってるね! ……ごゆっくり」

 俺に部屋の説明を聞いていたエミの先導で、マサキとシリカたちが病院へと入っていく。これで自分たちを入れて10人と、菊岡さんに頼まれた人数まであと2人だ。俺が頼んでいたメンバーは全員集まったが、あとはシリカとリーファ、ひより以外にリズが呼んだメンバーか。

「リズ、大丈夫そうか?」

「んー、どうせあいつが寝坊でもしたんでしょ。もうすぐ来るわよ」

 流石は幼なじみ、よく分かっていらっしゃる。そうリズが言っていた通り、しばらく経った後にバスから全速力で二人の男女が走ってきていた。

「ごめんリズ、遅くなったわ」

「大丈夫よー、リクヤが寝坊するって思ってたから」

「否定出来ねぇ……」

 少し遅れて来た最後の組はリクヤにユカ。リズの幼なじみにアスナの姉と、世間は狭いと感じさせてくれる二人組だった。リクヤは深呼吸一つで乱れていた息を戻してみせ、ユカはまだ肩で息をしながら顔に浮かんだ汗をハンカチで拭いていた。

「というかユカ。誘っといてなんだけど、あんた実家の方で何かあるんじゃないの?」

 だからこそ、アスナは今日欠席な訳だが。確かにそのアスナの姉である彼女は、この場にいても大丈夫なのだろうか。

「体調不良よ」

「…………」

 今し方バスから全速力で走ってきた彼女は、息を整えながら顔色一つ変えずにそう言ってのけた。

「体調不良」

「……うん、分かったわ」

 そういうことにしておく。この世には知らなくていい事もある、ということの一例だ。とにかく、参加者はこれで12人。全員集合したことになる。俺とリズは受付の仕事を終えて、リクヤにユカを連れてアミュスフィアのある部屋へと向かった。


 ――そして病院のある一室では。

「いいのかい? 君もプレイヤーたちに混じってもいいんだよ?」

「いや、情報屋にはこっちがあってるもんですからね」

 市販の物と変わらないアミュスフィアに、データ収集用の機材がコードを通して繋がっていた。そんなアミュスフィアを被った少年と、くたびれたスーツを着た菊岡誠二郎が会話していた。

「まあ、それを頼んだのはこちらだし、君がいいならいいんだけどね」

 菊岡誠二郎は実際にプレイするプレイヤーとして、ショウキたち12人に仕事を頼んだのと同時に、それらの情報を仕入れてまとめる役割を担う者も頼んでいた。要するに、その仮想空間で行われることのサポート役、とでも言うべきか。本来ならば、菊岡や対策本部の人間がやってもいいのだが、ここまでくれば全て『仮想空間慣れ』している人間に任せることにした。……それに、この実験に妨害が来ないとも限らない。

 彼のSAOでのプレイヤーネームは《ホーク》。かの《鼠のアルゴ》の唯一の弟子として、あのアインクラッドを情報という武器で戦った、12人のプレイヤーとはまた違ったプレイヤー《情報屋》だ。

「それじゃあ、始めようか」

 設置された監視カメラから全員の準備が完了した、と判断した菊岡は、それぞれの部屋に通じるマイクのスイッチを入れる。

「あー、テステス。マイクテストマイクテスト、本日は晴天なり。……さて皆さん、窮屈な真似をさせてすまない。データ収集と安全のためだ」

 12人のプレイヤーたちもホークと同じように、様々な機材に繋がっているアミュスフィアを装着していた。さらに他にも心音系などを測る医療器具なども。

「改めて、私たちに協力していただき感謝する。それでは、心ゆくまで楽しんでくれたまえ」

 菊岡はそう言ってマイクの電源を切り、ホークのいる部屋から出て行くと、その隣の暗室へと向かっていった。そこには菊岡の研究するテーマのメンバーたちが、様々な計器に囲まれながら実験開始を今か今かと待っていた。

「菊岡二佐。試作アンダーワールド、準備完了ッスよ」

「ああ。各員、ハッキングやクラッキングに注意してくれ」

 白衣ばかりのメンバーの中で、1人だけアロハシャツを着ている眼鏡の青年、比嘉の言葉で準備が完了する。ここで妨害を受ければ全てが台無しとなる……そういう意味を込めて、菊岡は再びメンバーに警告する。

『リンク・スタート!』

 12人のプレイヤーとホークが、仮想空間《試作アンダーワールド》へとログインする。

 ――そこで菊岡は見逃していた。ハッキングやクラッキングではなく、《試作アンダーワールド》というデータの集合体の中に、既に敵の『何か』が構成されているということを。プレイヤーたちが仮想空間へと意識を飛ばす中、その『何か』もまた、仮想空間へと侵入する。

 ……あるいは。その『何か』の存在には気づいていたものの、それを紛れ込ませた人物をあぶり出す為に、わざとその『何か』を見逃したのかもしれないが。


「ここは……」

 仮想空間にログインしたショウキは、まずは現在位置を確認した。……離れ小島というべきか、人が町を作るほど広くはない、無人島のような印象を持たせる島だった。その島の中腹にある洞穴の中か。

 続いて、自分の姿がどんなことになっているか確認する。とりあえず人型のようである――というか、水面に映る自分の姿を見る限り、現実の自分と全く同じ……いや、装備と外見はSAO時と同じ装備だった。

「おーい、ショウキ!」

 自分を呼ぶ声に振り向くと、そこにいたのはバトルアックスを背中に担いだエギルに、現実と似たような純白の服を着たエミの姿だった。……ふと、美女と野獣、という言葉が出て来たものの、エギルに怒られそうなので言わないでおく。

『……プレイヤーの諸君。聞こえるだろうか』

 するとどこからか、菊岡さんの声が響いてきた。かの《はじまりの町》での茅場を思い出すかのような演出に、少し顔を歪めてしまう。

『全員無事なようで何よりだ。では、これより君たちには――』

 一瞬、溜めて。

『――イス取りゲームをしてもらおうと思う』
 
 

 
後書き
アルゴス船……? 知らない……子ですね……

ソードアート・オンライン 穹色の風
作者:Cor Leonis 様

ソードアート・オンライン 守り抜く双・大剣士
作者:涙カノ 様

ソードアート・オンライン 傷を負いし剣士たち
作者:霊獣 様

からキャラをお借りしています<(_ _)>
 
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