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IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~

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number-27

 
前書き



今回の話は会話文が多めになっております。ご了承ください。


 

 



 特に何事もなく終わった自由時間。他の生徒は思う存分に海を満喫していたようだが、海に何かしら思うところがある人はただ暇な時間を無駄に過ごしただけだった。
 それが終わると夕食となるのだ。だが、蓮は夕食の時間になっても会場に姿を見せずに自由に座っていても席が一つだけ開いている状態となってしまっていた。夕食の内容が鮮度が命の刺身などとなっているため、残しておくことも出来ずに一夏がほとんど二人分食べることとなった。


 では、蓮は一体どこに行ってしまったのだろうか。


 昼にも来ていた砂浜に立っていた。月明かりが辺りを照らし、空を覆うものはなく、漆黒の水に反射してきらきらと輝く。風もそんなに吹いていないせいか波の音もほとんどしない。
 夕食の時間ではあるが、千冬には食欲がないと一方的に伝え、何か言われる前にここに来ていた。
 海を見ても特にこれといって湧き上がる思いはない。せめて、まだ何も知らないままであったならと少しばかり思うが、それは過去の話。今となってしまっては、もう後戻りすることも出来ず、前に進むしかない。たとえ世界を敵に回しても、楯無を敵に回しても、束を敵に回しても、自分が進むと決めた道を進む。そう昔から決めていた。


 そこまで考えたところで頭を一旦落ち着かせるために体から力を抜いて息を一つついた。まだ此処まで考えるのは早い。それに束が敵に回ることは有り得ないだろう。彼女自身が、自分のそばにいてと言っていたのだから。
 違う。こんなことを考えに来たのではない。今のままでいいのかと自分を見つめ直すためにここにいるのだ。


 蓮は、着ている浴衣が砂で汚れることを気にせず座り込む。
 ――――今でも思う時がある。もしISに乗っていなかったら……いや、乗ることが出来ていなかったら、と。何の因果かは分からないが、こうしてISに乗ることが出来ている。けれども、普通は男には乗れないものではないのか、乗れないからこそ乗ることのできた一夏があんなに騒がれたのだ。
 周りに騒がれるのは面倒だ。でも、乗れていなかったら束に会うことなんて出来ていなかった。それは嫌だ。


 今の自分は、束がいるからこうして感情があって自分とはと考えることが出来ているのだ。けれども、もし彼女にあっていなかったら? ……考えるだけでも恐ろしい。言えることは、自分の感情を押し殺していつしか笑うことも忘れてしまっているのだろう。……今でも笑うことは全くといっていいほどないが。ちょっとしたブーメランだったなと思う。


「れんくん」
「……! 束か、どうした」
「少し話さない?」
「……なんだ」


 束は蓮の隣に腰を下ろす。彼女はいつものアリスのような恰好ではなく、浴衣を着ていた。とても珍しいことに少し驚くが、こういう日もあってもいいのかもしれない。
 ふと視線を降ろすと束の胸元はサイズがあっていないのか大きな胸の谷間を隠せていなかった。下手をすればその奥まで見えてしまいそうだった。束に悟られないように蓮はそこから視線を外した。


「私たちってかなり深い仲なのにお互いのことよく知らないなぁって思ったから、これを機に色々と話し合おうって思って」
「……そういえばそうだな。でも何を話すんだ?」
「そうだなあ。……じゃあ私のことから話すね。実は私、学校の先生になりたかったんだ」
「……束が? へえ、それは意外だな」
「む、絶対笑っているよね?」
「笑ってない」
「本当かなぁ……? まあいいか。それでね、どうして先生になりたかったかというと、自分が幼いころから周りとは違っていて、それを化け物を見るような目で見ていた親のせいなんだよね」
「なんだそれ、叛骨心か」
「そうかもね。大人は嫌い。けれども、子供は嫌いじゃなかった。誰かに教えてみたいってもともと思ってたから、そうなると先生が丁度よかったんだ」
「……」
「大人の世界で自分を殺して生きるよりは、子供に振り回されるぐらいがいいんじゃないかって。……まあ、結局はその夢の自分の手でぶち壊しちゃったけど」


 普通だった。稀代の天才で十年に一度の逸材とまで言わしめた彼女は普通だった。どうして今のように変わってしまったのかは分からない。けれども、夢を自分の手では壊していないと蓮は思う。


「でもそれならISを作らなければよかった。そうすれば、自分の夢を壊すこともなく生きて行けたかもしれないのに」
「……私も考えた。でも宇宙に行きたかったんだよ。もともと大学では天文学を専攻しようとしてたから。空が好きな先生……なんだかミステリアスでいいでしょ?」
「ああ、そうだな」
「でも、あの腐った大人どもは認めようとしなかった。それどころか、私の発明を横取りしようとしやがったんだ。そこまでされてようやくわかったんだよ、この世の中には自分の居場所はないって。だったから、篠ノ之束という人物の有用性を認めさせようとすることで頭がいっぱいになっちゃった」
「だからあの事件を起こしたというわけか」
「そう。その後は言わなくても分かるよね? すぐに君に出会うことが出来たんだから。……私の話はお仕舞い、ほら次はれんくんだよ」


 と言われても蓮は何を話せばいいか分からなかった。どんなことを話せばいいのだろうかと考え込む。


「ああそうだ。どうして俺が、ISの操縦訓練と学校の勉強を両立させたかでいいか?」
「うーん……言われなくてもなんとなくわかる気がするんだよね。あれでしょ、負けたくなかったとかそんなところでしょう?」
「うっ」
「ほぉーら、図星。じゃあ私が質問をしてあげよう。……どうして私を助けたの? 自分でもあの時の私はとっても酷い有様だったのに助けたの?」


 ……何年前の話だろうか。正直言ってそのころは小学生だったはず。それでも蓮も周りから浮いていた。どうして束を助けたのだろうか。


「よく覚えてないけど、多分、見ていられなかったんだと思う」
「……どういうことかな?」
「まるで自分を見ているようで。もう少し時間が過ぎてたら自分もあんな感じになっていたのか。そう思ったのさ」
「……同族嫌悪」
「ああそうだな。そう捉えてもらっても構わない。何せあの時の俺はまだ小学生だったんだ、自分と似たような境遇にいたお前を見ていられなかったんだ。だから、束を助けることで自分は最底辺じゃない、まだ下にはいるんだ。自分よりも落ちこぼれたやつがって」
「……」
「愉悦に浸りたかったのかもしれない。まったく何を考えていたんだろうな、俺って。これを聞いて幻滅したと思う」
「…………ううん、そんなことないよ。むしろホッとしてる。れんくんも人だったんだ、って。ただの善意で助けられていたら、私はこのまま死んでしまおうと思ってたぐらいだもん。そんなことなら助けてくれなかった方がましだ―とか言って。だって、善意ほど痛いものはないから」


 そう言って蓮の腕に抱きつく束。もともと近かった距離を詰めて、蓮に身を預ける。


「やっぱり私たちって似た者同士だった」
「全くだ」
「似た者同士だったから、心の底から繋がっているって思えるのかな。……ちょっと違うかな。誰よりも分かっているけど、誰よりも分からないことが多いのかな」
「…………? なんだかよく言っていることが分からないが、哲学染みているな」
「ふふふっ、分からないなら分からないでいいんだよ。君が分からないことは私が教えてあげるし、私が分からないことは君が教えてくれる。そんな関係じゃないの? 今の私たちって」
「……違いない」


 蓮の肩に頭を預ける。お互いにお互いを一番感じられている時間だった。
 こうやって身を寄せてくる彼女がどうしようもないぐらいに愛おしい。
 こうやって黙って体を貸してくれる彼がどうしようもないぐらいに愛おしい。
 ……ここに誰か第三者がいれば口をそろえてこう言うだろう。


 ――――狂ってる、と。


 ◯


 次の日。臨海学校二日目。
 この日はISの整備訓練と飛行訓練が主な内容となっている。だが、それは一般生徒の身に限った話であって、専用機持ちと篠ノ之箒だけは千冬によって人目のつかない入り江に呼ばれていた。
 一夏と箒を除く代表候補生たちはどうして専用機持ちでもない箒がこの場に呼ばれているのか疑問に思っている。それは箒本人もそうであった。何か思い当たる節があるわけもなく、どこか居心地の悪さを感じながら並んでいた。


「……あのっ、織斑先生。どうしてここに篠ノ之さんがいるのでしょうか?」
「それに関してはすぐに分かる。もうすぐ来ると思うから立って待機していろ」


 千冬の言葉にさらに疑問を深める代表候補生たち。いや、ラウラだけ別のことを考えていそうであった。先程から視線がここにない。まるでこれから何かが起こることを知っているかのような、そんな瞳をしていた。千冬はラウラに目をつけていた。
 ラウラはドイツ軍時代の教え子ではあるが、どこか周りにいるドイツ軍人にはある愛国心が感じられなかったのだ。そしてそれは所属しているIS特殊部隊にもいえたことだった。愛国心のようなものが感じられなかったからよそ者であった千冬も舞台に馴染むことが出来ていたのだ。多少の違和感と共に。その違和感は拭えることなく、ずっと引っかかったままだ。


「ラウラ、お前は何を考えているんだ」
「……!? い、いえ、これから行われる内容を予想していただけですが……何か?」
「…………いや、なんでもない」


 やはりおかしい。違和感を感じる。最初に僅かながらに浮かべた戸惑いの表情を彼女は見逃すことなく捉えていた。これでラウラが何か別なことを考えていることに確証を持てる。だが、問題は何を考えているかだ。今のように流されてしまえばそれで終わりなのだ。今はただ状況証拠だけでラウラを疑っているにすぎない。物的証拠がないことには迂闊に動けなかった。――――とここで、千冬が待っていた人物の声が聞こえた。


「やはー、ごめんごめん。待たせちゃったね」
「遅いぞ、束。時間が惜しんだ、すぐに始めてくれ。……それで? どうして見袰衣は束と一緒にいるんだ? 本来でなければ、ここで整列して待っていなければならないのだぞ」
「すいません、篠ノ之博士に呼び止められまして手伝いをしていただけです」
「だめっ、だぞ、れんくん。ちゃんと私のことは篠ノ之博士なんて他人行儀な呼び方じゃなくて名前で呼ばなきゃ」
「悪かったよ」


 一夏たちはここに束が来るとは思っていなかったのだろうか。フリーズしてしまっている。臨海学校に来ていることは知っているのだから、この状態も予想していて当たり前だろうが……おそらく誰も予想していなかったのだろう。セシリアまでもが固まってしまっているのは少々意外だが、企業にいたころと比べて平和な日本で過ごしていたため平和ボケしただけ。そう結論付けた千冬は、平和すぎるのも考え物だと嘆息する。


「束、早く進めろ」
「はいはい、分かったよちーちゃん。……まったく五月蝿いったらありゃしないね。ではでは気を取り直して、箒ちゃん、君に私からのプレゼントだよ」
「……プレゼント?」
「あはは、そんなに怪しまなくても大丈夫だよ。私にしては珍しくまともなものだから。――――赤椿!!」


 束が空に向かって叫ぶと空から一機の赤いISが降りてきた。それはゆっくりと減速し、束のすぐ隣へ風を巻き起こすことなく静かに着地する。


「これが私のプレゼントだよっ。現行ISをすべてのスペックに置いて上回る第四世代機。その名も『赤椿』」
「……あ、か」
「さあさあ、乗った乗った。さっさと初期化《フィッティング》と最適化《パーソナライズ》を始めちゃうよぉ」


「現行ISを上回る第四世代機!? いま世界ではようやく第三世代機の開発が成功し始めたところだよ!!?」
「それを身内だからって理由で箒がもらうわけ……流石に嫉妬しちゃうわね。私たちの努力が無駄だったって思いたくなるわ(でも、私は知っている。あいつは赤椿を満足に使えない。……それに束さんは言ってくれたんだ、私の甲龍は赤椿には負けないって。二次移行(セカンド・シフト)していることが前提だけど)」
「本当ですわね……。ですが、機体が最高の性能でもそれを扱う人が一流でなければ、ただの宝の持ち腐れですわ」
「……ふん」


 それぞれが言葉を交わす中、蓮はただ空を見ていた。そんな彼のもとにラウラが歩み寄る。


「兄上、動きますか?」
「……待っていろ、もうすぐ――――」
「お、お、織斑せんせぇぇぇぇっ!!!!」


 叫びながら坂を駆け下りてきたのは真耶。そのままの勢いで何か重大なことを喋ってしまいそうなのを千冬は止めて落ち着いてから真耶から話を聞く。そんな二人の姿を見たラウラは唇をわずかに釣り上げた。そして気合を入れるように拳を握りしめ、千冬の招集に従って旅館に戻って行く。


「……れんくん」
「ああ、もう潮時だ」


 生徒も教師もいなくなった入り江で二人は小さく話す。勿論、二人以外には聞かれるわけもなく、潮風に流されて波の音にかき消されていった。
 二人も旅館に向かう。これから起こることをすべて知ったうえで一芝居を打つ。IS委員会もIS学園も織斑千冬でさえも蓮と束の二人の手のひらで踊らされるのだ。


「ようやく始められるね」
「そうだな、今まで後手後手に回っていたが、これからは俺たちが先手を打つ。これはその一歩だ」


 この瞬間、二人が世界を相手にし始めた。だが、二人も予想以上の速度で戦火が燻り始めていた。





 
 

 
後書き



いやあ、もう少しでなのは四期ですね。待ち遠しいです。というより待ちきれないです。
あ、そのせいか今回の話はなのは一期のオープニングテーマ、水樹奈々さんの『innocent starter』を聞きながら書きました。まあ、この話が二人にとってのスタートなので丁度よかったというのもありましたが。所謂ゲン担ぎです。
innocentの意味は無邪気なとか、無実の、無罪の、初々しい、あどけないなどでstarterの意味は初心者、出場者などがあげられます。なのは一期の内容としては初心な初心者をいうのがふさわしく、この小説の内容としては悪意なき開始者といったところでしょうか。どうでもいい小ネタです。
誤字脱字、感想があればお願いします。
 
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