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銀河英雄伝説~新たなる潮流(エーリッヒ・ヴァレンシュタイン伝)

作者:azuraiiru
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第二百六十六話 戦争計画  



宇宙暦 798年 9月 30日  ハイネセン  最高評議会ビル ジョアン・レベロ



「レベロ、少し話せるか?」
「構わんが何か有ったか?」
「ああ、少し相談が有る」
シトレが憂鬱そうな表情をしている。フム、人払いをした方が良さそうだ。二人で応接室に入った。

応接室と言っても財政委員長の執務室の中の応接室だ、大したものではない。四人も入れば部屋は窮屈に感じるような小部屋だが話し声が外に漏れないように防音にはなっている。内緒話には都合が良い部屋だ。向き合って座るとシトレが直ぐに話し出した。最近は軍服よりもスーツが似合うようになってきた。少しも不自然な感じがしない。

「戦争が近付いている」
「そうだな」
「軍は防衛計画を策定しているが上手く行かん。混乱している」
「混乱? どういう事だ」
「……」
驚いて問い質したがシトレは答えなかった。

「シトレ?」
問い掛けるとシトレが大きく息を吐いた。良くないな、シトレがここまで深刻になっているという事は軍の混乱は大きいという事だ。
「……二正面作戦は避けるべきではないかという意見が出ている」
「二正面作戦を避ける……」
どういう事だ?二正面作戦を避ける?

「イゼルローン、フェザーン回廊を放棄し同盟領内の奥深くに誘い込んでの一戦、それに賭けるべきではないか、そういう事だ」
「……馬鹿な、イゼルローン要塞を、フェザーンを捨てろと言うのか」
声が掠れた。とても正気とは思えない。しかしシトレは話した事で覚悟が出来たのだろう、怯む事無く私を見ている。

「レベロ、同盟軍の兵力はイゼルローン要塞駐留艦隊、フェザーン駐留艦隊を入れても七個艦隊だ。そしてそのうち二個艦隊は練度の低い新編成の艦隊だ。その七個艦隊を如何使うか、それで勝敗が決まる。今の同盟にイゼルローンとフェザーン、二正面に分けて戦う余裕が有ると思うか? 帝国の兵力は分かっているだけでも二十個艦隊有るのだ」
「……」
圧倒的な兵力差だ。息苦しい程の重苦しさを感じた。

「当初軍はイゼルローン方面に二個艦隊、フェザーン方面に五個艦隊を配備する事で帝国軍を防ごうとした。しかし防ぎ切れるか確信が持てないと言ってるんだ。少ない兵力をさらに分割するなど危険過ぎると言っている」
「……」
「フェザーン方面に帝国が半分の十個艦隊を送ったとしても同盟軍の倍の兵力だ。しかも練度はこちらよりも上だろう。回廊の出入り口で地の利を活かして戦うと言っても限界がある。最終的には防ぎきれないのではないかと軍首脳は危惧している。イゼルローン方面も同様だ」
溜息が出た。兵力が足りない。せめてあと三個艦隊有れば、そう思った。

「アイランズ国防委員長は何と言っているんだ」
「国防委員長は二正面作戦で帝国軍を食い止めたいと考えているよ。それを以って帝国と講和交渉を行いたいと。同盟領内に入れたのでは交渉の内容が厳しくなる、いや交渉そのものが出来ない可能性が有る、そう考えているようだ」
なるほど、軍と国防委員会で方針が一致しないということか。

「アイランズ国防委員長を説得してくれというのか?」
シトレが頷いた。
「彼だけじゃない、トリューニヒト議長もだ。議長の支持が有るからアイランズは意見を譲らない。軍はアイランズを飛び越えて直接トリューニヒト議長に話す事を躊躇っている。それで私に相談してきたんだ」
つまりシトレから聞いたが軍が困っている様だが大丈夫かと二人に注意喚起しろという事か……。あまり楽しい仕事ではないな、私が答えずにいるとシトレが言葉を続けた。

「レベロ、食い止めに失敗すれば同盟が滅びかねない、二つの回廊、どちらも失敗は出来ないという事だ。極めて条件は厳しい。だが引き摺り込んで戦うなら場所はこちらで選べる、それだけでも有利だ、違うか? 」
身を乗り出してシトレが強い視線を送ってきた。受け止められない、目を伏せた。

「君の、いや軍の言う事は分かる。しかしイゼルローン、フェザーンを放棄すれば如何なる? 同盟領内でとんでもない混乱が生じかねん。シトレ、政府がそれに耐えられると思うか? 政府が瓦解すればそれこそ自滅行為だ。星系自治体の中には帝国に勝手に降伏する自治体も出てくるだろう、そうなれば政府だけじゃない、同盟そのものの瓦解だよ、秩序だった防衛など出来なくなる。トリューニヒトもアイランズもその辺りを考えているのだと思う。そうではないか?」
今度はシトレが目を伏せた。シトレにも自信は無いのだ。

「その可能性は確かにある。ヤン提督もそれを懸念していた。しかしトリューニヒト政権の支持率は高い。政府主導で同盟領内で決戦すると市民に説明すれば……」
「……帝国軍が星系自治体を攻略したらどうなる。パニックになるぞ。或いは人質に取られて正面決戦を強いられたら? 見殺しには出来ない、こちらの都合で決戦などという思惑は吹っ飛んでしまうだろう」

「無防備都市宣言を出させれば帝国も無茶はしない」
「……自分に言い聞かせている様な口調だな、絶対の保障は無い」
「……」
「シトレ、軍は勝つ事を優先し過ぎていないか? 市民の安全を軽視しているように見える。無茶をすれば戦う前に同盟が崩壊しかねない」
シトレが顔を歪めた。

「アルテミスの首飾りの問題も有るぞ」
「……」
「あれが役に立たない事を公表しろと軍は言っているがそれだって市民感情を配慮して公表出来ずにいる。君らの言うように公表して要塞とフェザーンを放棄すればどうなるか? 容易に想像は付くだろう」
同盟市民、特にハイネセンの市民は発狂したようになるだろうな。

「帝国軍は大軍だ。その分だけ補給の維持も大変だろう。引き摺りこんで補給を絶つ、絶てなくても不安を持たせればそれだけでこちらが優位になる。レベロ、我々が勝てる可能性は高まるんだ。その辺りは市民に丁寧に説明するんだ」
「勝てるといっても同盟が崩壊しなければだ」
崩壊すれば戦わずして敗ける。それにシトレ達は勝った後の事を考えていない。

「君こそ分かっているのか? フェザーンを放棄するという事はペイワードを見捨てるという事だ」
「已むを得んだろう。フェザーンより同盟が生き残るのを優先せざるを得ない」
「たとえ同盟が生き残ってもフェザーンはもう我々に協力しない。その意味まで考えて言っているのか?」
「……」
「どうやってこの国を建て直すつもりだ。フェザーンの協力が無ければ破産するぞ。それこそ帝国に占領された方が良かった、そんな事になりかねない」
何時の間にか二人とも顔を寄せ声を潜めていた。

「交渉で和平を結んだとしてもフェザーンは帝国の物になるだろう、イゼルローン要塞もだ。違うか?」
「……」
「同盟の再建はどんなに苦しくてもフェザーン抜きでやらなければならないんじゃないか?」
「……」
シトレがじっと私を見ている。

「だとすれば敢えてフェザーンを守る事に拘る必要は無い筈だ」
確かにそうかもしれない。余程の大勝利を得なければフェザーンとイゼルローン要塞の保持は難しい。シトレの言う事が正しいのだろうか? しかしフェザーン放棄、イゼルローン要塞放棄に同盟市民は耐えられるだろうか? 同盟は耐えられるだろうか? どうにも判断がつかない。

「……それに信じられるのか、フェザーンを」
「どういう意味だ」
「戦闘中にフェザーンが帝国に寝返ったらどうなる。軍は後方を遮断される事になるぞ」
「……」
「軍はそれも恐れているんだ」
虚を突かれた。そんな事を考えているとは……。

「君はペイワードが裏切ると思っているのか?」
シトレが首を横に振った。
「そうは言っていない。だが戦っている最中にクーデターが起きる可能性は有る」
「……」
「最近のフェザーンが不安定な事は君も分かっているだろう。あれは間違いなく帝国の手が伸びている。今フェザーンで戦うのは危険だ」
確かに危険かもしれない。溜息が出た。

「分かった。トリューニヒト、アイランズと話してみよう」
「ああ、頼むよ」
「勘違いするなよ、説得すると言っているんじゃない。君らの懸念を伝える、そういう事だ。出来れば軍と政府の意見調整の場を設けるようにも言ってみよう」
シトレが安心したように頷くのが見えた。それにしても厳しい状況だ。勝つ事も厳しければ同盟を再建するのも厳しい。気が付けば掌にびっしょりと汗をかいていた。



帝国暦 489年 10月 30日  オーディン 新無憂宮  アーダルベルト・フォン・ファーレンハイト



会議室に陛下が入って来た。全員が立ち上がり頭を下げる。暫くして
「一同大儀である。座るが良い」
との陛下の御言葉が有った。陛下は既に席についている、我々も席に座った。皆が緊張していた。これから陛下御臨席による作戦会議が始まる。前回陛下御臨席の作戦会議が行われたのはコルネリアス帝の御親征の時だそうだ。百三十年ぶりに陛下御臨席の作戦会議が開かれた事になる。

会議室には陛下の前に文武の重臣が並んでいる。陛下から見て右側には文官が席を占めた。国務尚書、財務尚書、内務尚書、司法尚書、保安尚書、運輸尚書、自治尚書、工部尚書、民生尚書、科学尚書、学芸尚書、宮内尚書、内閣書記官長、それと他に何人かの貴族、官僚。

左側の席は武官だ。軍務尚書、統帥本部総長、宇宙艦隊司令長官、副司令長官、遠征に参加を想定されている艦隊司令官、その他軍務省、統帥本部、宇宙艦隊司令部、科学技術総監部、兵站統括部、憲兵隊から代表者が出ている。右側よりも左側の方が出席者が多い。

陛下が国務尚書に向かって軽く頷いた。
「これより作戦会議を始めるが皆に言っておく。この百五十年間、帝国は反乱軍と戦ってきたが残念な事にこれを降す事が出来なかった。今回の遠征をもって反乱軍を降伏させ帝国による宇宙の再統一を実現する。この会議はそのために行うものである。陛下の御前ではあるが皆臆する事無く忌憚ない意見を述べるように」
国務尚書の言葉に皆が頭を下げた。

軍務尚書と統帥本部総長が顔を見合わせた。統帥本部総長が微かに頷くと周囲を見渡した。
「先ず遠征軍の規模であるが兵力は二十個艦隊。将兵は戦闘要員だけで三千万人、後方支援要員に一千五百万人を動員する。これをもってイゼルローン、フェザーン両回廊を制圧し反乱軍の勢力圏に侵攻する」
シュタインホフ統帥本部総長の声が会議室に流れると彼方此方から嘆息が漏れた。二十個艦隊による大遠征軍、合計四千五百万人の動員、帝国始まって以来の事だ、無理もない。

「イゼルローン方面はヴァレンシュタイン元帥が指揮を、フェザーン方面はメルカッツ元帥が指揮を執る。なお遠征軍全体の指揮はヴァレンシュタイン元帥が統括するものとする」
皆の視線がヴァレンシュタイン元帥とメルカッツ元帥に向かった。

「次に編成であるがイゼルローン方面は七個艦隊、フェザーン方面は十三個艦隊とする。なおそれぞれの遠征軍を便宜上イゼルローン方面攻略軍、フェザーン方面攻略軍と称する」
主として文官達の席からざわめきが起きた。出席している武官の殆どは既に軍内部で行われた作戦会議で聞いている。しかし文官達は初めて聞くのだ、無理もない。

難攻不落と言われるイゼルローン要塞、それを七個艦隊で攻める。大軍ではあるがフェザーン方面の約半数だ。訝しく思っているのだろう。そしてその規模の小さい艦隊をヴァレンシュタイン司令長官が率いるというのも驚きなのかもしれない。逆ではないか、そんな思いが有る筈だ。

「今回、フェザーン方面攻略軍は十三個艦隊という膨大な兵力を運用するため幾つかの艦隊を纏めて一個軍として運用する。フェザーン方面攻略軍第一軍は四個艦隊をもって編成する。シュムーデ、リンテレン、ルックナー、ルーディッゲ提督、第一軍総司令官はシュムーデ提督が務める」
第一軍は昨年の内乱ではフェザーン方面で活動した。回廊についても詳しく知っている筈だ、その辺りを買われての任用だ。

「第二軍は五個艦隊、メルカッツ、ケスラー、メックリンガー、ロイエンタール、ミッターマイヤー提督。第二軍総司令官はフェザーン方面軍総司令官、メルカッツ元帥が兼任する。第三軍は四個艦隊、クレメンツ、ルッツ、ファーレンハイト、ワーレン提督。第三軍総司令官はクレメンツ提督とする」
膨大な兵力だ、分かっていた事だが溜息が出そうになった。

「イゼルローン方面軍はヴァレンシュタイン、シュトックハウゼン、レンネンカンプ、ケンプ、アイゼナッハ、ビッテンフェルト、ミュラー提督」
七個艦隊、この兵力で難攻不落を誇るイゼルローン要塞を攻める。イゼルローン要塞にはヤン・ウェンリーが居る。一体どんな戦いになるのか。

「ここまでで質問は?」
シュタインホフ元帥の言葉に会議室にざわめきが起きた。彼方此方で顔を寄せ合って話している。主として文官達の席からのざわめきが多い。手が上がった。ブラッケ民生尚書だった。

「反乱軍の兵力はどの程度になると見ているのです?」
「大凡では有るが七個艦隊から八個艦隊と思われる」
二倍以上の兵力差、三倍に近い。圧倒的だ。
「宜しいですかな?」
ブルックドルフ保安尚書が声を発した。シュタインホフ元帥が頷くと保安尚書が言葉を続けた。

「遠征はどの程度の期間になると軍は考えているのです?」
「約一年を想定している」
「一年ですか、その間帝国領内は軍事的に空白の状態になると思いますが問題は有りませんか? 国内治安において警察だけで対応出来ない状況が発生した場合の対処を如何するのか、お答えいただきたい」

警察だけでは対応出来ない状況か、……反乱、または暴動、破壊工作などだろうな。地球教の脅威もゼロになったわけではない。治安を担当するブルックドルフ保安尚書としては気になるところだ。
「フェザーン方面攻略軍はフェザーン回廊を制圧し反乱軍の勢力圏内に侵攻した時点で第一軍の任務をフェザーン及びフェザーン回廊の警備、補給路の警備、帝国内の治安維持に切り替える。国内治安に関して軍は特に問題は生じないと見ている」
シュタインホフ統帥本部総長が答えると保安尚書が二度、三度と頷いた。

「イゼルローン要塞を七個艦隊で攻めると御考えのようですが少なくは有りませんか? フェザーン方面に偏重しているように見えますが」
今度はグルック運輸尚書だ。自信無さげなのは軍事に疎いせいかもしれない。シュタインホフ統帥本部総長がヴァレンシュタイン元帥に視線を向けるとヴァレンシュタイン元帥が頷いた。

「問題は無いと考えています。詳しくは軍事機密に属するためお話し出来ませんがイゼルローン要塞攻略は現状の兵力で十分可能です。御安心下さい」
司令長官の言葉にグルック運輸尚書が困ったような表情をしている。他にも何人か似た様な表情をしている人間が居る。司令長官を信じて良いのか迷っているのだろう。それほどまでにイゼルローン要塞は堅固だと思われている。

「イゼルローン方面よりもフェザーン方面の兵力が多いのは反乱軍にフェザーン方面が主攻でイゼルローン方面が助攻だと思わせるためです。おそらく反乱軍は兵力の大部分をフェザーン方面に集中させるでしょう。しかし実際にはイゼルローン方面が先に回廊を突破する筈です。そうなればフェザーン方面の反乱軍も退かざるを得ない」
「信じて宜しいのですね」
「もちろんです」
司令長官が断言するとグルック運輸尚書が頷いた。

「反乱軍がイゼルローン要塞、フェザーンを放棄して領内奥深くに帝国軍を引き摺り込もうとする。その可能性は有りませんか?」
シルヴァーベルヒ工部尚書の問い掛けに彼方此方でざわめきが起きた。イゼルローン要塞を放棄する、フェザーンを放棄するという事が驚きなのだろう。

「可能性は有りますが反乱軍がイゼルローン要塞、フェザーンを放棄するのは難しいと思います。反乱軍は市民の権利が強い、彼らが放棄に納得出来るかどうか。反乱軍の首脳部は市民感情を慮って決断出来ないのではないか、そう考えています」
尚書達が頷く姿が見えた。

「もし彼らが両回廊を放棄しても問題は有りません。我々は遠征の期間は一年間を想定しています。反乱軍の勢力内で根拠地を作りじっくりと攻めるつもりです。既に根拠地となる惑星も情報部の調査により想定済みです」
司令長官の言葉に彼方此方から満足そうな声が上がった。大丈夫だ、準備万端、問題は無い。

「他に質問は有りますかな」
「……」
質問が出ない。軍務尚書が満足そうに頷いた。
「無ければ次に補給計画について兵站統括部より説明します」
軍務尚書の言葉に兵站統括部の士官が“それでは補給計画について説明致します”と声を発した。

補給計画の説明が終ればフェザーンの占領計画、そして同盟との講和条件、保護領化と三十年後の併合について説明がある。そしてフェザーン遷都……、新たな銀河帝国の成立だ。宇宙は統一されるのだという事を誰もが納得するだろう……。


 
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