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真夏のアルプス

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第三話 痴話喧嘩

「……ふん、どこかで見たことあると思ったら、お前、野球部だな。津田の弟だろ?」
「ええ、あぁ、はい…」


坊主頭の先輩方の顔なんて、修斗はいちいち覚えていなかった。覚えてないというより、たった一週間程度では覚え切れないのだ。なおかつ、目の前のこの少年の顔は実に薄い。何という平均顔。印象に残らないにも程があった。


「……ふん、お前なんか知らねぇよって顔してやがるな。ま、期待のホープは俺のようなしがない上級生の顔なんて覚えないよな」
「兄さん!いい加減失礼よ!」


卑屈に笑う少年を、女神様は怒っても抜群に可愛い顔でお諌めになる。


「すみません、まだ自己紹介してなかったわよね?わたし、友永結衣と言います。こちらは……」
「友永広樹だ。俺の名前は覚えんでも良いが、結衣に迂闊に近づいてはいけないという事だけは覚えておけ」
「もう、兄さんったら……」


まるで昭和の親父みたいな事を嘯く広樹だが、何故だろう?それを諌めてるはずの結衣の顔までもが、少し緩んで赤くなっているのは。


「え、えーとですね、お兄さん?ちょっとお言葉っすけど、余りに兄バカが過ぎるんではと……」
「お前に兄さんなどと呼ばれる筋合いはない死にたいのか殺すぞ」


広樹は一瞬で間合いを詰め、修斗の襟首を掴んでいた。修斗はそれ以上何も言えず、目の前の小柄な先輩に慄くしかなかった。

これが修斗と友永兄妹とのファーストコンタクトであった。


ーーーーーーーーーー



「友永広樹?」
「あぁ、二年に居るだろ?小さくてこう…顔の薄い先輩」
「……ああ、あいつか」


未来は同級生ということもあって、ちゃんと広樹を認識しているようである。帰りの遅い両親の居ない食卓を、二人で囲みながら尋ねた修斗に、未来はしかめ面をした。


「ちょっと一匹狼な所あって、家の方向一緒の奴らともあえて一緒には帰らないんだよね。学校でも一人で居る事多いし」
「野球は?上手いの?」
「あたしより野球についてはあんたのが分かるでしょ?……ま、影が薄いのは確かよね」


修斗からしてみれば、一年間一緒に居た未来の印象にも残ってない人間、顔を合わせて一週間ほどの自分は、尚更認識できるはずがない。一匹狼。確かに、そんな雰囲気はあった。そもそもあそこまでのシスコン、引かれて当然だから友達もできにくいだろうし。


(……しかし、せっかくの激マブなのに、あんなオマケまでついてくるとはなぁ……トホホ……)


結衣の美貌と、広樹の薄い顔に張り付いた卑屈な表情。その両方を思い起こした修斗は、大きくため息をついた。



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「「「水戸川!今だかーっとばせよ!!水戸川!今だかーっとばせよ!!」」」


内野席からの野球部員の声援に送られて、左打席に中背の少年が向かった。ネクストからは、こちらは大柄な主将の内田が、少年に声をかける。


「水戸川!俺に回せ!」


その言葉に、少年はネクストを振り返り、ニッと笑った。


「もちろん。ちゃんと準備しといて下さい」


水戸川の身長は173cm。けして大きくはないが、左打席でボールを待つ構えは腰が座り、懐が大きい。


カーーーン!


ボールを手元まで引きつけて打ち抜いたその打球は恐ろしく速く、右中間を真っ二つに切り裂いていく。走者がホームに帰り、打った水戸川は俊足を飛ばして悠々二塁へ到達した。


「……おいおい、あんまり打つと四番の俺の立場が無いぞ」


目の前でその打撃を見た内田は苦笑いでつぶやいた。





「さすが水戸川さんだぁ〜。5回戦でもうヒット10本目だよ」
「内田さんより最近目立ってるよなぁ」


春季大会は内野席から先輩方を応援している脇本と修斗。いつも喧嘩しながらでもずっと一緒なのは、やはり仲が良いと言うべきか。


「早く試合に出たい」


同じくベンチ外の佐田は、早くもウズウズしてきているようで、貪欲さを窺わせる。一年生で春の大会ベンチ入りはなし。まだまだこれからとはいえ、そうそうノンビリと構えてられないのが高校生というものだ。


(……ん?)


グランドを見つめる修斗と、目が合った選手が居た。といっても、試合に出ている選手ではない。水戸川の防具を引き取りにベンチから出て行った控え選手だ。背番号は20がついている。

その背番号20番は、友永広樹その人だった。


「……」ビッ
(は、はぁ?)


広樹は修斗とバッチリ目を合わせた後、中指を立て、そしてすぐにベンチに引っ込んでいく。


「ん?どうした?」
「いや、今友永さんにファックされたんだけど」


怪訝な顔をしている修斗に脇本が尋ね、その答えを聞いて脇本は不思議な顔をした。


「え?お前友永さんと絡みあんの?」
「いや、まぁ、ちょっと。で、何か目の敵にされてそうなんだが…」


脇本はメシウマとでも言いたげな嫌な顔をした。


「あの人陰険そうだからな〜。苦労するぜ、きっと」
「おい、やめろよ。縁起でもない」


修斗は脇本の頭をメガホンで叩き、それに怒った脇本が、またいつものように喧嘩がおっぱじまった。

季節は四月。時は過ぎてゆく。
 
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