SAO-銀ノ月-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
ファントム・バレットーgirl's rondo-
第七十七話
前書き
GGO編開始!
「正座」
「え?」
飛翔する妖精たちが空を舞う世界、アルヴヘイム・オンライン。かの大型アップデートによって追加された、新生アインクラッドへの道として出現した、新たな町――《ユグドラシル・シティ》。目的も人それぞれに、様々なプレイヤーたちが闊歩していた。
「そこにせ、い、ざ」
「……はい」
その一等地に建てられた鍛冶屋、《リズベット武具店》の店内の中心にて。何故か俺は、そこの店主に正座されていた。
「で、もう一度言い訳を聞きましょうか」
「……ちょっとALO入れなくなります」
正座自体は慣れているのでキツくも何ともないのだが、見るからに不機嫌そうにこちらを見下す店主は、さて如何したものか。顔をひきつらせながら、ハンマーの柄で自分の肩を叩いている。怖い。
「なんで?」
「……菊岡さんにバイト頼まれたから」
……さて、少しだけ時間を遡ると。俺とキリトは菊岡さんに呼び出されると、仮想世界におけるある話を聞かされた。ザ・シード規格が一般的になった今、仮想世界はいくつもはびこっており、その中の一つの調査だろう……と考えていたが、事態はそれを遥かに深刻に上回っていた。
――《死銃》。
そう呼ばれる事件が起きたのは、先日とのことだ。ある仮想世界で攻撃されたプレイヤーが、その後、現実世界でも死亡していることが発見された。そして攻撃したプレイヤーが、仮想世界にて「奴を殺した」などと触れ回っていた――つまり、仮想世界の攻撃で現実世界の人間を殺した、という事件だった。
もちろん、そんなことが出来るはずもない。しかし菊岡さんから聞いた話は嘘ではなく、質の悪いドッキリ映像でもない。その調査を、あのデスゲームの生還者であるキリトと俺に頼んできた……という訳だ。
……「要するに撃たれてこいってことだろ?」というのは、冗談めいた和人の弁。ログイン中の俺たちの安全の保障はしてくれるらしいが、方法も分からないのにどう確保するのかと問いたくなる。無数ある仮想世界の中の出来事の一つで、自分たちは絶対にログインしない場所で起きた対岸の火事――などと、人間の生死が関わっている状況で言っていられる場合ではない。
仮想世界と現実世界の死。もうすぐ一年になるあのデスゲームが、まだ終わっていないのならば。俺とキリトには、それを最後まで終わらせる義務があるのかも知れない――
「へぇぇぇぇ、バイト?」
――などと、一から十まで彼女に言うことが出来るはずもなく、隠すべき場所は隠して伝えた結果、こうなった。……ただちょっと来れなくなる、程度の話ならともかく、生憎なことにタイミングが悪かった。
「あたしたちとの、約束より、大事な、バイト?」
……ちょうどリズたちとクエストに行く約束があった、というか。句読点ごとに強調するかのように話し、心なしかハンマーを肩に叩きつける速度が上がった気がするリズは、引きつった表情からいつしか笑顔になっていた。逆に怖いというか怖い。
「約束は守るんじゃなかったっけ?」
「あー、えっと、だな」
ぐうの音も出ない。どうにかしてこの局面を逃れようとしていると、リズが一つ溜め息をつくと緊張を解いた。
「冗談よ、じょーだん。大事な用なんでしょ?」
「あ、ああ」
リズが手に持っていたハンマーを近くにあった机に置くと、どことなくヤケクソ気味に椅子に座り込むと、近くにあったコーヒーを飲み干した。……熱かったようでむせていたが。
「って大丈夫か、リズ」
とりあえず許されたようなので正座を解くと、咳き込んでいたリズの背中をさすっていく。仮想世界でも意味があるかは知らないが。
「けほっけほっ……あー……ごめん。……よくあんた、正座しててそんな動けるわね」
「まあ慣れてるしな」
閑話休題。
「お待たせしましたお嬢様」
「……うっわ、思った以上に似合わなかったわね」
一旦落ち着こうと二人分のコーヒーを入れてくると、リズからストレートな評価を聞かされる。本人もそう思っているから特にダメージはなく、作業場の椅子に座ってとりあえず一服つく。
「……で、その大事な用ってのが何なのかは……教えてくれないのよね」
「菊岡さんの依頼で、あるゲームの調査って話だが……」
リズが聞きたいのは、そんな表面的なことではない。しかしそれ以上のことは、無理やりついて来そうな――というかALOで前例のある――リズには、何も言うことは出来なかった。仮想世界で攻撃されたら現実世界でも死ぬ、という噂のたっている攻撃を受けてくる、などととても言えない。もちろん受ける気も死ぬ気もないが、あくまで可能性の話だ。
「菊岡さんの依頼、ねぇ」
リズは釈然としない表情で首を捻る。ALOでアスナを助け出せたのは、紛れもなく菊岡さんの力も多くあり、遡ってはSAOの時からお世話になってきている人物である……が、微妙にうさんくさい人物であることも確かだった。
「まあ、ただのザ・シード規格の仮想世界の調査だよ。これまでも何回かやったし、大丈夫だ」
「ふーん……ま、いいわよ」
ジト目でこちらを見てくるリズから目を離さないでいると、何とかお許しをもらえたようだった。……お許しをもらえたというより、見逃してもらったというべきか。
「ただし! 帰ってきたら、絶対埋め合わせはしてもらうんだからね」
「了解しました、店主殿」
アスナのことをリズに教えた、ALOの時とは状況が違う。何事もなければそれでいい……などと考えていると、ピンク色の髪をした彼女の顔が目の前に現れていた。
「こーら! 目の前に人がいるのに考え込むんじゃないの!」
ほどほど呆れたような表情でこちらを覗き込むリズに、苦笑いしつつ謝ってから、お詫びのように彼女のカップにおかわりを注ぐ。……リズに心配いらない、といっている癖に、その当の本人が考え込んでどうする。これでは心配するな、という方が無理な話だ。
「まったく……」
悪い癖はいつまでも直らないものだ、と自嘲する。リズのお気に入りの揺り椅子と同じものに揺られながら、客の来ないリズベット武具店を見渡していく。……客の来ないとは言っても売れない訳ではなく、あくまで店自体が休憩時間なだけだ。
「そういえば、さ」
「ん?」
アインクラッドにあったリズベット武具店を、出来るだけ模した店内だったが、やはりというか当然というか水車の音はしない。それに少し寂しい気がしていると、リズが口を開いていた。
「あんたがさっき来なくなるって言った時は、ALO辞めるのかと思ったわよ」
「ああ……」
仮想世界に関わった事情が事情の俺について、冗談めかしてリズが笑う。それを俺も、アイテムストレージから銀色のハンマーを取り出して答えていく。
「せっかくの助手がいなくなっていいのか?」
せっかくレプラコーンに転生したということで、俺はアインクラッド時にも少し上げていた鍛冶スキルを再び伸ばしていた。おかげさまでこの店の手伝いや武器の手入れくらいは出来るようになったが、新たな武器を作り出すことは、この店主様に禁止されていた。正確に言うならば、このリズベット武具店で取り扱える武器ということで、要するにまだ、店売りのレベルには達していなかった。
「分かっててそういうこと言うんじゃないの。……なら、助手らしくまたテストしてあげましょうか?」
リズの分かりやすい挑発に答えると、俺とリズは店から作業場へと移動する。店の隣に設えられた工房は、先程まで作業していたからか多少雑然としていたものの、これからの作業が出来ないほどではない。未だに熱を保っていた炉を確認すると、この前のクエストで入手してきていたインゴットを取り出すと、そのまま炉に向かって放り投げた。
「炉を温め直さなくていいの?」
「ありがたい忠告どうも」
だが無視する。というか、その悪戯めいたようなリズの顔は、明らかに分かってて言っている悪意のこもった忠告だ。俺が炉に投入したインゴットはは寒冷地で手に入れたものであり、その中でもよく溶ける特製を持った素材のため、炉を熱くすると溶けてロストする。
よって炉に入れる時間も短めに。早々とインゴットを炉からヤットコで取り出し、腰くらいの高さの金床へと置くと、いつもの日本刀《銀ノ月》ではなく自作のハンマーを取り出した。確かに扱いの難しい素材だが、だからこそ、それを作り出せた時の成果も約束されている。
「ふぅ……」
一息。ハンマーを振り下ろす前に、少し自らの気持ちを落ち着かせる。こればかりは、剣道の試合だろうとなんだろうと変わらない。
「……っと!」
一拍の気合いととともに、銀色のハンマーがインゴットに向け、壊れないくらいの力加減で叩き込まれる。あとはもう規定回数を叩くだけで、出来る品物はランダムになるらしいが、師匠でもあり店主殿の教えは違った。必ず気合いや想いなどが関わっていると、リズはそう言ってはばからないし、そう言った彼女の作品を俺は見てきている。
ならば自分もその教えに従おう。取りあえず今回は、その新たな仮想世界の調査の無事を願うことにする。祈りを込められたインゴットは叩くごとにその形を変容していき、まるでスライムを殴っているような感触がしていた。そのインゴットらしからぬ形に少し失敗を疑ってしまうものの、隣に控えているリズは真剣そのもので、失敗をからかうようなそんな様子はない。
しばらくの間、カーン、カーン――というハンマーの音だけが空間を支配していき、金床のインゴットからはその音と連動するように火花が散っていく。いくばくかの時が流れていくと、ゲル状に散らばっていたインゴットが光り輝いていく。……大分やきもきさせられたものだが、ようやく完成の時だ。
「……ふぅ」
ゲル状のインゴットが光とともに収束していき、武器として形作られていく。そうなったらもう、プレイヤーが手を出せる領域に武器はなく、始める時とはまた別の吐息が俺の口から漏れる。
「お疲れ様!」
リズの労いの言葉もそこそこに、光るインゴットが武器となって新たにこの仮想世界に転生する。素材のためか、透き通るような……まるで氷のような刃が特徴的な、日本刀――もとい、カタナがそこには出来上がっていた。
「って、やっぱカタナなのね」
どことなく諦めたような、悟ったような口調をしたリズが、その持ち前の鑑定スキルによって査察に入る。そこにはいつもの笑顔のリズはおらず、1人の商売人のような真剣さを見せていた。インゴットを打っている時と似たような、短いはずでありながら長い時間が流れ、次のリズの一言を直立不動で待ち続ける。
「……うん、まあまあね。合か……ってあんた何よ、その式典に立つみたいな態勢」
「おっと」
無意識に緊張しすぎていたらしい。きっちりと背を伸ばしていたのを楽にすると、リズから言われた言葉をもう一度反芻する。
「ん。これなら充分、注釈付きなら店売りに出せるわよ」
「そうか……!」
注釈付きというと何だかマイナスイメージを持たれてしまうが、この店に来る客は《鍛冶屋リズベット》の品を求めに来るのだ。それをまだ未熟な俺が作った商品を売る訳にはいかないので、それはむしろ当然の処置だろう。
「えっと、確かこれに似合う感じの鞘が……」
リズの腕に抱かれた日本刀は、向こう側が見えるかというほどの透明度の刃に、それとは対照的な黒く自己主張する柄。長さや形は典型的な打刀であり、リズが軽々と扱っているところを見ると、重量もその透き通る刃通りらしい。ただし日本刀の切れ味とは、その刀身の鋭さや美しさによって決まるわけで――
「そう……か……」
「……うん、その気持ちはよーく分かるから、そんな悲しい顔しないでね……」
心を満たすこの感情は、単なるもったいないという感情か。それとも子を結婚式に出す親のような感情か。いたく悲しげな表情をしていたらしい俺に、リズは何とも哀れみに満ちたような表情で、俺の目の前からその日本刀を消した。鞘を見繕い終わったので、商品として店内へ送られていったのだろう。
「ああ……!」
「……だからカタナ以外にしときなさい、って……」
作るのはカタナ以外にしときなさい――と、確かに売り物となり得る物を作り始めた時に、リズにそう言われた気がしなくもない。いや、確かにそう言われたことは覚えているが、せっかくなら日本刀作りたいと――いや、使い慣れて経験がある方が良いと思ったまでだ。
まさかこういうことだったとは。先達の言うことは真面目に聞いた方がいい、というのは剣術の方で骨身に染みている筈だったのだが。
「……それよりあんた、アイテム預けにきたんじゃないの?」
「あ、ああ、そうだった」
うなだれていた俺だったが、リズの呆れたような声で何とか我に返る。そういえばここに来たのは、リズにバイトのことを伝えに来るだけではなく、そのことも頼みにも来ていたのだった。ようやくショックから立ち直ると、フラフラとリズベット武具店の倉庫へ向かっていく。
ザ・シード系列の仮想世界はコンバートというシステムにより、ステータスや名前を引き継いで別の仮想世界に行くことが出来る。俺やキリト、リズがALO事件の際にデータを引き継いで攻略できたのも、このコンバートシステムがあってこそだったのだろう。もちろん今回の仮想世界の調査も、このコンバートシステムを用いて行われる。
ただし難点も存在する。俺たちのアイテムが文字化けしてしまっていたように、当然他の仮想世界に同じアイテムがあるはずもない。バグや文字化けを防ぐためにも、アイテムやお金はコンバートすると失われてしまう。また、同じキャラを用いてログインする都合上、コンバートし直さなくては元のゲームにはログイン出来ない。……リズに怒られたのは、こういう事情もある。
まあつまり、信頼出来て確実に紛失しない場所に預けなくては、おいそれとコンバートなどすることは出来ない、ということだ。幸いなことに俺はリズの店に、キリトはエギルの店に預けることが出来るので、大した問題ではないのだが。強いて言えば、俺はALO以外のゲームを持っていないという、根本的な問題はあるが。
「じゃあリズ、借りる」
「借りるって……今更他人行儀ね。ま、適当に放り込んどいてー」
お言葉に甘えて倉庫に放り込むとする……とは言っても、どれも大事な装備品だ。装備していた日本刀《銀ノ月》などの装備していた武器防具を初めとして、アイテムストレージにあった物も丁重に倉庫へと放り込むことにする。日本刀《銀ノ月》や足刀《半月》、クナイや篭手に胸当てや日本刀、日本刀に日本刀と日本刀や日本刀など、あと日本刀とか日本刀、あとそれと日本刀日本刀――
「どこにそんな持ってたのよ!?」
「ん?」
都合四十本ほどの日本刀を積んでいたところ、開店準備をしていたリズから鋭いツッコミが入った。どこに、と問われたらもちろんアイテムストレージだが――と答えるより早く、リズがズンズンと俺が作業していた倉庫まで乗り込んでくると、積み上げられていた日本刀のうちの一つを無造作に掴む。
「よくもまあ、こんな集めたわね……ってこれ、あの《霊刀カグヅチ》――」
「――の、模造品だな」
ALOに伝わる伝説級武器のカタナを担当する武器、灼熱の大地の果てにあると言われている《霊刀カグヅチ》……の、よく似た模造品にリズが声をあげる。俺がそう訂正するよりも早く、自身の鑑定スキルでそれを見抜いたらしいリズは、ピクリと眉間に皺を寄せる。形に似合わず内部ステータスは、一回使ったら折れるくらいの貧弱さなのもあり。
「あらこれ綺麗。こっちは前作った失敗作、それに……刀身ないじゃないコレ、どう使うの」
「コレクションだ」
名刀から銘ありにガラクタまで、カタナに分類されているだろう武器が積み上げられているのを、リズが適当に調べながら積み直していく。もちろん日本刀《銀ノ月》があるのでメインウェポンとして活用することはないが、カタナ系武器は手に入れたら基本的にストレージに収納していた。これでも一度――他のアイテムを捨てるという形で――整理したのだが、またもや随分膨れ上がってきていた。
「この日本刀マニア。それにねぇ……これ以上ウチには入んないわよ、カタナ」
「なっ……!?」
二人でカタナコレクションを倉庫に入れ終わった後に呟かれた、リズの言葉に俺は驚愕して耳を疑った。そして大ダメージを負ったように、顔を覆いながら二、三歩後ずさっていく。背後の壁にぶつかったところでようやく正気を取り戻すと、震える声でリズに聞き返す。
「……本当、か」
「……あんた以外にもこの倉庫使うんだから、当たり前でしょ」
俺とリズの事態の深刻さの温度差と同じくらい、そのリズの答えは当たり前で的確だった。この倉庫は店で余った武器やら素材やら、かなり多用するところだが立地の関係上あまり広くはない。かと言って今からエギルの店に頼みに行くのも、法外の値段を請求されそうなものだ。
「スペースなくなったら捨てちゃうからね、あの刀身ない奴とか」
「あっ、あれはあれで……その、なんだ」
ガラクタである。そうじゃないにしてもドッキリ用のアイテムか、少なくとも役に立つものではない。
「だから、さ」
壁際で固まった俺の前を通り過ぎて一足先に出ると、リズは倉庫の入口でクルリと回転すると、俺の顔をのぞき込むように顔を近づける。一際目立つピンク色の髪の毛ではなく、彼女の頬にある小さなそばかすが見えるほどに。
その太陽のような笑顔の、愛おしい顔が近づいてきて――
「捨てられる前に、無事に帰ってきなさいよね!」
後書き
メインヒロインのDEBANは……もう……
というのはともかくとして。自分は銃などには疎いもので、ショウキの使うことになる銃などについて、ご意見お聞かせ願いたいです。一応こちらの方で決めてはありますが、他キャラが使ったり、もしくはショウキの銃に取って代わったりすることもあるので、是非とも気軽にご意見をお聞かせください。あればあるだけ嬉しいので……では、また。
詳しいことは呟きにも。
ページ上へ戻る