IS インフィニット・ストラトス~普通と平和を目指した果てに…………~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
number-26
「~~~~っ!!」
部屋で布団に抱きつき悶えている少女が一人。更識家第十七代目当主、更識楯無その人であった。
この姿を最近仲が改善してきた妹の簪が見てしまうと、いろいろと残念なことになってしまうのは明白な事であったが、部屋にいることからプライバシーは守られているし、何よりもこうでもしないと自分でも何をしでかすか分からないぐらいに高揚しているのだ。
どうしてこうなってしまったのか。楯無がこうなってしまうのには理由があった。聞く人が聞けば、納得するであろうし、たかがそんな理由でと疑問にもたれるかもしれないが、少なくとも楯無にとってはこんな状態になってしまうぐらいに嬉しいことだったのだ。
……よく見ると楯無が抱き着いている布団は自分のものではなく同居人のもの。寝転がっているベットもその布団の使用者のものであった。
いつこの状態から復活するのだろうか。もう八時になるのだが、もう少なくとも三十分はこの状態だ。
……まあ、いい。生徒会長権限を使えば、授業とかあってないようなものである。楯無が落ち着くまでどうしてこのような状況になってしまったのか少し時間を遡ってみることにする。彼女の脳内が桜色なのを考えると……いや、よしておこう。あんまり想像したくない。
◯
今日は、一学年が二泊三日で臨海学校を行う一日目である。それに同行を命じられた蓮と束の二人は、自分の荷物を軽くまとめてもうすぐ集合時間であるが、自分たちのペースで物事を進めていた。そして、先に準備が終わったのが束。海がそんなに好きじゃない彼女は、少し不機嫌そうな表情を浮かべて蓮が準備を終えるのを待っている。が、予想以上に蓮の準備に手間取っている。
「束、悪いけど先に行っていてくれないか? あと十分はかかりそうだ」
「じゃあ、手伝うよ」
「いや、いい。自分で自分のことはやらないと」
「……そう。分かった、先にバスに乗ってるよ」
少し寂しそうな表情をした後、束は部屋を後にした。
ごそごそと荷物を纏めていく蓮。どうしてこんなに準備が遅いのかというと、単純に前日に準備していなかったというのと、念を入れて再確認しているからだった。決して、部屋の隅で膝を抱えて丸くなっている楯無が邪魔していたとかではない。
ただ、楯無はここ一週間はこう……少し暗い表情を見せることが多かった。特に蓮が臨海学校に向かう前日とか大変だったのだ。無視を決め込めば蓮も気が楽だったのかもしれないが、それでは彼の良心が痛んだ。だから自分の良心に従って楯無を慰めてあげていたのだが、彼女の気持ちは上には向かなかった。
そうこうしている間に蓮も荷物を纏め終わった。あとは部屋を出てバスに向かうだけなのだが、部屋の隅でどんよりとした雰囲気を漂わせている彼女を放ってはいけなかった。内心は、構ってあげたいのだが時間を守らなければならない。
「じゃあ、行くからな」
そう声をかけて荷物を手に部屋を出ようとする。
だが、すぐにその足は止まった。楯無が蓮の腕をつかんでいるのだ。無駄に隠密行動が出来るために気配を全く感じなかったが、彼には動揺の色はなかった。
蓮は振り払おうと腕を振るが、楯無は一向に離そうとしない。むしろ、離すまいと力を込めてきている。集合時間まではそんなに余裕がないから急ぎたいのだが、これでは遅れてしまう。
「楯無」
「…………いや。行かないで」
「そうも言っていられないんだ」
「やだっ! 行かないで! ここで行かせちゃうともう手の届かないところに行っちゃいそうで嫌だぁ!!」
俯いていた顔を蓮に向ける。目の周りは赤く腫れぼったくなって泣いていたのが分かる。少女らしい小ぶりな唇も小刻みに震えている。ここまで来てようやく蓮は理解した。
彼女は、楯無は一人の少女として見てほしかったのだ。更識家十七代目当主更識楯無としてではなく、更識刀奈として。先程の叫びも今まで溜め込んでいた本音の叫びだったのだ。
蓮はため息を一つついた。誰に対しての溜息ではなく、一つ間を開けるために。そして荷物を詰めた鞄を床に置き、楯無に――――いや、刀奈に向き合う。
刀奈は蓮を向かい合うと萎縮したように身を竦める。いつの間にか離されて自由になっていた腕を刀奈の肩に乗せてベットに押した。
突然のことに何が起きたか分からない刀奈は少し赤い目をいつもより見開いて抵抗の暇なくベットに倒れる。その拍子にベットが軋む。それも気にすることなく蓮が上に覆いかぶさる。さらにベットが軋んだ。
「……えっ。な、何」
「刀奈」
キュンっと聞こえた気がした。目元の赤みが気に無くなるぐらい刀奈の顔が赤く染まる。
倒れた拍子に着崩れた制服から覗く肌が妙に艶めかしく感じるが蓮は意識しないようにする。いつもなら飄々としてからかい好きのお姉さんという印象を持つが、今は小さい保護欲をかきたてられる小動物のようだった。
「刀奈。ちゃんを帰ってくるから、待っていてくれないか? 何があっても君のもとへ戻るから」
「……ほん、とう…………に?」
「ああ」
「……分かったわ。じゃあ、待ってる」
刀奈の返事に満足した蓮は、彼女の不意を突くようにいつも前髪で隠れているおでこに軽く口づけを落としていく。自分からやっておいて恥ずかしくなった蓮は、ひと声かけるとそのまま部屋を出て行った。
残された刀奈は、何が起こったのか理解するまでに少しの時間を要した。そうして時間をかけて何をされたのか噛み砕いて理解すると、もともと赤かった顔がさらに赤みを増していく。
そうして頭に戻るのだ。
◯
思い出したらまた顔が赤くなった。でも、恥ずかしいけど嫌じゃなかった。むしろ心地の良いものに感じる。
楯無はベットから体を起こすと自分の頬を一回叩いた。パンッと小気味のいい音を立てて部屋に反射する。さっきまで愚図ってた自分を切り替えるために、気持ちから切り替えるために。そうしてからまずやることは……
「……顔、洗わなきゃ」
泣いて赤くなってしまった目元を直す為に顔を洗うことだった。
◯
「海っ! 見えたあっ!!」
バスの中でクラスメイトの誰かが声を上げる。それを皮切りに車内は一気に騒がしくなる。もっと限定的にいえば、織斑一夏が座っている辺りが最も騒がしかったりする。逆に座席順で前に座っている蓮と束は、前に千冬が座っていることもあるのかもしれないが、とても静かだった。不審に思った千冬が振り返って確認すると二人とも寝ていた。
肩を寄せ合って頭を重ね合わせて静かに寝息を立てていた。すごく絵になる光景で一瞬硬直してしまったが、すぐに我を取り戻す。うるさい車内であるが今日ぐらいはいいだろうと大目に見ることにしてこれからのスケジュールを確認し始めた。
『とうとう、来ちゃったね』
『……ああ』
『私は嬉しんだけどね。場所が場所なだけに、ちょっとね』
『俺もお前も海嫌いだからな』
『嫌いってわけじゃないけど、水って動きを制限されちゃうから嫌』
『まさか誰も水の中を泳ぎたくないって理由からISが作られたとは思わないよな』
『あ、ひどぉーい。それは作った理由には少ししか入ってないんだよ?』
『結局入っているじゃないか』
『あう』
二人は寝ていたわけではないのだ。狸寝入りを決め込んでトコトン寝たふりをしていたのだ。無駄にスペックの高い二人がこんなことに全力を費やせば、目の前にいる世界最強でさえ誤魔化せるのだ。まさしく才能の無駄遣いである。
勿論ただ黙っているのは暇で暇でつまらないから、個人通信を用いて他愛のない? ことを話していた。その中には世界が耳を疑うようなことも含まれているが二人にとってはどうでもいいことだった。
それから少し経ってバスがとある旅館の前で止まる。どうやらここがこれから三日間お世話になるところらしかった。
千冬を先頭にして生徒がどんどん降りていく。真耶が最後に残って忘れものなどの確認をするようだ。そろそろタイミングのいいところでいかにも今起きたように装う。丁度通路を通り過ぎた箒は束の顔を見ると訝しむような表情を向ける。そんな顔をする妹を知ってか知らずか束は微笑み返した。それが気に入らなかったのか不機嫌そうに降りていく。それを気にした様子も見せない束。それが気に入らない様に一夏が隣を通っていく。
後ろから来る生徒がいなくなったところで二人もバスから降りて荷物を取っていく。
全員が降りたのを確認して真耶がバスの中を見回り、忘れ物がないのを確認すると降りて荷物を取って生徒たちのもとへと歩く。
後ろでバスが去っていくのを尻目に千冬は全員が揃ったのを見ると旅館の女将さんに挨拶をする。
「これから三日間、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願い致します。私はここ『花月荘』の女将をやっております清州景子と申します」
一夏が千冬に呼ばれたのを見て蓮も千冬のもとへ向かう。後ろには束がついてくるが。
一夏の拙い挨拶の後に蓮も千冬から合図を貰って女将と向かう。隣には束も荷物を置いて並ぶ。
「あら? こちらも……?」
「はい、隣の織斑君と同じ男性操縦者の御袰衣蓮です。これから三日間、よろしくお願いします」
「私はISの発明者、篠ノ之束。稀代の天才などと持て囃されておりますが、まだまだ青い芽です。今回は極秘で参加させてもらってます。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしますね?」
束を知っている人は、今の束が信じられなかった。まさかという表情の箒に唖然とするしかない一夏。千冬は顔にこそ出さないものの、動揺が感じられる。目の前で自己紹介から挨拶、お辞儀まで完璧である束が信じられなかった。だが、そんなことは蓮と束にとってはどうでもいいことだった。
問題は目の前にいる女性、清州景子だ。
彼女が裏に通じているかとか色々考えたうえで脅しの意味も込めて束は挨拶したのだ。だが、それに動揺を見せることはなかった。本当にお客として迎え入れているのか、それともかなりのやり手なのか。いまいち判断のつけようがなかった。束は嘆息して肩の力を抜いた。
「それで織斑先生、部屋は何処ですか?」
「……あ、ああこっちだ。では失礼します」
一夏と一緒に連れられてきたのは、職員が寝泊まりするエリア。どうやら騒ぎを緩和するために職員――――織斑姉弟でまとめたのだろう。互いにブラコン、シスコンのきらいがある二人にとっては逆に丁度いいのかもしれない。むしろ束と蓮が二人部屋だったのは驚いた。千冬曰く、二人にしてもらった方が問題も少ないし、蓮に近寄る女子もほとんどいないからということだった。
当然束は喜ぶ。千冬からは羽目をはずし過ぎるなよと釘を刺されたが、おそらくそれは無理だろう。まあ、出来る限り抑えるが束がどう出るかによるのだ、結局のところ。……それは夜に、その時になってから考えよう。今は海だ。行きたくはないが、浜辺で過ごすことが決められてしまっている。
「「ハアッ……」」
これからが二人にとって最も憂鬱な時間なのだ。
◯
波の音が辺りに響く。向こうからは生徒たちが騒ぐ声がかすかに聞こえてくる。空は快晴、雲一つない中容赦なく太陽が照りつけてくる。
水着の上にパーカーを羽織り、木陰にいるのは蓮、束、ラウラの三人だ。
「ラウラは遊ばないのか?」
「海は好きじゃないんだ。前に訓練中の事故で部下を一人亡くしているからな。そう燥いで遊ぼうとは思わないんだ」
「そうか、悪いな」
「いや、気にしなくていい」
そうしてまた波の音だけが辺りに響き始める。引いていく波、押し寄せていく波。それをずっと目で追いかけていると向こうから千冬がやってきた。
「こんなところにいたのか。向こうで遊ばないのか?」
「うん」
三人とも病的なまでに肌が白いことを気にしていると思ってそんなことを言っているかもしれないが、これは生まれつきであるし、遊んで燥ごうという気持ちにもなれなかった。だから時間が来るまでずっとここにいた方がまし。今回ばかりは周りの目も気になる。
「……そうか。時間までには戻るようにな」
「はい」
千冬が去ると会話が切れて波の音が響く。ただいるだけというのは人によっては苦痛に感じるかもしれないが、少なくともここにいる三人にとっては、下界から切り離された心を落ち着けて過ごせた時間であった。
後書き
他の小説ではかなりの確率でメインに描かれる海水浴シーン。この小説では、完全に無視です。アニメでもBGMにオープニングテーマが使われていましたが、これは波の音だけです。
今物凄く他の小説が書きたいです。なのはとISの二作を並行して書いていますが、今期のアニメを見て艦これとか、dogdaysとか書きたいです。というかdogdaysとか書いてと言われれば書けるレベルにまで仕上がっていたりします。
……ごめんなさい、ダメですよね。大人しくします。
春にはなのはvividが放送開始なので待ち遠しい! 早く来いっ、あと一か月。そのころにはなのはの方も更新を再開できると思います。
誤字脱字、感想などがあればお願いします。
ページ上へ戻る