戦国異伝
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第二百話 青と黒その十二
「そろそろ攻めることも」
「これ以上攻めて織田の陣を崩せないのなら」
「最早ですか」
「攻めても意味がありません」
謙信はその目を険しくさせて述べた。
「無念ですが」
「ではこのまま攻めきれなかった時は」
「戦を止めます」
そうするというのだ。
「仕方りません」
「そうされますか」
「あと少しだけです」
謙信は攻め続けながら言う。
「少しだけ全力で攻め」
「それで攻めきれなかった時は」
「兵を退かせる」
即ち負けを認めるということだった。
「そうします」
「ですか」
「わたくしはこれまで敗れたことがありません」
戦の場においてだ、だからこそ謙信は敬れ恐れられているのだ。
「しかしです」
「敗れた時は」
「毘沙門天を破ることが出来るのは日輪のみです」
「日輪ですか」
「日輪こそは天下を照らすもの」
謙信は言った。
「そして天下を治めるものです」
「その日輪こそが」
「織田信長ならばです」
そうならばというのだ。
「私は喜んで降りましょう」
「では」
「このまま戦い続け」
そうしてというのだ。
「見極めます、あの者が日輪かどうか」
「そして日輪ならば」
「大日如来ならば」
曼荼羅の中心、その座にいる仏即ち日輪ならばというのだ。信長が。
「わたくしは降りましょう」
「ではそれを見極める為にも」
「そうです」
まさにとだ、謙信は兼続に言った。
「では宜しいですね」
「はい、このまま最後の力を出し切るまで」
「攻めます、日輪ならば毘沙門天の攻めを防ぎきります」
まさにだ、最後の最後までというのだ。
「敗れずに」
「わかりました、それでは」
兼続は謙信の言葉に頷いた、そしてだった。
そのまま上杉の軍勢の全ての力で攻め続けた。しかし。
一刻攻めても遂にだった、織田の軍勢は崩れなかった。そこまで見てだった。
謙信は遂にだ、こう言った。
「仕方ありません」
「それではですか」
「退きます」
謙信は遂にこの断を下した。
「先の川中島では分けた退きでしたが」
「この度は」
「わたくしの負けです」
それをはっきりと認めた退きだった。
「皆を下がらせるのです、その采配は二十五将に任せます」
謙信が信頼する彼等にというのだ。
「特に宇佐美、直江、北条に」
「わかりました」
「そして貴方はです」
謙信は兼続に対しても言った。
「わたくしと共に後詰を担うのです、いいですね」
「わかりました、それでは」
「これより退きます」
また言った謙信だった。
「戦の場から」
「畏まりました」
こうしてだった、謙信は遂に軍勢を退かせた。謙信と兼続が自ら後詰となり傷ついている兵達から先に退かせてだった。
そのうえで兵達を二十五将達に率いさせ順調に退かせる。夜の中でそれをしてみせる謙信に信長は唸った。
「信玄入道も見事じゃったが」
「はい、上杉謙信もですな」
「あの御仁も」
「見事じゃ」
こう言ったのである。
「稀代の傑物じゃ」
「して殿」
こう言った信長にだ、黒田は問うた。
「今我等は攻めていますが」
「それでもじゃな」
「後詰は崩せておりませぬ」
謙信と兼続が務めるそれをだ。
「どうされますか」
「このまま攻めてじゃ」
「そしてですな」
「そうじゃ、そしてじゃ」
そのうえで、というのだ。
「言うのじゃ」
「その様にですな」
「うむ、わし自らな」
やはりだ、信玄の時と同じくというのだ。
「出るか」
「そうされますか」
「総大将に言えるのは総大将だけじゃ」
対峙する軍勢の、というのだ。
「だからな」
「それでは」
「そもそろ頃合じゃ」
後詰への攻めもというのだ。
「では行って来る」
「お願いします」
黒田は今は信長を見送るだけだった、上杉謙信との戦もここで終わりを迎えようとしていることは確かだった。
第二百話 完
2014・10・2
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