ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
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エピローグ:神話と勇者と聖剣と
エピローグ/廻りゆく神話/プロローグ
前書き
今回の話は『AW聖剣円卓』のプロローグだった話のリメイクです。
天空の色は何色か。普段ならば、そう問われたときにどう答えるか、誰もが迷うに違いない。
なぜならば、空の色、と言うのは無数に存在するからである。たった一言で言い表すのは、ほとんど不可能に近いほど。
だが今日という日だけは、誰もが迷わずにたった一色を告げるであろう。
その色とは、『青』である。まさしく蒼穹と言うにふさわしい、高く、澄み切った、青い空。
そんな蒼穹の下を、一台の車が走っている。高級車だ。黒塗りのリムジン。それはタクシーのかわりになぜか呼べてしまう借り物のモノではなく、その車に乗っている存在が所持者であることを、放つオーラとでも呼ぶべき何かで証明していた。道をその車が、ほとんど道路交通法違反すれすれの速度で通過していくたびに、道行く人々が何事かと振り返る。
車の中にいるのは、一組の男女だ。茶色の髪を伸ばした、眼鏡を掛けた白衣の女性と、同じく茶色の癖気味の毛の青年。青年の方は仕事の最中だったのか、スーツ姿である。
二人とも顔がそっくりだ。姉弟なのだろうか。
「やばい……やばいよ……間に合わなかったらどうしよう……」
「落ち着け清文。お前が本格的に願ったらシャレにならん」
「で、でも……あぁもう! 姉ちゃんは分かんねぇだろ、今の俺の気分が!!」
心の底から焦ったような表情で叫ぶ、清文と呼ばれた青年に、彼の姉と思しきその女性は苦笑して言い返した。
「大丈夫だよ。大門の腕を信じろって……ああほら、もう着いた」
車が向かっていた先――――そしてたった今到達した場所は、病院であった。清潔に磨かれた白亜の尖塔。どこぞの宮殿を思い返して嫌な思いになりかけるが、今ばかりはそれすら我慢しなくてはならない。
何せ――――
時間が、残されていないのである。
「清文様、御武運あれ」
「ああ、ありがとう大門! 行って来る!」
運転席から顔をだした、SPと執事を足して二で割ったような不思議な男。彼の言葉に背を押されて、清文は走り出す。その瞬間にズパンッ! という聞いたこともないような音がして、駐車場の地面のコンクリートが大きくめくれ上がったのだが、そんな事は気にしない。
車は駐車場の脇の方に止めてあったのだが、病院のゲートを彼が潜ったのは、約0.1秒後のことだった。とんでもないスピードである。彼を知らない人物が見たら腰を抜かすだろう。
だが、今ここに彼を知らない人間はいない。
「あ、栗原さん!」
清文が病院の中の目的地を駆け抜けていくと、眼鏡を掛けた一人の女性看護婦とすれ違う。どこか食わせ物の気配漂うこの女性は、かつて海上自衛隊の看護班に所属した経験もあるツワモノだ。
「安岐さん!」
今の口ぶりからすれば、彼女は清文が探している人物が、どこにいるのか知っているのだろう。彼は切羽詰まったような表情で、同じく焦っている安岐ナースに問う。
「すみません、琥珀、今どの辺りにいますか!?」
「分別室に向かいました! もうすぐ始ります、急いで!」
「うわ、マジか……ッ! ありがとうございます!!」
清文の走行速度はさらに上がる。彼とすれ違った老人の入れ歯がはずれ、通院していた男性のぎっくり腰が再発し、子ども達が泣き出した。
だがやっぱり、青年はそんなことを気にしない。むしろ速度を上げて走り始める。
瞬く間に変わっていく視界に、青年は三つの良く知る顔を見つけた。
一人目は、外巻の癖毛に、白いマフラーを巻いた青年。その隣に立つ二人目は、くせ毛気味の長い髪を一つ結びにした女性。そして最後の一人は、白い長髪を垂らした、黒いマフラーの少女。
「……ッ! 清文さん!」
白髪の少女……天宮刹那が、こちらに気が付いた。その声をきいて、うつむいていた青年……天宮陰斗と、女性……星龍そうも顔を上げる。
「刹那! 陰斗! そうさん!」
「清文……! まったく、キミって奴は……遅いよ、何やってたんだ?」
「ごめん、連絡が届いたのが遅かったんだ。圏外にずっといたみたいで……」
清文という青年は、彼の姉が所属する、VRゲーム開発チームに所属している。今回はそこに依頼をしてきた、別の開発チームのメンバーからの要請で、ずっと山奥の方に行っていたのだが……
「あー……くそっ、つまり菊岡の所為ってわけね。ほら、急げ!」
「ああ、悪い!」
三人に送り出されて、清文の速度はさらに上がる。
看護師たちが驚いて腰を抜かす。病室の入口に備え付けられた消毒液のボトルが軒並み倒れる。
そんな周囲をそもそも意に介すことすらない加速を続ける清文は、再び良く知る顔を見つけた。
一人は黒髪の青年だ。いつからか色が変わらなくなってしまった真鍮色の瞳で、向こうもこちらを見つける。彼が押す車椅子には、二人目……長い髪の毛をポニーテールにした女性が座っている。
三人目は銀色の髪をなびかせた、流麗な青年だった。
京崎秋也と、その妻京崎笑里。そして、清文たちの保護者役、七野宮観音。
「秋也、エミリー……それに観音さん!」
清文が彼らに…今度は常識レベルのスピードで…駆け寄るのと同時に、秋也が声を上げる。
「清文!! まだこんなところにいたのか!」
それは不甲斐ない親友を叱りつける、友情の怒声であった。清文もバツが悪そうに目を伏せる。
「ごめん! ……琥珀は!?」
しかしその名を問うことは忘れない。もちろん、彼らもそれに答えることを忘れない。
「すぐそこですよ」
「ついさっき通っていった。急げ」
「ありがとうございます!」
礼を言うと、清文は走る。
果たして――――角を曲がったすぐ先のところに、滑車付きのタンカで運ばれる、苦しそううめく金色掛かった茶髪の女性を見つける。
「琥珀!!」
清文が駆け寄ると、女性――――栗原琥珀は、うっすらと目を開けて、清文を見た。
「あ……き、よ……ふみ」
「ごめん、遅くなった」
しかし彼女は。清文の最愛の妻は、薄く微笑んで、返した。
「きてくれない、と、おもって、たん、だからね……? ありがと」
「良い。こっちこそごめんな」
もう一度彼女に謝りながら、清文は医師の指示で渡された防菌服をその身に纏った。
その日。空が蒼穹と呼ぶにふさわしき日に。
真っ白な太陽光が世界を照らしていたその日に。
かつて《神話剣》と呼ばれた男と、《妖魔槍》とよばれた女の間に生まれた子が、この世に生を受けた。
生まれた直後から父親似の顔と気配をのぞかせたその子の名は、幸人。
栗原幸人――――後に、加速した世界の中心で、《パールホワイト・オーラリー》の名を冠することになる、次代の《勇者》であった。彼の神話は、また何時か何処かで語るとして――――
今ここに、かくして神話は、確かに受け継がれた。
神話は巡りゆく。
終わることなど、あり得ない――――
後書き
今回も短かったですが、次回も短いです。
というか、次回が最終回です。今日の午後に投稿予定。お楽しみに!
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