ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
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エピローグ:神話と勇者と聖剣と
神話と勇者と聖剣と
前書き
い、いよいよ最終回……! 時系列的には前の話の四、五年くらい前になります。
「……」
鏡に映った自分の顔を見て、栗原清文はほんの少しだけ息をつめた。普段は寝癖を直す程度にしか構っていない髪が、今日ばかりは普段の面影を残しつつもきちんと整えられているという事実に、心なしか緊張が増したのだ。
「似合っているぞ、清文」
珍しくウサ耳フードをかぶっていない、スーツ姿の黒覇が、微笑をうかべながらこちらを見る。
「ああ、ありがとう、黒兄」
「やはり腕のいい職人に頼んだのが正解だったな。服の方も似合っているぞ」
こちらもスーツ姿の千場が、今度は服の方を褒め称える。今己が身に纏っているのは、真っ白なスーツ。これを『本番』で着るのは、人生通して二度目。リアルで着るのは、これが初めてとなる。
対となるドレスと併せて、晴れ舞台の主役であることを示す洋服。俗に言う『タキシード』である。
「黒覇さんももうすぐ着ることになるかもしれませんね」
「馬鹿を言うな。姉貴を娶れるわけないだろうが。それを言うならお前だハクガ」
「おや、その言葉そっくりそのまま返してあげます。もっとも、僕の場合姉では無く妹ですがね」
黒覇と言いあう青色の髪の青年はハクガだ。彼も今日は大学の式典などで着ているスーツである。
「しっかしなー、俺はその服着てるセモン見ると違和感しか湧かないんだけどな」
「失礼だぞ。まぁ……なんとなく、分からなくはないかもしれない」
そんな失礼なことをぶっ放したのは、カズと良太郎。カズは制服、リーリュウはスーツだ。
「それを言うならカズの方が違和感あるぞ」
正直な話、カズの制服姿はあまり似合わない。清文は自分がこういう神聖な服装が似合わない性格であることは自覚しているが、そんな清文を超えるやかましい性格であるカズは、儀礼服系の服装が余計に似合わないのだ。
「失礼だな!」
「同じことを言ったんだよお前は! 今日の主役に!」
「お前もだろうが!!」
しかめっ面で反論するカズと、突込みを入れるリーリュウをしり目に、セモンは小さく呟く。
「そうなんだよな……」
「ああ、そうだよ」
割って入ってきたのは斬彦だ。長身をスーツに包み込んだ姿は、どこぞのバーのホステスか、言い方は悪いがマフィアの様にも見える。サングラスかけたら完璧だと思う。
「お前が、今日の主役だ。ああそうだとも。ここは式場で、ここでやることはもうずっと前から決めてたんだろ、お前」
「ああ――――そうだよ。俺、結婚するんだ」
ずっと――――ずっと、遠いところでの出来事であるかのように思っていた。
これから先、自分は愛する人と、一生共に過ごすという誓いを交わすのだ。そうして、姉以外にはいなかった家族が、ひとり、増えるのだ。
まるで夢のように思う。こんな日は来ないかもしれないと、ずっと思っていた。
けれど、今。
此処に、その日が来ている。
求めても良いのだろうか、と、おぼろげながら不安に感じる。この身は既に人に在らざるモノと化している。今だって、気を一定ライン以下に緩めてしまえば、座っている椅子を破壊してしまうかも知れない。
これから先の生活で、妻となる彼女に迷惑をかけてしまうのではないか、と。
この腕に、彼女を抱きしめる権利はあるのか、と。
今更ながらに、疑心暗鬼になってきてしまうのだ。
「大丈夫だ、安心しろ」
ふと声をかけられて振り向けば、銀髪の青年がこちらを見て微笑んでいた。スーツや制服姿が目立つ中で、なぜか東洋風の儀礼服。しかし似合っていないかと言えばそんなことは全くなく、むしろ最初から『その服』と言う概念は、彼のために用意されていたのではないか、と思えるほどに極まっていた。
「ゲイザーさん……」
「お前はここまでの物語を勝ち抜いてきた。ならばこれまでの戦乱の歴史に幕を閉じ、新たな物語を求めても構わないだろう」
それは彼らしい、簡潔で、優しくて、的確なアドバイスだった。
すっと肩の荷が下りた気がした。
「……清文、用意はできたか?」
控室のドアを開けて、入ってきたのは京崎秋也だ。スリーピースは彼に良く似合う。恐らく、この場にいる誰よりも。
我が身の幸福を、自分の幸せのように喜んでくれる生涯唯一無二の親友に、
「ああ。大丈夫だ、うまくいく」
清文は、笑って答える。
すると秋也も苦笑して、
「そうか。行くぞ」
簡潔に、式場へと案内するのだった。
***
大きな姿見に映っている自分の姿は、どうにも違和感のぬぐえないモノだった。
纏っているドレスは純白。一説によればイギリスのヴィクトリア女王が、ドイツのアルバート公との婚約の際に使ったのが理由でブームとなり、以後、西洋風の結婚式ではほぼ必ず纏われるようになったというそれ。
銘を、『ウエディングドレス』と言う。生涯で纏うのは二度目、リアルで纏うのはこれが初めてだ。
「わぁ、似合ってますよ、琥珀さん」
どう反応した物かと迷っていた琥珀に、最初に声を掛けたのはハクナだった。何と言うか清楚な雰囲気の普段の彼女からは想像もつかない、「カクテルドレス?」と思わせるようなドレスを身に纏った…これが素だというのだから、『天然』と言うのは恐ろしい…彼女は、花が咲くような笑顔を浮かべてこちらに近づいてくる。
昔はその笑顔に嫉妬したものだが、今はそんなこと気にならない。今日の主役の片割れが、自分だと知っているから。
「あ、ありがとう」
でも、口から出たのは、そんな照れたような言葉だった。素直に感謝できない自分が、今日は余計に腹立たしく感じる。
「照れることなんてないよ、琥珀ちゃん。すっごくにあってるよ」
「うん……ありがと、エミリー」
車いすを自力で動かしながら近づいてきたのは笑里だ。ウエディングドレスの裾を踏まないようにゆっくり近づいてくる彼女も、今日はドレス姿だ。
いつの間にかハザードの恋人になっていた彼女とは、多分琥珀が一番仲がいい。彼女がタメ口で話すのは琥珀だけだったから。
「うぅぅうーん、やっぱり可愛い女の子が着ると映えますねぇ、WD」
「何ですかその略称」
「私も着たいですよ」
「その前にまず先生はお相手を見つけないとですねー。もうすぐ二十代も終わりですよ~?」
「ひゃぁぁぁッ! ハクナ、それは言ってはいけないことですッ!! 心はいつまでも乙女なんですから!」
騒がしく突込みを入れあうのは水音とハクナである。この師弟はいつまでたっても変わらないと思う。
「っというか、私もそんなに若くないですし……ハクアさんもすぐに見つかると思いますよ」
「やだなー、琥珀さんが若くなかったら世の中の女性みんなおばさんですよ。私とか、私とか、わたし、と、か……グフッ」
自分の言葉にダメージを食らって倒れ伏すハクア。
「じゃ、じゃぁ、私達は先に式場の方に戻ってますね」
そう言ってハクアを連れて帰ったのは、和服の女性。コクトの姉、白羽だ。『《白亜宮》騒動』の折はほとんど会話することはなかったが、最近はよく話し相手になってもらっていた。
「琥珀さん、頑張って下さいねー」
ハクナも出ていく。
人の数が一気に減った控室で、次に近づいてきたのは白髪の少女。ドレスを纏っていてもその首のマフラーだけは外さない、彼女。
「……御綺麗です、琥珀さん」
「ありがとう、刹那」
天宮刹那が、羨望の眼差しで見つめてくる。
「私もいつか着たいです」
「ハクアさんみたいなこと言わないの」
「……お兄様は許容してくださるでしょうか?」
今ちょっとアブナイ発言が聞こえた気がした。
シャノンと言えば、そうの姿は見ない。多分式場の方にもう行ったのだろう。琥珀は彼女とほとんど話すことが無かったので、ちょっと残念と言えば残念だが。というか不自然なほどに話したことが無いのだが。
「琥珀ちゃん、用意できたかい」
入ってきたのは、どこか白衣に見えなくもないデザインのドレスを纏った、清文にそっくりの女性。彼の姉、小波だ。
「はい、義姉さん」
「ふふっ、その呼び方をされる日が来るとはね……さ、行こうか」
小波に手を取られて。
琥珀は、刹那、笑里と共に、控室を出た。
この先に――――清文が、待っている。
***
「……今の俺の内心を吐露してもいいだろうか」
「全然さっぱり全く問題ないよ。溢れ出る俺得な幸せコメントをぶつけてくれたまえ」
「……なんでお前がここに居るんだ!?」
ざわめきに包まれた式場で、清文は周りに気取られない程度の音量で叫んだ。
なぜならば、文言を読み上げる神父のポジションにいるのが、実によく知っている人物だからだ。
「陰斗……お前、まさかふざけてんじゃないだろうな」
「まっさか。割と真面目だ」
神父の役をやっているのが、なぜか天宮陰斗だったからだ。まぁ、これが奴とそっくりな顔を持つどこぞの真っ白い少年神では無かっただけ良しとするが。
「はぁ……」
「ため息つくな。幸せが逃げるぞ」
「分かってるよ……ははっ、なんか思い出すな。中学生の時の演劇のこと」
「はっはっは。懐かしいねぇ。丁度僕が神父役をやった話があった。今回はあれよりももっと本格的に行くから……というか、本番だからな。楽しみに待っていたまえ。
というか今更だけどさ、『神父』っつーのはカトリックの修道士のことで、『牧師』っつーのはプロテスタントの修道士のことらしいよ。どっちでもない僕は何なんだろうね?」
くふふ、と笑いながら、心底どうでもいい豆知識を披露してくる陰斗。
「神なんて信じてないだろ、お前」
「いかにも。僕は絶対唯一だからね。あんな《神》認めんよ」
それが《白亜宮》の《主》であることは一目(?)瞭然であり。
「さぁ、そろそろ準備が整ったんじゃぁないかな―――――始めようか」
陰斗が、彼には珍しく、そこそこ真剣な表情になった。
そして響き渡るファンファーレ。式場の扉が開いて、その少女が姿を見せる。
白いベールと、白いドレスに身を包んだその姿。
あの浮遊城で見たそれの、何倍美しく見えたことか。
ゆっくり、ゆっくりと、己の横にならんんだ彼女の名前を、思わずよんでしまう。
「琥珀」
「清文」
同時に、彼女も己の名を呼んだ。思わず笑いだしたくなってしまう。
「綺麗だ」
「そっちも、格好いいよ」
ふふ、と、ベールの奥でほほ笑む彼女は、いつにも増して美しかった。普段は化粧などしない彼女のうすら化粧が見えて、余計にドキドキしてしまう。
「それでは、はじめようか――――」
式自体は、驚くべきことに全く滞りなく進んだ。指輪の交換もつつがなく行われた。
所々に陰斗の我流が混じっていたような気がするが、それ自体は気にすべきことでもない。彼は多分プロじゃないし、この結婚式だって、別に業者に頼んでやっているわけではないのだ。
そう、もう何年も前に打ち壊された公園の跡地。その平野を、天宮兄妹と鈴ヶ原の《自在師》達が改装して作り上げた、一日限りの結婚式場。外界から隔離された、この場所。
その計画を陰斗から聞いた二年前から、ずっとそれを実行すると決めていた。
ここは、自分と琥珀が、最初に出会った場所だったのだから。
隣に立つ彼女は、初めて出会った時よりもずっと大人だ。金色掛かった、美しいその髪も少し伸びた。
彼女にふさわしい男に成れただろうか、と、時折不安に思う。けどきっと、上手くいくのだ。
そしていつか、彼女にまた、こう言ってやろう。
――――上手くいったから、それでいいじゃないか。
と。
「新郎新婦、汝らに、誓いの文言を問う」
陰斗が、問う。お前たちに、覚悟はあるのか、と。
「新婦。汝、己が夫を信じる願いとなるか。己が夫を包み込む透明な癒しとなるか。己が夫に勇気を与える者となるか。己が夫を導く星となるか。己が夫を永劫に待つ者となるか。己が夫を讃える者となるか。己が夫を、永劫己が夫と誓うか。
そして――――時には、己が夫と肩を並べて戦う姫君となりうるか。以上の全てを、誓うか?」
完全に我流なのだろう。聞いたこともない誓いの言葉ではあったが。
「誓います」
琥珀は、そんなこと気にしないわ、と言わんばかりに、答えた。
陰斗は満足げな表情を見せると、今度は清文を見た。
「新郎。汝、己が妻と過ごす時を許容できるか。己が妻を涙から救いだす輝きとなるか。己が妻に希望を与える者となるか。己が妻を守る力をもつか。己が妻を迎えに行く約束を果たせるか。己が妻を慈しむ者となるか。己が妻を、たとえ世界が変わっても愛せるか。
そして――――時には、己が妻をその身を掛けて守る勇者となりうるか。以上の全てを、誓え、我が友よ」
――――命令形かよ。
内心で苦笑しながらも、でも清文も答えるのだ。
「誓うよ。俺が琥珀を守る。約束だ、親友」
――――いいだろう。
友の口が、そう動いた気がした。しかしそれを音に出すことはなく、彼は次の段階へと式を進行する。
「では――――契りを果たすべく。新郎よ、汝が妻に口づけを」
その言葉に頷いて、清文は隣に体ごと向き直る。琥珀も、同様に。
彼女のベールを上げて、その顔を見つめる。ああ、なんと美しいのか。何と言うか、今なら彼女が女神だと言われてもたぶん信じられる。時々性格が苛烈で、素直じゃなくて、怒ると暴力振るって来たりする女神だけれど。
だけど――――
「琥珀。君のことを愛している――――結婚しよう」
「――――はい、私の勇者様」
そうして、琥珀の頬に手を添えて。
琥珀もまた、清文の頬に手を添えて。
ゆっくりと、互いの唇を塞いだ。
かくしてここに、一つの神話は成った。
観測はここでひとまず終了。この神話は、幕を閉じる。
だが物語が終わることなどあり得ない。神話はまだ続く。どこまでも、永遠に――――
「行こうか、琥珀」
「ずっと、ずーっと、大好きだよ。清文」
*+*
ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~
了
後書き
長らく続いた『ソードアート・オンライン~神話と勇者と聖剣と~』は、これをもちまして一応の完結となります。
ですが作中にもあるように、セモン達の冒険が終わることはきっとないでしょう。これからも短編なんかで姿を見せるかもしれませんし、多くの方のコラボ編にはセモコハが出陣します。
ここまで続けてこれたのは、ひとえに読者の皆様のおかげです。総各話評価で成り立っていることが証明です。
刹「作者が真面目にあとがきやってます」
失礼だな。昔はこんなふうに真面目だったんだぞ。
はっちゃけた後書きは呟きの方にのせておきます。
と、いうワケで。
一同『『『今までありがとうございました――――ッ!!!!』』』
本当にありがとうございました! またどこかでお会いしましょう――――!
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