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真夏のアルプス

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第4話 真打ちと秘密兵器



「……」
「…………」


春の大会は進んで、もう既に準決勝。日新学院野球部は山吹州のベスト4にまで進出していた。季節は五月。ゴールデンウィークに、大会終盤の準々決勝、準決勝、そして決勝が行われる。

ここまで堂々とした試合運びで力強く勝ち上がってきた日新ナインの顔は、今日はやや強張っている。監督の長谷川ですら、やや緊張の面持ちだ。

向こう側のベンチには、筋肉でパンパンの体つきをした純白のユニフォームの選手がズラリ。灰色貴重にエンジの刺繍、紺の帽子のツバだけが赤い、割と色合い豊かなユニフォームの日新とは対照的なその高校は、山吹の名門かつ強豪、壱ノ橋大学第三高校、通称壱大三高。
この春もバリバリの優勝候補である。



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カァーーン!
「よっしゃー!」
「いった、いった!」


打球は球場のレフトスタンドにポーンと弾む。一塁を回った所で内田はガッツポーズ。応援席もワッと湧き上がる。

日新対壱大三の春季大会準決勝は打ち合いの様相を呈していた。五回までで5-5。日新は主砲・内田のスリーランで追いついた。


(……イケる、のか?)


ベンチでは長谷川監督がヒゲを撫でていた。予想以上に横綱相手に粘れている。これはもしかしたら…




カァーーン!
カキィーーン!
(……そんな甘くねぇよな)


取られてもすぐ取り返すのが壱大三高。次の回であっさりと勝ち越し。これには長谷川監督も呆れ顔である。


「どうして西園寺さん出さないんだ?もう北畑さん限界だろ、今日制球甘いし」


日新側応援席では修斗が呟いていた。マウンドにはエースの変則左腕。ブルペンで背番号11の西園寺が相変わらずの綺麗なフォームで投げ込んでいるが、これだけ打ち込まれてもまだ出番は無いようだ。


「そりゃ、温存だろ」
「温存?」
「まだ春だしな。壱大三相手に西園寺さんは見せないんだろ。一応先発は北畑さんだけど、多分西園寺さんの負担を減らす為の継投だ。真打ちは見せずにとっとくんだ」
「そんなもんかぁ」


脇本の話を、首を傾げながら修斗は聞いていた。グランドからは、更に快音が響き渡ってきた。




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<壱大三高、選手の交代をお知らせします。ピッチャー、恩田くんに変わりまして、扇沢くん>


勝ち越した壱大三高のマウンドには、スラッとした体型の背番号18が上がった。ちょうど、容姿といい体型といい、西園寺に似ている。


「……」
「?」


扇沢は投げる前に、日新ブルペンを見た。そこには、投球練習を中断して、戦況を見守る西園寺。扇沢は西園寺にガンを飛ばしてから、投球練習を始めた。


「一体なんなんだ」


首を傾げる西園寺に、出番を待つ先輩のキャッチボールに付き合ってベンチを出てきた広樹が答える。


「意識してんだよ」
「何をだい?」
「扇沢はお前と同じ2年。よーく見ておけって言いてぇのさ」


ニヤけながら言った広樹に、西園寺は端正な顔の口をへの字に曲げた。


「僕と彼との勝負じゃない。そんな対抗意識を持たれても困っちゃうよ」
「へっ、そんなのは奴本人に言うこった」


相変わらずニヤけながら言う広樹に、西園寺はため息をついた。
次の瞬間、内野席にどよめきが起こった。



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「145だってェ?」
「背番号18がこの速さ!?」


応援席から見ている修斗や脇本も唖然とする。初球からフルスロットルの扇沢の投球は球場のファンを釘付けにし、一球ごとに歓声を上げさせる。


(……フン、この反応は、初登板の控えがこの速さか、そう驚いてる反応だな)


歓声を浴びながらも、マウンド上の扇沢は表情一つ変えずに、大きく振りかぶる。


(夏は俺がエースだ。この程度では驚かなくなるだろう。俺の145なんて、そんなの当然の事だと、誰もが思うようになる)


扇沢の細身の体がグッと大きく捻られる。背中を打者に見せるこの投げ方、トルネード投法だ。その捻転のパワーが、右腕に一気に伝わる。白球が光線になって飛んでいった。
 
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