我が剣は愛する者の為に
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天の御使い
管輅と出会ってから数日が経った。
依然と天の御使いと出会う気配が全くしない。
だが、管輅が言っていた占いの内容は国中に広まったらしい。
しかし、胡散臭いのに変わりはないので変な占い師の戯言と言う印象で広まっている。
間近で聞いた俺も半信半疑なのだから、他の人が聞いたら戯言という事で判断されもおかしくはない。
時刻は昼頃。
場所は陳留。
確か此処らへんの刺史は華琳だという情報は既に入手している。
彼女の所で少しだけ客将として雇ってもらうか?
彼女の性格を考えると俺が客将で独立がしたいと言ったら、怒るかもしれないが何だかんだで協力はしてくれそうな気はする。
借りとか作ってしまいそうだが背に腹は代えられない。
今は手段を選んでいる時ではない、と考えを固めつつある時だった。
ふと、空を見上げる。
もう一度言うが今は昼だ。
太陽がこれでもかってくらい光り輝いている。
星など一つも出ていない。
それなのに。
流れ星が流れた。
それも、どんどん落ちていき荒野に落ちると一瞬だけ強い光を生み出した。
かなり離れた距離だが馬を使えば数分で着く事ができる距離だ。
「もしかして、あれがそうなのか?」
常識的に考えて流れ星が落ちてくる事なんてまずない。
というか、星つまり隕石が落ちてくれば大きさにもよるが確実に俺の所まで震動と衝撃波が来るはずだ。
それなのに一瞬だけ光り輝くだけなんておかしい。
管輅は俺の所に天の御使いがやってくると言った。
それも遠くない未来にだ。
そして、星の流星と共にとも言っていた。
これがそうでなくて他に何がある。
俺は馬を全力で走らせる。
他の誰かに接触して連れて行かれれば面倒だ。
しかも、今は賊が蔓延る時代。
さっきの流れ星を見て興味本意で様子を見に来るかもしれない。
その天の御使いが武道の嗜みがあればいいのだが、それでも殺し合いはできないだろう。
スポーツと殺し合いは全く違う。
腰にある刀を強く握る。
俺はこれから一つの賭けをする。
何も事情を知らない御使いがこの俺の行動を見て何を思うかは分からない。
この世界は人が簡単に死んで、力が無ければ大事な人も死んでいく。
それを分かって貰わないといけない。
この世界に来たんだ。
多分、元の世界に戻れないと思う。
俺は天の御使いに、この世界で天の御使いとして生きるのか、それともただの一般人となって生きるのかそれを決めて貰いたい。
だから、俺は天の御使いの前でもし賊が居れば賊を殺す。
この世界は決して甘くはないという事を教える為に。
「・・・・・痛てて。」
全身を包む痛みに思わず眉をひそめる。
突然目の前が真っ黒になって、それから・・・・・あれ?
何で俺、目の前が真っ黒になったんだっけ?
ちょっと待て。
俺、何してた?
あれか、記憶喪失ってやつなのか?
「お、俺は・・・・」
幸い、声は出る。
全身も痛いけど、指の動く感覚や、足の動く感覚も残っている。
とりあえず、身体の方は大丈夫らしい。
「俺は北郷一刀・・・聖フランチェスカの二年生で、所属クラブは剣道部・・・」
生年月日に出身地、フランチェスカに入るまでの生い立ちを一通り口に出してみて確認する。
記憶の中身もだいたい大丈夫な事も確かめる。
そして今日は、朝起きて、学校に行って、いつも通りの授業を受けてて、それから・・・・
「そこから、か。」
どうやら足りないのは、ここに至る前後の記憶だけらしい。
よかった。
もし記憶喪失になっても、ドラマじゃあるまいし。
心配してくれるヒロインなんていないしな。
そして俺は、ゆっくりと目を開いて・・・・
「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
目の前の光景に、思わずそう叫んでいた。
果てまで抜ける青い空。
浮かぶ雲はずっと閉じていた眼には痛いほどの真っ白だ。
針の如くそびえる岩の山と、地平の果てまで広がっている赤茶けた荒野。
そして、無人。
もちろん俺の叫びにも、リアクションを返しているくれる人なんかどこにもいないわけで。
「ど、どこだここ!?」
地平線は何だか黄色っぽいし、風も妙に乾いてて、口の中がジャリジャリするほどだ。
というか、どう見てもフランチェスカ・・・いや、そもそも日本の光景ですらない気がする。
前に紀行番組で見た、海外の何とか砂漠とかそういう所に近いけど、そんな激しい観光名所、学校の近所にはなかったよな?
「でも、夢でもないんだよな。」
ほっぺをつねっても髪を引っ張ってみても、ちゃんと痛いって事は・・・夢じゃないって事だろう。
豪快なセットを組んでその中に放り込むとか、寝ている間に海外にこっそり連れ出した・・・なんてドッキリなら説明は付くだろうけど、残念ながらそんなトンデモな事ができる友人にも心当たりはない。
「せめて、何かヒントがあればなぁ。」
ポケットを漁っても、大した物は出てこない。
携帯にハンカチ、小銭が少々・・・・・・って、携帯!?
「そうそう、これがあるじゃんか!」
携帯があれば、連絡もできるしナビだって使える!
早速携帯を開けて、画面を確かめるが。
「・・・・・圏外か。」
けど、無情にもアンテナ表情の欄にはその二文字が写るだけ。
圏外の携帯なんて、ただのカメラかゲーム機じゃないか。
しかも心許ないことに、バッテリーは残り一本。
どうやら昨日の晩、充電するのを忘れていたらしい。
「せめて、エリア内に行ければなぁ。」
そうすれば、少なくとも現状の確認くらいは出来るだろうに。
この携帯を買う時に海外でも使えるって聞いた覚えがあるし、もし海外に拉致されても、助けを呼べる可能性がある。
可能性が・・・・
その瞬間、液晶ディスプレイに灯るのは非情極まりない『バッテリー残量がなくなりました』の文字。
しばらくピーピーと耳障りな音を立てたあと・・・俺の最後の希望の糸は、画面の明かりを全て落とし、完全に沈黙してしまった。
携帯電話。
電気がなければただの箱。
「物が入らない分、箱以下か。」
とりあえずどこかで充電出来るまで、携帯は役に立たなくなった。
「どっちに行けばいいのかな。」
太陽は真上で、たぶんお昼頃。
今の俺に分かるのは、それだけだ。
ただ、方向が分かっても、どこに何があるのかが分からない以上、どこに行けばいいのかが分からない訳で。
「とりあえず、南に行ってみるか。」
何となくそう決めて、電源の落ちた携帯をポケットに放り込もうとして。
「おい兄ちゃん。
珍しいモン持ってるじゃねえか。」
独り言以外の声が掛けられたのはその時だった。
俺は後ろを振り返るとそこには男三人が立っていた。
三人とも見た目は俺より年上に見えた。
「コスプレ?」
とりあえず、東洋系の顔つきではあるけど・・・その格好は、鎧というか何というか、少なくとも日本で普通に通りを歩いている格好じゃない。
表現するなら盗賊をコスプレするのならこんな感じで着こなすだろう。
「何言ってんだ、こいつ。」
「さぁな、頭がいかれてんじゃないのか?」
「んなこと、どうでもいいだろう。
あの野郎が珍しいものを持っているのは間違いないんだから。」
とりあえず、ここがどこなのか聞いてみる。
「あの・・・すみません。」
「何だ?」
「ここ、どこですか?」
「はぁ?」
「それにその格好・・・映画かドラマの撮影ですか?
随分凝ってますけど。
もし良かったら、どこかに連絡か、携帯の充電をさせて貰えませんか?
携帯のバッテリー、切れちゃって。」
俺の言葉を聞いた三人は全く意味が通じていないのが、表情を見ただけで分かった。
もしかして、言葉が通じていないのか?
でも、俺はあの人達の言葉が分かる。
男の一人が面倒くさそうにボリボリ、と頭をかいて手を腰に移動させる。
それと同時に俺の頬に触れたのは、冷たい鉄の感触だった。
「は?」
「ごちゃごちゃとうるせぇな。」
薄く研がれた刃を備えた、包丁よりも大振りな、ナイフの刃。
それを認識しつつも俺は声を出す。
「え、えっと・・・ドッキリですか?」
「何を訳の分からない事を言ってやがるんだよ!!」
苛立ちが限界を迎えたのか。
ナイフの刃をどかして男は右足が俺の腹を捉える。
二、三メートル吹き飛んでようやく蹴られたというのに気がついた。
何がどうなっている?
ドッキリにしてはやりすぎている。
というよりさっきからおかしい。
あのナイフにこの蹴り。
まるで、俺を殺しに来ている。
「馬鹿野郎!
服が汚れたらどうするんだ!!」
「おっと、すまねぇ。
次は顔を狙うから許してくれよ。」
ゲラゲラ、と笑いながら男達は喋っている。
その声がどこか遠くに聞こえた。
口の中に広がるのは、ぬるりとした鉄の味。
それを確かめると同時に、目の前で携帯が踏み潰される音が聞こえた。
「んじゃあ、さっさと殺して服を貰うか。
珍しい服だ。
きっと高く売れる筈だぜ。」
リーダー格らしい男の口調には、何の凄みもない。
それこそコンビニで、煙草かジュースでも買うような、どうでも良い口調。
「でもよ、先に服を引っぺがしてから殺さないと服に血が残るぞ。」
「確かにそうだな。
んじゃあ、服から頂くか。」
そして、ようやく俺はこの男達の言葉を理解する。
殺す?
あのナイフで俺は殺されるのか?
理解できない。
どうして俺は殺されないといけないんだ?
いきなり変な所にいて、出会った男に殺される。
そう考えるだけで恐怖が湧いてくる。
あの男達の会話を聞いたからなのか身体が震えている事に気がついた。
俺の知っている常識とかけ離れた会話をサラリと言う目の前の男達の態度に、冷たい汗となった危険信号が背中を描け落ちる。
「だ、誰か・・・」
震える声で何とか声を絞り出す。
俺が恐怖している事に気がついた男達は笑みを浮かべる。
「ようやく状況が理解できたみたいだな。
でも、残念だったな。
お前を助ける奴なんて誰もいねぇよ。」
淡々とした声で男はそう言う。
確かに俺がここに来た時は誰もいなかった。
故に俺が大声を出しても誰も助けには来てくれないことは明らかだった。
抜き身の剣を構える男の姿に、恐怖とも諦めともつかない感情が俺の身体の自由を奪う。
剣を振り上げた時だった。
「生憎だったな。
助ける奴はここにいる。」
声は男達の後ろから聞こえた。
剣を振り上げていた男は行動を中断して、後ろを振り向く。
他の男達も同じだった。
俺も同じように後ろに視線を向ける。
そこには傍らに馬が一頭だけ立っていて、その傍には純白の鞘に入った刀を持った男が立っていた。
緑を基調とした服に黒のラインが入った服装。
ズボンもそれに合わせて動きやすそうな茶色のズボンを履いている。
髪と目は黒で髪は男にしては長く、後ろまで伸びている。
突然、やってきた男に三人の男の一人が剣をチラつかせながら近づく。
「何だ、お前。
もしかして、この頭のいかれたこいつを助けに来たのか?」
その時だった。
近づいた男の両腕が空中に舞うのを見たのは。
「へ?」
男は何が起こっているのか分かっていないようだった。
自分の腕を見てようやく何が起こったか理解した。
それに合わせるように両腕から血が大量に出血する。
「お、おおお、おれのうでがああああああああああ!!!!」
ボトリ、と地面に落ちた自分の腕と見比べて男はそう叫んだ。
溜まらず俺は目を逸らす。
「目を逸らすな。」
いつの間に鞘から抜刀したのか。
刀を左手に持っている男が俺に言う。
「しっかりと焼き付けろ。
この世界は甘くはないと。」
横に一閃して腕がなくて叫んでいる男の首を刎ねる。
男の首は地面に落ちる。
死んだというのを理解していないのだろう。
表情は叫びのまま、偶然か俺の方に顔が向けられる。
目と目が合い、俺は口元を押える。
それにも関わらず俺は地面に吐いた。
人が死んだ。
目の前で死んだ、という事実をようやく理解した。
「てめぇ、よくも!!」
残りの二人も剣を抜いて刀を持っている男に襲い掛かる。
刀を持っている男の構え、いや実際には構えをとっていないようだが俺には分かった。
この男は強い。
剣道で培った観察眼なのか一回見ただけではっきりと分かった。
そして、この男達も死ぬんだなと何故か分かってしまった。
速すぎてどんな風に斬ったのかは分からない。
ただ二人の男の首は刎ねられ、首元から血が噴水のように出てくる。
それを見てまた吐き気が襲い掛かる。
吐くものは全部吐いたのか、口からは何も出なかった。
「大丈夫か?」
男は刀についている血を振り払う。
刀を鞘にしまう。
近づいてくる男に俺は無意識に後ろに下がってしまう。
身体は未だに震えていた。
「まぁ、警戒するのも無理はないな。
俺も初めてこの世界に来てこの惨状を見れば警戒するよ。」
「この世界・・・・?」
男の発言に俺は思わず聞き返してしまう。
すると、男は突然後ろを見る。
釣られて俺も見ると砂塵が舞い上がっていた。
それを見て男は軽く舌打ちをする。
「さすがは華琳だな。
もう来たか。」
男は馬を呼ぶと馬は男の元までやってきて、それに乗り込む。
未だに尻餅をついている俺に言う。
「お前はどうする?」
「ど、どうするって・・・?」
「このまま尻餅ついていても、今向かっている部隊に保護はされるから安全は保障されるだろう。」
砂塵を巻き上げている何かを指さす。
「どうして安全だって言えるんだよ。」
声を振り絞り俺は言う。
男は俺の質問に答える。
「あの部隊に知り合いが居てな。
お前を疑うこそすれ、保護して自分の力に取り込むはずだ。」
だが、と言葉を区切って言う。
「出来る事なら一緒に来てほしい。
賊の三人を斬殺した男について行きたくはないと思うが、それでもできる事なら来てほしい。
俺はお前の事情を知っているから、この世界について説明する事ができる。
おそらく、この世界でお前の事を理解できるのは俺だけだろう。
もちろん、お前の意思を尊重する。
ついて行きたくなければこのまま残ってくれて構わない。」
男はそう言って手を差し伸ばす。
正直、かなり迷っている。
そもそもこの男の言っている事は信じられるのだろうか?
さっきの男達みたいに今度は俺を怪しい所に拉致して服とか身ぐるみ剥がされて殺されるかもしれない。
でも、さっき言った男の言葉が引っ掛かっていた。
俺の事情を知っている。
それが断る事を妨げていた。
男は依然と手の差し伸ばしている。
後ろには多くの馬に乗った鎧を着た人達がこちらに向かっている。
どちらについて行くにしろ、今の俺には一緒だ。
それなら。
「分かった。
あんたについて行く。」
事情を知っているかもしれないこの男に賭ける事にした。
俺は男の手を握る。
男はそれを聞いて安堵の笑みを浮かべる。
今までの真剣な表情とは違った優しい笑みだった。
男は片手で俺を持ち上げ、後ろに乗せる。
「しっかり掴まっていろ!」
そう言って男は馬を走らせる。
初めて乗る馬に驚きながら、尻が痛いと感じつつ俺は男にしっかりしがみついた。
「華琳様!」
「春蘭、どうだった。」
「いえ、残っていたのは賊の死体だけで他には何も。」
私は春蘭の報告を聞いて少しだけ考える。
遠目で見ていたがここに誰かが居たのは確かだった。
その者は馬に乗ってどこかに走り去って行った。
今から追い駆けても捕まえる事はできないだろう。
「華琳様。」
隣にいる秋蘭は私に話かけてくる。
「どうしたの?」
「誰だかは分かりませんが、この賊を殺した人物はかなりの使い手かと。」
「ほう、貴女がそういうのだからそうなのでしょうね。」
しかし、この場に居てもとれる情報はほとんどない。
私は部隊を城に戻るように命令して馬に乗り込む。
ふと、幼い頃に出会った縁の事を思い出す。
彼は一体どこにいるのだろうか?
そんな事を考えながら自分の城に戻るのだった。
後書き
ご指摘があったので三話辺りを少しだけ修正しました。
愛紗との歳の差は二歳くらいです。
誤字脱字、意見や感想などを募集しています。
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