【銀桜】5.攘夷篇・第一部
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第3話「息抜きしてんのって、サボりたいだけの言い訳だろ」
翌日。
晴れた青空の下で、双葉は木刀で素振りをしていた。
素人から見ればわからないが、今日の彼女の剣筋はやや乱れ気味である。昨夜の高杉との一件を岩田に目撃された事もあるが、理由はもう一つあった。
少し遠くの瓦が敷かれた屋根の上では、銀時と坂本が何やら親しげに話していた。寝転がってる銀時に坂本が一方的に喋ってるだけだが、兄はあまり嫌そうではない。遠目からしたら仲の良さそうな二人に見える。
そんな彼らに対して、双葉はいい気分にはなれない。
寺子屋で育った男たちの会話には、難なく入っていける。けれどこの戦争で知り合った坂本の会話の中には割り込める隙がなく、皮肉が通じない彼は双葉にとって苦手な人物でもあった。そんな人間が兄と親しげに話している所を見ると、どうにも落ち着かない。
そんな気持ちを振り払うように双葉は木刀を振るが、やはり消えない。
「双葉はん」
にこにこしながら岩田が茂みから出てきた。双葉はかまわず素振りを続ける。
「稽古でっか。ほなワイが相手しまひょか?」
「必要ない」
「必要ないってあんさんの剣筋おかしいで。何や悩みごとがあるんやったら、ワイが相談にのりまっせ」
「悩みなどない」
あるとすればこの岩田だが、言えばややこしくなるので双葉は口にしないでおいた。
一方、岩田は乱れた剣筋とその先の屋根にいる男二人の姿を交互に眺める。そして思いついたように言った。
「もしかしてお義兄さんと坂本はんのウマが妙に合っとるから、妬いとるんでっか?」
刹那、自分でも自覚していなかった図星を突かれた双葉は、ほぼ反射的に岩田に向かって木刀を振り落としていた。
“バシッ”
「!」
大きな音を立て、木刀は岩田の手の中に収まった。双葉は精一杯左右へ動かすが、握られた木刀はぴくりともしない。目にも止まらぬ速さで下ろされた木刀を、岩田は軽々と受け止めたのだ。
内心で驚く双葉に対して、岩田はにっこりしながら言う。
「まぁまぁ。そないなしかめっ面しとったら、せっかくのええ顔が台無しやで」
パッと木刀が離される。再度叩きつけてやりたいが、それは惨めでしかないので、仕方なく双葉は木刀を静かに下ろした。
「一体何しに――」
「いった~!!」
突然岩田は手をおさえながらジタバタし始めた。
「本気でやることないやろ~。見てみなはれ、腫れてもうたがな」
半ば涙を浮かべて、大げさに手に息を吹きかける岩田。
そんな彼を双葉は静かに見据える。普段はおちゃらけた態度をとっているが、先ほど乱れた剣筋を見抜いたことや攻撃を受け止めた事といい、実力はある男だ。自分が思っていたよりも、悪い奴ではないのかもしれない。
「何しに来た?」
「昨日のこと気にしとるかな思うて。でも安心しなはれ。誰にも言いまへん。ワイ、口は固いから」
「……そうか」
若干疑いの念は残るものの、双葉は安心することにした。
次の言葉を聞くまでは。
「まぁ、お義兄さんには言っておきますがな」
銀時の方に向かって歩く岩田を、双葉は慌てて呼び止める。
「お、おい!なぜそうなる!?」
「だって大切な妹はんのファーストチュー奪われたんやさかい、お義兄さんには伝えておきまへんと」
「しなくていい!というより兄者はお主の兄者ではない!!」
「いやいや。これからなるやろから」
「ならん!」
「冷たいわ~。にしても、お義兄さんに知られるのそんなに嫌でっか?」
「いや、それは別に……」
言って双葉は口ごもる。
確かに銀時に知られて困るものでもない。ずっと一緒に育ってきた中で、双葉と高杉がどんな関係になっているか薄々予想がついているだろう。
そうでなくても自由きままな兄なら、「ああそう」とあっさり言ってしまいそうだ。これは安易に考えすぎかもしれないが……とにかく、銀時に知られても別にかまわないと双葉は思う。
なら、こんなに焦ってしまうのは何故だ。
「ほな、ワイとデートしましょ」
「はぁ?」
突然岩田が言い出した提案に、珍しく間の抜けた声を出す。
「黙っとるからワイとデートしましょゆーとんのや。ええ話やろ」
「……お主にとってだろ」
にまにまと笑う岩田に、双葉は冷めた目で返す。
誰かに知られるのは別にかまわない。だが恋愛事は周囲に何かと影響を与えるものだ。色恋沙汰で場の雰囲気が悪くなるのは困る。
悔しいが、岩田の申し入れに素直に頷くしかなかった。
「ほなまた今日の夜に~」
待ち合わせ場所を決めて岩田は砦に戻る双葉を見届けると、ふいに反対側の屋根で坂本の話を聞いている銀時に視線を向ける。
無自覚な嫉妬心。銀時に知られると知った途端の慌てぶり。
普通身内にキスの事を知られるだけで、あんな慌てた態度はとらない。
おそらく双葉は――
「……ほんまのライバルはお義兄さんかもしれへんな~」
どこか困ったように、しかし微笑みながら岩田は呟いた。
* * *
おかしい。
戦うたびに自分の中の何かがうごめいて、それは日々増して強くなる。
胸の中でうごめくこの感情は――『悦び』だ。
血を見るとゾクゾクして無性に嬉しくなってしまう。
血を見ないと物足りなくて求めてしまう。
何だ?一体何なんだ?
――戦おう。
――殺そう。
――殺そう!
叫ぶ。
聞こえる。
心の奥から血の欲求が。
――違う。私は護るために戦ってるんだ。
――したくて殺してるわけじゃない。
何度も否定する。
耳をふさぐ。
だが、叫びが消えることはない。
――うるさいうるさい。私は……
「双葉」
名を呼ばれて、双葉は我に返った。後ろを向くと、銀時が立っていた。
「ボーっと突っ立って、お地蔵さんかテメーは」
「……少し集中していただけだ」
「廊下の真ん中に立たれちゃ迷惑なんだよ」
「……すまない」
素直に謝る妹。銀時はどこか違和感を覚えた。
「オメー、ヘタばってんなら休んどけ」
「さっき休んだ。だから大丈夫だ」
とは言ってるものの、双葉の顔には微かに疲労の色がある。
相変わらず無理してやがる、と銀時は心の中で溜息をついた。
「んなヘタレヅラで言われてもウソくせーんだよ。爆発しちまう前にちったぁガス抜きしとけ」
「息抜きなら素振りでしてるさ。それだけで十分だ」
「おい待てよ。……なんか隠してねーか」
兄から離れるように歩き出す双葉は、面倒くさそうな声に呼び止められる。ただその声はどこか真面目さを帯びていた。
普段からだらしない兄は、やる気のない目で何を考えているのか分からない。だが人一倍鋭い洞察力を持ち、頭が切れる人間なのを双葉は知っている。
何かに双葉が悩まされていることに、おそらく銀時は勘づいているのだろう。
それが戦いの中でうごめく感情にどうしようもなく思い悩んでいる事だと知らないだろうが、知らなくていいと思う。戦うと決めた以上、どんな苦痛にも耐えると胸に誓ったのだ。全ては仲間の『笑顔』を護るために。
だから、今ここで兄に甘えるわけにはいかない。
「人と会う約束があるんだ」
そう言って、双葉は何も話さずその場を去った。
ただ。
ここで打ち明けていたなら、少女の未来は変わっていたのかもしれない。
=つづく=
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