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真夏のアルプス

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第5話 本性


「ボール!ボールフォア!」
「っかぁ〜〜」


マウンド上で修斗が顔をしかめた。キャッチャーの佐田はややため息交じりに首を傾げ、ベンチの長谷川監督は髭をさすりながら、もはや菩薩顏をしていた。


「津田!ど真ん中でいい!打たれても俺たちが守ってやる!」


ファーストから野太い声で頼もしく言い放つのは、二年生の上沼楼太。身長は182cm、体重も80キロあり、その大柄な体格は主砲の内田にも匹敵する。
その頼もしい先輩の一言に、修斗は苦笑いしながら返した。


「いやいや、上沼さん、さっきも同じ事言ってやらかしてくれたじゃないですか。この回の先頭上沼さんが弾いてなきゃ……」
「ええい!つべこべ言うな!名誉挽回の機会を与えろっちゅーとるんだ!フォアボールじゃ守備の出番がないだろうが!」


顔を真っ赤にする上沼。強面でありながら、一年生のこんな生意気な態度に陰険な態度をとらない辺り、まだ優しい方である。


「……」


ライトのポジションでは、広樹がニヤけた顔をしながら退屈そうに足元の土をスパイクで弄っていた。ポジションに就いているのは全員一二年生。この練習試合は下級生主体のメンバー構成で行われる、つまりは控え選手達のアピールの場である。


(そろそろストライク入れよう)
(!バカ、そんな棒球、ど真ん中投げてどうする!!)
カァーーン!!


四球で走者を溜めて、強烈な一撃。やってはいけないピッチングの、まさにお手本のような展開である。


バシッ!
「よっしゃー!」


しかし、相手打者の痛烈なゴロに、素早くサードの脇本が反応した。咄嗟にスラディングキャッチし、スナップだけでホームに送球する。キャッチャーの佐田がそれを捕球して、一塁目掛けて切り返しながら投げた。


「アウト!」
「うおらー!」
「……フッ」


満塁からホームゲッツーが成立。何故か送球を捕っただけの上沼が大声で喜び、佐田はこれくらい当然とばかりの無表情でベンチに帰る。


「二つ目だぞ」
「は?」


やっとの思いでベンチに戻った修斗に、脇本はしてやったりの顔で声をかける。


「前の回と合わせて、ファインプレーこれで二つ目。感謝しろよ。とりあえずジュース二本で手を打ってやる」
「あぁ?お前は野手だろ、球飛んできたら捕るのが当たり前だろうが!」
「それ言ったら、ピッチャーはストライク投げて当たり前だろうが!こんな四死球だらけのクソピッチの中でキッチリ守ってやった事に感謝ぐらいしやがれ!」
「何を!」


またまたいつも通りの掴み合いになりそうな二人の頭に、長谷川監督がため息をつきながらゲンコツをかました。二人は我に帰って、一瞬で静かになる。


「……津田、今日のところはお疲れさん。次の回から早川がいく」


呆れ顔の長谷川監督に、修斗は意気消沈した。ブルペンでは、日新中等部の元エース、1年の早川がビュンビュンとピッチを上げて投球練習している。それを見ると悔しかった。今日の醜態で、一歩遅れをとってしまった。


「はい……」


落胆して、ベンチ裏に引っ込んでダウンを始めようとする修斗。その肩を長谷川監督は咄嗟に掴んだ。


「おい、どこに行くつもりだ?」
「は、はぁ……」


突然の事にキョトンとする修斗。長谷川監督は無表情で、バッターボックスを指差した。


「次の回から早川が行くとは言った。だが、代打を送るとは言ってない。この回の先頭はお前だ。さぁ、さっさと行ってこい」
「は、はい!」


慌ててヘルメットを被り、バットを手にとって修斗は打席へと走った。その後ろ姿を相変わらずのニヤけ面で見送りながら、広樹が呟いた。


「……点取られるの分かってて、先発させましたね」
「……まぁな」


長谷川監督は、広樹に言われても表情一つ変えない。広樹はクククと、嫌らしい引き笑いを見せた。


「奴の本性には、とっくに気づいていらっしゃるのに。好きですよ、そういう所」
「お前の好き嫌いなんぞ、俺は一切問題にしとらん」
「そうですね。自分のような卑屈さと、聞き分けのないガキに効果的に話を聞かせる知恵とは、無関係の事ですからね」
「……たわけ」


呆れたように言った長谷川の口元は、しかし先ほどに比べて幾分緩んでいた。



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(……バッティングかぁ。高校入ってからあんまやってなかったんだよなぁ。バットも全然振ってないし。うわ、硬式バットって重たっ)


右打席に立った修斗は、初めてちゃんと握った硬式バットの感触に目を丸くしつつ、相手投手投球を待つ。唐突に命じられた打席だが、戸惑ってばかりもいられない。


(……せめてバッティングだけでもいいとこ見せたいよなぁ)


修斗は投球の不甲斐なさの汚名返上とばかりに、初球からガンガン食らいつく。しかし相手バッテリーも、力みが見える修斗の様子を察知していたのか、緩い変化球で打ち気を逸らしてきた。


(ちょっ、初球から変化球かよ!)


ストレートのタイミングでフルスイングしようとしていた修斗の腰は砕け、小手先だけでボールを迎えにいく形になった。咄嗟に右膝をつきながら、全身を沈み込ませた。


コキッ!


引っ掛けたフライは、しかしフラフラとサードの後方へ。ショートが追うが、レフト線にポトリと落ちてしまった。


「!?」
「セカン!セカン!」


緩い当たりがポテンヒットになった事に、やや落胆気味に足を緩めた守備陣は、ベンチからの声にドキッとした。振り向くと、修斗が一塁を回って2塁に向かっていた。その加速には何のためらいもない。結局、打球を処理したレフトは2塁に送る事さえできなかった。


「オラァ!何を気抜いとるんだ!」


相手校の監督が、緩慢な守備陣に怒号を発する。


「まぐれ当たりにしてはよくやったぞ!」
「つまらんヒットをツーベースにするとは、がめつい奴だな!」
「お前の根性に相応しい薄汚れたヒットだぞ!」


日新ベンチからの野次はそれ以上に大きく、散々な言われようの修斗は2塁ベース上で、「何で打ったのに文句言われてんだ俺は!」とカッカしていた。


「……ダラけた守備に気を取られて、誰も気づいてない」


広樹は、ちょっと異質な自軍ベンチの盛り上がりに乗っかることも無く、相変わらずブツブツつぶやきながら、ネクストへと向かう。


「今の二塁への加速、メチャクチャ速かったのにな」


広樹が2塁へと視線をやると、ベンチからの野次に負けじと言い返している、無邪気な修斗の姿が。それを見て、広樹は呆れたように息をついた。


「……ま、こんな毒虫の長所なんて、気づいてやる必要もないんだが」


季節は6月に入ろうかという所。高校生活は足早に過ぎていく。
 
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