ルドガーinD×D (改)
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四十三話:Are you prepared to destroy the world for the sake of a girl?
分世界の存在を知り、分史対策室のエージェントとなったルドガーの元にヴェルから分史世界探知の知らせが入り、ルドガーは若干の緊張感を漂わせながらクランスピア社へと向かう。そしてクランスピア社内に入った所で何故かジュード達がルドガーとエルの元へとやってきた。そんなジュード達にルドガーが不思議がって来た理由を尋ねると、ジュード達はルドガーの分史世界破壊に同行させて貰う為に頼みに来たのだと言う。
『これ以上巻き込むわけにはいかない……』
そんなジュード達に対してルドガーはみんなはみんなでやらないといけないことがあると思って断ろうとするがそんなルドガーに対してジュードが首を振って口を開く。
『巻き込まれるんじゃないよ。分史世界が、源霊匣の障害で、この世界を危険にさらすものなら……僕は、この世界を守りたい。そのためにルドガーの力を貸してほしいんだ』
『ジュード…みんな……ありがとう』
ルドガーはジュード達の揺るがない決意を見てここで断るのは無粋だと感じてジュードと握手をする。そんな様子に今までルドガーの不幸を見続けて来た黒歌達はルドガーの周りに良い仲間がいてくれてよかったと過去にも関わらず思わず涙ぐんでしまう。そんな様子にヴェルも機密を守るという制約を課し、ジュード達の同行を許可し、任務の説明へと入る。
『分史対策エージェントの任務は、分史世界に侵入し、時歪の因子を破壊することです。時歪の因子は分史世界を形成する要。通常、“何ものか”に擬態しています。』
『“何ものか”の手掛かりは?』
手掛かりが分からないことには探すのにも一苦労な為、アルヴィンがてっとり早く見つけられるように最低限の情報をヴェルに求める。
『時歪の因子である可能性が高いのは、正史世界と『最も異なっているもの』です。物質だけでなく、人に憑りついている場合もありますので、ご注意を』
その説明に対してルドガーは軽く頷く。今までルドガーが壊してきた時歪の因子は二人が人間、しかも片方は兄なのでそういった事もあるという覚悟はある程度できていた。
その後、ヴェルからGHSに分史世界の座標を受け取ると、人目のない所に移動し、ルドガーがGHSの座標を頭の中でイメージして分史世界への侵入点を繋げ、初めて自分の意志で分史世界へと行くことに成功した。そしてルドガーが目を開けてみると場所はトリグラフ中央駅だった。そこにヴェルから電話が入る。
分史世界であるにもかかわらず電話がつながることに驚く一同だったが骸殻の力を利用したというヴェルの説明に一応は納得する。そしてヴェルから、時歪の因子は骸殻能力者が接近すれば反応が現れ、時歪の因子を壊せばこの分史世界も壊れると教えられ、さらには時歪の因子を壊せるのは骸殻能力者であるルドガーだけであると教わる。そして最後に―――
『時歪の因子を破壊しない限り正史世界には戻れませんので、ご注意を』
『なっ!?』
かなり重要なことを伝えて電話を切るヴェル。そのことにしばらく唖然とするルドガー達であったが、考えていてもしょうがないと割り切りすぐに時歪の因子の捜索を始める。すると正史世界では列車テロにより壊れたはずのアスコルド行きの列車のアナウンスが流れていたのでそこが怪しいと踏んでルドガーはアスコルドへと向かう。だが、それだけではまだ確定といえる条件は無いのでジュードとレイアはルドガーと分かれて他で情報収集をすることになった。
『来たのか、アルフレド』
『ジランド!』
自然工場アスコルドに到着したルドガー達の前にアルヴィンの本名であるアルフレドと呼ぶ男が現れる。そしてその男に対して驚愕と若干の嫌悪が混ざった表情で名前を叫ぶアルヴィン。ジランドはアルヴィンを分史世界のアルヴィンと勘違いして叔父である自分を呼び捨てしたことを窘める。
そんな様子にローエンがアルヴィンにある提案をする。その提案とはこの世界のアルヴィンのフリをしてジランドから情報を引き出すというものだ。それに賛成したアルヴィンはすぐにジランドに先程の無礼を詫びる。
『すまない、叔父さん。以後、気をつけます』
『……わかればよい』
アルヴィンはジランドに軽く謝ると、すぐにアスコルドの成果を見せて欲しいと頼む。それに了承したジランドはアスコルド工場の案内と説明を始める。なんでもこのアスコルド工場にはジランドがどうにかして捕獲した大精霊アスカがいて、そこからエネルギーを採取して食糧生産に回しているらしい。そこまで聞いて、アルヴィンはルドガーにジランドが時歪の因子か否かを聞いて違うと分かるとアスカの場所を聞き出して用済みとばかりに気絶させる。
『ごめんな、叔父さん』
『アルヴィン、乱暴すぎですよ!』
そんな様子に流石にやりすぎだと感じたのかエリーゼがアルヴィンを咎めるがアルヴィンはそんな言葉などまるで気にも留めずにさっさとアスカを確かめに行くべきだという。エリーゼと同じようにアーシアもやりすぎだと思うがアルヴィンの次の言葉を聞いてその顔をすぐに歪めることになる。
『この世界を壊しにきたんだ。そうだろ、ルドガー』
『……ああ。直接的だろうが間接的だろうが結局は全部壊すことになるんだ』
ルドガーもアルヴィンの言葉に頷き何かを抑え込むような顔をしてそう口にする。そんな様子に黒歌達も複雑そうな顔でルドガーを見つめる。ルドガーという男は優しい。心の底では例え分史世界であっても壊したくないと思っている。しかし、彼は大人でもあるために正史世界を守る為には仕方がないと頭では分かっているためにそう口にするのだ。
「世界を壊す……改めて考えても重いね」
「ああ……あいつ、ずっとこんなことしてきたのかよ」
改めて思い知らされた世界を壊すという重みに祐斗がポツリとこぼすとイッセーもそれに同意し、それを直接行うであろうルドガーの心境を思いやる。
その後、アスカの元に到着したルドガー達であったが意識の戻ったジランドに襲われてその騒ぎの中で拘束されているアスカを解き放ってしまう。その後、暴れるアスカに襲われたもののなんとか勝利することに成功する。アスカからは時歪の因子の反応はないが取りあえず装置を破壊してアスカを開放するルドガー。
『クルスニク一族……』
『しゃべった!』
『まだカナンの地を見つけられないのか?』
突如話し出したアスカに驚くエルとルドガー。だが、そんな様子を気にも留めることなくアスカは話し続ける。
『始祖と同じく、我らとの共存を望むなら、カナンの地へと急ぐことだ。そろそろ二千年……オリジンが魂を浄化するのも限界だろう』
『オリジン……?』
アスカが言うにはオリジンは“無”を司る大精霊の王だという。黒歌達はまだこの時、知らなかったがオリジンはルドガーやヴィクトルが自分達の世界に来る原因となった張本人である。そんな話が行われている中でジランドが再び起き上がりアスカに向けて銃を乱射する。しかし、ジランドは次の瞬間にはアスカに襲われ、その牙で容赦なく引き裂かれ断末魔の悲鳴と共に死んでいった。
『だが、人間はかくも傲慢……今なら、クロノスの気持ちも分かるぞ』
それだけを言い残してアスカは光を放ち始め、最後に一瞬の強い光を残して消え去っていった。そんなところに情報収集に行っていたジュードとレイアが駆けつけてきて成果を教える。ヘリオボーグの先の荒野で髪の長い精霊の目撃情報があったらしくルドガー達は次元の避けた丘と呼ばれる場所へと向かう。
次元の避けた丘に着いてみると正史世界にはあった次元の避け目は見当たらなかった。そのことからジュードとレイアとアルヴィンはこの分史世界は未だに断界殻が解放されずに残っているという推測を立てる。それに対してルドガーもよくわかっていないながらも頷く。
『ルドガー、ホントにわかってるー?』
『エル、こういう時はスルーしてやるのが大人の対応だぞ』
『パパがいってた。自分の間違いをみとめられない人はいつまでもたってもこどもなんだって』
『ぐっ!?』
若干八歳の少女に言い負かされて思わず膝をつくルドガー。そんなルドガーとエルの様子にジュード達も笑い、和やかな場に空気が流れる――――はずだった。その空気は突如としてルドガー達の前に閃光と共に現れた長い白銀の髪をたなびかせた褐色の肌の男によって壊される。
『長い髪の精霊!?』
悠然と宙に佇み男は件の髪の長い精霊だ。精霊は獣の様な耳を少し動かし、ゆっくりと目を開き、ルドガー達を見下ろして口を開く。
『……あちらもこうであれば、彼の地へ手出しできないのだが』
『彼の地……それって! カナンの地のこと?』
髪の長い精霊の前に駆け出し、エルがそう叫んで尋ねる。しかし、精霊はエルの質問に答えることなく手を上げて精霊術をエルに向けて容赦なく放つ。
『きゃあああ!』
『エル!?』
ジュードが叫び声を上げるが無情にも精霊術はエルの周囲で巨大な爆発を起こす。そのことに思わず呆然とするイッセー。まさか子供であるエルが真っ先に犠牲になってしまうとは思っていなかったのだ。しかし、爆煙の向こうにある者を発見する。
『怪我はないか……エル』
『ルドガー!』
煙が晴れた先に居たのはクォーター骸殻を纏ったルドガーだった。ルドガーはエルに精霊術が当たる寸前にその身を挺してエルを庇っていたのである。しかし、思った以上にダメージが大きかったらしくルドガーは膝をついてしまう。その様子に黒歌は心配すると同時にルドガーに身を挺して守られるエルに少し妬いてしまった。だが、すぐにそんな自分を恥じて髪の長い精霊に再び集中する。
『クルスニクの一族。あきもせず“鍵”を求めて分史世界を探りまわっているのか』
髪の長い精霊がそう呟くと同時に数発の銃声が鳴り響く。アルヴィンが精霊に向けて発砲したのだ。しかし、驚くべきことに精霊はアルヴィンが撃った三発の銃弾を全て片手の指の間に止めてみせたのだ。そのことにヴァーリと美候が感嘆の声を上げる。そしてアルヴィンは精霊に殺気交じりに問いかける。
『何様だよ、お前?』
『我は、カナンの地の番人……大精霊クロノス』
その言葉に動揺するルドガー達。それは無理もないだろう。分史世界を創り出していると言われたその全ての元凶が今、目の前にいるのだから。
『貴様らも時空の狭間に飛ばしてやろう……人間に与する、あの女マクスウェルと同じようにな!』
『マクスウェル!?』
クロノスの言葉を聞いた瞬間にジュードは強く拳を握りしめ、クロノスと戦う構えを見せた。その普段とは変わった姿に唖然とするルドガーだったがジュードが接近してきたクロノスに既に殴りかかっていたので慌てて加勢に入る。そのままクロノスと戦い、黒歌達が確実に相手の動きを止めるぐらいの攻撃を与えられただろうと思うほど攻撃をルドガー達は与えたのだが―――
『……汚れてしまったな』
クロノスは傷一つない姿で、気だるそうに左肩についた汚れを払うだけであった。そのことに黒歌達も驚きの声を上げてしまう。
「なんなの、あれ……まるでダメージを負っていないなんて」
「……どんな体をしていたらあれだけ受けて無傷でいられるんですか」
リアスと小猫がクロノスの圧倒的な強さの前に戦いていると、クロノスは軽く首を鳴らすと、ルドガー達に向けてレイザーのような術を放った。そのことに避けられないと判断したルドガーは目を瞑って来るべきに衝撃に備えるがいつまでたっても衝撃は来ない。その事を不思議に思ったルドガーが目を開けるとそこにはルドガーがこの世界で最も安心できる居場所である大きな背中が目に入った。
『兄さん!?』
『時計を! お前の!』
骸殻に変身してルドガーをその身を挺して守っているユリウスであったが、クロノスの圧倒的な力の前に押され始めている。そこでユリウスは振り向いてルドガーの時計を求める。そのことに少し迷ったルドガーだったが、兄の言う事を聞けば大丈夫だという本能的な考えから時計を差し出す。
『ぐっ……うおおおっ!』
ユリウスがルドガーの差し出された腕を掴むと、強烈な光がユリウスを包み込んでいき、そこから現れたユリウスはクロノスの術を弾き返す。
「あれは……骸殻が変わっています」
朱乃の言う通りにユリウスの骸殻は当初のハーフ骸殻からスリークォーター骸殻に変身を遂げていたのだ。その事に朱乃は、骸殻は時計を複数使用すれば力が上がるのではないかと考えるがまだ確証はない。
『ルドガー!』
ユリウスはルドガーの手を引いて、弾き返したクロノスの術から生まれた空間の歪みへと飛び込んでいく。それに気づいたアルヴィンもエルを抱えてルドガー達の後を追うように歪みに飛び込み、ローエンとエリーゼもそれに続く。
『ルルも!』
『『わかってる!』』
『ナァ~~~!』
最後にその重量の為に二人がかりでルルを掴んだジュードとレイアが歪みに飛び込みクロノスから逃れることに成功した。そこで、また場面は移り変わる。
時空の歪みから飛ばされたルドガーはエレンピオスとは違うリーゼ・マクシアの緑あふれる景色の中にある、社の境内らしき場所に倒れていた。そこで意識が戻ったルドガーが辺りを見渡してみるがそこにはジュードとレイア、そしてエリーゼとティポしかおらず。エルとユリウス、ローエンとアルヴィンの姿は見当たらなかった。
『ジュ、ジュード! 大変だ! エ、エ、エ、エルが居ない! 一人で寂しくて泣いているかもしれない。もしかしたら怪我をしているかもしれない。お腹を空かせているかもしれない。エル、エル、エル!』
エルがいないことにパニック状態になって慌てまくるルドガー。
そんなルドガーを落ち着かせるべく必死にジュードが声を掛ける。
『お、落ち着いてルドガー。エルも近くに飛ばされているはずだし、アルヴィンもついているから大丈夫だよ。麓にニ・アケリアって村があるから僕達もそこに向かえば会えるはずだよ』
『エルゥゥゥゥウウッ!』
『ちょっ! ルドガー!?』
ジュードの麓の村に行けばエルと会えるという言葉を聞くや否や走り始めるルドガー。そんなルドガーにレイアが慌てて声をかけるがルドガーは聞きもせずに猛然とダッシュしていく。そんなルドガーを追いかける感覚でジュード達もニ・アケリアへと走り出すのだった。これが後のエルコンの始まりだとは誰も知らずに。
「なるほど、これが親馬鹿というやつか」
「男の子でも女の子でもどっちでも俺達の子どもなんだから可愛いだなんて……にゃふふふ」
「……すいません。……一発殴って姉様をトリップから引きずり戻しますんで先輩達は気にしないで下さい」
ゼノヴィアの親馬鹿という言葉に自分達の将来を想像して思わずニヤけて意識が飛ぶ黒歌を小猫がどこかに引きずって行くのをイッセー達は黙って見ている事しか出来なかった。その間にも場面はルドガーが走っているために目まぐるしく変わっていく。
道中、魔物の群れに襲われたルドガーは一刻も早くエルに会うために骸殻を使って一掃しようとするが、何故か骸殻が発動せずに驚いて仲間たち諸共、固まってしまう。その隙を野生の魔物が逃すはずもなくルドガーは万事休すかと思われたが―――
『ぼさっとしないで!』
そこに突然、金色の髪をたなびかせ、ルビーの様な目を輝かせた一人の女性が現れる。女性は魔物を次々と斬り捨てていき、最後に精霊術でルドガーの後方にいた魔物を消し飛ばしてしまった。
『この辺りは、私達の聖域よ。部外者は立ち去りなさい』
『待って!』
ジュードの呼び止める声も聞かずに女性はそのままニ・アケリアのある方へと歩き去ってしまう。状況の分からないルドガーだったがエリーゼ達の話から彼女は正史世界でジュード達の仲間であったミラの分史世界の存在だと聞かされる。その事にも、骸殻が使えなくなったことにも色々と思う事があったが取りあえずルドガーはエルに会うために二・アケリアに急ぐのだった。
「どうして、ルドガーさんは骸殻が使えなくなってしまったのでしょうか?」
「さあな、エネルギー不足とかそんなのじゃねえのか?」
ルフェイの呟きに美候がそう返すが、ビズリーはそんなことなど一言も言っていなかったためにルフェイの疑問は晴れなかった。この事がこれからの旅路に大きく関わることをまだ彼女達は知らない。
ニ・アケリアに着き、エルと感動の再会を果たしたルドガーだったが、その顔はユリウスと話すために彼の前に行ったことで渋いものに変わる。いつもであれば自分に対しては微笑みかけてくれるユリウスが無表情で自分を見つめるだけなのだ。
その事に戸惑いながらもユリウスに尋ねようとするがタイミングの悪い事にヴェルから電話がかかってきて時歪の因子と同化した『カナンの道標』なるものの回収を言い渡されてしまう。概要自体はユリウスに途中で電話を切られてしまったので最後までは聞けなかった。
その後、ユリウスはルドガーに後は俺に任せて、時計を渡せと言う。自分が心配しているのにも関わらず何も話そうとしないユリウスにルドガーは苛立って時計を地面に叩きつける。そんなルドガーの対応に少しだけ苦しそうな顔をするユリウスだったがすぐにその表情を隠して時計を拾おうとするが。
『これは、エルのパパの!』
エルがパパの時計だと言って覆いかぶさってユリウスが時計を拾うのを妨げる。そんなエルに対してエルの物でもなければ父親の物でもないと諭すように返すユリウスだったがエルの次の言葉で表情が一変する。
『そうなの! パパとルドガーの時計が、ひとつになったんだから!』
『やはり、この子が…………………か! それにこの子の父親は…っ!』
何かを確信してまるでエルを射殺すような目をしてボソリとルドガー達には聞こえないように呟くユリウス。そしてすぐにエルの父親に対して思い当たる節があるのか苦虫を噛み潰したような顔になり、エルを見つめるユリウス。しかし、突如として自身の左腕を抑えて苦しそうにし始める。
『騒がしいわね。親子げんかなら他所でやって』
そんな空気の中、先程ルドガー達と出会ったミラが現れ、丁度お腹を空かせて盛大にお腹を鳴らしたルルに対して何か食べさせてあげると言い、ルルとさらにはエルまでも連れて行ってしまった。そんな様子にやっとエルと会えたと思ったのに引き離されたルドガーはすぐにエルの後を追う事にした。
「ユリウスさん、何か知っているわね」
「それにエルの父親が誰かも気づいているのかもしれないにゃ」
ユリウスが何かを知っていると確信して呟くヴァーリ。黒歌はユリウスがエルの父親の正体を気づいたかもしれないと考えたが、ユリウスが何も話さない以上はそれらが分かるはずもなく、ただ、エルを探して民家を手当たり次第にあたっていくルドガーについて行くことしかできなかった。
その後、無事にエルとルルを見つけることが出来たルドガーは戻って来たミラに勝手に入るなと言われたりして若干へこんだものの、エルがミラの作ったスープを褒めると褒められ慣れていない為か頬を赤らめて照れ隠しするミラの姿を見て気を取り直してホッコリとした気分になっていたがある人物の登場でその気分はすぐに無くなる。
『お帰りなさい、姉さん』
ミラがこわばった顔で見つめる先には目を閉じたミュゼが居た。
『臭い。お前、また人間の食べ物を作っていたのね』
『ごめんなさい。この子たち、お腹すいていたから―――あうっ!』
震えながら事情を話すミラへミュゼは精霊術を放つ。臭いと動けないと言っていることからどうやらミュゼは視力を失っているらしい。そんなミュゼにエルが抗議しようと飛び出そうとするがルドガーがエルの腕を掴んで引き止める。しかし、その瞬間、どういうわけか骸殻が発現し、ミラを驚かせる。さらに今度はミュゼの体から時歪の因子の証である黒いオーラが放たれてさらに驚く。その後、ミュゼとミラはどこかへ行ってしまった。そこで再び場面は移り変わる。
『……時歪の因子を壊せば、昔の姉さんに戻るのね?』
『……ああ』
場面はルドガーがミラを騙してミュゼの時歪の因子の破壊に協力させようとしている場面だった。ルドガーは時歪の因子を破壊すればミュゼは元の優しいミュゼに戻ると言ったが勿論そんなことは無い。時歪の因子を破壊すればミュゼもミラもこの世界ごと壊れて消えてしまうのだ。
それを隠しているルドガーの心境は実に複雑な物であったがこれも自分の世界の為だと必死に自分に言い聞かせて何とか自分を保っていた。そんなルドガーを黒歌達は複雑な心境で見つめていたがどうすることも出来ずに歯がゆそうにしていた。
結局の所、ミラはミュゼを元に戻すためとルドガー達に協力することに同意し、ミュゼの弱点は視力を失っているために音と匂いを消されると動けないということを教えた。それを聞いたユリウスが即座にミュゼの周囲に火をかけて空気を遮断する作戦を立てる。
『これでいいのか? ルドガー……』
『……良いも、悪いもないさ』
ユリウスはこれから、ルドガーが背負っていかなければならないものの重みを十二分に理解していた。だからこそ、ルドガーに止める機会を与えるような言葉を投げかけたのだ。全ては兄として弟を守りたいという想いの為に……。そんなユリウスの気持ちが分かるアーサーと黒歌は無言でユリウスを見つめる。
『若者をいじめるなよ。仕事には、こういうこともあるだろう』
『わかっているさ。だからこそ、俺は兄として……』
最後まで言い切らずにユリウスは歩いていく。その背中にはルドガーを関わらせたくなかった事に関わらせてしまった後悔がありありと出ていた。その後、ニ・アケリア霊山の頂上に着いたルドガー達が見たものは、祈りを捧げる様に何かに語り掛けているミュゼだった。
私が気を引くとミラが話しかけるが、ミュゼの度重なる拒絶の言葉に感情が爆発したミラ自身が火の精霊術でミュゼの周囲を炎で包み込む。そのことに動揺するミュゼに対してチャンスだと思ったミラがルドガーに合図をだし、ルドガー達は一気にミュゼの元に駆け寄る。しかし、ミュゼは片手でいとも簡単に炎を打ち消してしまう。その事に動揺したルドガー達は足を止めてしまう。
『お前……私を裏切ったなっ!』
次の瞬間、ミュゼは見慣れた時歪の因子が憑依した黒く禍々しい姿へと変わり果てる。その姿に思わず、ミラは化け物とミュゼに対して言い放ってしまう。それが気に入らなかったのかミュゼは精霊術をミラに向けて放つ。姉のあまりの変わりように動揺して動けないミラを心配してエルまでもがミラの元に行ってしまう。
『まずい! ―――ぐっ!?』
エルを助けるためにユリウスはすぐに動こうとするがどういうわけか左腕に痛みを覚えてその手を抑えてその場でうずくまってしまう。そんな動けないユリウスの代わりにルドガーが骸殻を纏って飛び出し、エルとミラの前に立ち、間一髪のところで自身の槍でミュゼの攻撃を防ぐ。
『エル、ミラ、無事か?』
『エルは大丈夫……』
『………無事よ』
二人の無事を確認してホッとして二人に微笑みかけるルドガーだったが直ぐに意識をミュゼに集中させて戦闘を開始する。その後、ルドガー達は苦労しながらも戦いミュゼを地面に伏せさせるほど消耗させることに成功する。
『もう動かないで!』
ミラは姉にそう言葉を投げかける。自分自身が姉を傷つけたのではあるがそれは他ならぬ姉を想っての行動だ。傷ついた姉なら昔のように分かり合うことが出来るかもしれないとそう僅かに希望を抱くミラだったが―――
『よくも……人間の分際で、よくもっ! 死ね、死ね、死ね、死ね!』
その気持ちは伝わらずにミュゼは死ねと連呼しながら本気でミラの首をその手で絞めあげる。その事に茫然としたミラはミュゼの手を振り解くことも出来ない。エルがそんなミラを救うべくルドガーに助けを求める。しかし、エルは子供ゆえの純粋さからルドガーに残酷な選択を課したことに気づいていない。
何故なら、ルドガーにはミラを救う必要など欠片もないのである。所詮はミラもこの世界を消せば消える存在なのだ。そんな者を救う価値など、どこにもない。寧ろ、無防備なミュゼを殺す絶好の機会なのである。己の使命を優先させるならミラなど助けずに真っ先にミュゼを殺すべきだろう。世界の為を考えればそれが最も正しい選択だ。しかし、ルドガーという人間は―――本当の意味で世界の為に個を犠牲にするような覚悟が持てなかった。
『ミラから離れろ!』
ミュゼとミラの間に槍を突き入れ、ミュゼをミラから離れさすルドガー。邪魔をされたミュゼは怒り狂いルドガーに怒涛の攻撃をしかけてくる。その攻撃をなんとか槍でさばいていたルドガーだったがついに耐え切れなくなり槍を吹き飛ばされてしまう。そしてミュゼがルドガーに止めを刺そうとした時―――
『―――え?』
ミュゼの背中からルドガーの槍が突き抜け血が溢れ出て来た。ミュゼは茫然とした顔で気の抜けた声を出す事しか出来ない。勿論、ルドガーが刺したわけではない。それが分かっているからこそミュゼはそんな声を上げたのである。
『姉さんが……悪いのよ』
ミュゼの後ろにはルドガーの槍を持ち、ミュゼを貫くミラが居た。顔を伏せながらそう言うミラの姿に小猫はもしかしたら自分もああなっていたのかもしれないと思い、悲しそうに顔を伏せる。
『お……前……なんかに……』
『お前じゃない! ミラよっ!』
『ミラアアアッ!』
背後からかけられた声で誰が自分を刺したのかを理解したミュゼが振り返り、その名を絶叫する。
『うおおおっ!』
落ちた槍を拾い直し、ルドガーはミュゼに一気に詰め寄り、ミュゼに―――世界に止めを刺す。時歪の因子を失ったミュゼは最後に妹にむけて断末魔を残して消滅し、残った物はルドガーの槍の先にある時歪の因子だけとなった。
「世界を壊すって……こんなに辛いことなんですね」
消え去った姉を追い求めているのか、はたまた、誰かに握って欲しくてなのかは分からないが茫然としながらも手を伸ばすミラを見てギャスパーがポツリと零す。しかし、彼はまだ知らなかった。この程度の悲劇など世界を壊す上では序の口だという事を。
ルドガーは茫然としながらも手を伸ばすミラを見て、救えないと、今から自分が壊すのだと理解していながらもその手を掴む様に手を伸ばしてしまう。それが贖罪なのか、自分の中での罪悪感を減らす為なのかは、彼にも分からなかった。しかし、そんな彼の手をミラは掴もうと手を近づける。その時―――
『ミラ!』
駆け寄って来たエルが彼女に抱き着く。それとほぼ同時に世界が砕け散り、ルドガーは正史世界の二・アケリア霊山に飛ばされていた。骸殻を解いたルドガーの片腕にはカナンの道標らしき物が浮いていた。しかし、世界とミラを壊して得たという事実にルドガーの顔は浮かない物であった。そんなルドガーの様子に気を使ってかレイア達も声を掛けかねている。そんな時だった。
『っ…なんなの……今の?』
『ミ……ラ?』
その場にいるはずの無い声に、ルドガーはあり得るはずの無い名前をかすれた声で紡ぐ。しかし、彼女は彼の目の前に現実として存在した。しっかりとエルと手を繋ぎながらこの正史世界に。そのことに訳が分からないルドガー達と黒歌達であったがただ一人ユリウスだけは、やはりと心当たりがあるように呟く。
『姉さんはどうなったの!? 何が起こったのか説明してよ!』
『……お前の世界は、俺が壊した』
その言葉に訳が分からないミラであったが一つだけ分かったことがあった。ミラは拳を握りしめ、振り上げてルドガーの頬を全力で殴りつけた。ルドガーはそれを甘んじて受け入れる。全ては自分が彼女の世界を壊したのがいけないのだから。
『私を騙したのね!』
『やめて、ミラ! ルドガーの仕事なんだよ!』
『エル、いいんだ。俺はそれだけの事をしたんだ』
事情を知るエルがルドガーを庇いに入るがルドガーはそれを制止する。しかし、そんな事でミラの怒りが収まるはずもなく、怒りの言葉を吐き続ける。
『ふざけないで! 世界を壊す仕事なんてあるわけ―――』
『あるんだよ、それが』
ユリウスが間に入り、ミラの言葉を止めさせる。ルドガーやエルであれば仕事と割り切れていない甘さがあるために止められなかったがユリウスは違う。百以上もの分史世界を破壊してきた彼はこれ以上の苦悩をしてきた。
その為に仕事と割り切ることもでき、また正史世界の為ならどんなことでも出来る覚悟がある。その為にその言葉は重く、ミラの怒りを押し止めることが出来たのだ。最も、その事はまだ誰も知らないのだが。その後、ジュードから連絡を受けたルドガー達は一先ず、ニ・アケリアで合流することになり、そこで場面は移り変わった。
場面はルドガーが二・アケリアに戻り、合流したジュード達に経緯を説明している所だった。その内容にジュードはショックを受けるがルドガーを責めることはしない。何故なら、最初からミラ諸共世界を壊す気だったからだ。ルドガーは手に入れたカナンの道標をジュード達に見せるために取り出すがそれをユリウスが掠め取る。
『兄さん、何を!?』
『わかったはずだ、ルドガー。また、こんな思いをしたくないだろう。これからも世界を壊し続ける重みにお前は耐えられるのか?』
『でも……兄さんだって』
『ルドガー……お前の優しさは美徳だ。だがな、世界を壊す上では苦しみの原因にしかならない。今回の世界はまだ軽い方だ。お前に壊せるのか? 誰もが幸せな世界を、失われた幸せを享受する友を、かつて救えず後悔した者を、異なる自分を、笑って運命を受け入れる家族を、お前は壊せるのか、ルドガー?』
ユリウスの言葉にルドガーはカナンの道標を取り戻す手を止めてしまう。仕事である以上はここで道標を取り戻さなければならない。ルドガーも頭では分かっている。しかし、心では、このままユリウスに言われるがままに止めてしまいたいと思っている。そんな情けない自分の覚悟にルドガーは激しく自己嫌悪する。
ユリウスの言葉は何としてでも弟を止めるために厳しいものであったが、それらに嘘偽りなどない。その全てをユリウスは壊してきた、心をすり減らしながらも必死に壊してきたのだ。だからこそ、そんな思いを大切な弟にはして欲しくないから止めるのだ。最も、真にルドガーを遠ざける理由はまだあるのだが。
『よお、ユリウス元室長。元室長はこういう若者の邪魔が趣味だったな』
『ちっ、リドウか……話すな!』
その時、イバルを引きつれたリドウがルドガー達の前に現れ何かを知っているのか兄弟の会話に割り込んでくる。そのことにユリウスは普段の行いからは決して考えられないような舌打ちをして、リドウに口止めをしようとする。しかし、リドウはその反応を見てニヤリと笑い実に楽しそうに話を続ける。
『例えば……ルドガー君が入社試験で不合格になるように仕組んだりさ』
『……え?』
言われた意味が分からず、呆然とするルドガーだったが、すぐにその意味を理解してユリウスに詰め寄り、抗議の声を上げる。
『本当なのか、兄さん!? 俺が百社以上就活で回ることになったのは兄さんのせいなのか!?』
『あ、あれは……とにかく、百社以上回ることになったのはすまないと思っている』
『あの、時刻表とルルの肉球だけがオアシスだった俺の就活期間を返せ!』
ルドガーは真剣に怒りをあらわし、ユリウスも相当ばつの悪そうな顔をしている絵面だけ見ればかなりの修羅場なのだが、ルドガーの発言のせいで見ている者は若干気が抜けている。そんな様子にけしかけたリドウも微妙そうな顔をして兄弟の様子を眺める事しか出来ない。
黒歌達はそんな様子を見ながらもルドガーの入社試験の時にユリウスが呟いていた言葉の真意を知る。ユリウスはルドガーが骸殻能力者であることを知っており、分史世界に関わらせないためにワザと試験に落とすように細工したのだと考える。しかし、この考えはあっているようで、まだ真実が隠されていることに黒歌達もルドガーもこの時は気づけなかった。
『さて……室長として命令するぞ、ルドガー君。ユリウスを倒して、カナンの道標を回収しろ』
気を取り直したリドウがそうルドガーに命じる。その命令に戸惑うルドガーとユリウスをを見ながらリドウはこんなにも愉快なことは無いとクツクツと笑う。腐れ縁とも呼べるムカつく相手をその弟を使って傷つけられるのだ。ルドガーはリドウの命令に一瞬悩みながらもユリウスと戦う姿勢に入る。
『ルドガー……俺を信じてくれ』
捨てられた子猫の様な目で見つめて来るユリウスにルドガーは一瞬たじろぐが、今まで兄に守られていた自分との決別の意味を込めて剣を握る。
『ルドガー…っ!』
『兄さんを信じられないわけじゃないんだ……ただ、これは俺の覚悟を決めるために必要な事なんだ!』
それだけ言って、ルドガーは苦悶の表情のまま寂しそうな顔をするユリウスに斬りかかっていく。そしてルドガーはユリウスを倒すことに成功するがその顔は浮かなかった。兄と戦ったのはもちろんだが、何よりユリウスが手加減をしていたのが分かってしまったからだ。
何度も手合わせしたことがあるがいつもユリウスは自分にとっては越えられない壁だった。それは今でも変わらない、にもかかわらず自分が勝った。その事実が、ユリウスが今まさに捕まえられそうだというのに、決して自分を傷つけぬ様に手を抜いたことを如実に表していた。自分はまた守られてしまったのだとそう思わずにはいられなかった。
そんなルドガーの様子を黒歌と白音は悲しそうに見つめる。ルドガーが居てくれたからこそ二人はこうして元の仲の良い姉妹に戻れた。しかし、ルドガーがいなければ自分達がああなっていたのかもしれないと思い、その中心にいるルドガーの気持ちを思いやる。そこで場面は移り変わる。
『よくやった、ルドガー。期待以上の成果だ。……それにしても、実に優秀な弟だな、ユリウス。私も鼻が高いよ』
場所はクランスピア社社長室で帰還したルドガー達と拘束されたユリウス。そしてそれを抑えるリドウが居た。そんなルドガーにねぎらいの言葉をかけ、次にユリウスに対して皮肉のようにルドガーを褒め称えるビズリー。ビズリー自身は皮肉ではなく素直に褒め称えているのだが、そんなことを知らないユリウスにとっては皮肉にしか聞こえなかった。
『お前と違って、俺はこんなことで評価される為にこいつを育てた覚えはない』
『こんなこと……人の世界を壊しておいてそれ?』
ユリウスの言葉に自分の世界を壊されたミラが噛みつく。壊された世界の人間からすれば自分の世界が価値の無い物のように言われるのは我慢ならなかったのだ。そんなミラの言葉にルドガーは一人苦悶の表情を浮かべるだけだった。
『話は聞いた。君が……』
『ミラよ。元マクスウェル』
『冗談ではなく?』
『世界を壊す会社こそ、冗談でしょ』
『望んでやっているわけではない。全ては正史世界のため、そしてカナンの地に辿り着くためだ』
そしてビズリーは語り始める。全てはカナンの地に辿り着くためであると、カナンの地はエルが言うように最初に辿り着いた者の願いを、どんなものでも大精霊オリジンが一つ叶えてくれるというのだ。
「まるで、主みたいですね」
「ああ、何でも叶えるとはまさに神の御業だ」
アーシアとゼノヴィアの元教会組がまるで聖書の神のようだと話し合う。常人であればおとぎ話と切り捨てることも神の奇跡を信じ続けて来た者達にとっては夢物語と断じることは出来ない。
『これは太古に人と精霊―――原初の三霊が交わした契約なのだ』
『原初の三霊……マクスウェル、クロノス、そして“無”の大精霊オリジン』
『奴らはこれを“オリジンの審判”と呼んだ』
オリジンの審判という言葉を説明するビズリーに本当にどんな願いでも叶うのかと聞くルドガー。それに対してビズリーは万物の始まりである“無”を操るオリジンは全ての精霊を制する存在なのだから、必ず叶えられると言う。イッセーはオリジンの審判にこれが以前ルドガーが言っていた審判なのかと納得する。
『彼等は、なぜそんな契約を?』
『力、意志、欲望……人間を試すためだと言う……が、人間の足掻く様を見て面白がっているのかもしれんな』
『精霊がそんなこと!』
『人の為に尽くす存在でもあるまい』
ローエンの質問に答えるビズリーだったがその精霊を悪者扱いする様な言い方にジュードが反論する。しかし、ビズリーから言い返されたことに思い当たる節があったのか押し黙ってしまう。そして、そこで本当に珍しいことにユリウスがビズリーの意見に賛成するように会話に入る。
『……真実かもな。事実、クルスニク一族は、カナンの地の一番乗りを巡って骨肉の争いを繰り返してきた。時に、父と子が―――』
ビズリーの方に一瞬だけ目を向けるユリウス。
『時に、兄と弟がな』
ビズリーがユリウスとルドガーを見ながらそう付け加える。黒歌達はクルスニク一族の血塗られた歴史に戦慄する。人間の欲望というものは簡単に家族の絆すら断ち切ってしまうという事実が黒歌達の心に重くのしかかる。
そんな空気の中、エルがよく分からない話に飽きて駄々をこね、アルヴィンもそれに賛同して道標を手に入れたのだからすぐにカナンの地に行けばいいと言うが、そう簡単なことではないらしく、カナンの道標は五つ必要で、今回、手に入れた道標『マクスウェルの次元刀』そして『ロンダウの虚塵』『海瀑幻魔の眼』『箱舟守護者の心臓』と後一つ不明の道標を集めなければならないらしい。
それに対してジュードが正史世界にカナンの道標を持ち帰ることがエージェントの真の目的だと言うが、分史世界の物質を正史世界に持ち込むのは誰にでも出来る事ではないらしくある特別な力を持つ必要があるという。
『我々は、その力の持ち主をこう呼んでいます。“クルスニクの鍵”と』
『ルドガー、お前がそうだ』
ビズリーの言葉で一同の視線がルドガーに集まるが当のルドガーはエルの力なのではないかと思い、エルと見つめ合う。しかし、それに対してユリウスが黙っていろと忠告してきたのでルドガーは何も言わないことにする。そしてビズリーは正史世界を救うためにカナンの地でオリジンに願い、個人の力では消去しきれなくなった全ての分史世界の消去を願うと言う。
そんな難しい話が続き、重苦しい空気が流れる中、エルのお腹が大きく鳴り空腹を知らせる。そのおかげで重苦しい空気はなくなり話は終わりへと進み始め、ビズリーが最後にルドガーに対してお前ならカナンの地へたどり着くことが出来ると期待を告げる。
『やってみます』
『ルドガー、お前はこんな……』
去って行くルドガーの背中に声を掛けようとするがもう、遅すぎることはユリウス自身がよく分かっているために途中で言葉を区切り、悔しそうに歯を噛みしめる。どれだけ足掻こうがもがこうが決して逃れることのできない一族の宿命。そう……これは―――呪いだ。
場面は変わりルドガーのマンションの外にある公園だった。あの後、エルとミラ、そしてジュードと共に食事をしたルドガーだったがエル用の『マーボーカレー』の美味しさに有頂天になったエルの子供ゆえの分史世界の破壊は偽物だから仕方ないと言う発言で食卓の雰囲気は一気に剣呑なものになりルドガーは針の筵に座っている気分になった。
エルに対して注意しようかとも思ったが壊した張本人である自分が言っても何の説得力もないので黙ることに決め、結局、食事を食べずに外に出て行ったミラをジュードが追っていったために二人分の食事が残ってしまった。その後、まるでついて来てと誘うかのようなエルに誘われて外に出て来たのがこの場面なのである。
『ルドガー、おしてー』
エルが公園のブランコに乗って足をパタパタさせながらルドガーにそう頼む。勿論、すでに若干エルコン気味なルドガーはエルの元に駆けよりエルを後ろから押す。
『任せろ、月まで飛ばしてやる!』
『ルドガーってタマにおかしくなるよね』
そんな会話をしながらまるで仲の良い親子のようにブランコで遊ぶ二人。そしてひとしきり遊んだところでエルが上目遣いでルドガーに語り掛ける。その時点でルドガーはエルのお願いなら何でも聞いて良いと思ってしまう。
『ねえ、なんとかのカギ―――ルドガーの“トクベツな力”って、エルと関係あるよね?』
『……そうだな』
『ルドガーは、エルがいないとこまるんだよね?』
不安そうな目で見つめて来るエルに対してルドガーが酷いことを言えるはずもなく即答する。
『力がなくてもエルがいないと困る』
『そっか、じゃあエルとルドガーは“アイボー”だね!』
ルドガーの返事に嬉しそうな顔をしてブランコから降りるエル。そして再び真剣な顔になりルドガーを見上げる。それに対してルドガーも真剣な面持ちで見つめ返す。そこでエルが言葉を続ける。
『だから……一緒にカナンの地にいってくれる?』
『ああ、行こう』
ルドガーはそう言って懐中時計を取り出す。そしてゆっくりとエルの首にその時計をかける。エルはその行動に返してくれるのかと聞くがルドガーは無言で首を横に振る。エルはその意味を考えるように顔を伏せ、ルドガーの意図に気づくとパッと顔を明るくして笑顔を見せる。
『……そっか! エルがもってても同じだよね。一緒なんだから!』
『ああ、一緒だ』
ルドガーも穏やかな笑顔でそれに答える。エルは嬉しそうに再びブランコに座り直し、二人で一緒に二つある月を眺める。
『ホントのホントの約束だよ、ルドガー』
エルはルドガーに左手の小指を差し出す。それに対してルドガーもエルが何をしたいのかを察して右手の小指をエルの小指に絡ませる。そんなルドガーにエルが大切な約束の結び方を教える。
『パパが言ってた。ホントの約束は目を見てするんだって』
「だから、ルドガーは私が目を逸らすのを許さなかったのかにゃ」
エルの言う、約束の結び方に黒歌が以前ルドガーから告白を受けた時に目を逸らすのを止められたことを思い出す。あれはエルのパパがエルに教えてそれをルドガーが実践していたのだと分かると約束を破られた悲しみ以上に感慨深さを感じる。それと同時にエルのパパに対してどのような人物かと思いを巡らせるがいずれ分かるだろうと思い、考えるのをそこで止める。
『エルとルドガーは、一緒にカナンの地にいきます』
『……うん』
『約束!』
『ああ、約束だ』
二人の約束に黒歌達は思わず微笑ましい笑みを浮かべてしまう。この約束をルドガーが果たしたかどうかは今からわかることなのでそれを楽しみに見ていこうと黒歌達は思った。
その約束が―――どんなに残酷な選択のはてに果たされるかも知らずに。
―――少女の為に、 世界を壊す覚悟はあるか?―――
後書き
~おまけ~
エル『ふ~んふんふふ、ふふふ~♪ カナンの地~♪』
ミラ『ご機嫌ね、無駄に』
エル『ぶっぶー、ムダじゃないですー』
ミラ『なによ、ちょっと気になるじゃない』
エル『ひ・み・つ♪ だよねー、ルドガー』
ミラ『ちょっと……なにがあったの?』
ルドガー『約束したんだ。一緒にカナンの地に行くって』
エル『ルドガー! なんで言っちゃうかなー!?』
ミラ『つまり、また人の世界を壊すことを決めたってわけね』
ルドガー『……そう…だな』
エル『ルドガーだけに言わないでよ! エルもいっしょだから』
ルドガー『エル……』
エル『こわくても、つらくても、いっしょにがんばるんだから!』
ミラ『まるで夫婦の誓いね』
黒歌「そこ! そこ代わるにゃ、エル! ルドガーは私の嫁にゃ!」
白音「……何を子供相手にヤキモチを焼いてるんですか? ……そもそも兄様は婿です」
エル『あーあー! ヤキモチは聞こえないー!』
ミラ『はぁ? なんでヤキモチになるの!?』
黒歌「そっちがその気なら全面戦争にゃ!」
白音「……そろそろ殴ってもいいですよね? いいですね」(パンチ)
黒歌「うにゃ!? 妹の愛が痛いにゃ……」
ルドガー『ふふ……』
ミラ『なに笑ってるのよ!』(パンチ)
ルドガー『あう!』
黒歌「まさか、あれはツンデレかにゃ!? もしかしてあの女もルドガーのことが!」
白音「……すいません、イッセー先輩、倍加の力を譲渡してください。……次は確実に黙らせますんで」(指をポキポキ鳴らしながら)
イッセー「……あ、はい。分かりました」(ガクブル)
ミラ『まったく、腹の立つアイボーどもね!』
~おしまい~
エルコンの完成ww
今回の文字数おまけもいれて……一万八千!
あはは……チャプター7長すぎィ!
次回からはもう少し短めにして投稿期間を短くしていきたいと思います。
それと箱舟守護者は書くことにしました。ロンダウは省く。ごめんガイアス。
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